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第5章 ~ペイン海賊団編~

―1― ジョセフ王子の終わらぬ苦悩(1)~彼らはまた、マリア王女について回想せざるを得ない~

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 アドリアナ王国の民たちの盛大な歓声に包まれ、”希望の光を運ぶ者たち”は出港した。
 魔導士カール・コリン・ウッズと魔導士ダリオ・グレン・レイクも、歓声を上げる民たちに混じり、船の甲板にて手を振る”希望の光を運ぶ者たち”を無事に見送った。

 ルーク・ノア・ロビンソンとディラン・ニール・ハドソンは、先日の港町の暴動を起こしたうちの1人であるティモシー・ロバート・ワイズに酒瓶で殴られたことによって怪我を負い、痛々しい白い包帯をそれぞれの頭に巻いたままであった。
 そして、高名な魔導士であるアダム・ポール・タウンゼントは、同じく高名な魔導士であるが悪しき魔導士としても有名であるサミュエル・メイナード・ヘルキャットに、拳で直接殴られた痕が、その皺が刻まれ日焼けした頬に残っていた。しかも、アダムはそれだけではなく、ヘルキャットの何やら妖しい薬によって、あの出港の日も立っているのもやっとともいえる熱が続いていたようであった。

 妖しい薬。
 普通の人間よりも、不思議なことに魔導士の力を持って生まれた者により強く効く薬。しかもそれは、83才という高齢のアダムよりも、ともに25才の若者である魔導士ピーター・ザック・マッキンタイヤーとミザリー・タラ・レックスの肉体の方により苦痛の楔を残しているらしい。
 ”これ以上”、出港の日時を伸ばすことはできないと、カールとダリオの長年の同僚であるピーターもミザリーも船に乗ることを選択したが、彼らは今も船室でしつこい熱に浮かされているに違いなかった。

 港町での暴動の後始末を終えたカールとダリオは、揃って首都シャノンの城の長い廊下を歩いていた。
 アドリアナ王国 第一王子ジョセフ・エドワードに、自分たちの帰城の挨拶、そして”本来なら”出港前夜であったあの夜に、何があったのかを――いや、正確に言うと、何が原因であの夜、何の罪もない少女・”レイナ”が殺されそうになったのかを報告するために。


※※※


「……ティモシー・ロバート・ワイズ?」

 書類が積み重なった政務机に座るジョセフは、側近であるカールとダリオの報告を受けた。無事に戻ってきた彼らをねぎらうジョセフは、あの夜の暴動の一因である平民の男の名を彼らの口より聞くこととなった。


「デメトラの町で、マリアが殺した……赤ん坊の父親か……?」
 ジョセフの苦々しく、苦し気な息がその整った唇より吐き出された。

 数秒もしないうちに、ジョセフはティモシー・ロバート・ワイズを思い出したらしい。
 彼らの聡明な主君、ジョセフ・エドワードは、人の顔と名前を覚えることに長けており――というよりも、彼はアドリアナ王国で暮らす者、身分もない平民であってもその者のことを1人の人間として扱っている。実際に、愛娘を失った一平民であるワイズに、王子殿下が自ら頭を下げ、彼のポケットマネーより多額の賠償金を支払ったのだから。
 何より、王子殿下も自分たちと一緒に、あの日、マリア王女が女の赤ん坊を殺すのを目撃している。あの血を思わせるような夕焼けのなかにおいて、マリア王女が引き起こした陰惨な”殺人の光景”を忘れることなど、人間としての心を持つ者なら到底できないだろう。


「そうか……レイナは”マリアの罪”によって殺されそうになり、その後、追い詰められたワイズは自殺したと……」
 ジョセフが自分の心を落ち着かせるように吐き出した息は、さらに苦悩に満ちた重々しいものとなっていた。
 終わらぬ苦悩。当の”マリア王女”は、魂のひとかけらだけとなり、フランシスの元にいる。だが、彼女が面白半分に引き起こした罪による残り火はまだ残っている。その残り火を、永遠に消すことなどできやしないだろう。

 カールが口を開く。
「はい……実際にレイナたちに聞き取り調査を行ったところ、最初にワイズはレイナとレックスの部屋に忍び込み……」

 カールもダリオも、ショックで涙が止まらず震えているレイナから、そして彼女を守ろうとした”希望の光を運ぶ者たち”から聞いたことの全てを順序立てて、ジョセフに改めて報告した。
 レイナの命は主にトレヴァーとフレディの活躍によって、守られたこと。
 そして――
 ”マリア王女”へ憎しみの炎を燃やし続けたティモシー・ロバート・ワイズも、”マリア王女”への愛の海に今も溺れ続けている人形職人オーガスト・セオドア・グッドマンの彼らのどちらも、悪しき魔導士フランシスとサミュエル・メイナード・ヘルキャットの企みを、より面白くするための添え物でしかなかっただろう。
 ”マリア王女”への相反する思いを持っていた彼らもまた、フランシスたちに弄ばれただけであったのだ。

 当のフランシスは、絶世の大迫力を持つ大女・ローズマリーとともに現れたものの、ヘルキャットを回収した後は、すぐに引き上げていった。フランシスは、その逞しい拳を振るいたかったろうローズマリーを諌めてもいた。そのうえ、”マリア王女”を愛する心を弄ばれ踏みにじられたことを理解したにも関わらず、フランシスたちとまだ行動をともにすることを選択したオーガストまで連れて消えたのだ。

「確か……ワイズの妻は、赤ん坊を殺されて1か月後に首を吊ったと……」
 そのジョセフの声に、カールも、ダリオも、黙ったまま深く頷いた。
 血を思わせる夕焼けのなか、その小さな――本当に小さな柔らかな肉体に、最大限の苦痛を味あわされ、絶命した愛娘の名を絶叫するがごとく、呼び続けていたあの小柄な母親の姿が彼らの脳裏で、さらに生々しく蘇ってきた――
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