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第二章《突然の別れと思惑》
【四】
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ガタガタと揺れる箱の中、四人の間には沈黙が落ちていた。
「……それで、いい加減口を開いたらどうなの。二人とも」
これまでに感じたことの無い紅子からの怒気に、二人は視線をサッと避ける。
「まぁまぁ」
と割って入った弥生は、心做しか上機嫌だ。
「二人とも君を心配しての事だったんですよ。許してあげてください」
「頼んでいませんので、怒らせていただきますわ」
冷えた視線から「さぁ話しなさい」という圧が滲み出ている。
「……そもそも。お紅ちゃんが私になんの相談もなしに勝手に色々やってたから、こっちも勝手に動いただけ。お紅ちゃんに怒られる理由が分からないわ」
視線を合わせずに、滋宇は指を弄ぶ。
「フツーに、お紅さんが心配だったからだよ。傍であなたの力になりたかっただけ。……僕たちのワガママで来ちゃっただけ。迷惑かもだけど、守らせて欲しいんだ」
陽時厘は相変わらず女装して身なりを整えていた。それは、彼が護衛としてでなくお付の者として傍に使えることの意思表示であった。
「まぁ、それに」
先程とは打って変わって、切実そうな表情は掻き消えて意地の悪い顔をする。
「僕、料理係代わってあげたけど……二年経った今も何もして貰ってないから、チャラで良いよね?」
にっこりと笑う陽時厘は、天使のような顔をした小悪魔である。
「そ、……その件は確かにあるけれど、でも……!」
「なんなら三ヶ月前の配達の交代も含めとく?あ、ついこの間はお紅さんが忘れてった楽器届けてあげたよね?それからお紅さんが忘れてた洗濯物取り込んだりしたり……」
「付いてきて下さって感謝していますわ、陽時厘」
紅子はニコッと笑い、陽時厘の続く言葉を遮った。
「私は、昔のあなたとの約束を守るだけよ」
不意に呟かれた言葉を、陽時厘と弥生は聞き取れずに顔を見合せた。
だが、滋宇の言わんとしていることに紅子は心当たりがあった。
彼女は眉根に力を込め、何かを耐えるような表情をした。
「私はあの約束が絶対なんですよ。……紅子様」
滋宇の言葉に、紅子は唇を噛んだ。
──だから嫌だったのに。
紅子に付いてくるということは、まず友人の関係ではいられない。
彼女はそれが嫌だという思いもあり、あえた滋宇を突き放す物言いをしたのだ。
彼女と友人の関係でありたかった為に。
「と、まぁ。二人は確固たる意思があったから連れてきてしまったんです」
弥生が締めくくるように手をパチッと合わせた。
何が「連れてきてしまった」だ。こっちの事情も知らないで。
胸の内を焼くような感情を押し殺し、「そういえば」と口を開く。
「秋桐様のお付きは居ないのですか?」
馬車は四人乗りが限界で、弥生の護衛らしき人が見当たらなかった。
「……えぇ、まぁ」
伏し目がちに笑う弥生に、紅子がそれ以上口を出すことは無かった。
それは、やはりこの人も私を信用してはいない、という確信にいたった。
「そろそろ、国境ですよ」
見たことの無い大きな門が聳え、何人かの兵が通行する人たちと問答をしている。
紅子は何となしに手を重ねて、軽く握った。
検問は特に問題なく通過し、あっさりと他国に踏み入った。
「景色が劇的に変わるわけではないのですね」
相変わらずの田と畑が広がる景色に、紅子は小さく息を吐いた。
変わらない景色は、紅子の心臓を落ち着かせていく。
「そりゃ、まだ通過したばかりですからね」
しんと静まり返った車内は、重たい空気が流れ居心地のいいものではなかった。
なら、もういっそ聞いてしまおうか。
紅子は短く息を吸い「秋桐様」と声を出した。
「なぜ、私だったのでしょうか」
まっすぐに見つめると、弥生もまたまっすぐに紅子を見つめ返した。
「……それは、婚姻の話ですか?」
微笑む口元と裏腹に、纏う空気はピリッとする。
紅子が頷くと、弥生は苦笑気味に言った。
「あの日も申し上げましたが、私はあなたの美しさに目を奪われました。しかも能力を持つ者だと言うではありませんか。運命を感じたんですよ」
よく回る口だ。紅子の腹は冷気を飲み込んだかのような冷たさを覚えた。
弥生のすぐ隣に座っていた陽時厘は、冷えきった瞳を隠そうともしない。
「では言い方を変えましょうか。なぜ貴方様が能力を持つ者を集める必要があるのでしょう。婚姻、という形をとってまで」
弥生は「なるほど」と苦笑するばかりだ。
「とても、幻滅される話になりますよ」
「もともと幻を見るような殿方とは思っておりません故、ご安心ください」
と紅子が答えると、弥生はきょとんとした表情をした後、「ははっ」と笑った。
今度は紅子が驚く番だった。
弥生が初めて見せた素の部分に思えたからだ。
「いや、すみません……っははは!成程、確かに貴方からすれば胡散臭い男なのですね、そうですか……くくっ」
まだ笑い続ける弥生に、紅子は頬が熱くなっていくのを感じた。
「もう……そこまで笑わなくてもよろしいでしょう」
ふいと顔を背ける紅子に、弥生は「いやいや」と手をヒラヒラと振った。
「あー……久々に笑いましたよ。なんと言えばいいのか……端的に言えばですね、仮面夫婦を演じて欲しいのですよ」
弥生の告白に、紅子はピタリと動きを止めた。
「仮面夫婦……」
はぁ、なるほど。と紅子は頷き、もう一度弥生を見る。
「……仮面夫婦!?」
思わぬ告白に、紅子は人生で初めて大声を上げた。
「……それで、いい加減口を開いたらどうなの。二人とも」
これまでに感じたことの無い紅子からの怒気に、二人は視線をサッと避ける。
「まぁまぁ」
と割って入った弥生は、心做しか上機嫌だ。
「二人とも君を心配しての事だったんですよ。許してあげてください」
「頼んでいませんので、怒らせていただきますわ」
冷えた視線から「さぁ話しなさい」という圧が滲み出ている。
「……そもそも。お紅ちゃんが私になんの相談もなしに勝手に色々やってたから、こっちも勝手に動いただけ。お紅ちゃんに怒られる理由が分からないわ」
視線を合わせずに、滋宇は指を弄ぶ。
「フツーに、お紅さんが心配だったからだよ。傍であなたの力になりたかっただけ。……僕たちのワガママで来ちゃっただけ。迷惑かもだけど、守らせて欲しいんだ」
陽時厘は相変わらず女装して身なりを整えていた。それは、彼が護衛としてでなくお付の者として傍に使えることの意思表示であった。
「まぁ、それに」
先程とは打って変わって、切実そうな表情は掻き消えて意地の悪い顔をする。
「僕、料理係代わってあげたけど……二年経った今も何もして貰ってないから、チャラで良いよね?」
にっこりと笑う陽時厘は、天使のような顔をした小悪魔である。
「そ、……その件は確かにあるけれど、でも……!」
「なんなら三ヶ月前の配達の交代も含めとく?あ、ついこの間はお紅さんが忘れてった楽器届けてあげたよね?それからお紅さんが忘れてた洗濯物取り込んだりしたり……」
「付いてきて下さって感謝していますわ、陽時厘」
紅子はニコッと笑い、陽時厘の続く言葉を遮った。
「私は、昔のあなたとの約束を守るだけよ」
不意に呟かれた言葉を、陽時厘と弥生は聞き取れずに顔を見合せた。
だが、滋宇の言わんとしていることに紅子は心当たりがあった。
彼女は眉根に力を込め、何かを耐えるような表情をした。
「私はあの約束が絶対なんですよ。……紅子様」
滋宇の言葉に、紅子は唇を噛んだ。
──だから嫌だったのに。
紅子に付いてくるということは、まず友人の関係ではいられない。
彼女はそれが嫌だという思いもあり、あえた滋宇を突き放す物言いをしたのだ。
彼女と友人の関係でありたかった為に。
「と、まぁ。二人は確固たる意思があったから連れてきてしまったんです」
弥生が締めくくるように手をパチッと合わせた。
何が「連れてきてしまった」だ。こっちの事情も知らないで。
胸の内を焼くような感情を押し殺し、「そういえば」と口を開く。
「秋桐様のお付きは居ないのですか?」
馬車は四人乗りが限界で、弥生の護衛らしき人が見当たらなかった。
「……えぇ、まぁ」
伏し目がちに笑う弥生に、紅子がそれ以上口を出すことは無かった。
それは、やはりこの人も私を信用してはいない、という確信にいたった。
「そろそろ、国境ですよ」
見たことの無い大きな門が聳え、何人かの兵が通行する人たちと問答をしている。
紅子は何となしに手を重ねて、軽く握った。
検問は特に問題なく通過し、あっさりと他国に踏み入った。
「景色が劇的に変わるわけではないのですね」
相変わらずの田と畑が広がる景色に、紅子は小さく息を吐いた。
変わらない景色は、紅子の心臓を落ち着かせていく。
「そりゃ、まだ通過したばかりですからね」
しんと静まり返った車内は、重たい空気が流れ居心地のいいものではなかった。
なら、もういっそ聞いてしまおうか。
紅子は短く息を吸い「秋桐様」と声を出した。
「なぜ、私だったのでしょうか」
まっすぐに見つめると、弥生もまたまっすぐに紅子を見つめ返した。
「……それは、婚姻の話ですか?」
微笑む口元と裏腹に、纏う空気はピリッとする。
紅子が頷くと、弥生は苦笑気味に言った。
「あの日も申し上げましたが、私はあなたの美しさに目を奪われました。しかも能力を持つ者だと言うではありませんか。運命を感じたんですよ」
よく回る口だ。紅子の腹は冷気を飲み込んだかのような冷たさを覚えた。
弥生のすぐ隣に座っていた陽時厘は、冷えきった瞳を隠そうともしない。
「では言い方を変えましょうか。なぜ貴方様が能力を持つ者を集める必要があるのでしょう。婚姻、という形をとってまで」
弥生は「なるほど」と苦笑するばかりだ。
「とても、幻滅される話になりますよ」
「もともと幻を見るような殿方とは思っておりません故、ご安心ください」
と紅子が答えると、弥生はきょとんとした表情をした後、「ははっ」と笑った。
今度は紅子が驚く番だった。
弥生が初めて見せた素の部分に思えたからだ。
「いや、すみません……っははは!成程、確かに貴方からすれば胡散臭い男なのですね、そうですか……くくっ」
まだ笑い続ける弥生に、紅子は頬が熱くなっていくのを感じた。
「もう……そこまで笑わなくてもよろしいでしょう」
ふいと顔を背ける紅子に、弥生は「いやいや」と手をヒラヒラと振った。
「あー……久々に笑いましたよ。なんと言えばいいのか……端的に言えばですね、仮面夫婦を演じて欲しいのですよ」
弥生の告白に、紅子はピタリと動きを止めた。
「仮面夫婦……」
はぁ、なるほど。と紅子は頷き、もう一度弥生を見る。
「……仮面夫婦!?」
思わぬ告白に、紅子は人生で初めて大声を上げた。
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