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6.復讐の相手
受け入れ難いもの
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「ご馳走になります」
ぺこり、と頭を下げるソッフィオーニにイーゼルは口元を拭いながら苦笑いを向ける。
「あなたは本当に予測つかないことをするんだね。兄から聞いていた通りだ」
「そうですか。私はアゼルから弟君は食欲が旺盛すぎると聞いておりましたが」
目の前の男の動きが一瞬鈍くなるのをソッフィオーニは見逃さなかった。
嫌がらせで相当量を注文したとはいえ、食材を無駄にしてはならないと一回に運ばれてくる量は一人前にしてもらった。つまりは飲み物ひとつと軽食のセットである。軽食であるので実際は一食に満たない。
しかし彼は、一セット目でギブアップした。運ばれてきた次の皿を前に、冷や汗が出始めたのだ。
「あの量は聞くだけで腹が膨れるから」
「誤魔化すのがお上手ではないのですね。アゼルがいなくなってからですか?」
ソッフィオーニはハムが挟まれたサンドイッチに刃を入れ、一口大にカットしたものを口に運ぶ。
「何が言いたい」
男の目つきが変わる。笑みがすっと消え、初対面したときのように威圧感が顔を出した。いや、貼りつけていた笑顔が取れただけなのかもしれない。
けれどソッフィオーニは臆することもなく言う。
「友人の前では、気を張らずとも良いのでは?」
予想外の言葉だったのか、イーゼルの目が見開かれる。
「あなたはアゼルではないでしょうに、アゼルのように振舞っているのはなぜですか。忘れないためですか。正直鬱陶しいし似てないし嘘くさいです」
「ボロクソに言うなぁ」
そう言うイーゼルからはすっかり笑顔が無くなっていた。
「兄が居なくなって、もう5年が経つ。けど楽しそうに話す声も、読み聞かせられた本の内容も、忘れなんてしなかった。……ずっと忘れないと、自信もあった」
「それは無理です」
ソッフィオーニの無機質な声に、イーゼルは「うるさい」と力なく項垂れる。
「たとえどんなに忘れまいとしても、思い出は美化されたり、嫌な記憶はなくなっていたり、……我々も、時間とともに大切な人を忘れていくのです。そのスピードが、他者より緩やかなだけ」
カチャ、とカトラリーを収め、ソッフィオーニは紅茶に口をつけた。控えめなハーブの香りにそっと目を伏せ、
「なんでなんでしょうね」とつぶやく。
さぁな、と返したイーゼルに笑みが戻る。だれかを真似たものではない、控えめな微笑だった。
「だが面影があれば、兄上は生きている者たちの中では死んでないだろうと思ったんだ」
「なるほど」
ソッフィオーニの唇の端が持ち上がる。深い青の猫目を細め、
「あなたを捻りあげたときの反応は、初対面のアゼルそっくりでしたよ」と愉しげに言った。
「うれしくはないな……」
つぶやいた青年は手を小さくあげ、
「彼女と同じ飲み物をひとつ」と店員に注文をした。
***
連れ立ってカフェを出たところで、ソッフィオーニはもう一度軽く頭を下げる。
「意趣返しが少々行き過ぎました。申し訳ありません」
「いや。無礼を先に働いたのは俺だし──……ああ、やっぱりひとつだけいいか」
騎士の紋章の入ったペンダントを懐に仕舞い直した青年は人差し指を立てた。
「私にできる範囲のことでしたら。ただお嬢様を裏切るような真似は致しません」
「ぶれないな……というか俺はまだそんなに信用されてないのか」
「可能性もなくはないので。友人なれば軽口だと受け流してください」
「都合のいい友人だなぁ」
まぁいいけどさ、と向き直ったイーゼルの髪が陽に透ける。
──朝焼けみたいだ。
オレンジとピンクの入り交じった光を放つ髪に目が吸い寄せられる。柔らかく揺れる髪は、かつての相棒を彷彿とさせた。変装していたから彼は違う髪色だったというのに。
「君は友人に対しても敬語なのか?」
鋭利な雰囲気に似合わない桜色の瞳が光を受け、ソッフィオーニを射抜いた。
しばし双方の視線が絡み、
「侮辱罪に問われますよね、それ」
「侮辱なら口調以外のところで散々受けた気が……ってそうじゃなくて」
ソッフィオーニは「わかってます」としばし視線を足元に落とした。熱気と湿気を孕んだ風が、緑の葉を巻き込んで足元を過ぎていく。
「難しいです」
間のあった返答に、「なぜ」と静かに問われる。重厚な黒髪が陽を受けて青白の光沢を帯びた。
「私もまた、亡き人に囚われているからです。そしてそれを、……私も望んでいるから」
答えを濁したような物言いではあったが、イーゼルは「そうか」と受け、それ以上追求しようとはしなかった。
ぺこり、と頭を下げるソッフィオーニにイーゼルは口元を拭いながら苦笑いを向ける。
「あなたは本当に予測つかないことをするんだね。兄から聞いていた通りだ」
「そうですか。私はアゼルから弟君は食欲が旺盛すぎると聞いておりましたが」
目の前の男の動きが一瞬鈍くなるのをソッフィオーニは見逃さなかった。
嫌がらせで相当量を注文したとはいえ、食材を無駄にしてはならないと一回に運ばれてくる量は一人前にしてもらった。つまりは飲み物ひとつと軽食のセットである。軽食であるので実際は一食に満たない。
しかし彼は、一セット目でギブアップした。運ばれてきた次の皿を前に、冷や汗が出始めたのだ。
「あの量は聞くだけで腹が膨れるから」
「誤魔化すのがお上手ではないのですね。アゼルがいなくなってからですか?」
ソッフィオーニはハムが挟まれたサンドイッチに刃を入れ、一口大にカットしたものを口に運ぶ。
「何が言いたい」
男の目つきが変わる。笑みがすっと消え、初対面したときのように威圧感が顔を出した。いや、貼りつけていた笑顔が取れただけなのかもしれない。
けれどソッフィオーニは臆することもなく言う。
「友人の前では、気を張らずとも良いのでは?」
予想外の言葉だったのか、イーゼルの目が見開かれる。
「あなたはアゼルではないでしょうに、アゼルのように振舞っているのはなぜですか。忘れないためですか。正直鬱陶しいし似てないし嘘くさいです」
「ボロクソに言うなぁ」
そう言うイーゼルからはすっかり笑顔が無くなっていた。
「兄が居なくなって、もう5年が経つ。けど楽しそうに話す声も、読み聞かせられた本の内容も、忘れなんてしなかった。……ずっと忘れないと、自信もあった」
「それは無理です」
ソッフィオーニの無機質な声に、イーゼルは「うるさい」と力なく項垂れる。
「たとえどんなに忘れまいとしても、思い出は美化されたり、嫌な記憶はなくなっていたり、……我々も、時間とともに大切な人を忘れていくのです。そのスピードが、他者より緩やかなだけ」
カチャ、とカトラリーを収め、ソッフィオーニは紅茶に口をつけた。控えめなハーブの香りにそっと目を伏せ、
「なんでなんでしょうね」とつぶやく。
さぁな、と返したイーゼルに笑みが戻る。だれかを真似たものではない、控えめな微笑だった。
「だが面影があれば、兄上は生きている者たちの中では死んでないだろうと思ったんだ」
「なるほど」
ソッフィオーニの唇の端が持ち上がる。深い青の猫目を細め、
「あなたを捻りあげたときの反応は、初対面のアゼルそっくりでしたよ」と愉しげに言った。
「うれしくはないな……」
つぶやいた青年は手を小さくあげ、
「彼女と同じ飲み物をひとつ」と店員に注文をした。
***
連れ立ってカフェを出たところで、ソッフィオーニはもう一度軽く頭を下げる。
「意趣返しが少々行き過ぎました。申し訳ありません」
「いや。無礼を先に働いたのは俺だし──……ああ、やっぱりひとつだけいいか」
騎士の紋章の入ったペンダントを懐に仕舞い直した青年は人差し指を立てた。
「私にできる範囲のことでしたら。ただお嬢様を裏切るような真似は致しません」
「ぶれないな……というか俺はまだそんなに信用されてないのか」
「可能性もなくはないので。友人なれば軽口だと受け流してください」
「都合のいい友人だなぁ」
まぁいいけどさ、と向き直ったイーゼルの髪が陽に透ける。
──朝焼けみたいだ。
オレンジとピンクの入り交じった光を放つ髪に目が吸い寄せられる。柔らかく揺れる髪は、かつての相棒を彷彿とさせた。変装していたから彼は違う髪色だったというのに。
「君は友人に対しても敬語なのか?」
鋭利な雰囲気に似合わない桜色の瞳が光を受け、ソッフィオーニを射抜いた。
しばし双方の視線が絡み、
「侮辱罪に問われますよね、それ」
「侮辱なら口調以外のところで散々受けた気が……ってそうじゃなくて」
ソッフィオーニは「わかってます」としばし視線を足元に落とした。熱気と湿気を孕んだ風が、緑の葉を巻き込んで足元を過ぎていく。
「難しいです」
間のあった返答に、「なぜ」と静かに問われる。重厚な黒髪が陽を受けて青白の光沢を帯びた。
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