35 / 102
第四章《秘められた涙と潜む影》
【五】
しおりを挟む
「「もうお帰りですか」」
いつの間に退席していたのか、境内の中を箒で掃除していた双子に呼び止められた。
「ええ。お茶、ごちそうさまでした」
紅子が微笑むと、双子は目を合わせて「あの」と声をかける。
「今日、うちのお祭りなの」
「人多いから、赤の姫様の髪目立っちゃう」
「「これどうぞ」」
と差し出されたのは、山吹色の布地だ。
「これ被ると、他の人の視線を避けられる」
「なぜなら私たちのお呪いがかけてあるから」
「これからは外出の時、これ被るといいよ」
思わぬ手土産に、紅子の口元が緩む。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。ねえ、今日のお祭り行くでしょ?」
お祭り、という単語が、紅子の気分を高揚させる。
しかし、そんな子どもっぽいところを面に晒してよいものか。
「そう、ですね。せっかくの機会ですし……あと、私は紅子という名があるから、そっちで呼んでくれたら嬉しいです」
紅子が言うと、双子は「わかりました」と素直に頷いた。
「それじゃ、主を呼んで……」
「待ってください」
箒片手に神主を呼びに行こうとする双子を、弥生が止めた。
「彼女は病み上がりです。人が多いところに連れていくのは避けたい。残念ですが、今回はお暇します」
それもそうだ、と紅子も頷いた。
「そうですね。今回は残念ですが」
少し残念ではあったが、弥生の迷惑をかけることになるより良い。
「そうですか」
「また来てくださいね」
双子に見送られながら、弥生と紅子は神社の社をくぐった。
「……さて」
裏道を歩く途中、弥生は紅子を振り返った。
「私たちも行きましょうか」
「え。ど、どちらへ?」
戸惑う紅子の手をとり、弥生は目を細めた。
「もちろん、お祭りです」
「でも、先程……」
眉を下げる紅子に、
「ああ言わないと、デートじゃなくなってしまうでしょう」
デート、という単語に、紅子は頭が真っ白になる。
当の本人は気にしていないのか、いつもと変わらない笑顔だ。
「ですが体調が心配なことは本音なので、手を離さないでくださいね」
と、弥生は握る手に微かに力を込めた。
裏通りで開かれている祭りは、近くの村から大勢の人が集まっていた。
りんご飴屋、たこ焼き屋、メダカ掬い、お面屋と、ずらりと屋台が並んでいる。
「目移りしてしまいますね」
声が上ずる紅子の様子に、弥生はくすくすと笑う。
「あ……あの、子どもっぽいですよね。すみません。秋桐のお家にふさわしくなかったですね」
頬をじわっと赤くする紅子に、弥生は「いえ」と優しい笑みを浮かべた。
余裕で、猫を被ってそうな笑みじゃなく、自然と零れた笑み。
その瞳に魅入られ、目を逸らせなくなる。
「あなたはどうかそのままでいてください。本来のあなたを隠すのは、勿体ない」
そう言いながらすぐ近くの屋台で肉まんを買い、紅子に手渡す。
「あなたは笑っている姿が、一番奇麗ですから」
美形の殺し文句は、いとも簡単に女の心臓を貫く。
紅子もその例外ではなかった。
嬉しいやら恥ずかしいやらで、顔の熱はしばらく収まりそうにない。
「……冷たいものが欲しいですね。ラムネでも買いましょうか」
顔が赤いのを気遣われたのかと思うと、また熱くなっていく。
ちら、と視線を上げると、弥生の耳は真っ赤だった。
「え」
思わず声を漏らすと、弥生が振り返り視線が交わった。
瞬間、弥生は眉を下げながら繋いでいない方の手で口元を覆う。
「……慣れないことは、いうものではありませんね。こっちが恥ずかしくなってしまいます」
耳だけでなく、頬も赤くなっている。
見たことのない弥生の姿に、紅子の胸はとくんと静かに鳴った。
「……それじゃ、いきましょう」
繋がれた手の温もりに、紅子は笑みを浮かべる。
紅子の着物に刺繍されたオシドリが、屋台の明かりに照らされて煌めいていた。
***
馬車に乗る頃、紅子の体力は限界を迎えていた。
「少々長居しすぎましたね」
馬車ではゆっくりしてください、と弥生は微笑むが、彼と一緒にいる間気を休めることなどできない。
そんな意思はあるのに、睡魔は容赦なく紅子を襲う。
「寝ても大丈夫ですよ」
目が半目になってしまう紅子に、弥生は笑いながら言う。
「いえ、平気です。それより、今日の屋台での料金……」
「ああ、それは当然、夫である私が出しますよ」
それが、紅子からしたらあまり嬉しくないことだった。
自分は家で特に何もしていないのに、どうして金を使ってもいいことになるのだ。
宿屋で働いていたからわかる。金というのは湧いて出てくるものではない。
「……私は、仮面、ふーふですよ」
うつらうつら、頭が揺れる。
「私、お仕事……今、してないです。それなのにお小遣いがあるみたいな……わたし、ちいさい、こ、みた……」
ふっと体から力が抜け、前に倒れこむ。
「っと」
弥生は紅子を受け止め、自身は紅子の隣に移動した。
小さい頭を肩に乗せてやると、数分経たないうちに穏やかな寝息が聞こえてきた。
「……そういう、他の領主の娘たちと異なるところが、貴方の魅力ですよ」
聞こえないとわかっていながら、声をかけずにいられない。
いや、聞こえない今だからこそ、伝えられるのだ。
暗い瞳に、紅子の寝顔が映る。彼女の柔らかな髪に口づけを落とし、弥生は呟く。
「愛しています。……気づかないでくださいね」
そんな出来事も知らない馬車は、屋敷へ向かう速度をわずかに上げた。
いつの間に退席していたのか、境内の中を箒で掃除していた双子に呼び止められた。
「ええ。お茶、ごちそうさまでした」
紅子が微笑むと、双子は目を合わせて「あの」と声をかける。
「今日、うちのお祭りなの」
「人多いから、赤の姫様の髪目立っちゃう」
「「これどうぞ」」
と差し出されたのは、山吹色の布地だ。
「これ被ると、他の人の視線を避けられる」
「なぜなら私たちのお呪いがかけてあるから」
「これからは外出の時、これ被るといいよ」
思わぬ手土産に、紅子の口元が緩む。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。ねえ、今日のお祭り行くでしょ?」
お祭り、という単語が、紅子の気分を高揚させる。
しかし、そんな子どもっぽいところを面に晒してよいものか。
「そう、ですね。せっかくの機会ですし……あと、私は紅子という名があるから、そっちで呼んでくれたら嬉しいです」
紅子が言うと、双子は「わかりました」と素直に頷いた。
「それじゃ、主を呼んで……」
「待ってください」
箒片手に神主を呼びに行こうとする双子を、弥生が止めた。
「彼女は病み上がりです。人が多いところに連れていくのは避けたい。残念ですが、今回はお暇します」
それもそうだ、と紅子も頷いた。
「そうですね。今回は残念ですが」
少し残念ではあったが、弥生の迷惑をかけることになるより良い。
「そうですか」
「また来てくださいね」
双子に見送られながら、弥生と紅子は神社の社をくぐった。
「……さて」
裏道を歩く途中、弥生は紅子を振り返った。
「私たちも行きましょうか」
「え。ど、どちらへ?」
戸惑う紅子の手をとり、弥生は目を細めた。
「もちろん、お祭りです」
「でも、先程……」
眉を下げる紅子に、
「ああ言わないと、デートじゃなくなってしまうでしょう」
デート、という単語に、紅子は頭が真っ白になる。
当の本人は気にしていないのか、いつもと変わらない笑顔だ。
「ですが体調が心配なことは本音なので、手を離さないでくださいね」
と、弥生は握る手に微かに力を込めた。
裏通りで開かれている祭りは、近くの村から大勢の人が集まっていた。
りんご飴屋、たこ焼き屋、メダカ掬い、お面屋と、ずらりと屋台が並んでいる。
「目移りしてしまいますね」
声が上ずる紅子の様子に、弥生はくすくすと笑う。
「あ……あの、子どもっぽいですよね。すみません。秋桐のお家にふさわしくなかったですね」
頬をじわっと赤くする紅子に、弥生は「いえ」と優しい笑みを浮かべた。
余裕で、猫を被ってそうな笑みじゃなく、自然と零れた笑み。
その瞳に魅入られ、目を逸らせなくなる。
「あなたはどうかそのままでいてください。本来のあなたを隠すのは、勿体ない」
そう言いながらすぐ近くの屋台で肉まんを買い、紅子に手渡す。
「あなたは笑っている姿が、一番奇麗ですから」
美形の殺し文句は、いとも簡単に女の心臓を貫く。
紅子もその例外ではなかった。
嬉しいやら恥ずかしいやらで、顔の熱はしばらく収まりそうにない。
「……冷たいものが欲しいですね。ラムネでも買いましょうか」
顔が赤いのを気遣われたのかと思うと、また熱くなっていく。
ちら、と視線を上げると、弥生の耳は真っ赤だった。
「え」
思わず声を漏らすと、弥生が振り返り視線が交わった。
瞬間、弥生は眉を下げながら繋いでいない方の手で口元を覆う。
「……慣れないことは、いうものではありませんね。こっちが恥ずかしくなってしまいます」
耳だけでなく、頬も赤くなっている。
見たことのない弥生の姿に、紅子の胸はとくんと静かに鳴った。
「……それじゃ、いきましょう」
繋がれた手の温もりに、紅子は笑みを浮かべる。
紅子の着物に刺繍されたオシドリが、屋台の明かりに照らされて煌めいていた。
***
馬車に乗る頃、紅子の体力は限界を迎えていた。
「少々長居しすぎましたね」
馬車ではゆっくりしてください、と弥生は微笑むが、彼と一緒にいる間気を休めることなどできない。
そんな意思はあるのに、睡魔は容赦なく紅子を襲う。
「寝ても大丈夫ですよ」
目が半目になってしまう紅子に、弥生は笑いながら言う。
「いえ、平気です。それより、今日の屋台での料金……」
「ああ、それは当然、夫である私が出しますよ」
それが、紅子からしたらあまり嬉しくないことだった。
自分は家で特に何もしていないのに、どうして金を使ってもいいことになるのだ。
宿屋で働いていたからわかる。金というのは湧いて出てくるものではない。
「……私は、仮面、ふーふですよ」
うつらうつら、頭が揺れる。
「私、お仕事……今、してないです。それなのにお小遣いがあるみたいな……わたし、ちいさい、こ、みた……」
ふっと体から力が抜け、前に倒れこむ。
「っと」
弥生は紅子を受け止め、自身は紅子の隣に移動した。
小さい頭を肩に乗せてやると、数分経たないうちに穏やかな寝息が聞こえてきた。
「……そういう、他の領主の娘たちと異なるところが、貴方の魅力ですよ」
聞こえないとわかっていながら、声をかけずにいられない。
いや、聞こえない今だからこそ、伝えられるのだ。
暗い瞳に、紅子の寝顔が映る。彼女の柔らかな髪に口づけを落とし、弥生は呟く。
「愛しています。……気づかないでくださいね」
そんな出来事も知らない馬車は、屋敷へ向かう速度をわずかに上げた。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる