【完結】奴隷商から逃げ出した動物好きなお人よしは、クロヒョウ獣人に溺愛されて、動物知識と魔法契約でその異世界を生きる。【一部R18有】

月にひにけに

文字の大きさ
60 / 91
第三章 終わりの始まり

58.焦燥 ⭐︎

しおりを挟む
「軽く忘れ掛けてたんだけど、もう1人いるんだよね……っ!?」

 アレックスの世話係を引き受けたアスラはいち早くヘレナを部屋から追い出すと、一団を白虎に任せて街の宿屋へ風のように走り去った。

 アレックスの気に当てられた疲労を抱え、続々と部屋を退出する面々と共に初音が大きく息を吐く。

「ジーク、お疲れさま……。えと、ひとまず次行こうか……って、えっ!?」

 はぁと部屋を出ようとした初音はジークに腕を引かれて、閉めた扉を背に目を瞬かせた。

「え!? ジー……んっ!?」

 ぐいとその唇を強く押しつけられたと思ったら、唇に割り込んできたものに舌を絡み取られる。

 あまりのことに思わず固まる暇もなく、貪るように奪われて初音の身体が震えた。

「ジークっ、ちょっ、何、どうし……っ!!」

 そのまま抱き込むように耳から首筋を甘噛みされ、滑り込んだ手に腰から背中を撫で上げられて、初音は思わず小さな悲鳴を上げる。

「ジーク!?」

 いくらなんでも今じゃないでしょと真っ赤な顔でその顔を覗き見れば、どう見ても様子のおかしいジークの赤い顔に初音の目が点になった。

「……え、なに、いったいどうしたの……っ!?」

 えぇっ!? とその両頬を両手で挟むと、怒ったような拗ねたようなよくわからない表情で、ジークはむむむと眉根を寄せる。

「……足りない」

「足りな……って、えぇ!?」

 言うが否や、両手首を取られて再び唇を塞がれた。

「ちょっ、ぁっ、ジーク……っ! こ、こんなことしてる場合じゃ……っ!!」

 首筋から胸元までに降り注ぐ軽微な刺激に、どんどんと反応してしまう身体を持て余して初音は戸惑う。

ーーこ、これは、どう考えてもアレックスさんへの牽制的なマーキング……っ!!?

 初音の肌へとムキになったように赤い跡を散らしていくジークが、かわいいような嬉しいようなで、ぎゅうとなってしまう胸に抵抗もできない。

「も……っ、待っ……っ」

 ずるずるとへたり込む初音を追いかけて尚も唇を塞ぐジークに、初音は熱に浮かされた顔で好きにされるほかなかった。

 はぁと息を吐いてからようやくと身体を離したジークは、荒い息で乱れた様相の初音にグゥと喉を鳴らす。

 蒸気した首元に散るたくさんの赤い花の一つにもう一度口付けると、初音の唇を舐めてその身体をぎゅうと抱きしめた。

「ちょ、え? なに、猫科……同士だから? え? でも白虎さんとか……っ」

「……あそこはもう夫婦だろう」

「いや、まぁ、そうなんですけど……っ」

 プライドと呼ばれる群れを作るライオンは別として、基本的に猫科は相手を決めないというか、単独行動の傾向が強いはずですよね? なんて突っ込めるはずもなく、初音は返答に窮する。

「…………不安になっちゃったの……?」

「…………っ!」

 赤い顔でボソリと呟いた初音の言葉に、茹蛸のように耳まで真っ赤になるジークが意外すぎて、あまりの可愛さに初音は思わずと打ち震える。

ーーか、かわいすぎる……っっ!!

 耳まで真っ赤のまま変な汗をかいて視線を彷徨わせるジークに、きゅうううっと鳴る胸を自覚した初音は思わずと口を押さえた。

「もう、ほんとかわいいっ!!」

「はっ!??」

 ガバリと逆に押し倒し、尻餅をついたジークに抱き止められながらその身体をぎゅうと初音は抱きしめる。

 赤い顔でまんまるの目をするジークの両頬に触れて、初音は唇を重ねると鼻先が触れ合う距離でふっと笑う。

「こんなにカッコよくて可愛くて優しいジークがそばにいてくれるのに、他が気になるわけないじゃん……っ!」

「……かわいいは余計だ……っ!」

 むぅと赤い顔で金の瞳を細めたジークは、そのまま初音の腰と首を素早く捕らえて引き寄せると深く唇を重ね合わせたーー。





ーー運がよかったね。ほら、さっさと行きな。今ならまだ追いつけるかも知れないよ。

 乱雑に首根っこを掴まれたまま、必死に暴れ叫んだ声は枯れ果てて、遠ざかる家族たちの黄色い背中は滲んだ視界の先に消えた。

 獣の素養を多く残した獣人の子どもを、ハンターの手から助けてくれた長い髪の人間の女。

 結局その後もはぐれた家族と再会することは出来なかったけれど、その人間がいなければアイラの家族と出会うことも、初音と今こうして立っていることも、きっとなかったからーー。

「あなたはーー……」

「え、知り合い……?」

 アレックスたちとは違う部屋に通していた妙齢の女は、出されたお茶のカップを置いて立ち上がると、初音とジークの顔を見てニコリと微笑む。

「異世界人の理恵と申します。こちらに来て10年以上、人里より逃げ隠れて暮らしていました。今回の初音さんの話しを聞き、こうして訪問した次第です」

 そう言って穏やかに笑う理恵は、戸惑いを隠せない顔で立ち尽くすジークに目を止めた。

「以前にどこかで、お会いしていましたか?」

 理恵の穏やかなその声と瞳が、ジークの記憶と重なったーー。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

独身皇帝は秘書を独占して溺愛したい

狭山雪菜
恋愛
ナンシー・ヤンは、ヤン侯爵家の令嬢で、行き遅れとして皇帝の専属秘書官として働いていた。 ある時、秘書長に独身の皇帝の花嫁候補を作るようにと言われ、直接令嬢と話すために舞踏会へと出ると、何故か皇帝の怒りを買ってしまい…? この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

処理中です...