ツギハギ夫婦は縁を求める

木風 麦

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最終章《秋桐家の花嫁》

【八】

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「ストレスです」
 付いてきたのだという楼主の主治医が淡白に言う。
 場所は屋敷の医務室、ベッドに寝かせられた楼主を前に医者は続ける。
「楼主様は『変化』に弱く、ストレス耐性がほぼありません。ゆえに散策さえ制限されるお方なのです」
 楼主の屋敷は馬車で半日しない場所にある。距離としてはあまり遠くないものの、楼主からしたら相当な苦行だったはずだ。代わりの者を寄越してもよかったはずなのに、彼女は無理を押して赴いたのだ。
 美月は苦々しげに「なにしているんだか」と言い捨てた。
「ひとまず、命に別状はないんですね」美月は主治医に確認する。
「ええ 安静が必要ではありますが」
「では隣に先生の部屋を用意します。続き部屋になってるのでご活用ください」
 淡々と指揮を執り、侍従に指示を出していく。流れで自然と部屋を出る素振りの男について行こうとした紅子は、ふとベッドのほうを振り向く。楼主は変わらず目を開けてはいなかったが、たしかに視線を感じたのだ。
 もしかしたらただの思い過ごしかもしれないが、どうにも気になってしまう。
「私、もう少し残っていてもいいですか」
 紅子は今婚約を破棄されている身。つまり秋桐家とはなんの関係もない人間なのだ。美月がノーと言えば従うしかない。
 一瞬戸惑いを見せたものの、美月は「わかりました」と承諾し、部屋を出ていった。
 パタン、と戸が閉められたのを確認し、紅子はベッド脇の椅子に座る。
「楼主様、起きていらっしゃいますか」
 静かに声をかけると、楼主の目がうっすら開く。意識が朦朧としているのか、目がとろんとしている。
「迷惑をかけてしまったわね。ごめんなさい」
「どうかお気になさらず。お加減はいかがです?」
「いつも通り、あまり良くないわ。……弥生と美月を産んでから、身体を壊してしまってね。私は子どもたちを三度しか抱かせてもらえなかった。世話は乳母が行ってたから、子どもたちは私のことなど母親とは思っていないことでしょう」
 楼主は悲しげにそう零した。
 紅子は「そうなんですね」と受ける。
「……なんだか、思っていた反応と違うわ」
 不服そうに呟いた楼主に、紅子はにこりと微笑みながら、
「楼主様のすべてを信じてはおりませんから」と言った。
「貴方のご子息は、人をよく見ています。その彼が、貴方には近づいて欲しくないと言ったのです。私は楼主様よりもご子息を信頼しているので、楼主様の言葉を鵜呑みにするなどできません」
 楼主は「つまらないわ」と口を尖らせる。
「しかし、医師の話は信じています。……どうして無理をしてまでお越しになったのです?」
 楼主は「別に」と顔を逸らす。
「ただの嫌がらせよ。お嫁さんに取り入って破局させようとしてただけ」
「それは、御家のためですか?」
「ちがうわ」
 一際よく通る声で楼主は否定した。憎々しげに放たれた一言に紅子の目が丸くなる。
「私はね、神官の子どもだったのよ。廃業寸前のね。けどどういった因果か、久方ぶりに力の強い私が生まれ、神社はなんとか存続していた。その私の噂を聞きつけて、秋桐の当主が私を娶ったの。秋桐の家の代々受け継ぐ能力が薄まっているというくだらない理由で、私は嫁がされて自由を失った。恨むことはあれど、感謝なんてないわ」
 憎悪の込められた目に合点がいく。
「自分の子が忌々しいと思ってらっしゃるのですか?」
 責める口調ではなかった。疑問をそのまま口にした紅子に、楼主は「ええ」とあっさり肯定した。
「お腹が蹴られる度、動く度、忌々しい、気味が悪い、それでも堕ろすなんて許されない。いっそ一緒に死んでやろうかって何度思ったか……けど、生まれた子たちを見たらそんなこと思わなくなった。世話は乳母がしてくれていたし、特に苦労をすることはなかったからかもしれないわね。三度しか抱いていないのも本当よ。私が抱こうとしなかっただけだけど」
 だってね、と唄うように続ける。
「そっくりなんだもの。私の自由を、人生を縛った男に。その顔を見る度、私は怒りでどうにかなってしまいそうになるの。我が子を殺したくなってしまうの。けど、私が秋桐の継承者を育て上げたら?女は男より永く生きるわ。そしたら、あの男が築いたものすべて、最期は私のものになる。そしたら──」
 美しく微笑んだ楼主は、
「そしたら、子どもと普通にお喋りできると思うの」
 と言った。
 紅子は「成程」と相槌を入れ、
「……楼主様が見ていらっしゃる『我が子』は、私には貴方様が恨む者と同一人物に思えます。しかし、いくら顔が似ていようと性格に共通点があろうと、違う人間という事実は変わりません。それに、当主となった後なら子どもと普通にお喋りができると仰ってましたが、おそらく母親と子どもではなく、支配する者とされる者としてお話しされる気がします」
 と一息に言う。
 楼主は眉間を険しくしながら、
「お説教?」と声を低める。
「いえ」
 にこり、と目を細める紅子に楼主は目を見張る。
「今から、関わってしまえば良いという助言アドバイスです」
「……え?」
 狼狽する楼主に紅子は「あのですね」と指を立てる。
「お互いがお互いを知らなさすぎると思うのです。関わらなければ、相手がどのような人かわかるはずもありません」
 楼主が美月を気にかけているのは明白だ。その理由がどうであれ、紅子は二人の仲を取り持ちたいのだ。

──だって、私は家族の温かさを知っている。

 居場所はいくつあってもいい。その場所が居心地の良いものであるに越したことはない。紅子が思い描く家族像のようにはいかないかもしれない。けれど美月の苦しそうな顔は和らぐかもしれない。
 それだけのために、紅子は楼主と対峙する恐怖を必死に押し込めているのだ。
「環境の変化がストレスになるのでしたら、しばらくこのお屋敷に居れば良いと思います。私はあと数日で居なくなりますし、気兼ねなく──」
「ああ、それだけれど」
 暗くなりかけた声が遮られる。
「別に出ていかなくて結構よ?それを伝えるために早くきたのをすっかり忘れていたわ」
 え、と紅子の目が丸く見開かれる。
日暮ヒグレ──あの子の従兄弟が、貴方のことを手放すのは勿体ないって言うんだもの。そこいらの娘より胆力も洞察力もあるって。貴方の出自は言うほど悪くないから、五月蝿い狸たちはそこまで突けないはずよ」
「えっと……」
 胆力はわからないが、洞察力というのは偽領主を見破ったことだろう。しかし美月の助言がなければそれは成し得なかった。
 言い淀む紅子に、
「あと用意周到なところが良かったって。蜂蜜トースト気に入っていたみたいだから、今度会ったらまた用意してあげて」
 と続けた。楼主は見透かしたかのように口角を上げていた。
「はい。宜しければ楼主様にもご用意します」
「あら本当?嬉しいわ。……あの子のお嫁さんと楽しくお喋りできる日が来るなんて思わなかったわ」
 目をうっすら細めて微笑む笑い方が美月と似ていた。つられて紅子も頬を緩める。
「たくさんお話しさせてしまって申し訳ありません。席を外すので、ゆっくりお休みください」
「もうちょっと話したかったのだけど」
 と医師を見やると、医師は軽く首を横に振った。
「残念。また話しにきてちょうだいね」
 眉を下げながら見上げてくる楼主に、
「私で良ければ喜んで」
 と受け、部屋を出る。

 寒くなり始めた廊下に、暖かな陽が降り注いできた。
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