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九章
道標
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檜木家から出た時、広翔は冤罪の人はこういう気分なのだろうか、と思った。
外には野次馬でごった返し、テレビインタビューまで受けている者までいる。
「ええ、まさか誘拐だなんて。──まぁでも確かに無愛想だし。それに奥様も犯罪者なのでしょう?」
「私は怪しいと思っていたのよ、毎日毎日帰る時間を早めていたようだし」
念入りに化粧した顔を晒し、得意気に喋っている彼女らをこれ以上なく不快に思う。テレビのインタビュアーにも同様の気分を覚えた。
「じゃあ皆、パトカー乗って」
小泉の指示で遠子と璃久は違うパトカーに誘導される。
澄香と同じ車に乗ろうと振り返るも、
「じゃあ二人ずつ別れてもらうから……女同士男同士の方がいいかな」
小泉の指示に従う警察官が澄香の手を引こうとした。
澄香は反射的にヒュッと喉を鳴らし、パシンと手を払った。
「は?何するんだ君」
少しムッとした警察官が「いいから指示に従いなさい」と強引にパトカーに押し込もうとする。
「やめてください」
慌てて広翔が間に入る。
警察官は「なんだよ」とでも言いたげに広翔を睨む。
「彼女はほんの数分前まで虐待を受けていたようなものです。そんな彼女がすぐに赤の他人の、まして男の人にノコノコとついていけるわけがないです」
広翔の指摘に警察官はぐっと言葉に詰まる。
だが、
「なら、尚更肉親と一緒の方が良いだろう。さっさと乗ってくれないか」
とイライラしたような口調で言う。
自分の思い通りに動かないのが相当気に食わないらしい。
「ちょっと桐田君?何やってるの?」
揉めているのを見つけ、小泉が駆け寄ってくる。
桐田と呼ばれた警察官は苦い顔をした。
「いえ、この子らがなかなか言うことを聞かなくて」
頭を掻きながら言う桐田をじっと見つめ、小泉は広翔を次いで見た。
「どうしたの?」
「男女で別れて乗れと言われたので抵抗しました」
桐田は、悪びれなく言ってのける広翔を冷たい目で見る。
「全く。そんなことしてるうちにどんどん時間は流れていくんです。俺たちは他にもやることはたっくさんあるんですよ」
はーっと大袈裟に溜息を吐く桐田に、小泉は「桐田」と名を呼んだ。
「はっ!」
小泉の纏う空気が変わったのを察し、慌てて敬礼する。
「時間が勿体ないと言うのなら、被害者の要望に合わせれば済む話です。それに、ほんの少し前まで恐怖のどん底に居た子たちを労わないとはどういう了見ですか?被害者に寄り添い、被害者のことを考えて行動なさい。警察官は市民あってのものですよ。決して警察官が偉いなどと奢るんじゃありません」
小泉が「わかりましたか?」と冷ややかに言うと、桐田はその剣幕に圧倒されて何度も頷いた。
「す、すみませんでした。じゃあ、どうぞお乗り下さい」
先程とは打って変わって殊勝な態度になる。
小泉の説教はかなり威力が強いようだ。
警察側、というか小泉の計らいで、澄香と広翔が乗るパトカーには婦警のみが同行することになった。
だが、移動中も澄香は広翔の腕の布地を掴んで離さなかった。
「先輩、俺が送った花の画像見てくれました?」
広翔は唐突にそんなことを言った。
澄香は軽く目を見張り、ややあって頷く。
「あれ、花言葉わかりました?」
いたずらっぽい笑みを浮かべる広翔に、顔を綻ばせた。
スマホを取り出し、文字を打ち始めた。
ピロンと広翔のスマホが音を立てる。
【待ってた】
広翔は小さく頷き、「待たせてすみませんでした」と謝る。
澄香は軽くかぶりを振り、
【来てくれて本当に嬉しかった。広翔君の声がした時も、幻かと思った。私が生み出した幻影があの人に重なって見えてしまったのかと思って体が硬直した。ほら、私目があまり見えないから】
と苦笑を浮かべる。
「送った画像のアネモネは、夏休み中に植えたんです」
広翔が突拍子もなくそう切り出す。
澄香は眉を寄せながらも小さく頷く。
「俺、花の育てかたとかやっぱまだよくわからないんです。今、アネモネ枯れかけてますし」
ため息混じりに口を尖らせる広翔を見て、澄香は小さく笑う。
【最初は皆そんなものだよ】
クスクス、と声にならない笑い声を響かせる澄香を見て広翔も笑う。
「──だから、先輩がいてくれなきゃ駄目なんだ」
花にかこつけてしか言えないのも何だか決まらない。
ここでやはり自分はチキンだと思わされる。
広翔は澄香の手を軽く握り、息を吸い込んで言った。
「傍にいてよ」
目を逸らし、頬を赤らめながら広翔は言った。
澄香は大きく目を見張り、やがて泣きそうな顔で微笑った。
パトカーに同行した婦警たちはニヤつきを抑えきれずにその光景を眺めた。
色づいた紅葉が道路を真っ赤に染め、赤い絨毯となっていた。
外には野次馬でごった返し、テレビインタビューまで受けている者までいる。
「ええ、まさか誘拐だなんて。──まぁでも確かに無愛想だし。それに奥様も犯罪者なのでしょう?」
「私は怪しいと思っていたのよ、毎日毎日帰る時間を早めていたようだし」
念入りに化粧した顔を晒し、得意気に喋っている彼女らをこれ以上なく不快に思う。テレビのインタビュアーにも同様の気分を覚えた。
「じゃあ皆、パトカー乗って」
小泉の指示で遠子と璃久は違うパトカーに誘導される。
澄香と同じ車に乗ろうと振り返るも、
「じゃあ二人ずつ別れてもらうから……女同士男同士の方がいいかな」
小泉の指示に従う警察官が澄香の手を引こうとした。
澄香は反射的にヒュッと喉を鳴らし、パシンと手を払った。
「は?何するんだ君」
少しムッとした警察官が「いいから指示に従いなさい」と強引にパトカーに押し込もうとする。
「やめてください」
慌てて広翔が間に入る。
警察官は「なんだよ」とでも言いたげに広翔を睨む。
「彼女はほんの数分前まで虐待を受けていたようなものです。そんな彼女がすぐに赤の他人の、まして男の人にノコノコとついていけるわけがないです」
広翔の指摘に警察官はぐっと言葉に詰まる。
だが、
「なら、尚更肉親と一緒の方が良いだろう。さっさと乗ってくれないか」
とイライラしたような口調で言う。
自分の思い通りに動かないのが相当気に食わないらしい。
「ちょっと桐田君?何やってるの?」
揉めているのを見つけ、小泉が駆け寄ってくる。
桐田と呼ばれた警察官は苦い顔をした。
「いえ、この子らがなかなか言うことを聞かなくて」
頭を掻きながら言う桐田をじっと見つめ、小泉は広翔を次いで見た。
「どうしたの?」
「男女で別れて乗れと言われたので抵抗しました」
桐田は、悪びれなく言ってのける広翔を冷たい目で見る。
「全く。そんなことしてるうちにどんどん時間は流れていくんです。俺たちは他にもやることはたっくさんあるんですよ」
はーっと大袈裟に溜息を吐く桐田に、小泉は「桐田」と名を呼んだ。
「はっ!」
小泉の纏う空気が変わったのを察し、慌てて敬礼する。
「時間が勿体ないと言うのなら、被害者の要望に合わせれば済む話です。それに、ほんの少し前まで恐怖のどん底に居た子たちを労わないとはどういう了見ですか?被害者に寄り添い、被害者のことを考えて行動なさい。警察官は市民あってのものですよ。決して警察官が偉いなどと奢るんじゃありません」
小泉が「わかりましたか?」と冷ややかに言うと、桐田はその剣幕に圧倒されて何度も頷いた。
「す、すみませんでした。じゃあ、どうぞお乗り下さい」
先程とは打って変わって殊勝な態度になる。
小泉の説教はかなり威力が強いようだ。
警察側、というか小泉の計らいで、澄香と広翔が乗るパトカーには婦警のみが同行することになった。
だが、移動中も澄香は広翔の腕の布地を掴んで離さなかった。
「先輩、俺が送った花の画像見てくれました?」
広翔は唐突にそんなことを言った。
澄香は軽く目を見張り、ややあって頷く。
「あれ、花言葉わかりました?」
いたずらっぽい笑みを浮かべる広翔に、顔を綻ばせた。
スマホを取り出し、文字を打ち始めた。
ピロンと広翔のスマホが音を立てる。
【待ってた】
広翔は小さく頷き、「待たせてすみませんでした」と謝る。
澄香は軽くかぶりを振り、
【来てくれて本当に嬉しかった。広翔君の声がした時も、幻かと思った。私が生み出した幻影があの人に重なって見えてしまったのかと思って体が硬直した。ほら、私目があまり見えないから】
と苦笑を浮かべる。
「送った画像のアネモネは、夏休み中に植えたんです」
広翔が突拍子もなくそう切り出す。
澄香は眉を寄せながらも小さく頷く。
「俺、花の育てかたとかやっぱまだよくわからないんです。今、アネモネ枯れかけてますし」
ため息混じりに口を尖らせる広翔を見て、澄香は小さく笑う。
【最初は皆そんなものだよ】
クスクス、と声にならない笑い声を響かせる澄香を見て広翔も笑う。
「──だから、先輩がいてくれなきゃ駄目なんだ」
花にかこつけてしか言えないのも何だか決まらない。
ここでやはり自分はチキンだと思わされる。
広翔は澄香の手を軽く握り、息を吸い込んで言った。
「傍にいてよ」
目を逸らし、頬を赤らめながら広翔は言った。
澄香は大きく目を見張り、やがて泣きそうな顔で微笑った。
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色づいた紅葉が道路を真っ赤に染め、赤い絨毯となっていた。
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