ツギハギ夫婦は縁を求める

木風 麦

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第五章《動く心と呪いの石》

【一】

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「僕、そんなに男っぽくないですか」
 風呂場で、紅子の警護についていた陽時厘はぽつりと呟いた。

 一件が落ち着いたということで、弥生たち一行は秘湯に訪れる予定だった。しかし当日になって、村の者から何か報告があったらしく、弥生は村に残ることになった。
「私は仕事を片付けてから参ります。先に宿で休んでいてください」
 と残念そうに弥生は告げた。
 弥生の言いつけ通り、紅子はノア、滋宇、陽時厘の三人を連れて宿へ赴いた。
 その風呂に浸かる際、また拐われては困るからと陽時厘が警備にあたってるのだ。
 浴槽の外での待機している彼は、深刻な顔でため息をつく。何かあったときすぐに動けるように、彼は忍装束のような服を弥生から支給されていた。今どき忍者など存在するのか分からないが、弥生は忍者に夢を見ているようだ。
「あ、陽時厘さんも渡されましたか」
 服を渡された陽時厘が微妙な顔をしていると、全てを諦めたような表情でクロは笑った。
 陽時厘は正直センスの欠けらも無いこの服を着物の下に着ているわけだが、表に出さずに過ごせることを願った。
 竹で隔てられた壁の向こうで、浴槽に入る水音がした。
「まだ気にしてるの?」
「そりゃね」
 陽時厘はぶっきらぼうに答える。ごわごわする生地を睨みながら、陽時厘はもう一つのショックな出来事を振り返る。

 それは遡ること半日前、葉月が情緒不安定になっていた夜のこと。自殺願望者を一人にさせるわけにもいかず、紅子の供の一人であった陽時厘が見張りにつくことになったのだ。
 夜半、二人きり残された葉月が口を開き、
「君はずいぶんしっかりしているんだね」
 と布団の中で苦笑した。
「奥方様には、かなり失礼なことを言ってしまって……普通、刑が科せられるだろう。だけどあのお二人は……」
「見くびるな。お紅さ……紅子様は、立場を利用して人を罰したりしない。もちろんお前の発言は咎められるものだが、太陽様の一族とかいうわけでもないんだ。不敬罪だなんて考える人じゃない」
「太陽様……ね」
 葉月は嘲るように呟く。
「太陽様よりよっぽど、領主代理様と奥方様のほうが僕らにとっては手放しで崇めることができるんだけどな」
 陽時厘はぎょっと目を剥き、
「滅多なこと言うんじゃない。それこそ不敬罪……反逆罪とも解されるんだぞ」
 切羽詰まったような陽時厘の声色に、葉月はくすくすと笑う。
「君は物知りだなぁ。やっぱり教育ってやつの違いなのか?でもそんな君でも、この土地ここは太陽様の目が届かない場所だって教わらなかったんだろうさ」
 失望している気配はなかった。もはやそれが当然なのだと疑っていない様子なのだ。
「いやごめんごめん。女の子に対してこんなこと言うのも酷いな。自分の境遇が憎くないと言えば嘘になるが、決して悲観しているつもりもない。けれどやはり、君のような女子でも学が得られるというのは、僕たちからしたらとても羨ましいことだから」
「は?」
 葉月の謝罪に、陽時厘は眉をきつく寄せる。
「なんだって?女の子?」
「え?あ、失礼。女性というべきだったか」
 葉月の返しに、陽時厘は額に青筋を浮かべた。
「僕は、男だ。こんななりだが、生物学上は男だ」
「え……着物は女物だし、化粧もしているのに?」
「それは紅子様と侍女の趣味だ」
 辟易した様子の陽時厘に、葉月は同情の目を向ける。
「……苦労してるんだな」
「わかってもらえてありがたいね」

 そんな会話のおかげか、葉月が自殺を試みようとすることはなかった。
「結果、良かったんじゃない?」
 と紅子は笑う。
「そうですねと、素直に肯定はできませんね」
 むくれる陽時厘に、
「そんなに嫌だったとは思わなかったのよ。ほら、宿屋では結構女装していたじゃない」
「別に好きでやってたわけでもなかったんですけど。まぁ、お紅さ……紅子様が僕を弟としてしかみてないことがよぅく分かりましたけどね」
 意味深な言葉に、紅子は首をかしげる。
「それ以外、なにがあるの?」
「……いーえ。別になんもありませんよ」
 ご機嫌ななめの陽時厘に、紅子は言う。
「陽時厘、憧れと恋愛感情と愛情はたぶん別物よ」
「はっ?」
 紅子の指摘に、陽時厘は高い声を上げる。
「いきなりなんですか。告白してもないのに、僕いま振られてるんですか」
「え、まぁ……そうね」
 愚直な肯定に、陽時厘は返す言葉を失った。
「だって、今の話はそういう事だったんじゃないの?だとしたら申し訳ないけれど、陽時厘の期待には絶対にこたえられないのよ」
 率直すぎる物言いに、陽時厘は涙目になる。
「絶対なんてどうして言いきれるんです。婚約済みだからですか。まだ結婚はしてないじゃないですか。それともなんです。まだあの男が気になってるんですか」
 無意識に放った陽時厘の言葉に、紅子は目と唇に力を込めた。心臓が跳ねるように大きな音を鳴らし、耳が熱くなっていく。
「……そうね」
 と紅子は低い声を漏らす。
 脳裏にはまだハッキリと、彼の笑顔が残っている。振られたというのに、まだ心が彼を求めているのだ。
「まだ、お慕いしているみたいだわ」
 諦めたように、紅子は首を浴槽に沈める。
 陽時厘は再び黙り込み、静寂が落ちる。
「でも私が絶対無理だと言ったのはね、宿屋のみんなを、もう家族だと認識してしまっているからなのよ」
 陽時厘は何も言わずに俯く。紅子は構わずに続けた。
「家族は恋人とはまた違って、替えがきかない存在。私がなによりも失いたくない存在。たしかに私たちに血の繋がりはないけれど、そこにだって家族としての愛情はあるんだって気づいた。ねぇ、陽時厘」
 ちゃぷりと水面が揺れる。
「あなたは私と二人で家庭を築くということを、少しでも想像したかしら?」
 酷な言葉に、陽時厘は両手を握りしめた。
「陽時厘、私はあなたが好きよ。家族として。だけど」
「もーいいってば!」
 と紅子の言葉を遮る。目を吊り上げた陽時厘は、竹を隔てた向こう側に向かって声を張り上げる。
「あーもう!そんなに繰り返さなくたってわかったってば。どんだけ傷えぐれば気が済むの」
 陽時厘の叫びに紅子は眉を下げる。
「憧れと恋情を勘違いしてるっていう説教はよぉぉくわかりましたぁ!でも憧れって思ったんならさ?普通もうちょっとオブラートに包まない?僕の初恋じゃないって否定するにしてもさ、もーちょっと言い方あるでしょ!?いたいけな美少年に、そこまでのマジな説教する必要ありましたかぁぁ?」
 陽時厘の突然の爆発に、紅子は目を白黒させた。
「えっと、ごめんね?」
 逡巡した結果の発言だったのだが、
「謝罪もダメージになるのでやめてくれますかぁ?」
 とのことだった。
 紅子は明後日の方向に目を向け、
「えーと……そろそろ、上がるわ」
「えぇえぇ、是非そうして下さいませぇ。そろそろ上がらないと、のぼせてしまうでしょうからぁ」
 トゲのある口調を止めない陽時厘であったが、先のような負の感情は滲んでいなかった。

──それにね。

 紅子は白濁した湯を肌に伸ばし、睫毛を伏せる。
 陽時厘の指摘通り、紅子は弥生の婚約者だ。余程のことでもない限りは婚約が解消されることは無い。
──断ることなどできないし、どうしても嫌というわけでもない。
 ほんの数日一緒に過ごしただけだが、弥生のことを受け入れている無意識な部分が既にあった。
──だから、このまま想いが消えていくのを待つしかない。
 すっかり赤くなった肌を晒しながら、紅子は脱衣場の扉を閉めた。
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