年上イケメン彼女と頼られたい年下彼氏

木風 麦

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まだ知らない繋がり

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 彼女の写真を見せられた時は驚いた。
 彼方が彼女を作ったことにも驚いたが、あの女の人が前世で彼方に関わっていたということに気づいた時は、思わず街中で奇声を発しそうになった。
 偶然か、運命か、必然か。
 そんなロマンス小説に書かれそうな言葉が、俺の頭を駆け抜けた。

 彼方は何も覚えてはいなかったが、俺の前世は彼方の弟だった。
 伯爵家の次男で、位置的になんとも微妙なところ。ちなみに、毎日のように家を抜け出して町娘と会っていると知った時は卒倒した。
 俺は、兄のことを好きだったし、尊敬していた。だが、「市場調査」だのなんだの理由をつけて女に会いに行っていると知らされた時は、幻滅というか、怒りのようなものを感じた。
 だからこっそりその女に会いに行ったことがあった。勿論、口実は「市場調査」。
 初めて遠目から彼女を見た時は驚いた。
 煌びやかに飾られた服飾品ばかりを見てきた俺の目に、ボロボロの雑巾を被っているようにしか見えなかったその女は、とても汚らしく映った。
「おいお前」
 彼女の前に仁王立ちすると、彼女はこっちを一瞥しただけで、すぐに顔を背けて歩いていった。
 普通、スルーするか?俺一応偉いとこの坊ちゃんだってわかるような服してたし、言葉遣いだし、……ありえない、と思った。
「無礼だぞ、お前!」
 髪に掴みかかろうとしたら、俺の左手はパシッと払われた。
 なんとも言えない恥辱を味わった気分だった。
「この!」
 彼女の腕を思い切り引くと、初めて彼女とまともに目が合った。
 見たことも無い、薄暗くて汚らしくて、何を考えているか全く分からない瞳。感じ取れるのは、明らかな憎悪と嫌悪感。
 ぞくりと背を何かが走り抜け、俺は慌てて手を離した。


──と、まぁ。
 こんな雑魚キャラのような俺は、当然兄に楯突いた。けど、
「分かってる」
 と、兄は微笑するだけだった。
 何も分かっちゃいない、と憤ったのを今でも覚えている。
 立場を、自覚を、この兄は何も分かっちゃいないんだと。
 あの女のせいで、貴族であることに意識をしっかりともっていた兄が道を踏み外してしまうと、そう思った。
 だから再び、俺は街へ降りた。
 あの女を見つけた時、思わず舌打ちしそうになった。
 兄が隣にいたのだ。
 向日葵が咲きほこる丘に二人腰を下ろし、何を言うでもなく二人はただ花に目を向けるだけ。
 それだけしかしていない。
 それなのに。
 二人は幸せそうだった。
 執務で疲れきって、眠るときも眉間にシワが寄る兄が、穏やかに微笑んでいた。
 あの女にしても、市では淀んだ瞳だったくせに、今は優しい表情をしている。嬉しそうに笑っている。
 そんな二人を見ていたら、何だか足が自然と遠のいた。
 兄の幸せがどうの、貴族がどうの、とか。色々言いたいことがあったのだが、言う気が失せてしまった。
 勝手にしろ、と思った。
 勝手に幸せになればいい、と。


 だがそんな兄には婚約者ができていた。兄に釣り合う、分相応の婚約者が。
 兄はちゃんと婚約者を婚約者として扱っていたと思う。だから余計、俺は違和感を覚えたんだ。
「てっきり、例の町娘と駆け落ちでもするのかと思っていました」
 冗談半分、探り半分で兄にそんなことを言った。
 すると、兄は手を止めた。
 俺は飲んでいた珈琲カップを、そっと口元から遠ざけた。
「本気ですか?」
 自分でも、あれほど冷たく人を馬鹿にするような声が出せたのかと思うくらい、黒く、重い響きだった。
「……お前は、大事にしてやれよ」
 兄から発せられた言葉はそれだけだった。
 その言葉の真意を確かめる前に、兄は死んでしまった。
 原因は病死らしかったが、俺は納得していなかった。
 兄にはいつも欠かさず飲む薬があったのだが、その前日に兄はその薬を探していた。
 その薬の存在を知っているのは、俺と兄と婚約者とほんの数人の使用人だけだ。さらに、その薬の在処を知っているのはもっと数が減る。兄の執事と女中長と俺と……婚約者だ。
 つまり、俺は婚約者が薬を隠したのではないかと疑っていた。理由は薬だけではなかった。
 兄が亡くなる夜、彼女は兄と会っていた。
 兄が呼んだらしいから、彼女の計画と言いきれないが、兄は他殺だったと思っている。
 前世では確かめるすべがあまりに少なかったため、捜査は進まずに病死となったが、それが本当だったとはあまり思えないのだ。まぁ、あの婚約者を疑いたいだけだったのかもしれないが。
 そしてその後、王位は俺が次ぐとことになった。
 それ以外は別に特別なことなどなにもなかった。
 だから、今更記憶があったところで気にもしていなかったのだ。


──今日の話を聞くまでは。


 今朝窓から二人を見かけたとき、思わずすぐに視線を外して窓から遠かった。美人でしおらしい態度なのに、遠目から見た時に見せた一瞬の、あの背筋がぞくりとするような瞳をしていたあの女は、容姿は違うが、その婚約者を連想させた。
 誰も相手にしていなかった先輩彼女が、なぜ今になって彼方に接触してきたのか。もうすでに六月に入る。機会を窺っていたのか、ただの考えすぎか。
 ただの考えすぎであってほしいが、恐らく平穏な状態このままではいられない。
 そんな確信にも似た予感が、俺の胸を渦巻いた。
 だが俺に何かできるわけでもない。
「彼女、大事にしとけよ」
 わかってるよ、と返されるが、本当にわかっているのだろうか。
 もし、本当にあの先輩が婚約者の生まれ変わりだとしたら、ほんの小さな亀裂でさえ見逃してはくれまい。……前世がそうであったように。
 彼方のもとを離れ、教室の戸をガラッと開く。
 扉を背に、振り返らずに一人呟く。
「……今度こそ」
 あの二人を幸せに。
 前世で結ばれなかった二人を、現世で繋ぎ合わせてやる。


──それが唯一、俺にできる償い・・・・・・・だ。
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