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第5章 ~ペイン海賊団編~
―29― ”まだ”穏やかな船内にて起こったある事件(11)~レイナ、そしてルーク~
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眩暈と耳鳴り……
それらと3点セットで、レイナの魂に直接響いてくる、艶のあるテノール。
この声は間違いなく、ヴィンセント・マクシミリアン・スクリムジョーのものだ。
――どうして、ヴィンセントさんの声が……
床に座り込んだまま、レイナは考え込る。
だが、自分の魂に彼の声が響いてくることの明確な回答は、自分の胸に聞いても分かるわけがない。
確かにレイナも、ヴィンセントの外見的魅力は認めている。
だが、彼の醸し出す濃厚な雰囲気といい、その美貌といい、あまりにもきらびやかで華やかで、まだ15才で男性との交際経験もなく、男友達もそういなかったレイナは、単に年が離れているということだけではなく、彼には少し近寄りづらかった。
”希望の光を運ぶ者たち”の若者6人の中で、レイナがまた話しかけやすい者と言えば、オドオドしながらも懸命に言葉を紡ぎ出そうとするダニエル、そして体がそう規格外に大きく威圧感があるわけでなく、優等生っぽい顔立ちでややマイルドな口調のディランであった。
ヴィンセントを、レイナの世界風に表現するとしたなら、”映画のスクリーンの中にしかいないような人を目の前にしている”と言ったところであるだろう。
相当自分に自信のある女の子――いや、相当に自分に自信があり、女性であることを心から楽しんでいる”大人の女性”なら、ヴィンセントに積極的に話しかけていくことができるような気がするが……
レイナは、ヴィンセントに恋愛感情を持っているわけでは断じてない。そもそも、今は恋などといったことを考えられない状態だ。いや、恋などといったことを考えられない状態であっても、”落ちてしまう”のが恋というものなのかもしれないが。
――まさか、”ヴィンセントさんが”私の脳裏に直接、話しかけているのかしら?
いいえ、ヴィンセントさんの様子を見ている限りその可能性は低いわ、とレイナは1人で首を横に振った。
出港から今日まで、ヴィンセントとレイナは食堂で会ったり、廊下ですれ違うことは数回あった。
そんな時、彼は――
「レイナさんとミザリーさんは、船酔いは大丈夫ですか? 私たち7人は、幸運にも船酔いする体質ではなかったようです。もし、調子が悪いということでしたら、トレヴァーが前の雇い主より、譲り受けた薬をいくつか持っているようでして……この船の船医はどうやらあまり頼りにならないようですし、私たちで何とかしましょう」
と、レイナに……まるでフェロモン派の映画俳優のように、綺麗に並んだ真っ白い歯を見せて、微笑みかけた。
彼は、全ての女に優しい。いや、男にだって優しい気がしてきた。
レイナは、いくら今の自分の外側は絶世の美女とはいえ、ヴィンセントが中身お子様で平凡な自分に何か特別な感情を抱いているなどとは、己惚れはしなかった。
けれども、ヴィンセントは魔導士としての力を持って生まれたわけではないのに、普通の人間とはどこか違っている。
このことは単なる推測ではなく、レイナは実際に”数回”目撃している。
リネットの町にて、ジェニーと同室に泊まっていた夜、カチリカチリと音を立て、窓の鍵が”中から”開き始め……ヴィンセントが現れた。今までてっきり、”紡がれている全てを知っている者”がルークたちをヴィンセントを引き合わせたいがために、(良くない表現ではあるが)何か工作をしたのではと思っていたが、あれはヴィンセントが自分でも気づかぬうちに、秘めている力を発揮していたのではとレイナは考え始めた。
次は……この次こそ、本当にヴィンセントが不敬罪として裁かれる寸前の大事件であったのだが、リネットの町の宿にて、彼が寝入りばなにジョセフ王子のことを考えていただけであったのに、一夜にしてリネットの町の宿から首都シャノンのジョセフ王子のベッドの中に、下の肌着一枚だけを身に着けていた状態で移動してしまったこと。
そして――
魔導士サミュエルの妖しい薬による黒い靄が海の海のごとく沈殿してしていたあの空間に自分たちと一緒にいたにも関わらず、あの薬が”全く効かず”に悠然と立ち、サミュエルに剣を構えていた。
偶然に特異体質であったというのか?
それとも、何か別の理由があって、ヴィンセントにはあの妖しい薬が効かなかったのか?
あの時、フレディにもサミュエルのあの妖しい薬は効いていなかったが……何というか、かなりアバウトな感覚ではあるが、フレディなら、まだ何だか頷ける気がレイナはしていた。
彼の肉体は200年前に魂もろとも、6人の仲間とともに地中に氷漬けとなっていた。いわば、一度目の”死”を経験し、今というこの時も”一度死んだ自分自身の肉体”で生きている稀有な存在であるだろう。
レイナがティモシーに殺されそうになった時、燃えさかる炎の中よりフレディが飛び出て、間一髪レイナを助けてくれた。
今、自分がこうして、命も無事で、大きな火傷の一つも負うことなく、ここにいるのは彼のおかげだ。
フレディ自身、レイナとともに、ジョセフ・ガイの彫像がそびえ立つ噴水の中に飛び込んだ時、彼の全身の皮膚が焼け焦げ、惨たらしい大火傷を負っていた。
だが、やや小麦色の彼の肌はみるみるうちに、若者特有のはりを持った肌へと戻っていった。
まるで彼が一度目の死を迎える寸前(レイナはその現場を見たわけではないが)の肉体に戻っていくように……
あのまま、フレディの大火傷が治らなかったとしたら、命に関わる重篤な状態となっていたことには、間違いはない――
自分の思考の焦点が、ヴィンセントからフレディへといつの間にか移ってしまったことにハッとしたレイナであったが、もう一つ、ある点に気づいた。
いや、思い出したのだ。
やはり、自分のこの体調不良――眩暈、耳鳴り、やはりヴィンセントの声の3点セットは、あの噴水の中の水に自分の身を浸してから、始まっているのではと……
それらと3点セットで、レイナの魂に直接響いてくる、艶のあるテノール。
この声は間違いなく、ヴィンセント・マクシミリアン・スクリムジョーのものだ。
――どうして、ヴィンセントさんの声が……
床に座り込んだまま、レイナは考え込る。
だが、自分の魂に彼の声が響いてくることの明確な回答は、自分の胸に聞いても分かるわけがない。
確かにレイナも、ヴィンセントの外見的魅力は認めている。
だが、彼の醸し出す濃厚な雰囲気といい、その美貌といい、あまりにもきらびやかで華やかで、まだ15才で男性との交際経験もなく、男友達もそういなかったレイナは、単に年が離れているということだけではなく、彼には少し近寄りづらかった。
”希望の光を運ぶ者たち”の若者6人の中で、レイナがまた話しかけやすい者と言えば、オドオドしながらも懸命に言葉を紡ぎ出そうとするダニエル、そして体がそう規格外に大きく威圧感があるわけでなく、優等生っぽい顔立ちでややマイルドな口調のディランであった。
ヴィンセントを、レイナの世界風に表現するとしたなら、”映画のスクリーンの中にしかいないような人を目の前にしている”と言ったところであるだろう。
相当自分に自信のある女の子――いや、相当に自分に自信があり、女性であることを心から楽しんでいる”大人の女性”なら、ヴィンセントに積極的に話しかけていくことができるような気がするが……
レイナは、ヴィンセントに恋愛感情を持っているわけでは断じてない。そもそも、今は恋などといったことを考えられない状態だ。いや、恋などといったことを考えられない状態であっても、”落ちてしまう”のが恋というものなのかもしれないが。
――まさか、”ヴィンセントさんが”私の脳裏に直接、話しかけているのかしら?
いいえ、ヴィンセントさんの様子を見ている限りその可能性は低いわ、とレイナは1人で首を横に振った。
出港から今日まで、ヴィンセントとレイナは食堂で会ったり、廊下ですれ違うことは数回あった。
そんな時、彼は――
「レイナさんとミザリーさんは、船酔いは大丈夫ですか? 私たち7人は、幸運にも船酔いする体質ではなかったようです。もし、調子が悪いということでしたら、トレヴァーが前の雇い主より、譲り受けた薬をいくつか持っているようでして……この船の船医はどうやらあまり頼りにならないようですし、私たちで何とかしましょう」
と、レイナに……まるでフェロモン派の映画俳優のように、綺麗に並んだ真っ白い歯を見せて、微笑みかけた。
彼は、全ての女に優しい。いや、男にだって優しい気がしてきた。
レイナは、いくら今の自分の外側は絶世の美女とはいえ、ヴィンセントが中身お子様で平凡な自分に何か特別な感情を抱いているなどとは、己惚れはしなかった。
けれども、ヴィンセントは魔導士としての力を持って生まれたわけではないのに、普通の人間とはどこか違っている。
このことは単なる推測ではなく、レイナは実際に”数回”目撃している。
リネットの町にて、ジェニーと同室に泊まっていた夜、カチリカチリと音を立て、窓の鍵が”中から”開き始め……ヴィンセントが現れた。今までてっきり、”紡がれている全てを知っている者”がルークたちをヴィンセントを引き合わせたいがために、(良くない表現ではあるが)何か工作をしたのではと思っていたが、あれはヴィンセントが自分でも気づかぬうちに、秘めている力を発揮していたのではとレイナは考え始めた。
次は……この次こそ、本当にヴィンセントが不敬罪として裁かれる寸前の大事件であったのだが、リネットの町の宿にて、彼が寝入りばなにジョセフ王子のことを考えていただけであったのに、一夜にしてリネットの町の宿から首都シャノンのジョセフ王子のベッドの中に、下の肌着一枚だけを身に着けていた状態で移動してしまったこと。
そして――
魔導士サミュエルの妖しい薬による黒い靄が海の海のごとく沈殿してしていたあの空間に自分たちと一緒にいたにも関わらず、あの薬が”全く効かず”に悠然と立ち、サミュエルに剣を構えていた。
偶然に特異体質であったというのか?
それとも、何か別の理由があって、ヴィンセントにはあの妖しい薬が効かなかったのか?
あの時、フレディにもサミュエルのあの妖しい薬は効いていなかったが……何というか、かなりアバウトな感覚ではあるが、フレディなら、まだ何だか頷ける気がレイナはしていた。
彼の肉体は200年前に魂もろとも、6人の仲間とともに地中に氷漬けとなっていた。いわば、一度目の”死”を経験し、今というこの時も”一度死んだ自分自身の肉体”で生きている稀有な存在であるだろう。
レイナがティモシーに殺されそうになった時、燃えさかる炎の中よりフレディが飛び出て、間一髪レイナを助けてくれた。
今、自分がこうして、命も無事で、大きな火傷の一つも負うことなく、ここにいるのは彼のおかげだ。
フレディ自身、レイナとともに、ジョセフ・ガイの彫像がそびえ立つ噴水の中に飛び込んだ時、彼の全身の皮膚が焼け焦げ、惨たらしい大火傷を負っていた。
だが、やや小麦色の彼の肌はみるみるうちに、若者特有のはりを持った肌へと戻っていった。
まるで彼が一度目の死を迎える寸前(レイナはその現場を見たわけではないが)の肉体に戻っていくように……
あのまま、フレディの大火傷が治らなかったとしたら、命に関わる重篤な状態となっていたことには、間違いはない――
自分の思考の焦点が、ヴィンセントからフレディへといつの間にか移ってしまったことにハッとしたレイナであったが、もう一つ、ある点に気づいた。
いや、思い出したのだ。
やはり、自分のこの体調不良――眩暈、耳鳴り、やはりヴィンセントの声の3点セットは、あの噴水の中の水に自分の身を浸してから、始まっているのではと……
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