甘瀬の声は夏を呼ぶ

木風 麦

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笑顔の理由

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 体育祭が翌週に迫った頃。

 その頃まで、甘瀬とおれは接触がなかった。会ったら軽く挨拶を交わす程度で、関係性に変化はなかった。
 テストを終えて教室がそのスコアの話でもちきりになり、体育祭の種目練習が大詰めのこのとき、緑化委員だったおれは、裏庭で育てられているヘチマと朝顔、じゃがいもとナスに水をやるため外に出ていた。
 そこで、また彼女と会った。
 桜の木の影になっている花壇のレンガ部分に座り込み、ぼうっと佇んでいた。
「……あ、君だったんだ。植物に水をやってる男子っていうのは」
 振り返った彼女は相変わらず顔色が悪い。だがその顔には笑顔が浮かんでいる。まるで仮面だ。
「ちょっと休ませて。今休憩時間なの」
「……無理したら、死ぬんじゃない」
 冗談や比喩ではなく、本当にこのまま倒れて息をしなくなりそうなほど、衰弱して見えた。
「大丈夫だよ、たぶん」
「たぶんって……」
 うまく言葉が出ずに、下駄箱に入れられた濃緑のじょうろを取り出す。
「ね、どうして話しかけてくれなかったの」
 じょうろを取った手が止まる。
 視線が横から注がれているような気がする。描かれた猫目の記憶が頭から離れない。
「ときどきこっち見てたじゃん。やっぱり心配した?」
 ドキリというよりビクリとした。
 たしかに目で追っていたことは否めない。明らかに秘密を知る前より視線のいく回数は増えた。気づかれていたことが恥ずかしすぎて顔から火が出そうだ。
「そりゃ、病気だって打ち明けられたら誰だって気にするだろ」
 顔を背けたまま、小さな声で早口気味に言う。
「まあそうだよね」
 しってた、と彼女は目を細めて笑った。

 何度目だろう、と思う。
 彼女はずっと、具合が悪そうでもなんでもない話をしているときでも、にこにこ笑っている。けれど無理をしているような笑顔ではないから、違和感ではないけれど、不思議に思った。

「ずっと笑ってるよな、甘瀬は。なんで?」

 つらいときもあるだろうに、なぜかその片鱗すら見せようとしない。というより、つらいと感じてすらいないように振る舞う。ただの強がりとか、それとは少し違うような気がした。
 甘瀬はなぜか嬉しそうに「そう見える?」と長い髪に指を差した。
「だって、あとちょっとしか生きられないってわかっているのに、つらいつらいって思ってたらもったいないでしょ?どうせならずっと笑ってたいじゃん?だから、つらい状況の中で、その瞬間になにか嬉しいことを見つけるように頑張るの。意外と見つかるもんだよ。例えば──花壇で休んでたら、君と会えたし、心配してくれたし、喋れたし!」
 計算じゃないのか、と思う。この健気な言葉が全て、気を引くための計算から出てきた言葉なんじゃないか。そうであってほしかった。

──どうして、君なんだろう。

 一番本人が思ってるだろうけれど、思わずにはいられなかった。
 五歳児がそのまま大きくなったような純粋で前向きな心をもつ彼女が、どうして。病気の因子があったから今の彼女がいるのかもしれない。だとしても、そうだとしても、いるかいないかも定かではない神を、恨みたくなった瞬間だった。
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