クルーエル・ワールドの軌跡

木風 麦

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三章

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 その数日後、買い出しに行く日の前日並に落ち着かない広翔は、結芽からは心配され、璃久には呆れられた。
「おい。なにもそんなずっと見張ってなくてもいいだろ」
 漫画を読んでいた手を止め、ため息混じりに話しかける。
 璃久一家は毎月、葛西一家と交流をしている。もともとは、結芽と璃久の両親、さらには広翔の両親との交友イベントであった。
 中でも、広翔の母親である葛西智美ともみと璃久の母親の莉乃は高校からの付き合いだが、お互いに気が合い、卒業後も仲良くし続ける親友であった。
 そして同時期に妊娠、出産したため、ママ友にもなった。そこから親交がさらに深まり、父親同士も交流するようになったのだ。
 広翔の父親は電気製品会社の二十代でチーフを任されていた、将来有望な人材であった。一方の璃久の父親は、裁判所に務める公務員である。話題の共通点が少なそうな二人だが、登山やキャンプ、温泉巡りなどの趣味が見事に被り意気投合したのだ。
 それを境に、毎月どこかしらでバーベキューをする習慣が出来上がった。
 バーベキューの場に、結芽がたまたま居合わせた日があったのだが、そこで奇跡的な再開を果たすことになった。
 なんと、莉乃と結芽は大学時代の先輩と後輩との関係だったのだ。二人は学部こそ違ったが、同じ和菓子研究サークルに属していた。
 少人数で活動していたそのサークルは仲が良く、未だに定期的に集まっている。
 その後結芽も結婚し、雅也がバーベキュー仲間に加わった。

 ふと、思う。
 いつから、この習慣がまた始まったんだっけ。
 広翔の両親が死んだ時以来、その習慣は途絶えていたはずだ。
 些細な出来事が、所々記憶が途切れている。
 曖昧にしか覚えてないこと、思い出せないこと。
 それが時々、たまらなく辛い。
 心に陰りが広がり始めた時、ブーッと広翔のスマホが小刻みに揺れ動いた。
 瞬間、考えていたこと全てを放棄して、食いつくようにスマホの画面を凝視する。

【こんにちは。澄香です。よろしくね】

 慣れてないだろう文面に、自然と顔の筋肉が緩みにやぁ、と引き締まりのない表情になる。
 璃久はうわー、と若干引き気味だ。
【はい。よろしくお願いします】
 という文面に続け、可愛らしい犬がお辞儀しているスタンプを送った。
「へへー。璃久ー、きたぁー」
 でれでれ、と効果音がつきそうなくらいゆるゆるの表情でスマホを璃久に見せる。
 買い出しの日の翌日、澄香から報告があった。
『スマホ、買ってもらえることになった』
 はにかみながら言ってきた澄香に、広翔は
「本当ですか!良かったですね」
 と笑顔で返した。
『ひろと君の言う通りだったよ。季実さんが喜んでた』
 と苦笑した。広翔は初めて名前を呼んでもらえた気がして、内心破顔した。
 その際、澄香はしまった、というような表情になった。
『私、真理ちゃんたちと本当の家族じゃないから』
 寂しそうに、気まずそうにカミングアウトした。
 広翔は首肯し、
「知ってます」
 と言い、微笑した。
「話しづらいこと、話してくれてありがとうございます」
 澄香は目を見開き戸惑ったが、やがてふわりと微笑み頷いた。
『いつから知ってたの?季実さんから聞いた?』
「いえ、気づいたのは先輩の家の……」
 季実に話したことと全く同じ話をした。
『よく気づいたね』
 澄香は尊敬の眼差しで広翔を見る。
「いや。誇れるわけでもなくて……先輩の七五三の写真を見たかったというか、なんというか」
 広翔の言葉に、澄香は表情を曇らせながら頷いた。
「あ、いや、すいません。勝手な願望だっただけの話で!」
 広翔が慌てて謝ると、澄香は浮かない顔のまま頷いた。触れられたくないことがあったらしい。
 広翔はそりゃそうだ、と思った。
 誰にだって言われたくないことなんてある。まして、複雑な事情を抱えている彼女なら尚更だろう。
「あ、先輩。そろそろ体育祭ですよ」
 と、無理やり話を変える。
「先輩はやっぱり不参加ですか?」
 残念そうに眉を下げる広翔に、澄香は
『保健室には居るよ』
 と笑った。
「本当ですか!?え、じゃあ、会いに来ても良いですか?」
 興奮気味に言う広翔に、澄香はさらに笑った。
『関係ない人は来ちゃダメなんだよ』
「え、じゃあ」
 怪我しようかな、と広翔がぼんやり考えていると、
『ここに来ないのが、ホントは一番いいんだから』
 澄香はそう言い微笑した。
 広翔は言葉に詰まり、押し黙った。
 自分の軽薄な考えを恥じた。
「先輩」
 広翔の声に澄香が首を傾げる。
「今回みんな、結構燃えてるんです」
 澄香は戸惑いながらも頷く。
「赤組が優勝したら、報告に来ます。……それくらいは、許されますか?」
 広翔ははにかみながら言った。
 澄香は頬を染め、すっと視線を逸らす。
 ボードに何かを書き、顔の前でそれを掲げる。
『優勝しなくても結果報告は来てほしい。』
 広翔は破顔した。
「行きます」
 即答だった。
「じゃあ先輩、もし、代表リレーで三位以内……いや、優勝したら、夏休みも会って欲しいです。勉強目的でいいので」
 澄香は顔を上げようとしない。
 広翔は「返事は今じゃなくて、結果報告の時にお願いします」と言い残し、じょうろを手に取り、そそくさと保健室の窓から離れた。

 それ以来、話していない。
 翌日は澄香が保健室に居なかった。
 その次の日から予行練習が始まり、広翔たち言った通り、彼のクラスはイベントに燃えるタイプの生徒の集まりだった。まず担任が燃えていて、
「目指せ優勝」
 を掲げている。
 体育祭はチーム対抗である。
 学年縦割りのチーム分けで、三年生にとっては、実質最後の大イベントなのだ。
 残念なことに澄香と広翔のチームは違う。
 広翔たちは赤組、澄香たちは紫組、その他、橙、黄、緑、青、紫、白組に、全部で七つに分けられる。
 要は、練習量が多いのだ。放課後も練習を入れられてしまうため、練習後に保健室に行ってもすれ違いの日々。
 そのまま休日に入ってしまい、日曜日の今日までの四日間、一言も会話をしていなかった。
「おめでたい奴だな」
 ライン一つで、と璃久が呆れたような笑いを浮かべた。
「いいだろ、別に。あー、会いたい」
 広翔が机に突っ伏し呟いた。
 璃久は「乙女そのものだな」と少し距離をとる。
「璃久くーん。ヒロくーん。バーベキュー始めるよー」
 下から結芽の声が聞こえた。
「行くか」
 と二人は腰を上げ、軽やかな足取りで結芽たちのもとへ向かった。
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