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第十九章

第八十三話:教団(4)

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 教祖を中心に護衛の者達が守りを固める。そして、何を考えたのかこの私に向かって武器を構え始めたのだ。首謀者の首を撥ねただけで、敵意は無いというのにね。

「異国の地から、呼ばれてきてみればこのような対応。紳士であるこの私でも堪忍袋の緒が切れるぞ」

 『神聖エルモア帝国』の看板を背負ってこの場にいるのだ。『聖クライム教団』の教祖の護衛が、特使でもある私に平手打ちを食らわせたのだ。本来なら、今すぐに戦争という事態でもおかしくない。それを、教祖の顔を立てて首謀首一つと金鉱山の一部を共同管理する事で手打ちにしようという提案。

 何が問題なのだ。感謝される事はあっても、このような扱いを受けるのは心外だ。

 常識的に考えて…この場で、私が何もせずに相手を許してしまったら『神聖エルモア帝国』は、『聖クライム教団』より格下であると認めてしまうものだ。少なくとも、私は『聖クライム教団』を同格だという位置付けで理解している。影武者の教祖であろうと、礼儀をもって接する心構えでいたのに、ここまで酷い対応をされるとは。

「ヴォルドー侯爵。貴方は、今何をしたか御理解されておりますか?」

「当然です。『神聖エルモア帝国』と『聖クライム教団』の両国の戦火を切ろうとした愚か者をこの手で始末しました。事が起こってしまった以上、過去へは戻れません。戦争はお互いにとって不利益。ですが、この私にも特使という立場がある。どのような経緯があれ、『聖クライム教団』の者が起こした不手際だ。当然、貰う物は貰わなければなるまい」

 特使という立場であるこの私に平手打ちをするという事は、ガイウス皇帝陛下に平手打ちにした事と等しい。それを首謀者の首と以前に奪われた金鉱山の一部管理で手打ちにするという私の独断は、相手にとっては有難い提案であるはず。ガイウス皇帝陛下と親密な仲である私で無ければこのような大胆な提案は出来なかっただろう。実に幸運な教祖である。

 私に言わせてもらえれば、貴様等は今何をしたか理解しているのかと逆に問いたい。

「セシリア・ルーンベルトは、私と馴染みが深い者だとお伝えしたはずですが…」

「聞き及んでおりますが、この国の法律では教祖と親しい者は何をしても無罪になるという法でも存在しているのでしょうか。そうだとしても、『神聖エルモア帝国』の特使である私に適用されない法ではないでしょう。同じ大国の特使にも相手国特有の法を適用するというならば、こちらもそれなりの考えがございます」

 『神聖エルモア帝国』と『ウルオール』でも同じ事をしてやるよ。万が一、実現されればどのような事態になるか分かっているのだろうか。特使や使者が他国の法に乗っ取り殺される可能性が出てしまえば、戦争時に他国への使者など誰もやらなくなる。まぁ、元々戦争時の使者は死亡率が高かったけど…この法が適用されるようになれば、ほぼ生きて帰れなくなるだろう。

「本日の会見は、気分が優れないのでこれにて終わりにします。また後日、会見を致しますのでヴォルドー侯爵とお連れの皆様は、こちらで宿をご用意致しますのでそちらにご滞在してください」

「いいえ、教祖殿。残念ながら、私はこれにて帰国させていただきます。教祖殿直々にお手紙を頂き急いで『聖クライム教団』に馳せ参じてみれば、ただの護衛から平手打ちは食らうわ、両国にとって不利益になる戦争をしない為に最善の手を尽くしても無視されるわ、気分が悪いと先ほどまで元気だった教祖殿が退室するわ、もう何がなんだか理解できません」

「そ、それは…」

 教祖が吃るが知った事ではない。上に立つ者、いつ毅然とした態度でいなければならない。たとえ、当人が間違っている事を理解して発言していようとも、それが正しいと思い直させる程のカリスマを備えている必要がある。

「はっきり申し上げて…『神聖エルモア帝国』を舐めるなよ!! 平手打ちの件、未だに謝罪の言葉すら訊けていない。上に立つ者ならば、部下が起こした不始末の責任を負っていただきたいものだ。それすら取らぬのならば、戦争だ!!」

 当然、影武者である教祖には金鉱山の共同管理に許可を出す権限などは持ち合わせていない。本物の教祖と相談するにしても、影武者だと知らぬ者が多く居るであろうこの場では、本物と相談する事は不可能。それを承知で私は発言しているのだ。

 身を翻し、入口へと足を運んだ。

「お待ちくださいヴォルドー侯爵。どうか、弁明の機会を」

 護衛の纏め役だと思われる男が私の前に立ちふさがった。ゴリヴィエならば押さえ込める程の実力は、ありそうだが…この私をその程度で止められると思うなよ。

「立場を弁えろ。この場で私を止めて良いのは、『聖クライム教団』のトップである教祖殿ただ一人だ。帰るぞゴリヴィエ、タルト…『聖クライム教団』は、『神聖エルモア帝国』と同盟国である『ウルオール』との戦争をお望みだ」

「レ、レイア様!! それでは、この私が御願いしておりました件は!?」

 この期に及んでも『筋肉教団』を設立したいのかね。

「多少手段は、変わったが問題ない。戦争の終戦条件に加えられるように根回しをしてやる。無論、『ウルオール』が同盟国として参加する事は必須となる」

「なるほど!! お任せ下さい。『ウルオール』公爵家は、全力で御支援致します!!」

 教祖の護衛達に道を開けさせてこの場を退室した。

 刺さるような視線をいくつも感じるが、何も悪い事はしていないのだ。むしろ、戦争をやろうと教祖直々に申し込まれたのだ。一刻も早く、国に帰りガイウス皇帝陛下に戦争の準備を提言せねばなるまい。

 ゴリヴィエとタルトが私から離れずに後をついてくる。実に正しい判断だ…この場には二人の実力を上回る者達が何名もいる。私の手の届く範囲にいるならば守ってやろう。

「レイア様、ゴリヴィエ様!! 完全に顔覚えられちゃいましたよね。国に帰れるんですか!?」

 戦争になるのを止める為、特使で来た私達を亡き者にすれば戦争回避もできよう。幸い、私達以外に国外の重要人物はいない場だったのだ。何とでも取り繕うことは可能である。まぁ、国外に出るまでにこの私を始末出来ればな。

「普通に考えるならば難しいだろう。陸路、水路は当然封鎖される。だが、タルト君…空路という選択肢が私達には存在するのだよ。ステイシスは、人間一人乗せた状態でも空が飛べる」

 キャリッジは重いのでステイシスでは運べない。私ならば運べるが…正面門を出て停めている場所まで取りに行くのも面倒だ。

………
……


 うーーーん、この気配は…上か。

 壁をぶち壊してそこからステイシスに乗って国外まで逃げようと思ったが、予定変更だ。この建物の上へ上へと向かっている。私の予想が外れれば、屋上に行く必要がある!! 逃げるのはそれからでも十分間に合うだろう。

「二人とも上へ登るぞ。逃げる前に最上階まで行く必要がありそうだ。当然、誰にも見つからずに」

 キャリッジを捨てる事になるだろうが、買い換えればいい。戦争になれば以前同様に戦利品を沢山手に入れられるから特注キャリッジだって何個も買える。

「分かりました、レイア様。ですが、ここの警備に見つからず最上階まで辿り着くのは困難では?」

「ゴリヴィエは、私を低く評価しているようだね。確かに、戦闘力という面では強者に劣るのは認めよう。だが、汎用性では誰にも負けるつもりはない。この建物は、既にマッピング済みだ。人が何処にいてどちらに向かって歩いているかも全て手に取るようにわかっている。私の後を付いてこい。誰にも会わずに屋上に出てみせるさ」

 超音波を使ったソナーは、実に便利だ。壁に隠れてやり過ごしたり、暖炉の裏にあった隠し通路を使って別の部屋に移動したり、男子便所の天井裏をから上の階に移動したり、と見事、誰にも会う事なく屋上に出た。

 壁や天井を破壊して外にでるという最速の手段もあったのだが…物損を出さずに華麗に撤退してこそ紳士の嗜み。後で、ヴォルドー侯爵が破壊工作を行ったとか言われても困るからね。

………
……


「あーぁ、折角の正装が埃だらけだ。二人の分は、『神聖エルモア帝国』に帰ったら、弁償させてもらおう」

 大国のトップと会う為に、新調したと言うのに…全く迷惑ばかり掛けてくれる。当然、ゴリヴィエもタルトも洋服が二度と着られないくらいに汚れている。

「いいえ、お気になさらないで下さいレイア様。この国から無事に出られるなら服など幾らでも手に入ります」

「三ヶ月分の稼ぎで用意した服がぁぁぁぁ…私の分は、新しいお洋服をお願いします!!」

 軽い冗談で言ったつもりなのだが、がめついなタルト君は。言い出した手前、代わりの服を用意してあげるけどさ。

 だが、その前に少しやる事が出来そうだ。

「よろしければ、こちらで弁償させていただきますよ」

 私達を待っていたかのように、最上階にある一室の扉から車椅子に乗った50代後半だと思われる淑女が現れた。見ただけでわかる圧倒的なカリスマ。人に安心感を与える人物とは、このような女性の事を言うのだろうと思ってしまう。

 そして、その淑女の膝の上には、私の可愛い蟲がいた。

モッキューーー(おーー父――様!! お会いしとうございました。お越しになられると聞いた日をどれだけ待ったことか)

「さぁ、おいで~。元気にしていたかい絹毛虫ちゃん~。長年会いに来られなくてごめんね」

 私の胸めがけて飛び込んでくる絹毛虫ちゃんを抱きしめた。纏わりついてくる絹毛虫ちゃんに熱い抱擁をする。

モキュモキュ(いいえ、お父様。この私、好きな殿方の為にお家を飛び出した身。それなのに、お気にかけていただけていたなんて嬉しい限りです)

「あらあら、大好きなお父様に会えてアイスちゃんも嬉しいのよね」

 アイスちゃん…どうやら、お名前まで貰ったようだね。実に大切にされているのがわかるよ!! 全く、グリンドールのやつめ。名前を付けたなら付けたとこの子のお父様であるこの私に御連絡すべきであろうに。

 私の蟲達の中でも名前持ちというのは憧れの存在である。本来なら、全員に名前をつけてあげたいのだが…百万を超える蟲達に名前を付けて覚えるなど私には出来ない。第三者に貰われた子を除いて…私の蟲の中でも名前持ちは、一郎だけである。他の蟲達は、全員モンスターの固有名称で呼んでいるのだ。たとえ、私の中でたった一匹しかいないテスタメントや蛆蛞蝓ちゃんでも例外ではない。

「そうか、名前までもらったのか。アイスちゃん……はっ!? これは失礼致しました。生き別れした蟲と再会をしたもので。改めて、自己紹介させていただきたい。『神聖エルモア帝国』所属のレイア・アーネスト・ヴォルドーと申します。失礼ですが、お名前をお伺いしても宜しいでしょうか」

 私は、車椅子の女性に失礼の無いように腰を落とし、膝を床に着いた。上から目線で話すようなお方ではない。この人こそ…この国のトップであると直感が告げる。

「ご丁寧にありがとうございます。わたくし、『聖クライム教団』第24代目教祖を務めておりましたグラシア・ハーラントと申します。実は、最近退位致しまして…今では、唯の一般人です。ヴォルドー侯爵をお呼び立てしたのはこのわたくしです。現教祖様に退位する際にお願いして名前を貸していただきました」

「なるほど、新任の教祖をお試しになられたのですね。しかし、お人が悪い…アレでは国が滅びますよ」

 他国のトップを非難するのは心苦しいが、事実を伝えておく必要があるだろう。

「まだまだ、勉強不足という事でしょう。しかし、どの国にも訪れるのです。指導者の交代という時期は」

 その通りだ。『神聖エルモア帝国』でもその時期が迫ってきている。当然、ガイウス皇帝陛下とて最初から圧倒的なカリスマを誇っていた訳ではないと思うが…生憎とそのような時期を知らないので明言はできないが、苦労して成長されたのだろう。

「確かに、ガイウス皇帝陛下が退位された際には、色々荒れそうですな」

 私の絹毛虫ちゃんがこの場にいる事から予想は出来るが、恐らくこの女性…グリンドールが生涯の忠誠を誓った者なのであろう。ガイウス皇帝陛下と私の関係に実によく似ている。

 だからこそ、あの現教祖との会見の場にグリンドールがいなかったのだ。あの程度の教祖など守るに値しないと。

「グラシア殿、そんな場所で立話していてもあれなので中へ戻られましょう」

「そうですね。皆様も中へどうぞ、お客人にお茶の一つも出さないで返したとなっては国の恥です。グリンドールさん、お茶のご用意を手伝っていただけますか」

 バ、馬鹿な!! 先代教祖が入ってきた扉の奥からこの世で一番会いたくないダンディーな男グリンドールがご登場した。この距離で私が気配を察する事ができなかった。既に射程圏内!! なにか不穏な動きをみせれば死んでいたという事か。

 ………まぁ、当然だよね。そりゃ、忠誠を誓う者が危険な人と会うならば影から守るわ。

ピッピ(なるほど、これが噂の仲間を寝取った男ですか…ぐっ、なんて紳士力)

 怖いもの見たさに影から飛び出てきた幻想蝶ちゃんにも影響を与えるとは、さすがだ。

モキュウ(気をしっかり保ちなさい!! 私達とて油断すれば、危ないわよ)

モキュウゥ(だが、これはチャンスよ!! 私達の見た目は、ほぼ同じ…お父様とて見分けるのは困難。ならば、試してみましょう。私達の区別がつくかどうかを!!)

 絹毛虫ちゃん達が、10匹ほど這い上がってきたアイスちゃんとごちゃまぜになる。

 会話の内容からグリンドールや先代教祖がアイスちゃんを判別できるか試そうとしているのだろう。本当に大切にされているなら、見分けがつくはずと…ごめん。お父様でも見分けるのは困難です。

「あら、可愛いわね。もしかして、お婆ちゃんを試しているのかしら。困ったわね。みんな可愛らしいわ」

モキュゥ(私が、アイスちゃんです!!)

モッキュウ(ふっふっふ、いいえ、この私こそアイスちゃんですよ)

モキュ(いいえ、私です!!)

「私の蟲達がすみません」

「構わないわ。私のアイスちゃんはこの子ね」

 先代が一匹の絹毛虫を拾い上げた。

モッキュ(ば、馬鹿な。確率論でいっても10%だというのに一発で引き当てた)

モキュー(先代の女子力は、8000を超えております。ゴリフリーテ様やゴリフリーナ様だって5000後半だと言うのに、なんという女子力)

ピーー(は、8000!? この私の女子力が6000なのに。超えられるとは…完敗いたしましたわ)

モッキュウ(完敗ですわ。悔しいけど、認めちゃう。仲間を大事にしてくださいね)

「我が主は、素晴らしいであろう『蟲』の使い手」

「認めるしかあるまい。では、世界最強の冒険者が煎れたお茶でもご馳走になるとしよう」

「他の絹毛虫ちゃん達もいらっしゃい。お婆ちゃんが美味しい食事を用意してあげるわ」

モキューー(((((わーーい、いただきます)))))

モッキュ(((((私には、お父様がいるのに惹かれちゃう~)))))

ピピー((((はちみつもお願いしまーす))))

 絹毛虫ちゃん達と幻想蝶ちゃん達が、先代に飛びついていった。それを嫌な顔一つせず受け止めるこの女性…さすがだ。

「見たか、ゴリヴィエ、タルト。あれが女性の到達点だ」

 グリンドールを目の前にして怖気付いたのかな。石像のように固まっている。

************************************************
ついに来週か…(´・ω・`)
一次通過できたので思い残すことはないけど、淡い期待を抱かずにはいられない作者がここにいる。まったく、ひと思いに発表して欲しいよ。
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