モメント 〜夢の真実を求めて五界を巡る〜

キマリ

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幻想界編

第1話 扉の向こうで出会った世界(後編)

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自分が何してるか、全然わからなかった。
 ただ、あの子の泣き声が、足を押した。

 魔物の腕が振り下ろされ、世界が横に歪む。
 俺は飛び込んで、覆いかぶさる。
 衝撃。背中。肺の空気が全部抜ける。視界が千切れて白黒になり、耳鳴りで頭が割れそうだ。

 転がる。地面の砂利が皮膚に貼り付き、血の味が口に広がる。
 息が、吸えない。痛い。痛い。痛い。

「――志雄!」

 氷河の声がする。遠い。
 あの子の泣き声は、近い。俺の腕の中で、震えている。
 守れたのか?よくわからない。次の一撃が来たら、終わる。

(何やってんだよ、俺)
(体が勝手に動いちまった)
(あんな化け物、勝てるわけ――ないのに)

 喉の奥で笑いかけて、咳になった。血が跳ねる。
 膝から力が抜け、腕の感覚が遠のく。
 それでも離すわけにはいかなかった。離したら、こいつは――

「――何でもいい...」

 誰に向かって言っているのかわからない。
 祈りというやつを、俺は教わったことがない。
 でも今、祈る方法は、それしかなかった。

「あの子を助けられる力を……くれ。
 ここで、目の前の小さな子供を、見殺しになんて、できるわけ――ねえだろ……ッ」
「あの子には、未来があるんだから……!」

 胸の奥で、何かが弾けた。

 ペンダントが熱い。
 いや、熱いじゃ足りない。燃える。
 胸骨の裏から炎が生えて、血流に乗って腕まで駆け上がり、指先から世界へ染み出す。

 視界の端で、氷河の刀が地面に落ちているのが見えた。
 俺は、這うみたいに手を伸ばし、刃に触れた。

 火が、移る。

 刃の輪郭が赤に滲み、空気が爆ぜ、風が炎の形を学ぶ。
 氷河が反射的に駆け寄り、柄を掴んだ途端――火は綺麗な剣筋になった。

「君……火属性か!」

「知らねえよ……!俺だって今、初めてだよ!」

 痛みは消えない。でも、恐怖の形が変わった。
 逃げたい、から――終わらせたい、に。

「下がっていろ!」

 氷河が前に出る。炎が彼の周囲でひるがえり、刀身は太陽を飲んだみたいに輝く。
 魔物が咆哮し、煙が腕になって振り抜かれる。
 氷河の剣がそこに入り、断った。
 赤い軌跡が空を裂き、熱が残像を焼く。動きは無駄がなく、恐ろしく静かだ。

 俺は地面に手をつきながら、あの子を背中越しに庇い、必死に目で追う。
 炎は俺の意識からも少し漏れて、砂利の隙間でチリチリと踊る。
 たぶん、俺のせいだ。
 でも今は、それでいい。

「――今だ、篝 志雄!」

 呼ばれて、反射的に立とうとして、膝が笑う。
 痛みで視界が滲む。それでも前を見る。
 氷河の炎刃が魔物の懐へ滑り込み、俺の視界に“模様”が走った。
 煙の胸腔、円と線が脈打っている。ニュースの断片で見た“不可解な光”の、完成形――陣だ。

「そこだ!」

 氷河の一閃が核を穿つ。
 赤熱の軌跡、爆ぜる熱風、黒煙が裂け――獣は膝を折った。

 ……終わる。
 そう思った瞬間、別の色が爆ぜた。赤でも白でもない、皮膚の裏側を撫でるみたいな薄い青。

「――待て」

 氷河の声が鋭く落ちる。
 魔物の体内で、第二の魔法陣が花開いた。幾何学が重なり、未知の文字が連鎖する。
 それは“死に際の反射”じゃない。**狙い澄ました“起動”**だ。

「……転移魔法!? 下級個体が、そんな……!」

 空間が撓み、冷気と静電気が混ざった匂いが鼻腔を刺す。
 次の瞬間、地面ではなく俺の足元が光った。

「っ――!?」

 視界の端で、ランドセルの少女がしゃくり上げるのが見えた。光は彼女を避けている。
 違和感が、理解に到達するより先に、脊髄を冷やす。

(狙いは……俺?)

 ペンダントが熱を上げる。
 薄青の術式が、俺の輪郭を“選ぶ”ように絡みつく。

「篝、離れろ!」
「離れろって、どうやってだよ!」

 氷河が踏み込む。刃が青を断とうとして、弾かれた。
 剣は熱を持ち、空気が悲鳴を上げる。だが、術式は俺だけを肯定し続ける。

「なぜだ――なぜあの魔物が転移魔法を使う!? 誰が与えた!? 明らかに、この世界には“何か”とてつもないことが起きてる!」

 氷河の叫びが遠のく。耳の奥で空洞が開く。
 俺は地面を掴む。砂利が指に食い込み、血が滲む。それでも、引き剥がせない。

「おい、女の子を――安全なとこへ!」

 自分でも驚くほど、声はまっすぐに出た。
 氷河が迷いなく頷くのが見えた。彼は少女の前に膝をつき、短く告げる。

「目を閉じて。耳を塞いで」

 次の瞬間、世界がひっくり返った。

 重力が横倒しになり、胃が喉から抜ける。
 白。青。黒。無音。
 俺は、何かの外側に弾き出された。

 空だ。

 気づいた時には、森の上空を落ちていた。
 木々が切り絵みたいに近づき、風が顔面を殴る。肺が悲鳴を上げ、眼球の裏がきしむ。

(終わ――)

 言葉は最後まで結べなかった。
 枝が前腕を叩き、背中が幹に擦れ、視界が白に弾け――暗転した。

 音が、あとから戻ってきた。
 葉擦れ。鳥の声。遠くで水が落ちる音。
 土の匂い。湿った草の触感。体の下に広葉樹の冷たさ。

(……痛っ、……い……)

 思考はゆっくりと浮上する。
 指先が、土を掴む。砂が爪の間に入り、ひやりとした石が触れる。
 胸の中で、ペンダントが微かに脈を打った。まだ、熱の名残がある。

(ここ、どこだ。……)

 瞼が重い。
 世界が暗い布で包まれていて、端から少しずつ解けていくみたいだ。
 顔を横に向ける。頬に草の匂いが移る。

(氷河は……?)

 返事の代わりに、柔らかい声が落ちた。

「……あの、大丈夫ですか?」

 水面に落ちた一滴みたいに、声は静かに広がった。
 瞼が、重力に逆らう。
 ぼやけた視界に、光の縁どり。逆光に白く縁取られた輪郭が、そっと覗き込んでいる。

 金色の瞳があった。
 大きく、驚いたように丸く、でも、真剣に心配している色。
 短い白に近い金髪が、風でさらりと揺れ、頬の線が柔らかく動く。

「……っ」

 喉が乾いて声にならない。
 彼女は慌てて、小さな水筒の栓を開け、蓋を差し出した。蓋は器になっていて、透明な水が揺れる。

「あ、あの、無理に起き上がらないでください。頭、打ってます。
 もし痛みが強かったら、……少し、楽になるようにしますから」

 言葉は落ち着いていた。けれど末尾が少しだけ震えている。
 初対面の誰かを前に、怯えと勇気を同時に抱えている人間の、声音だ。

 俺は、蓋に口をつけた。冷たい。舌のひび割れに沁みて、生きた実感が戻る。

「……ここ、は」

「森です。この辺りは……王都から、かなり離れていて……」
 言いかけて、彼女はふっと息を飲む。
 俺の胸元――ペンダントに一瞬、視線が落ちた。
 赤い石が、まだ微かに明滅している。

 彼女は、ほんの僅かに目を細め、決意の色を帯びた。

「――すみません。自己紹介、まだでした。
 わ、私、雪代ツムギといいます。ツムギでいいです」

 名前が、森の空気に馴染んだ。
 俺は遅れて、自分の名前を探す。舌の上で転がして、落とす。

「……篝、志雄。……助かった、のか、俺」

「はい。落ちてくる音が聞こえたので、走ってきました。……間に合って、良かった」

 ツムギの笑みは、控えめで、やさしい。
 そのやさしさに、胸の奥が一瞬だけ軋む。
 現界の夕暮れ。廃工場。氷河。少女。薄青の術式。
 断片が、まだ繋がらない。

 遠くで、角笛のような音が一度だけ鳴った。森の向こう。風の向きがわずかに変わる。

 ツムギは空を一瞥し、膝をついたまま、真っ直ぐに俺を見た。

「詳しいことは、ここでは……。
 王都に行けば、話せる人が、きっといます」

 俺は、頷く以外にできることがなかった。
 頷いた瞬間、視界の縁が、また暗くなる。
 眠りが背中から擦り寄ってきて、草の匂いと、彼女の息遣いを巻き込む。

 落ちる前に、ツムギの声が、もう一度だけ追いかけてきた。

「――大丈夫です。志雄くん」

 名前を呼ばれた。
 目を閉じる。
 暗転。

 《つづく。》
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