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おまけ
椿
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白い雪が少なくなり、桜の花びらが街に舞うようになった時頃。姉様からおめでたい手紙が届きました。
『滋宇が良い人を見つけました。家で祝言を上げるので、もしよければいらしてください』
姉様の旦那様が目を覚ましてから一月後、春の宮様と覡の双子ちゃんが無事に目を覚ましたのだとか。春の宮様の護衛を仰せつかっていた護衛の一人と滋宇姉様は「大切な人をずっと待っている」境遇が同じだったこともあってか、思いを通わせたらしいです。そこから月日が経って、とうとう先日結納の話がまとまったのだとか。そんな出会いもあるんですね。なにはともあれおめでたいです。
姉様と旦那様は、子はまだ考えていないらしいです。今は二人の時間を大切にしたいのだとか……お熱いことです。ちょっと妬けますけどね。
さて、私こと椿ももうお嫁に行かなくてはならない年なのですが、なにせ婚約していた方が捕まってしまってますから、私はキズモノ扱いです。つまり縁談がなかなかまとまらない、ということ。それでも私は良いのですが、周りの女友達は傷をつけた彼に対し酷く憤り、それを私にぶつけてきます。善意から、というのはわかるのですが、私は正直良い気分にはなれません。最近はストレスが蓄積していっているのを感じていたのですが──。
姉様の字は不思議です。柔くて優しくて、ギスギスしていた心を解してくれる。ほっとする。
「ああ 今日も面会ですか?椿さん」
務所の門番さんは笑顔で声をかけてくれます。快活な笑顔をお持ちで、さぞ女性からは人気があるのでしょうね。
「もしや罪人に会うのにかこつけて、俺に会いに来てくれていたりして」
と照れながら冗談めかしながら、門番さんは鼻下を掻きます。遂に言われてしまった、というのが本音です。この人、変な勘違いしていそうだなぁ、と思っていた予感は的中してしまったみたいです。面倒だこと。
表情に出ないよう気を配りながら、
「あら 素敵な理由ですね」と返す。
バッサリ断ってしまっては、後々気まずくなってこの場所に来ることができなくなってしまいますから、それとなく「あなた目当てなわけないでしょ」と伝えるのです。が、鈍い人は大抵食い下がってきます。
「あの、実は自分明日非番でして……もしよろしければ歌劇など……」
と、このように。
私は母と父の良いところをとって生まれてきたようで、容姿は自分で言うのも憚られるのですが、整っている方です。そのせいでよく異性からは性的な目で見られ、一部の女子からは嫌われる人生を歩んできました。お陰様で人間不信に近い今日この頃です。
「折角ですがお断りしますわ。誤解を招いてはいけませんもの。それでは」
話を切りあげ、所内に足を踏み入れました。ここまでくれば門番は追って来れません。流石にお仕事中ですからね。もし放棄してついてきたらそれこそとんでもない阿呆と私は認定しますがね。
門番の人の顔と名前を覚えるくらいには通っているため、迷うほどに広いといえど案内無しで辿り着くことができます。
受付の方に彼との面会を頼み、しばらく今にも壊れそうなほど軋む椅子で待ちます。蜘蛛がそこらに糸を張り、小さな虫がサカサカ動く音が最初は気持ち悪かったのですが、慣れました。
「……また、いらしたんですか」
すっかり髭が伸びて髪も伸びて美形だった面影が無くなった彼──昭平さんが、虚ろな目で呟きました。
「ええ 今日は報告に」
「報告……」
「あなたが二重で婚約していた翡翠さん、ご成婚されたそうですよ」
ぴくりと昭平さんの指が反応しました。やはり気にされていたのだと、内心ほっとしました。彼は、姉様が好きになった人は、心がない人ではなかったのだと証明されたようなものですから。
「…………椿さんにも、申し訳ないことをしたと思っています」
ふと昭平さんが零した言葉に、今度は私がびっくりしてしまいました。ここへ通ってはや数年。彼から言葉を発したのは数えるくらいで、それも「もういいですか」とか「またいらしたのですか」とか。そればかりでしたのに、……。
「……最も謝罪をしなければならないのは、姉様に対してではありません?」
「そうですね。けれど……彼女に面と向かって謝罪をする機会など、もう一生ありません」
姉様と昭平さんは、一度だけ面会をしたらしいです。詳しくは知りませんが、姉様はすっぱり、昭平さんとの縁を切ったのだとか。
「……あなたはあと少しで、ここを出られるそうですね」
「ええ ……上の人の、計らいで」
姉様の旦那様は、すこし早く昭平さんをこの務所から出す許可を発したそうなのです。あの人のお考えは私にはわかりませんが、姉様が関係しているのかもしれませんね。
「ここを出たら、どうなさるの?」
「決まってないですよ」
「だと思いましたわ。なれば、うちで働きません?」
唐突な提案は思わぬことだったようで、昭平さんは「はっ?」と素っ頓狂な声を上げて目を丸くしました。その瞬間、かつての昭平さんが垣間見えた気がしました。
私が唯一、気を使わず話すことができた人でした。姉様と相思相愛だと思っていたからかもしれませんが。
「ちょうど計算のできる人が辞めてしまうところでしたの。あなたは力もありますし、丁度良くって」
「いやしかし……」
「無理にとは言いませんけど、私は情で人を雇うほど心清い人間ではありませんよ」
半分は本当で、半分は嘘。情には脆い方ですが、雇って損になる人は雇いません。仮にも女将見習いですから。
「では、良いお返事を期待しておりますね」
着物の裾を翻しながら椅子から立ち上がり、元来た道を辿っていく。
このときなぜだか商談を持ちかけるより緊張してしまっていて、扉を背にした瞬間長いため息が零れました。
そのときは、なぜこんにも心臓が煩かったのかわかりませんでした。ただ、ひとつの予感を感じさせるように頬が微熱を伴っておりました。
『滋宇が良い人を見つけました。家で祝言を上げるので、もしよければいらしてください』
姉様の旦那様が目を覚ましてから一月後、春の宮様と覡の双子ちゃんが無事に目を覚ましたのだとか。春の宮様の護衛を仰せつかっていた護衛の一人と滋宇姉様は「大切な人をずっと待っている」境遇が同じだったこともあってか、思いを通わせたらしいです。そこから月日が経って、とうとう先日結納の話がまとまったのだとか。そんな出会いもあるんですね。なにはともあれおめでたいです。
姉様と旦那様は、子はまだ考えていないらしいです。今は二人の時間を大切にしたいのだとか……お熱いことです。ちょっと妬けますけどね。
さて、私こと椿ももうお嫁に行かなくてはならない年なのですが、なにせ婚約していた方が捕まってしまってますから、私はキズモノ扱いです。つまり縁談がなかなかまとまらない、ということ。それでも私は良いのですが、周りの女友達は傷をつけた彼に対し酷く憤り、それを私にぶつけてきます。善意から、というのはわかるのですが、私は正直良い気分にはなれません。最近はストレスが蓄積していっているのを感じていたのですが──。
姉様の字は不思議です。柔くて優しくて、ギスギスしていた心を解してくれる。ほっとする。
「ああ 今日も面会ですか?椿さん」
務所の門番さんは笑顔で声をかけてくれます。快活な笑顔をお持ちで、さぞ女性からは人気があるのでしょうね。
「もしや罪人に会うのにかこつけて、俺に会いに来てくれていたりして」
と照れながら冗談めかしながら、門番さんは鼻下を掻きます。遂に言われてしまった、というのが本音です。この人、変な勘違いしていそうだなぁ、と思っていた予感は的中してしまったみたいです。面倒だこと。
表情に出ないよう気を配りながら、
「あら 素敵な理由ですね」と返す。
バッサリ断ってしまっては、後々気まずくなってこの場所に来ることができなくなってしまいますから、それとなく「あなた目当てなわけないでしょ」と伝えるのです。が、鈍い人は大抵食い下がってきます。
「あの、実は自分明日非番でして……もしよろしければ歌劇など……」
と、このように。
私は母と父の良いところをとって生まれてきたようで、容姿は自分で言うのも憚られるのですが、整っている方です。そのせいでよく異性からは性的な目で見られ、一部の女子からは嫌われる人生を歩んできました。お陰様で人間不信に近い今日この頃です。
「折角ですがお断りしますわ。誤解を招いてはいけませんもの。それでは」
話を切りあげ、所内に足を踏み入れました。ここまでくれば門番は追って来れません。流石にお仕事中ですからね。もし放棄してついてきたらそれこそとんでもない阿呆と私は認定しますがね。
門番の人の顔と名前を覚えるくらいには通っているため、迷うほどに広いといえど案内無しで辿り着くことができます。
受付の方に彼との面会を頼み、しばらく今にも壊れそうなほど軋む椅子で待ちます。蜘蛛がそこらに糸を張り、小さな虫がサカサカ動く音が最初は気持ち悪かったのですが、慣れました。
「……また、いらしたんですか」
すっかり髭が伸びて髪も伸びて美形だった面影が無くなった彼──昭平さんが、虚ろな目で呟きました。
「ええ 今日は報告に」
「報告……」
「あなたが二重で婚約していた翡翠さん、ご成婚されたそうですよ」
ぴくりと昭平さんの指が反応しました。やはり気にされていたのだと、内心ほっとしました。彼は、姉様が好きになった人は、心がない人ではなかったのだと証明されたようなものですから。
「…………椿さんにも、申し訳ないことをしたと思っています」
ふと昭平さんが零した言葉に、今度は私がびっくりしてしまいました。ここへ通ってはや数年。彼から言葉を発したのは数えるくらいで、それも「もういいですか」とか「またいらしたのですか」とか。そればかりでしたのに、……。
「……最も謝罪をしなければならないのは、姉様に対してではありません?」
「そうですね。けれど……彼女に面と向かって謝罪をする機会など、もう一生ありません」
姉様と昭平さんは、一度だけ面会をしたらしいです。詳しくは知りませんが、姉様はすっぱり、昭平さんとの縁を切ったのだとか。
「……あなたはあと少しで、ここを出られるそうですね」
「ええ ……上の人の、計らいで」
姉様の旦那様は、すこし早く昭平さんをこの務所から出す許可を発したそうなのです。あの人のお考えは私にはわかりませんが、姉様が関係しているのかもしれませんね。
「ここを出たら、どうなさるの?」
「決まってないですよ」
「だと思いましたわ。なれば、うちで働きません?」
唐突な提案は思わぬことだったようで、昭平さんは「はっ?」と素っ頓狂な声を上げて目を丸くしました。その瞬間、かつての昭平さんが垣間見えた気がしました。
私が唯一、気を使わず話すことができた人でした。姉様と相思相愛だと思っていたからかもしれませんが。
「ちょうど計算のできる人が辞めてしまうところでしたの。あなたは力もありますし、丁度良くって」
「いやしかし……」
「無理にとは言いませんけど、私は情で人を雇うほど心清い人間ではありませんよ」
半分は本当で、半分は嘘。情には脆い方ですが、雇って損になる人は雇いません。仮にも女将見習いですから。
「では、良いお返事を期待しておりますね」
着物の裾を翻しながら椅子から立ち上がり、元来た道を辿っていく。
このときなぜだか商談を持ちかけるより緊張してしまっていて、扉を背にした瞬間長いため息が零れました。
そのときは、なぜこんにも心臓が煩かったのかわかりませんでした。ただ、ひとつの予感を感じさせるように頬が微熱を伴っておりました。
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