48 / 102
第五章《動く心と呪いの石》
【七】
しおりを挟む
宿に戻るなり、紅子は侍従たちに用意された部屋へと通された。
そこにはまだ安静にしろと言われていたはずの葉月と、神社の覡である双子がいた。
「お呼び立てしてすみません。それで、情報が掴めたとか」
弥生の言葉に双子は頷く。
「能力が植えられてました」
「たぶん故姫様の仕業です」
村で一度聞いた名に、紅子は指先を震わせた。
双子は互いの指を絡め、そっとまぶたを下ろす。繋いでいない手を葉月に向け、
「「これ」」
と呟く。
葉月の着物の奥から、なにか怪しい蒼い光が漏れていた。
「今はもう溶けこんでるけど」
「これが石だったもの。この石を介して、姫様のお力の一部を発現できるようになってるみたいです」
「だけどどうして生き返ったのか……故姫様はそんなことできないのに」
当の葉月も心当たりがないとばかりに首を振る。
弥生は唸る双子の丸い頭に手を置く。
「充分です。ありがとうございます」
撫でられた双子は嬉しそうに目を細め、年相応の笑顔を見せた。
「さて……書庫を調べるのも結構ですが、芝神社にもまだ情報はありそうですね」
弥生の言葉に首肯したユラは、
「これは明らかに均衡を崩している行為です」
「私たちは異能者の番人であり、均衡を保つ役割もある」
「だからこそ他の異能者より記憶が濃く、鮮明なのだけど」
そう呟いたユラは眉を曇らす。ユリと繋いでいる小さな手が震えていた。
ユリも同じ表情でその手を握り返す。その様子に弥生は、
「今日はもう夜が深くなってしまっています。それにここはセキュリティがしっかりしているとは言い難いですし……屋敷で話をゆっくり伺うことにしましょう」
***
「──ほんとによかったのですか?」
布団に寝転がり、首元まで掛け布団を引き上げたユラが遠慮がちに口を開く。
「ええ。むしろ、ちょっと有難かったといいますか……」
双子に挟まれた格好で紅子は言う。
弥生は襖で仕切った先で寝ている。本来であれば弥生と紅子が同じ寝室で寝るはずだったのだが、
「二人だって能力者なわけですし、何よりまだ幼い子どもです。守られるべき対象でしょう?」
「「守られる、べき……」」
紅子の言葉に双子はポッと頬を赤くした。嬉しそうな双子を前に、弥生は残念そうに肩をすくめたものの、
「そうですね。それでは、私は隣の部屋で休みます」
と、女子三人と主とで別れて寝ることとなった。あくまで二人部屋のため、布団が二組しか敷けなかったためだ。襖で仕切った先の茶の間だったところに布団をもう一組敷き、そこを弥生の寝床とした。
──実は少し気まずかったから丁度よかった。
都合のいい文句に双子を使ってしまったことに罪悪感はあるが、正直ほっとする気持ちの方が大きかった。
そんな紅子の隣で、
「嬉しかったです」
とユリは口角を弛める。
「私は捨てられた。親にとってはいらない子だったので」
困ったように笑うユリを前に、紅子は上体を勢いよく起こす。そんな彼女にユリは眉を下げて笑う。
「仕方ないです。双子だったんですから。でも私、七歳までは生きられたの。ユラとどっちを残すかっていう話だったわけだけど……。七歳まで生かされたのは、神様が私たちのどっちを好きかわからなかったから生かされた。ただそれだけだった」
その瞳は闇夜で儚く揺れる。
「だけどそんな私に、私たちに、守るって……とっても、嬉しかったの」
まだ幼い子どもの目に、うっすらと涙の膜が張る。その頭に手を伸ばし、遠慮がちに髪を撫でる。
「……辛かったね」
紅子は眉間にしわを寄せる。
幼い子にそんな仕打ちはあんまりだ。そう思うのは、おそらくほんの一部なのだろう。
紅子は息を短く吐く。
子どもが間引かれることなんて普通。そんな価値観が蔓延ったこの世に、こうして悲しい境遇の子が生まれてしまう。
どうしようもない理不尽に、心が焼けるように痛い。
ぐしっと鼻をすすり、小さな手で目元をこする。
「もう平気です。それより赤の姫様……いえ、紅子様こそ不安を抱えてらっしゃるでしょう」
「え」
唐突に心当たりのある言葉を突きつけられ、紅子は狼狽した。
弥生とのこと。突然目の前に現れた想い人のこと。そして能力のこと。あまりに情報が多く、脳で処理しきれない。
「私たちの能力は千里眼」
ユラは布団を頭まで引き上げ、小さな手で紅子の裾部分を摘む。
「千里眼は基本なんでも見えます。情景だけじゃなく、頑張れば人の感情、過去、未来……現在進行形の情景なら千里まで見れるけど……」
「制約が厳しいので、私たちは基本能力をあまり使いません」
と二人は苦笑する。
「「けど」」
二人の声が重なった。
「声がする、と思って見ちゃった」
ごめんなさい、とユラは視線を逸らす。
「え、なにを」
「「操り人形になりません宣言」」
紅子の耳が真っ赤に染まる。
よりによって先程のやり取りを見られていたなんて、と紅子は両手で顔を隠す。
「格好よかったです。今の時代、女子の気が強いと遠ざけられますが、私は悪い事だとは思えませんし」
「紅子様は水神様の主を好きになりかけてるし」
「え」
ユラの言葉に紅子は絶句する。
よりによって仮面夫婦に関する会話を聞かれてしまうとは。二の句が継げない紅子を前に、ユリは片割れの横腹を肘で突いた。突かれた彼女は「ふぉ」と短い悲鳴を発し、脇腹に手を当てその場に蹲る。
「気になさらないでください。今のはその……失言ですから」
ユリの笑顔に、紅子はますますいたたまれない気持ちになる。だって彼に向けているのは好意ではなく、ただの屈折した意地なのだから。
いや、でもちょっと待て、と紅子は思考にセーブをかける。
双子の能力は千里眼で、失言ということはそれ即ち──……。
「──ああ、では……少しは前に進めているのね」
ぽつりと呟かれた言葉に、双子は顔を見合せて同じ表情で微笑んだ。
夜が明けていくにつれ、星の輝きは弱くなっていく。
屋敷から緊急の電報が入ったのは、ちょうどその頃合いだった。
そこにはまだ安静にしろと言われていたはずの葉月と、神社の覡である双子がいた。
「お呼び立てしてすみません。それで、情報が掴めたとか」
弥生の言葉に双子は頷く。
「能力が植えられてました」
「たぶん故姫様の仕業です」
村で一度聞いた名に、紅子は指先を震わせた。
双子は互いの指を絡め、そっとまぶたを下ろす。繋いでいない手を葉月に向け、
「「これ」」
と呟く。
葉月の着物の奥から、なにか怪しい蒼い光が漏れていた。
「今はもう溶けこんでるけど」
「これが石だったもの。この石を介して、姫様のお力の一部を発現できるようになってるみたいです」
「だけどどうして生き返ったのか……故姫様はそんなことできないのに」
当の葉月も心当たりがないとばかりに首を振る。
弥生は唸る双子の丸い頭に手を置く。
「充分です。ありがとうございます」
撫でられた双子は嬉しそうに目を細め、年相応の笑顔を見せた。
「さて……書庫を調べるのも結構ですが、芝神社にもまだ情報はありそうですね」
弥生の言葉に首肯したユラは、
「これは明らかに均衡を崩している行為です」
「私たちは異能者の番人であり、均衡を保つ役割もある」
「だからこそ他の異能者より記憶が濃く、鮮明なのだけど」
そう呟いたユラは眉を曇らす。ユリと繋いでいる小さな手が震えていた。
ユリも同じ表情でその手を握り返す。その様子に弥生は、
「今日はもう夜が深くなってしまっています。それにここはセキュリティがしっかりしているとは言い難いですし……屋敷で話をゆっくり伺うことにしましょう」
***
「──ほんとによかったのですか?」
布団に寝転がり、首元まで掛け布団を引き上げたユラが遠慮がちに口を開く。
「ええ。むしろ、ちょっと有難かったといいますか……」
双子に挟まれた格好で紅子は言う。
弥生は襖で仕切った先で寝ている。本来であれば弥生と紅子が同じ寝室で寝るはずだったのだが、
「二人だって能力者なわけですし、何よりまだ幼い子どもです。守られるべき対象でしょう?」
「「守られる、べき……」」
紅子の言葉に双子はポッと頬を赤くした。嬉しそうな双子を前に、弥生は残念そうに肩をすくめたものの、
「そうですね。それでは、私は隣の部屋で休みます」
と、女子三人と主とで別れて寝ることとなった。あくまで二人部屋のため、布団が二組しか敷けなかったためだ。襖で仕切った先の茶の間だったところに布団をもう一組敷き、そこを弥生の寝床とした。
──実は少し気まずかったから丁度よかった。
都合のいい文句に双子を使ってしまったことに罪悪感はあるが、正直ほっとする気持ちの方が大きかった。
そんな紅子の隣で、
「嬉しかったです」
とユリは口角を弛める。
「私は捨てられた。親にとってはいらない子だったので」
困ったように笑うユリを前に、紅子は上体を勢いよく起こす。そんな彼女にユリは眉を下げて笑う。
「仕方ないです。双子だったんですから。でも私、七歳までは生きられたの。ユラとどっちを残すかっていう話だったわけだけど……。七歳まで生かされたのは、神様が私たちのどっちを好きかわからなかったから生かされた。ただそれだけだった」
その瞳は闇夜で儚く揺れる。
「だけどそんな私に、私たちに、守るって……とっても、嬉しかったの」
まだ幼い子どもの目に、うっすらと涙の膜が張る。その頭に手を伸ばし、遠慮がちに髪を撫でる。
「……辛かったね」
紅子は眉間にしわを寄せる。
幼い子にそんな仕打ちはあんまりだ。そう思うのは、おそらくほんの一部なのだろう。
紅子は息を短く吐く。
子どもが間引かれることなんて普通。そんな価値観が蔓延ったこの世に、こうして悲しい境遇の子が生まれてしまう。
どうしようもない理不尽に、心が焼けるように痛い。
ぐしっと鼻をすすり、小さな手で目元をこする。
「もう平気です。それより赤の姫様……いえ、紅子様こそ不安を抱えてらっしゃるでしょう」
「え」
唐突に心当たりのある言葉を突きつけられ、紅子は狼狽した。
弥生とのこと。突然目の前に現れた想い人のこと。そして能力のこと。あまりに情報が多く、脳で処理しきれない。
「私たちの能力は千里眼」
ユラは布団を頭まで引き上げ、小さな手で紅子の裾部分を摘む。
「千里眼は基本なんでも見えます。情景だけじゃなく、頑張れば人の感情、過去、未来……現在進行形の情景なら千里まで見れるけど……」
「制約が厳しいので、私たちは基本能力をあまり使いません」
と二人は苦笑する。
「「けど」」
二人の声が重なった。
「声がする、と思って見ちゃった」
ごめんなさい、とユラは視線を逸らす。
「え、なにを」
「「操り人形になりません宣言」」
紅子の耳が真っ赤に染まる。
よりによって先程のやり取りを見られていたなんて、と紅子は両手で顔を隠す。
「格好よかったです。今の時代、女子の気が強いと遠ざけられますが、私は悪い事だとは思えませんし」
「紅子様は水神様の主を好きになりかけてるし」
「え」
ユラの言葉に紅子は絶句する。
よりによって仮面夫婦に関する会話を聞かれてしまうとは。二の句が継げない紅子を前に、ユリは片割れの横腹を肘で突いた。突かれた彼女は「ふぉ」と短い悲鳴を発し、脇腹に手を当てその場に蹲る。
「気になさらないでください。今のはその……失言ですから」
ユリの笑顔に、紅子はますますいたたまれない気持ちになる。だって彼に向けているのは好意ではなく、ただの屈折した意地なのだから。
いや、でもちょっと待て、と紅子は思考にセーブをかける。
双子の能力は千里眼で、失言ということはそれ即ち──……。
「──ああ、では……少しは前に進めているのね」
ぽつりと呟かれた言葉に、双子は顔を見合せて同じ表情で微笑んだ。
夜が明けていくにつれ、星の輝きは弱くなっていく。
屋敷から緊急の電報が入ったのは、ちょうどその頃合いだった。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる