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第三章《籠姫伝と焔の能力》
【二】
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「……どうして?」
紙を見せられた女は、少し悲しそうに呟いた。
「協力できないなら、家に返すことはできないな」
と、白銀の髪の男は、何でもないことのように笑いながら言った。
「まぁ、そうだろ。まずここに連れてきた時点で帰すっていう選択肢はないよな」
バンダナ男は膝を折り曲げ、紅子に視線の高さを合わせる。
「あんたは、今の社会が存続していいと思っているの」
という女の問いかけに、紅子はやや間をおいてから首を横に振った。
「じゃあ!」
女は短く叫んだ。しかし紅子はその唇にそっと指で蓋をした。
「私は、戦うことがいいとも思えません」
そう書くと、白銀の髪の男は吹き出した。
ひとしきり笑うと、「お前馬鹿だろ」と紅子を瞳の中に捕らえた。
「そんなことはここにいる連中皆知ってる。だが、綺麗事ばかり言ってて今の世の中が変わることなんて無かった。何かこっちからけしかけない限り、理不尽な俺らの立場は変わらない。お前、お嬢様育ちか?だったら、俺らみたいなのは理解できねぇだろうよ」
そう言うと、これ以上ないほどの侮蔑の瞳で紅子を見据えた。
「俺はこいつがいかに使えない奴か分かった。もう用はない」
そう言うと、白銀の髪の男は部屋から出ていった。
三人はしんとした空気の中、閉まった扉に暫く目を向けていた。
「そうだな。もう、帰すことは出来ないとこまでやってしまったんだった。まだ名乗っていなかったな。私はレン。そっちのバンダナはシン。で、さっきの銀髪美人が紫藤要人。……さくら、は勝手に名乗っていたな。ま、短い間かもしれないが一緒に暮らす仲間だ。仲良くしよう」
女──レンの紹介に、シンは軽く手を挙げ「よろー」と明るく笑い、
「あんた、名前は?」
と紅子を指した。
紅子は紙に名だけを連ねた。
その瞬間、二人の表情が固まった。
何かマズい名前なのだろうか、と紅子は不安を表に出す。
「運命だ。そういう縁だったんだ」
ポツリとレンは呟いた。しかしその言葉は誰に対して向けたものでもないらしかった。シンはそんなレンを一瞥したが何も言わない。
「紅姫様の生まれ変わりに違いない。ああ、こんな時がくるなんて……!運命は私らに味方しているんだ」
頬を紅潮させながら、レンは紅子の手を取った。
「紅姫様。きっと貴方を取り戻してみせる。ここに来たのは紅姫様のご意志だったんだな……案ずるな、器人。元よりの定められた運命、私らが取り戻してみせる」
一体なんのことを喋っているのか全く理解のできない紅子は、ただレンの語りを黙って聞いていた。
「私はこの後まだやらねばならない事がある。それではまた後ほど」
そう言い残すなり、レンは上機嫌で部屋を出ていった。
「……なーんか、面倒くさそうだなぁ」
シンは眉を下げながら頭を搔く。
「レンさんの話が全くと言っていいほど分からないのですが」
困惑気味に紙に疑問をぶつける紅子に、シンは「そうだろうな」と頷いた。
「まぁとりあえず、あんたが『紅髪』で『紅子』って名前だったのが不味かったな。あんたのことは、レンが命をかけてでもここから逃がさないだろうよ」
名前の読みが違うのだが、と紅子は眉間に皺を寄せた。
それを訂正しても結局今の状況は変わらないのだろう、と紅子は判断し名を明かすのを止めた。
「なぜ、私が囚われねばならないのです」
「まぁ、それは俺らの主が信じきってるおとぎ話が関係してくるんだ」
新たな人物の登場に、紅子は少々驚いた。
彼女をさらった集団は、目的が同じ同胞を集めた集団だと思っていたからだ。そして同胞の集まりとなるとリーダーは存在してもおかしくはないが「主」というのはなかなかに奇妙な組み合わせなのだ。
シンは紅子の方を見ずに、どこか遠い目で語る。
「んで、レンは主様にゾッコンでな。あんたを捕らえたことも、あんたがおとぎ話に登場する『紅姫様』と似通っていることも、ほんの今さっき報告に行ったんだろうよ」
嫌な予感が、紅子の胸を占め始めた。
シンは青くなっていく紅子の顔を見つめながら「そ」と手を開き、
「あんたは、籠の鳥状態にさせられること間違いなし」
くしゃっと紙を丸めるように、手を握りしめた。
***
「……やられましたね」
馬車ごと奪われた路地に、紅子たちが居た痕跡はものの見事に無くなっていた。
「さて一体どこの連中の仕業でしょう」
「少なくとも、この近辺にはもう居ないと思われます」
家々の屋根をつたいながら弥生の元に降り立ち、クロは膝をついた。
「誠に申し訳ございませんでした。私が居ながら」
地に付けられた右手拳の血管が何本か浮き上がっている。
弥生は「仕方ないです」と溜息を吐いた。
「君の善意に付け入った連中はグルでしょう。まぁ恐らく蜥蜴の尾のような連中なのでしょうけれど」
白手袋を嵌めた弥生はいつもと変わらない笑みを浮かべた。
「私の婚約者に手を出したんです。タダで済むわけがないですよね」
「うわ……程々にしておかないと引かれますよ、姫君に」
「大丈夫ですよ。婚約者の前で血の舞台を見せたりする趣味はないので」
ジャリッと音を鳴らし、
「まずは情報収集ですね」
日が暮れ始めた刻に、二人は長さを増した影を引連れ動き出した。
紙を見せられた女は、少し悲しそうに呟いた。
「協力できないなら、家に返すことはできないな」
と、白銀の髪の男は、何でもないことのように笑いながら言った。
「まぁ、そうだろ。まずここに連れてきた時点で帰すっていう選択肢はないよな」
バンダナ男は膝を折り曲げ、紅子に視線の高さを合わせる。
「あんたは、今の社会が存続していいと思っているの」
という女の問いかけに、紅子はやや間をおいてから首を横に振った。
「じゃあ!」
女は短く叫んだ。しかし紅子はその唇にそっと指で蓋をした。
「私は、戦うことがいいとも思えません」
そう書くと、白銀の髪の男は吹き出した。
ひとしきり笑うと、「お前馬鹿だろ」と紅子を瞳の中に捕らえた。
「そんなことはここにいる連中皆知ってる。だが、綺麗事ばかり言ってて今の世の中が変わることなんて無かった。何かこっちからけしかけない限り、理不尽な俺らの立場は変わらない。お前、お嬢様育ちか?だったら、俺らみたいなのは理解できねぇだろうよ」
そう言うと、これ以上ないほどの侮蔑の瞳で紅子を見据えた。
「俺はこいつがいかに使えない奴か分かった。もう用はない」
そう言うと、白銀の髪の男は部屋から出ていった。
三人はしんとした空気の中、閉まった扉に暫く目を向けていた。
「そうだな。もう、帰すことは出来ないとこまでやってしまったんだった。まだ名乗っていなかったな。私はレン。そっちのバンダナはシン。で、さっきの銀髪美人が紫藤要人。……さくら、は勝手に名乗っていたな。ま、短い間かもしれないが一緒に暮らす仲間だ。仲良くしよう」
女──レンの紹介に、シンは軽く手を挙げ「よろー」と明るく笑い、
「あんた、名前は?」
と紅子を指した。
紅子は紙に名だけを連ねた。
その瞬間、二人の表情が固まった。
何かマズい名前なのだろうか、と紅子は不安を表に出す。
「運命だ。そういう縁だったんだ」
ポツリとレンは呟いた。しかしその言葉は誰に対して向けたものでもないらしかった。シンはそんなレンを一瞥したが何も言わない。
「紅姫様の生まれ変わりに違いない。ああ、こんな時がくるなんて……!運命は私らに味方しているんだ」
頬を紅潮させながら、レンは紅子の手を取った。
「紅姫様。きっと貴方を取り戻してみせる。ここに来たのは紅姫様のご意志だったんだな……案ずるな、器人。元よりの定められた運命、私らが取り戻してみせる」
一体なんのことを喋っているのか全く理解のできない紅子は、ただレンの語りを黙って聞いていた。
「私はこの後まだやらねばならない事がある。それではまた後ほど」
そう言い残すなり、レンは上機嫌で部屋を出ていった。
「……なーんか、面倒くさそうだなぁ」
シンは眉を下げながら頭を搔く。
「レンさんの話が全くと言っていいほど分からないのですが」
困惑気味に紙に疑問をぶつける紅子に、シンは「そうだろうな」と頷いた。
「まぁとりあえず、あんたが『紅髪』で『紅子』って名前だったのが不味かったな。あんたのことは、レンが命をかけてでもここから逃がさないだろうよ」
名前の読みが違うのだが、と紅子は眉間に皺を寄せた。
それを訂正しても結局今の状況は変わらないのだろう、と紅子は判断し名を明かすのを止めた。
「なぜ、私が囚われねばならないのです」
「まぁ、それは俺らの主が信じきってるおとぎ話が関係してくるんだ」
新たな人物の登場に、紅子は少々驚いた。
彼女をさらった集団は、目的が同じ同胞を集めた集団だと思っていたからだ。そして同胞の集まりとなるとリーダーは存在してもおかしくはないが「主」というのはなかなかに奇妙な組み合わせなのだ。
シンは紅子の方を見ずに、どこか遠い目で語る。
「んで、レンは主様にゾッコンでな。あんたを捕らえたことも、あんたがおとぎ話に登場する『紅姫様』と似通っていることも、ほんの今さっき報告に行ったんだろうよ」
嫌な予感が、紅子の胸を占め始めた。
シンは青くなっていく紅子の顔を見つめながら「そ」と手を開き、
「あんたは、籠の鳥状態にさせられること間違いなし」
くしゃっと紙を丸めるように、手を握りしめた。
***
「……やられましたね」
馬車ごと奪われた路地に、紅子たちが居た痕跡はものの見事に無くなっていた。
「さて一体どこの連中の仕業でしょう」
「少なくとも、この近辺にはもう居ないと思われます」
家々の屋根をつたいながら弥生の元に降り立ち、クロは膝をついた。
「誠に申し訳ございませんでした。私が居ながら」
地に付けられた右手拳の血管が何本か浮き上がっている。
弥生は「仕方ないです」と溜息を吐いた。
「君の善意に付け入った連中はグルでしょう。まぁ恐らく蜥蜴の尾のような連中なのでしょうけれど」
白手袋を嵌めた弥生はいつもと変わらない笑みを浮かべた。
「私の婚約者に手を出したんです。タダで済むわけがないですよね」
「うわ……程々にしておかないと引かれますよ、姫君に」
「大丈夫ですよ。婚約者の前で血の舞台を見せたりする趣味はないので」
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