【完結】奴隷商から逃げ出した動物好きなお人よしは、クロヒョウ獣人に溺愛されて、動物知識と魔法契約でその異世界を生きる。【一部R18有】

月にひにけに

文字の大きさ
61 / 91
第三章 終わりの始まり

59.仇(あだ)

しおりを挟む
 はぁはぁと息を切らせて走る初音は、まるで遊ばれているように追い詰められているのがわかって唇を噛む。

「い……っ」

 薄暗く足場の悪い洞窟で足を取られて転んだ先で膝を擦りむき、たらりと血が伝ったのがわかった。

「ほら、言わんこっちゃねぇ。こんなところで人間が走るからだ」

「……っ!!」

 じゃりとその存在感を誇示しながらも、腹が立つほどに余裕しゃくしゃくな顔でゆっくりと後を追ってくるアレックスの気配。

「……くっ!!」

 痛む足を叱咤して、初音は歯を噛み締めて再び走り出す。

 そんな初音の肩をぐいと掴んで、事もなげに壁へと押しつけたアレックスはニヤリと笑う。

「いい加減に諦めて、俺様の女になれ。安心しろ、見ての通り女の扱いには慣れてるから、痛くなんてしねぇ。……大人しくしてたらな」

 ぐいとあごを掴まれた先にある肉食の瞳に、初音は目を見開いたーー。





 時は少し遡り、突然に現れた訪問客の存在が意識されながらも、特に変わり映えのない日々が過ぎていた。

「……あの人たちいつまでいるの?」

「アイラちゃん……」

 街の店先で騒がしく飲み食いしているアレックスの一団を遠目に眺めて、ボソリと呟くアイラに初音が苦笑する。

「……あの人たちは……誰ですか?」

 珍しく反応を見せた蘇芳に少し驚きつつも、初音はそっと耳打ちした。

「へぇ、ライオン……」

 相変わらず反応は薄いけれど、少しばかり動くようになった表情に初音は頬を緩める。

「アスラっち疲れてない?」

「うん、多少交代してるとは言え、どうしても動向が心配だからってずっとついていてくれてるから……」

「そろそろ帰って欲しいところなんだがな……」

 腕を組んではぁとため息を吐くジークに、初音は再び苦笑する。

 アスラの案内の元に国を満喫するアレックスたちの一方で、アスラが抜けた穴を補填するに足りない途上国の整備は日に日に滞っていた。

「初音」

「え?」

 穏やかに話していた空気が一変し、にわかに緊張が走るジークの声音に顔を上げた初音は、気づけば目の前に仁王立ちに立っているアレックスに仰け反る。

「久しぶりだな、クロヒョウと女。滞在中の歓待を誠に感謝する。実に素晴らしい」

「お気に召したようで良かったです」

 警戒心マックスのジークに代わり、初音は意識的な笑顔を浮かべて口を開く。

「実に良かった。人間の暮らしとやらも悪くない。……でだ」

 余裕の表情で笑うアレックスは、ジークを流し見て、初音を見下ろす。

「喜べ女、お前を俺様の女にしてやろう」

「……は……?」

 目を点に戸惑う初音とは対照的に、即座に青筋を浮かべてアレックスを睨み上げるジークは牙を剥く。

「寝言は寝てから言え……っ!!」

「お前は王に相応しくない。そして、女は強い者のモノであることが相応しい」

「アスラっ!!」

 初音をアイラたちと共に背後へ追いやって、焔を巻き上げながら叫ぶジークに素早く距離を取るアレックス。

「碌なこと考えてなさそうだとは思ったが、正面突破とはほとほと恐れ入る……っ!!」

 ボヤきながらも、アレックスに向けて即座に詠唱を始めたアスラの間に、女ライオンの獣人が分け入った。

「おい、邪魔だ……っ!!」

「あんたもねっ!!」

「……っ!?」

 別にいた女ライオンに至近距離でその爪を振りかぶられたアスラの思考が一瞬停止する。

「アスラ殿っ!!」

 バッと両者の間に分け入った白虎に阻まれた女ライオンは、分が悪いと見るや即座に引いた。

「初音様っ! アイラ様方もこちらにっ!!」

 騒ぎを聞きつけて飛んできたヘレナに誘導される初音たちは、アレックスに対峙するジークを振り返る。

「……私から離れないで下さい……っ!!」

「…………お姉……っ」

 気づけば向かう先を、円状に女ライオンの獣人たちに囲まれていることに気づいたヘレナがジリと後退る。

「……狐風情が私たちに勝てる訳ないでしょ……っ!!」

「…………っ!!」

 身構えるヘレナの直前で、女ライオンがその身体を魔法の呪縛に囚われる。

「アスラ様……っ」

 思わずとその姿を振り返るヘレナの横で、アイラの悲鳴が上がった。

「アイラちゃん……っ!」

 同時に三方向から近づく女ライオンを見て、アイラに手を伸ばした初音の腕をヘレナがとっさに掴む。

「アイラ……!?」

 アレックスへ焔をまとって飛び掛からんばかりだったジークが動きを止め、アイラに近づく女ライオンたちへ焔を投げ放ちながら距離を詰める。

 そんなジークに女ライオンたちは身を翻すも、焔を潜り抜けた1人の爪先は止まらない。

「…………っ!!」

 イヤな音と共に散り飛ぶ赤い鮮血に、その場の全員が目を見開いた。

「蘇芳くんっ!!」

「スオーっ!?」

 アイラを庇うように割り込んだ肩口の肉が裂かれ、初音とアイラの声が響く中、蘇芳は顔を歪めて声もなくしゃがみ込む。

「スオーっ!? スオーっ!!」

 油汗を浮かべる蘇芳に動揺するアイラをはじめとした周囲の隙を突いたアレックスが、固まっている初音とヘレナの前に踊り出ていた。

「邪魔だ」

「…………っ!!」

「ヘレナっ!!!!」

 無造作に振り払ったその太い腕に跳ね飛ばされたヘレナの身体が、宙を舞うのにアスラが叫ぶ。

「ヘレナさ……っ!!」

「初音っ!!」

「動くな」

 初音の細い首に、アレックスの大きな手が掛けられていることにその場の全員が動きを止めた。

「少しでも動けばこの首をへし折る」

「…………お前ぇっ!!」

 ブチ切れたアスラの声と同時に瞳に映るのは、うめく初音の声と宙に浮く足。

「動かないで」

 ピタリと動きを止めたアスラの首元に突きつけられる女ライオンの爪先から、一筋の血が流れ落ちる。

 しばしの膠着状態に、その場が静まり返った。

「心から申し訳ないとは思っているんだ。嘘じゃない。だが、わかっただろう? お前じゃ何も守れない」

 首を掴んだ手はそのままに、アレックスは初音の腰を荷物のように抱え上げる。

「……本来なら男と子どもはすべて殺すものだが、俺様に従うのなら功績と歓待の礼代わりに特別に見逃そう。……何、心配するな、この女を殺すなんてつもりはない。ただ、邪魔なく静かに話したいだけだ」

 自分勝手な理論を、その場の壮絶な空気を全く汲みせずにアレックスは並べ立てていく。

「またな、クロヒョウ」

 悠然と笑うアレックスを、ジークの燃えたぎる金の瞳が見つめていたーー。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~

二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。 彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。 そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。 幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。 そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?

悪役令嬢が王太子に掛けられた魅了の呪いを解いて、そのせいで幼児化した結果

下菊みこと
恋愛
愛する人のために頑張った結果、バブちゃんになったお話。 ご都合主義のハッピーエンドのSS。 アルファポリス様でも投稿しています。

処理中です...