ツギハギ夫婦は縁を求める

木風 麦

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第七章《秋桐家と龍の加護》

【四】

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「……今のは死ぬ流れだったじゃない」
 むぅっと頬を張る野杏に、弥生は「そう簡単には死ねないな」とすっかり表情を無くした顔で野杏を見据える。
 その雰囲気は今まで纏っていた温和なものではなかった。そんな優しい雰囲気など幻だったかのように、彼の周りには一歩でも近づけば瞬殺されそうな、まるで彼の周囲の空気が刃だと錯覚してしまうような殺気に満ち満ちている。

 そんな彼を眼前にした野杏はうっとり目をとろけさせた。
「そう、それよ!貴方は本来、あんなに優しい雰囲気の人ではないでしょう?毛皮を被ったところで、所詮人の本質は変われないもの。ずっと演じていて、さぞ良い気分だったでしょうね。自分が善人になれたと勘違いをして……滑稽だわ」
 と上気した頬を掌で包み込み、八の字になる眉の下の瞳は冷笑をたたえている。

「滑稽か。それはそのまま返させてもらおうか」

 弥生の凍てつくような瞳に、野杏はおどけるのをやめて睨みを利かせる。
「僕を殺したところで何が生み出せる」
「私の気が晴れる」
 被せるように言い切った野杏に、弥生は対抗するように口元に嘲笑を浮かべた。
「だから君は兄との関係を認められなかったんだ」
 挑発するような物言いに、野杏は黙って指を弥生に向けた。
 わらっと四方から一斉に襲いかかってきた死者たちを刀一振で薙ぎ払う。
 悠然とした態度に、野杏は唇をわなわなと震わせた。
「……だから認められなかった……?貴方が好きになったのは『持ち合わせている』人じゃないの。さぞ私と同じ苦労をしたみたいな物言いをしてくれるじゃないの。ふざけないで頂戴。貴方と私じゃ、何もかもが違うのよ。立場も、性別も、そこにかける思いも……ッ」
 野杏の目の端に赤い線がじわりと浮き出る。

「私には貴方みたいな傲慢さはない。一番守りたいものだけは、他の何を捨ててでも守り抜くって決めたの」

 野杏の周囲に、再び暗雲のような霧が立ち込めた。霧に溶けていく野杏を見据えながら、弥生は眼鏡の奥の瞳を細めた。
「君は昔から変わらないね。だけど……いつまで経っても変わろうとしない者に、選べる未来は限られているんだよ」
 不敵に笑った弥生は、その切先きっさきを野杏に向けた。鈍く光るその刃は、水神の加護を受けて仄かな青い光を灯している。
 野杏は元主を見つめ返す。
「限られてたって構わない。私が願うのは秋桐の家に来た時からただ一つよ。それ以外の選択肢なんて要らない」
 てこでも動かない、といった様子の野杏に、弥生は「そうか」と静かに零す。

「だが、残念ながら僕はまだ死ねない」

 弥生はそう呟くと、何か石のようなものを投げたかと思うとそれを横一文字に斬った。
 奇怪な行動に、野杏は「なにを」と表情を険しくする。
 石つぶてを一つ斬ったところで何ができるというのだ。
「──どうして」
 死人たちが燃えている。いや爆ぜているというべきだろう。小さな爆発が彼の周りで起きて、死人兵たちが焼かれていく。
 周りに火なんてなかったはずだ。どうして死人が燃えていくのだ。
 起きている状況が把握できず、野杏はじり、と一歩後ずさる。
「肉体がなければ兵として機能しないのだろう?では今からでも『火葬』してしまえばいいというわけだ。起こされた者たちには悪いが、この土地でもう一度眠ってもらう」
「引火剤なんてどこにも……っ!それにマッチの一つも持っていなかったじゃない!」
「そんなもの必要ないだろう?
 意味深な言葉に眉をひそめた野杏だったが、すぐにその眼を見開いた。

「──それは、本当ですか」
 問いに頷く双子の姿が、うっすら笑みを浮かべる彼の脳裏によみがえる。

 それは一月ひとつきと少し前の、故姫関連で泊まった宿でのこと。
 死人が起き出したという村へ向かうために朝方早く出立準備をしていた弥生に、双子が話を切り出した。
「故姫様の能力の結晶は、私たちにも作れます」
 と右の髪が一房跳ねているユラは言う。
「他の能力者の方たちとは記憶の受け継がれ方が違いますから。私たちは以前もお伝えした通り、私たちは異能者たちと人との均衡を保つ役割があります。そのため自分たちの能力の記憶は勿論、他の異能者との交流の記憶も伝えられるんです。記憶は私たちの身体と共有されるため、その時の思考、力の流れ方、扱い方も感じ取ることができるのです。その際、私たちの先祖様が能力の石を創る場面もございました。故に私たちにも可能かと」
 左側頭部が跳ねているユリはまだ夢現ゆめうつつといった様子で、話し終えると小さな欠伸を零した。
 後を継ぐ形でユラが口を開く。
「能力の石は埋め込まなくても使えます。割るか身体に溶け込ませるかすれば能力の欠片が機能するのです。私たちは火を司る龍神様の加護を受け継いでおりますので、火を操ることができます。お役に立てるかはわかりませんが、よろしければ」

 そう言って手渡されたのが焔の能力の結晶だった。
「能力を結晶化させる芸当ができる者が自分だけだと驕ったのは失敗だったな」
 水の加護を受けた刀が炎の力を溜め込んだ石を割る。
 火は水の力を上乗せしたことで、勢いを増し、炎上する。
 死人兵が燃えていくことで、木造造りの屋敷にまで火が移る。

──家が燃えることまで織り込み済みというわけ。

 野杏は呆然と、勢いを増していく炎を眺めていた。
 目の前に広がっていく火の海が、野杏の眠っていた記憶の蓋を開く。
 忘れていたはずののことが、今まさに再現されているかのようだ、と野杏はぼんやり霞がかかった記憶を呼び起こす。

──「秋桐弥生」が死んだ、その火事の日のことを。
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