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七章
繋がりの発端<前>
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その日の夜、結芽がある写真を広翔に差し出した。
「これは、最初で最後のあなたたちの家族写真」
そう言えばそんなものを撮った記憶があるような、と広翔は受け取る。
幼い広翔は恥ずかしがりで、写真を撮るのを嫌がった。そのため写真は滅多に撮らなかった。とは言いつつも、両親はひそかに子どもたちの写真を残していたのだが。それは広翔の知るところではなかった。
今更そんなことを悔やむなんて。
家族写真も一枚しか撮らなかった。
その一枚も燃えていたらと思うと鳥肌が立つ。
写真には笑顔でカメラに向かってピースしている春海と、父にしがみついてる広翔、それを微笑みながら見てる両親二人の日常が映されていた。
達海がタイミングよくシャッターを切ったものだった。
当時はその父をなじったものだったが、今となっては感謝しかない。
一足先に自室に籠り、寝支度を整える。
写真を余っている写真立てに入れ、勉強机の上に飾った。
「おやすみなさい」
うっすらと笑みを浮かべ、写真に向かって声をかけてからベッドにもぞもぞと入る。
数分と経たないうちに部屋に寝息が響いた。
***
「これは、酷い」
春海が声を漏らす。
習い事の帰り道、春海が公園を横切ろうとするとベンチに生傷だらけの女の子が横たわっていた。
「ん……?ちょ、るりちゃん!?るりちゃんじゃん!大丈夫……なわけないか。とりあえず──……」
と言うなり、春海はひょいと瑠璃を背に乗せた。いわゆる「おんぶ」というやつだ。
そのまま春海は瑠璃を家に連れ帰ることにした。
瑠璃はほんの一ヶ月前くらいに引っ越してきた子どもだ。
人目見た時から「かわいい!」と思い、話しかけた。だが、怯えられた。
それからは話しかけるのを控えていたが、時々見かけて不安にはなっていた。
体の所々に痣があったからだ。
そんな彼女がぐったりと倒れているのは放っておけない。
「え!?誰その子!」
家に連れ帰ると、母の智美が目を丸くして駆け寄ってきた。
「瑠璃ちゃん。えーと、ほら。ここから歩いて五分くらいのとこの豪邸に住む子だよ」
早口に説明しながら救急箱を取り出す。
「とりあえず血が出てるとこ消毒して……体汚れてるから洗……げっ」
唐突に春海が声を上げた。
「どした?」
智美が用意した湯をテーブルに置いて近寄った。
二人は絶句した。
瑠璃の体の見えない部分に、いくつもの痣ができていた。しかもそれらはここ最近に出来たものだけでないものが多く、黄色く変色しているものすらあり、背骨に沿うようにしてそれらは多く、腹部にはタバコが押し付けられた痕まで付いていた。
二人はお互いに視線を交した。
「……どうしようか」
「とりあえず体を拭いてあげましょ」
智美はぬるま湯にタオルを浸し、傷口にしみないよう注意を払いながら丁寧に体を拭いていった。
「これ、虐待だよね」
春海の顔は強ばり青ざめていた。
「多分ね。さて、放っておけないわね、これは」
智美は腕を組み、「とりあえず運ぶわ」と瑠璃を抱えた。
「このままだと誘拐になっちゃうから、この子のお家教えて」
春海は思い切り首を振る。
「危ないよ!」
腕がカタカタと震えていた。
「やだ、あなたに空手を吹き込んだのは誰?」
そう言って智美は不敵に笑ってみせる。
「でも」
と春海は渋る。
「大丈夫。今はあの子を最優先に考えましょう」
智美は真剣な瞳で春海を見つめた。
春海はその瞳に気圧され、嫌々ながら頷いた。
「さっきも言った通り、この家を右手に真っ直ぐ行ってカーブミラーがある所を右に曲がったところ。白い外観に……とにかく大きいから多分わかる。表札は『檜木』だよ」
「ありがとう愛娘」
くしゃりと頭を撫で、小さなバックを手に取り玄関へ向かう。
「あ。もし目を覚ましても、必要以上に近づいちゃダメよ。まぁすぐ帰るから、それまでは……頑張って!」
「そんな適当な」
母のウインクに春海はこめかみを押さえる。
「任せたわよー」
と手を振りながら玄関の戸を閉めた。
「よし、やるか」
広翔は璃久の家に泊まる。達海が帰ってくるのは夜遅くになるだろう。
「しっかりしなきゃ」
ふーっと気合を入れ、瑠璃の眠る部屋へと足を運んだ。
極力音を出さないよう気をつけたつもりだったが、瑠璃がちょうど目を覚ました。
「だれ」
怯えた瞳だった。
初めて目が合った気がする。今までは話しかけても逃げられてたから。
「私は葛西春海。あなたは?」
ゆっくりと歩み寄ろうとすると、瑠璃が引きつった顔になる。
「あらら。じゃあわかった。私はここから動かないわ。あなたに近づかないって約束する。だから、ねぇ、名前は?」
笑顔を向ける。
本当は名前は知っているが、彼女の口から聞きたかった。
「檜木、瑠璃」
「るりちゃんね。ねぇ、痛そうだけど、その傷どうしたの?」
腕に付いた痣を指す。
瑠璃は慌てて腕を布団の中に隠した。
「学校でやられたの?」
瑠璃は俯いて唇を噛んだ。
「あなたに関係ない」
絞り出すような声だった。
「関係ない……まぁ、確かに。じゃあ仕方ない。詮索はやめるわ」
両手を上げて肩を竦めてみせる。
「あ、ちょっとまっててね」
と扉を開け放し、自分の部屋へと歩く。
少し近づくだけであの脅えようだ。走る音もダメかもしれない。
「おまたせー」
と言いながら、彼女は抱えていたものたちをベッドにぶちまけた。
「つまんないからゲームしよーよ。あ、人生ゲーム。人生ゲームやろう」
ガチャガチャと色々なものを退かして人生ゲームを取り出す。
「なにそれ」
瑠璃は未だ疑いの目で春海を見ている。
「んーとね、サイコロ振って出た目の数のとこに止まってー、そこに書かれたミッションをやるんだよ」
テキパキと用意し、またベッドから離れる。
「近づかないから、そのお金取ってよ。それ最初の所持金。まぁルールはその都度説明するからさ」
邪気のない笑顔を瑠璃に向ける。
瑠璃はおずおずとお金と自分の馬を受け取り、スタート地点に置いた。
「じゃーまず私が見本みせるから、るりちゃんは私の後にサイコロ振ってね。あ、近づくからちょっと下がって」
と、ベッドに広げられたマップの上で春海がサイコロを転がすのを合図にゲームがスタートした。
「これは、最初で最後のあなたたちの家族写真」
そう言えばそんなものを撮った記憶があるような、と広翔は受け取る。
幼い広翔は恥ずかしがりで、写真を撮るのを嫌がった。そのため写真は滅多に撮らなかった。とは言いつつも、両親はひそかに子どもたちの写真を残していたのだが。それは広翔の知るところではなかった。
今更そんなことを悔やむなんて。
家族写真も一枚しか撮らなかった。
その一枚も燃えていたらと思うと鳥肌が立つ。
写真には笑顔でカメラに向かってピースしている春海と、父にしがみついてる広翔、それを微笑みながら見てる両親二人の日常が映されていた。
達海がタイミングよくシャッターを切ったものだった。
当時はその父をなじったものだったが、今となっては感謝しかない。
一足先に自室に籠り、寝支度を整える。
写真を余っている写真立てに入れ、勉強机の上に飾った。
「おやすみなさい」
うっすらと笑みを浮かべ、写真に向かって声をかけてからベッドにもぞもぞと入る。
数分と経たないうちに部屋に寝息が響いた。
***
「これは、酷い」
春海が声を漏らす。
習い事の帰り道、春海が公園を横切ろうとするとベンチに生傷だらけの女の子が横たわっていた。
「ん……?ちょ、るりちゃん!?るりちゃんじゃん!大丈夫……なわけないか。とりあえず──……」
と言うなり、春海はひょいと瑠璃を背に乗せた。いわゆる「おんぶ」というやつだ。
そのまま春海は瑠璃を家に連れ帰ることにした。
瑠璃はほんの一ヶ月前くらいに引っ越してきた子どもだ。
人目見た時から「かわいい!」と思い、話しかけた。だが、怯えられた。
それからは話しかけるのを控えていたが、時々見かけて不安にはなっていた。
体の所々に痣があったからだ。
そんな彼女がぐったりと倒れているのは放っておけない。
「え!?誰その子!」
家に連れ帰ると、母の智美が目を丸くして駆け寄ってきた。
「瑠璃ちゃん。えーと、ほら。ここから歩いて五分くらいのとこの豪邸に住む子だよ」
早口に説明しながら救急箱を取り出す。
「とりあえず血が出てるとこ消毒して……体汚れてるから洗……げっ」
唐突に春海が声を上げた。
「どした?」
智美が用意した湯をテーブルに置いて近寄った。
二人は絶句した。
瑠璃の体の見えない部分に、いくつもの痣ができていた。しかもそれらはここ最近に出来たものだけでないものが多く、黄色く変色しているものすらあり、背骨に沿うようにしてそれらは多く、腹部にはタバコが押し付けられた痕まで付いていた。
二人はお互いに視線を交した。
「……どうしようか」
「とりあえず体を拭いてあげましょ」
智美はぬるま湯にタオルを浸し、傷口にしみないよう注意を払いながら丁寧に体を拭いていった。
「これ、虐待だよね」
春海の顔は強ばり青ざめていた。
「多分ね。さて、放っておけないわね、これは」
智美は腕を組み、「とりあえず運ぶわ」と瑠璃を抱えた。
「このままだと誘拐になっちゃうから、この子のお家教えて」
春海は思い切り首を振る。
「危ないよ!」
腕がカタカタと震えていた。
「やだ、あなたに空手を吹き込んだのは誰?」
そう言って智美は不敵に笑ってみせる。
「でも」
と春海は渋る。
「大丈夫。今はあの子を最優先に考えましょう」
智美は真剣な瞳で春海を見つめた。
春海はその瞳に気圧され、嫌々ながら頷いた。
「さっきも言った通り、この家を右手に真っ直ぐ行ってカーブミラーがある所を右に曲がったところ。白い外観に……とにかく大きいから多分わかる。表札は『檜木』だよ」
「ありがとう愛娘」
くしゃりと頭を撫で、小さなバックを手に取り玄関へ向かう。
「あ。もし目を覚ましても、必要以上に近づいちゃダメよ。まぁすぐ帰るから、それまでは……頑張って!」
「そんな適当な」
母のウインクに春海はこめかみを押さえる。
「任せたわよー」
と手を振りながら玄関の戸を閉めた。
「よし、やるか」
広翔は璃久の家に泊まる。達海が帰ってくるのは夜遅くになるだろう。
「しっかりしなきゃ」
ふーっと気合を入れ、瑠璃の眠る部屋へと足を運んだ。
極力音を出さないよう気をつけたつもりだったが、瑠璃がちょうど目を覚ました。
「だれ」
怯えた瞳だった。
初めて目が合った気がする。今までは話しかけても逃げられてたから。
「私は葛西春海。あなたは?」
ゆっくりと歩み寄ろうとすると、瑠璃が引きつった顔になる。
「あらら。じゃあわかった。私はここから動かないわ。あなたに近づかないって約束する。だから、ねぇ、名前は?」
笑顔を向ける。
本当は名前は知っているが、彼女の口から聞きたかった。
「檜木、瑠璃」
「るりちゃんね。ねぇ、痛そうだけど、その傷どうしたの?」
腕に付いた痣を指す。
瑠璃は慌てて腕を布団の中に隠した。
「学校でやられたの?」
瑠璃は俯いて唇を噛んだ。
「あなたに関係ない」
絞り出すような声だった。
「関係ない……まぁ、確かに。じゃあ仕方ない。詮索はやめるわ」
両手を上げて肩を竦めてみせる。
「あ、ちょっとまっててね」
と扉を開け放し、自分の部屋へと歩く。
少し近づくだけであの脅えようだ。走る音もダメかもしれない。
「おまたせー」
と言いながら、彼女は抱えていたものたちをベッドにぶちまけた。
「つまんないからゲームしよーよ。あ、人生ゲーム。人生ゲームやろう」
ガチャガチャと色々なものを退かして人生ゲームを取り出す。
「なにそれ」
瑠璃は未だ疑いの目で春海を見ている。
「んーとね、サイコロ振って出た目の数のとこに止まってー、そこに書かれたミッションをやるんだよ」
テキパキと用意し、またベッドから離れる。
「近づかないから、そのお金取ってよ。それ最初の所持金。まぁルールはその都度説明するからさ」
邪気のない笑顔を瑠璃に向ける。
瑠璃はおずおずとお金と自分の馬を受け取り、スタート地点に置いた。
「じゃーまず私が見本みせるから、るりちゃんは私の後にサイコロ振ってね。あ、近づくからちょっと下がって」
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