お爺さんは山へシバかれに、婚約破棄されたお嬢さんは川へ忖度しに行きました

白風

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 シーンと静まり返った診療所の待合室で、私は一人待っていた。
 ここに連れて来てくれた男性二人は、これから仕事があるらしく、そそくさと帰ってしまった。
 川に流されていたあの人は大丈夫だろうか。
 お医者様に任せるしかない。
 深く息を吐いて顔を上げた時、部屋から看護師さんが出て来た。

「容体は安定しましたよ。中にお入りになりますか?」

 頷き、私は部屋に入った。


 ベッドに横たわる男性は、天井を見ていた視線を私に移すと、上半身を起こそうとした。
 どこか負傷しているのか痛そうに頬を歪ませた。

「横になっていて下さい!」

 私は駆け寄るとその背を支えて、そのままゆっくりベッドに寝かせた。

「すみません。助けていただいたこと、本当に感謝しています。ありがとうございました」

 青く透き通った綺麗な瞳。
 整った顔に金色の髪。

(カッコいい……)

 恋で痛い目にあったばかりだというのに、私は不覚にもときめいてしまった。
 男性は再び「ありがとう」と言いながら、私の手を握った。
 ゴツゴツした男性の手には傷や痣が沢山ついていた。

(何をしている人なんだろう)

 という疑問が浮かんだ。
 身体は細めみたいだから、体力仕事という訳ではなさそうだけど……。
 推測しているとお医者様に椅子を勧められたので、座ることにした。
 体格の良い体をこちらに向け、柔和な笑みを浮かべながら声を掛けてきた。

「お嬢さんが助けてくれなかったら、この男性は溺れて亡くなっていたかもしれませんね。連れて来て下さってありがとうございました」
「そんな、私は何も……。でもお役に立てて良かったです」

 ベッドの男性を見ると、優しい笑顔を浮かべていた。
 えくぼが何だか可愛くて少しキュンとしてしまう。
 カルテに視線を落としていたお医者様が、男性に問いかけた。

「体調は安定して来たようですが、念の為今日は入院した方が良いかと思います」
「これ以上ご迷惑をお掛けする訳には……」

 男性は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
 だがその後のお医者様の説得に負けて、入院することとなった。

「そういえば、身体中に傷がありますが、一体どうされたのですか?」

 眉をハの字に曲げながら質問したお医者様の問いに、男性は困ったように顔を伏せ、小さく呟いた。

「その……修行をしていまして」

『修行?』

 私とお医者様の声が被った。
 騎士でも目指しているのだろうか。
 私の疑問を察したのか、男性が答えた。

「私は強くならなければいけないのです。その為に師匠に稽古をつけてもらっているのです」 

 騎士じゃないとしたら、武道家でも目指しているのだろうか? と思った。
 
「今日も朝から修行していたのですが、師匠の攻撃を受けた時に私がふらついてしまった結果、川に落ちて流されてしまったのです」

『川に落ちた……』

 またお医者様と私の声が被った。
 どんな激しい修行をしているんだ。
 ますます疑問が大きくなってしまった。

「ハロルドさんのご家族には、今晩入院することを私から伝えておきましょうか?」

 ん? ハロルド?
 ああ、この男性の名前か。
 ん? ハロルド?
 まさか……。

「申し遅れました。私はクロス・ハロルドと申します」

 身を起こしたクロス様は柔らかな笑みで私を見つめた。
 ハロルド様って……。

「王族の!?」

 ハロルド様は恥ずかしそうに、だけどどこか不服そうに苦笑いを浮かべた。
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