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1巻
1-3
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「悪いが、即金でいただこう。ミーティシア嬢が踏み倒すとは思っていないが、いつ金が手元に来るか分からないのは依頼とは言えない」
「分かりました。手持ちの現金はありませんが、身につけている宝石をお譲りいたします。質に入れれば、安くとも百万セルはするでしょう」
貴金属は好きではないのだが、安くても百万セルというのは悪くないな。なんせこの依頼は、受けた瞬間に達成できるのだから、ボロ儲けだ。ミーティシアの身につけていたペンダントと指輪をいただいた。
「貴金属の類は好きではないのですが……サービスしておきましょう。ちなみにミーティシア嬢は、ご自身の探索依頼にいくらの報酬が掛けられているかご存知ですか?」
「いいえ。未帰還者の探索報酬は百万前後と聞いておりますので、おそらくそれくらいかと」
「随分とご自身を過小評価されていますね。まあ、結構な条件を付けられましたが、貴方に掛けられた探索報酬は、三千五百万セルに加えて、ギルドから追加で一千万セル……合計四千五百万セルですよ」
ブゥーーーー!!
アーノルドとタルトが、金額を聞いて噴き出した。
汚いな……噴き出すのも無理ないと思うけどね。マーガレット嬢の話では、アーノルドたちが受け取る予定金額は、危険手当込みでパーティー全体で日当百万セル。ミーティシアと従者を除く四人で分配していたから、一人あたりの日当は平均して二十五万セルである。それと比べれば、たった数日の依頼で四千五百万セルを稼ぐとか、アーノルドたちにとっては夢のような話である。
「こ、これが格差社会」
「レ、レイアさん。サポーターとか必要じゃありませんか。馬車馬のように働きますよ」
「残念だが、間に合っている。で、ミーティシア嬢が言っているウーノという女性は、これのことかね?」
私の影から大きな蛞蝓――蛆蛞蝓ちゃんが現れて、口からゲロっと全裸の女性を吐き出した。五体満足の姿で。別に私が脱がせたわけじゃないのだが、全裸の女性を隠し持っていたと思われないことを願おう。
「ウ、ウーノ!? なんで裸!? 腕も確かにゴアグリズリーに……」
「来る途中、ゴアグリズリーに咀嚼されていたのを見つけたから回収しておいた。本当ならば、蟲たちのデザートにする予定だったのだが……喜べ、まだ生きているぞ。おまけに腕は、こちらで治療しておいたがまずかったか?」
もっとも、治癒薬や『水』の治癒魔法なんて生易しい手段ではない。『蟲』の魔法での治癒だ。ミーティシアが涙を流して私に感謝を告げてきた。そして、ウーノを強く抱きしめて喜んでいる。
気持ちは分からんでもないが、もっと壊れものを扱うようにした方がいいと内心思った。まだ、治しきってないからさ。
ボロリと、ウーノの腕が床に落ちた。そして、腕の接続部からは白い蛆のようなものがボロボロと落ちた。ミーティシアは一瞬、何が起こったのか理解できなかったようだ。
「キャーーーー!!」
乙女の悲鳴が迷宮に木霊した。
「お、お嬢さ……ゴヴォ」
「ああ、しばらく安静にしていないと腕がすぐ取れるぞ、と言っても遅かったね。せっかく、善意で治癒能力にたけた蛆蛞蝓ちゃんが治してくれたんだ。それと、『水』の魔法で治癒するなり、治癒薬を使うなら早くした方がいいぞ。見つけたときですら、半生半死だったんだ。治療なしでは長くはもたん」
「ひでえ」
アーノルドから、信じられないような言葉が飛び出した。無謀と勇敢を履き違えているとしか思えない。発言をする前に、その言葉がどのようなことを意味するか、よく考えて欲しい。
「迷宮で死にかけていた少女を救い、あまつさえ治療まで施し、生きて愛しの主君と再会までさせたのだ。それがひどいだと? そもそも、この状況を引き起こしたのはお前らだろう。責任転換も甚だしいぞ!!」
私の苛立ちを感じ取り、千年百足が私の影から飛び出した。他にも、ジェノサイドキメラアント、アイアンキラービーが数百匹姿を現した。どの蟲も『モロド樹海』の下層に生息している蟲系モンスターだ。ランクCの男では生涯拝めるか分からないほどのモンスターたちだ。
ちょっとこちらが甘い顔をすればつけあがる。依頼の救出対象であるミーティシアが言うから多少は寛容であったが、救出対象ですらなく、このような状況を作り出した本人が言っていいセリフではない。そんなに死にたいのだろうか?
「も、申し訳ありません。全て、パーティーリーダーの俺の責任です」
「忘れるな。ミーティシア嬢の救出は依頼されている。だが、他のメンバーについては、依頼すらされていない。次は、止めぬぞ」
真っ青な顔をしたアーノルドが、土下座して地面に額をこすりつける。額に血が滲むほど謝罪したので許した。謝罪がなかった場合には、残念ながら蟲たちに美味しく召し上がられていただろう。
「おい、サポーター。早く、ウーノとやらを治療してやれ。治癒薬くらい余っているだろう?」
「ご、ごめんなさい。ここに来るまでに全部使い切っちゃって。それに、腕一本を治せるほどの治癒薬はさすがに用意してないです」
確かに、腕一本治すほどの治癒薬ともなれば、軽く一千万セルはするだろうね。
「では、ミーティシア嬢、早く治癒を行ってください。今から急いで行ったとしても、十層のトランスポートまでは二時間近くかかります。それまで彼女がもつとは思えませんが」
「私は……『水』の魔法を使えないんです。攻撃魔法しか覚えてなくて」
「そうですか。でしたら、従者が死ぬまでここで待ちましょう。せめて最期くらいは、主と一緒にいたいだろうからね。さあ、心残りがないように言葉を交わしなさい」
ミーティシアがウーノに「あなたのおかげで無事に外に出られます」と伝えられるだろう。これで従者も報われるというものだ。本当にいいことをした後は気分がいい。さて、遠慮なく最期の別れを告げるといい。
きっと、この話をすれば『レイア様が紳士すぎる』とギルド本部で話題になること間違いなしだ。
それなのに――
「えっ!?」
私の発言に本気で不思議そうな顔をしているミーティシアがいる。例えるなら、ハトが豆鉄砲を食らったような顔だ。何が言いたいかさっぱり理解できない。一分一秒を大事にしなければいけないこのときを、そんな顔をして無駄にするのはどうかと思う。
「「……」」
外野二人が無言を貫く。二人とも何か言いたそうだが……何が私の地雷を踏み抜くか分からないので無言を貫いているようだ。当然と言えば、当然である。この場において発言権があるのは、ミーティシアと私のみである。
「ウーノを助けてください。お願いします」
恥も外聞もない……容姿端麗なエルフとのクオーターであるミーティシアが涙を流して懇願した。綺麗な顔がぼろぼろである。ここで『なんでもします』なんて言ったら、本当に尾ひれがついて面白い展開なのだがね。
「治癒魔法は、不得意でね。『蟲』の魔法による治療になるよ」
「か、かまいません。ウーノが生きていてくれるなら」
本人の了承もなしに私の『蟲』による治療を望むとは……存外鬼畜だな。まあ、人体に有害な副作用とかはないからいいんだけどさ。後から本人が聞いて発狂でもしなければいいが、そこまでは責任を取りきれないぞ。
「一千万セル払える?」
「さ、先ほどお支払した貴金属以外に、今すぐ私に払えるものはありません。でも、迷宮の外に出た際に必ずお支払いいたします。ですから、お願いいたします」
いつでもニコニコ現金払いが信条の私である。しかし、死にかけの少女を腕に抱く容姿端麗の女性が、涙を流して懇願してくるその様子……これではまるで、私が悪役みたいではないか。
おかしい。遺留品どころか、生きたまま従者と再会させてあげて、最期の別れを言う機会まで与えたというのに、どういうことだ。まるで理解できない。迷宮では何が起こるか分からないというが、今まさに何が起こっているか理解できない。
ランクAに最も近い冒険者の一人である私が、上層において不測な事態により混乱させられている。さすがは、神が作ったと言われる迷宮である。侮れない。
「はあ~、仕方がない。助けましょう。男性に生まれなかったことを感謝するんだね。涙は女の武器か、本当に厄介だ……あと、お金は迷宮を出たら、ご両親にすぐに依頼してくださいよ」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
再び蛆蛞蝓ちゃんを呼び出し、ウーノを呑み込ませた。どこからどう見ても捕食されているように見えるが、治療の一環だ。蛆蛞蝓ちゃんは、そのまま影の中に潜り込んだ。
蛆蛞蝓ちゃんの体内に取り込んでの収納だとはいえ、影の中に異物が混ざると少なからず気分が悪くなるから嫌いなのだがね。蛆蛞蝓ちゃんを外に出してもいいが、目立たせたくない。
これも金のためだから我慢しよう。
ぐ~。ミーティシアたちの腹が鳴った。
出口に向かい歩き出すこと、三十分。道中のモンスターたちはことごとく私の蟲たちの餌食になり、安全で快適な旅である。
「なんだ、腹をすかしていたのか。水も食料もあるが食べるかね?」
「昨日からほとんど何も食べてなくて。ウーノの治療に加えて、本当にありがとうございます」
「ありがとう。もうおなかペコペコで、歩くのも辛かったんです」
「あっ、お、俺は大丈夫です。あと二時間くらい余裕です」
アーノルドだけが察した。仮にも私のことを知っていたのだ。その私が食事と言ったことで、何が出てくるか分かったのだろう。
「水、炭酸水、レモン水なんでもある。さすがにアルコール系は、持ち合わせていないがな。あと、食い物はタンパク質が豊富なものがたくさんあるぞ」
その瞬間、私の影から奇怪な蟲が飛び出してきた。品種改良を繰り返して生み出すことに成功した、美味しく食べることができる蟲たちだ。地球には、腹に蜜を溜める蟻が存在していた。地球の蟻にできて、この世界の蟻にできないことはない。ということで、試行錯誤の上で作り上げた蟲たちだ。しかも一匹あたり一リットル以上も貯水できる。大気中の水分を集める能力を保有しているのだ。
「安心しろ。モンスターは毒素を含んでいて食べられないのがほとんどだが、蟲系は数少ない例外にあたる。品種改良も行っているし、ちゃんと『水』の魔法が使える者にも調べてもらって、食料として問題ないと太鼓判をもらっている」
むしろ、モンスターが持っている魔力を吸収できるという嬉しい効能もあり、魔力回復が捗る。これほど優れた蟲だというのに評判がいまいちなのは理解できない。
「わ、私、急に喉が潤ってきましたので、タルトさん、どうぞ」
「私もあと二時間くらい余裕です。さあ、頑張って外に行きましょう」
「そうか、少ないながら魔力回復もできる一粒で二度美味しい飲料水なんだが。じゃあ、飯でも食べるかね? 食べやすいようにチャーハン味やカレー味の物を用意しているぞ。無論、追加の効能として若干だが治癒薬と同じ効果が得られるが……」
タルトとミーティシアが、私の足元にいる大型の蝗を見た。おなかが膨れており……それを見ただけでこの後の展開が読めるようになったあたり、冒険者として一歩成長したことが窺える。
「「大丈夫です!!」」
この万人に受けない蟲たちこそ、私が『モロド樹海』における滞在時間の秘密である。食料に困ることがない。しかも腐らないというか、いつでも鮮度抜群、素晴らしい効能。昔、これを商売にして儲けようと思ったが、軌道に乗る以前に計画が破綻した。
過去にギルドの依頼で従軍した際に絶大な不評をかったので、市販をするのをやめたのだ。
そして、十層のトランスポートより無事に帰還が果たされた。
「ミーティシア嬢分は、依頼料で賄えるからいいが、お前らはギルド本部経由で私に金を届けさせろ」
トランスポートの使用料金までモンスターから逃げる際になくしてしまい、無一文だったこいつらの分を私が立て替えてあげた。代金を踏み倒す気はないだろうが、一応警告しておく。
「間違いなく、確実に代金を届けます。むしろ、今すぐ持ってきてギルド本部で確実にお渡しいたします!!」
「右に同じく!!」
アーノルドとタルトが全力で首を縦に振った。
ミーティシアを含め、三人とも涙を流すほど感動しているのはいいが、さっさとギルド本部に報告したい。そして、早く私の影の中にいる蛆蛞蝓ちゃんからウーノを吐き出して、宿で眠りたい。
ミーティシアを連れて、ギルド本部にやってきた。
ギルドについた途端、マーガレット嬢に「お待ちしておりました」と迎えられ、ミーティシアと一緒に別室に通された。その先には、マーガレット嬢とギルド長に、やたら偉そうな貴族のおっさん――おそらくミーティシアの父親と思える人物が待っていた。
「ミーティシア!! よく無事に帰ってきた」
「お父様、お父様、お父様」
ミーティシアは父親の方がハーフエルフだったのか。珍しいな……ハーフエルフは女性が相場と決まっているが、こういうこともあるのか。というか、ハーフエルフで見た目がおっさんということは、何歳だよ……この父親は。
生存が絶望視されていた娘と感動の再会だ。いやー、本当にいいことをした。
感動の再会シーンの裏で、私は親指と人差し指で円を作り『金の準備はできているか』とマーガレット嬢に密かにサインを送った。彼女もこちらの意図をくみ取り、軽く頷いた。
「お主が音に聞くレイアか。娘を救出していただき感謝する。この場にいるのが娘だけということは、ウーノは逝ったか……」
「いえ、お父様。ウーノは、生きております。ただ、ちょっと……」
チラチラと、なぜか私を見てくる。まさか、私にウーノの状態を説明しろというのか。いや、そんなはずはない。ここで優秀なマーガレット嬢が、このやり取りでウーノがどういう状況に置かれているかなんとなく察したようだ。
『ギルドの不手際でこうなったんだ。マーガレット嬢が説明しろ』と目で訴える。
『いやよ!! どうせ、レイア様の蟲の中にいるんでしょう。娘さんの従者は、大怪我したので蟲を使って治癒させちゃいました!! なんて言えるはずがないでしょう。年頃の女性が肉体の一部とはいえ、蟲と同化したとか説明できないわよ』と目で言い返される。
「なんだ、どうした? ウーノは生きているのか。ならば、声をかけてやらねばいけないだろう。お前を守るために、きっと無理をしたはずだ。貴族以前にお前の父親として感謝の言葉をかけてやりたい」
やばい。この人、想像以上にいい人だ。話を聞いていると、義理と人情のある人だとよく分かる。とはいえ、そんなことが私に関係あるわけじゃないのでね。
報酬の件もあるし、面倒だけど説明することにした。
「ウーノという女性ですが、私が発見したときには死にかけておりましたので、私の魔法を用いて治療をいたしました」
「そうかそうか、改めて感謝を。ウーノの治療については別途報酬を出そう。いくらだ?」
冒険者という存在をよく理解している。報酬の話をすぐにしてくれるのだ。嬉しい限りである。
「報酬額については、ミーティシア嬢と既にお約束しておりますので、直接聞いてください」
父親の目線がミーティシアに向かった。当然、報酬はいくらかと聞いている目である。
「い、一千万セルです。お父様」
この額を高いと見るか安いと見るかは、相手次第である。たかが従者に一千万セル。しかし、『水』の魔法が使えることを考えれば、悪くない額とも言える。
「ふむ、いいだろう。その一千万セルを立て替えよう。ウーノには、これからもミーティシアの従者として頑張ってもらわねばならないからの。ミーティシアとの関係や『水』の魔法が使えるあたり、一千万セルで命が救えたのなら安いもんじゃ」
「ありがとうございます。報酬につきましては、ギルド経由にて私宛に」
こうして、貴族のお偉い様との面談を終えた。その後、すぐにウーノをギルドの一室で吐き出して、ギルド専属の『水』の魔法の使い手に委ねた。あの場で全裸の女性を吐き出したら、さすがに私に要らぬ嫌疑が掛かりそうだからね。
ミーティシアと別れた翌日、報酬を受け取るべくギルド本部に訪れた。
「報酬の三千五百万セルに加えて、私から搾り取った一千万セル、従者の治療分で一千万セル。他にも、ミーティシア嬢から百万セル相当の貴金属を巻き上げたそうね。呆れるわ」
たった数日で悪くない報酬だ。ギルド本部にいる連中が、カウンターに置かれた金を見て羨ましそうにしている。金額に目がくらみ、ギルド本部を出たとたんに闇討ちをかけてくるバカも少なからず存在する。だが、そんな連中はことごとく謎の失踪を遂げることになる。
「労働に対する正当な報酬だと認識しているが。嫌なら、依頼しなければいい」
「レイア様しか達成できないと分かった時点で、報酬額の釣り上げ交渉をしてきておいて、よく言うわ。まあ、一応こちらの無理な依頼を引き受けてくれたんだから感謝しておくわ」
「急にデレても私は落とせませんよ。そんな安い男じゃないもんでね。あと、美味しい依頼ありがとうございました」
チッ。
マーガレット嬢の舌打ちが聞こえた。
迷宮から救った者たちが今後どのような生き方をするかは知らないが、再び迷宮に潜ることがある場合には、今回のことを教訓にし、無理のない迷宮ライフを過ごすことを望む。
4 パワーレベリング(一)
今日も美味しい依頼を探して、『ネームレス』のギルド本部をウロウロしている冒険者たちがたくさんいる。私もまた、その一人だった。
よく知らない人からは、ソロで『モロド樹海』下層を拠点に活動している私は、一人占めしたモンスターの素材を売却することにより、かなり稼げると思われがちだが……蟲たちによってほとんど骨も残らないくらいに捕食されるため、モンスターの素材での収入が望めないのだ。
まあ、希に残る魔結晶を売ることでそれなりに稼げている。魔結晶だけは食べない蟲たちに、本当に感謝している。
また、モンスターの素材に代わる恩恵は十分受けている。蟲たちが倒した分のモンスターソウルは、私の影に収納された時点で、多少吸収効率は落ちるが私自身に還元させることができる。究極的には、私は一歩も動かずに、モンスターソウルによる成長が可能なのだ。
とはいえ、何もしないで無為に成長すると、不測の事態に対応できるだけの能力が身につかないので、必ず私も蟲たちと一緒に最前線で戦うようにしている。
「うーーーん、どの依頼も条件が厳しいな」
一番多いのが、上層でモンスターの素材狙いのパーティー募集、次に多いのが中層でモンスターの素材狙いのパーティー募集。無論、どの募集にも言えるが、モンスターソウルも副次的に得られるため、自己成長も狙える。
私が理想とする依頼は、下層で無心にモンスターを始末するだけでお金が貰える殲滅依頼である。そもそも、そんな都合のいい依頼なんて早々にあるはずがない。モンスターの素材を狙わずに何を狙いに行くのかと言われれば……返答に詰まる。
「いっそ、また戦争でも起きてくれないかな。このままだと、お財布が風邪をひきます」
思わず、不謹慎な発言をしてしまうほど依頼がなかった。
「レイア様、レイア様。実にいいところにいらっしゃいました!!」
依頼を探しているところに、これ幸いといった顔をしたマーガレット嬢が現れた。ろくでもない依頼を押しつける気でいることが、手に取るように分かる。私の可愛い蟲たちの蟲の知らせがなくとも分かる。
この笑顔の裏で、相当ゲスい顔をしていることは間違いなしだ。
「しまった、四十二層の入口にハンカチを置いてきてしまった。今すぐ取りに戻らないといけない!! 一ヶ月くらいで戻るから、その話はまた今度で」
すぐさま身を翻し、ギルド本部を後にしようと思ったが……見事に服の裾を掴まれた。
「どこの世の中に、ハンカチのために四十二層まで足を運ぶ馬鹿がいるんですか。ハンカチくらい、私が差し上げますよ。ですから、お話ししましょうよ!!」
「嫌だ!! どうせ、誰も受けずに残ったろくでもない条件の依頼を押しつける気だろう!! 報酬に見合わない労働はする気は全くないぞ」
「ふっふっふっふ。ところが、今回の依頼はたった十日で五千万セルという超高額!! しかも、レイア様にぴったりです」
ピクピク。
単純計算で日当五百万セル……どのような条件か知らないが、額面上は確かに破格である。だが、美味しい話に裏があるのは当然。それでも売れ残っているとあれば、当然何かしらの欠陥依頼であるのは分かりきっている。
しかし、金に釣られてしまう自分が悲しい。
「……話を聞かせてもらおうか」
「もちろんです。他に聞かれるとアレですので奥の部屋に――」
あ、やべ。正直、そう思った。奥の個室を利用するあたり、機密レベルが相当高い依頼であることが分かったからだ。
案内された部屋は、ご立派な応接間だ。備えつけられている椅子には、ギルド長とその対面に『神聖エルモア帝国』正規軍の軍服を着た強面のオッサン。そして、高そうなドレスを着た陶磁器のごとき肌をした美しい金髪の女性がいた。
彼女は、スタイルさえ控えめに言っても抜群である。若干胸が小さいが、Dに近いCといったところであろう。……胸のサイズがね!! 冒険者のランクじゃないからね。
だが、この女性に見覚えがある。どこで見たかというと、二年前の戦争時に、兵士へ激励のお言葉をかけに来た皇族にソックリである。もう本人ではないかと思うくらいにソックリさんである。
か、帰りたい。美味しい話に乗せられて、ここまで来た自分を殴ってやりたい。
「適任者を連れてまいりました。アメリア様、シュバルツ様」
アメリア……そんな名前だったか。確かフルネームは、アメリア・ハーステイト・エルモア。『神聖エルモア帝国』の第八皇位継承権を持つ本物の皇族だ。だが第八位となると、次期皇帝になる可能性はゼロに近い。そのため、それくらいの順位の女性は有力な諸侯に嫁ぐことが多いと聞く。正直に言って、好んで関わりを持ちたくないものだ。
もう一人はよく知っている。シュバルツ・アイゼン・アインバッハ、『神聖エルモア帝国』の第四騎士団副団長である。二年前の『聖クライム教団』との戦争において、私に殿を命じた鬼畜な司令官。そのおかげで私は一代貴族にのし上がったのだから、ある意味感謝している。だが、シュバルツのやったことは決して忘れない。
「レイア様もお掛けください」
マーガレット嬢が着席しろと促す。身を翻して逃げようかと思った矢先にだ……くそったれが!! 逃げ切ることは、可能だ。しかし後々のことを考えると、決して最良の選択とはいえない。顔を合わせする前ならまだしも、この状況に追い込まれた時点で負けたのである。
「はははは、ありがとう」
お互いが着席したというのに、誰も口を開かない。無言のプレッシャーを食らい、マーガレット嬢の胃もキリキリ言っているだろう。それを見かねてか、ギルド長である本名不明の親方こと、愛称ヒゲオヤジが話題を切り出してくれた。
「ゴホン。まずは、儂がお互いのことをご紹介させていただきます」
アメリアの紹介に引き続き、シュバルツの紹介がなされた。双方ともやはり、こちらが予想した通りの素性であり、帰りたさが倍増した。そして、最後に私の紹介がされたときに、若干アメリアが『迷宮でソロ? こいつ変人じゃね』と言いたげな目をしているように感じたが許そう。
「分かりました。手持ちの現金はありませんが、身につけている宝石をお譲りいたします。質に入れれば、安くとも百万セルはするでしょう」
貴金属は好きではないのだが、安くても百万セルというのは悪くないな。なんせこの依頼は、受けた瞬間に達成できるのだから、ボロ儲けだ。ミーティシアの身につけていたペンダントと指輪をいただいた。
「貴金属の類は好きではないのですが……サービスしておきましょう。ちなみにミーティシア嬢は、ご自身の探索依頼にいくらの報酬が掛けられているかご存知ですか?」
「いいえ。未帰還者の探索報酬は百万前後と聞いておりますので、おそらくそれくらいかと」
「随分とご自身を過小評価されていますね。まあ、結構な条件を付けられましたが、貴方に掛けられた探索報酬は、三千五百万セルに加えて、ギルドから追加で一千万セル……合計四千五百万セルですよ」
ブゥーーーー!!
アーノルドとタルトが、金額を聞いて噴き出した。
汚いな……噴き出すのも無理ないと思うけどね。マーガレット嬢の話では、アーノルドたちが受け取る予定金額は、危険手当込みでパーティー全体で日当百万セル。ミーティシアと従者を除く四人で分配していたから、一人あたりの日当は平均して二十五万セルである。それと比べれば、たった数日の依頼で四千五百万セルを稼ぐとか、アーノルドたちにとっては夢のような話である。
「こ、これが格差社会」
「レ、レイアさん。サポーターとか必要じゃありませんか。馬車馬のように働きますよ」
「残念だが、間に合っている。で、ミーティシア嬢が言っているウーノという女性は、これのことかね?」
私の影から大きな蛞蝓――蛆蛞蝓ちゃんが現れて、口からゲロっと全裸の女性を吐き出した。五体満足の姿で。別に私が脱がせたわけじゃないのだが、全裸の女性を隠し持っていたと思われないことを願おう。
「ウ、ウーノ!? なんで裸!? 腕も確かにゴアグリズリーに……」
「来る途中、ゴアグリズリーに咀嚼されていたのを見つけたから回収しておいた。本当ならば、蟲たちのデザートにする予定だったのだが……喜べ、まだ生きているぞ。おまけに腕は、こちらで治療しておいたがまずかったか?」
もっとも、治癒薬や『水』の治癒魔法なんて生易しい手段ではない。『蟲』の魔法での治癒だ。ミーティシアが涙を流して私に感謝を告げてきた。そして、ウーノを強く抱きしめて喜んでいる。
気持ちは分からんでもないが、もっと壊れものを扱うようにした方がいいと内心思った。まだ、治しきってないからさ。
ボロリと、ウーノの腕が床に落ちた。そして、腕の接続部からは白い蛆のようなものがボロボロと落ちた。ミーティシアは一瞬、何が起こったのか理解できなかったようだ。
「キャーーーー!!」
乙女の悲鳴が迷宮に木霊した。
「お、お嬢さ……ゴヴォ」
「ああ、しばらく安静にしていないと腕がすぐ取れるぞ、と言っても遅かったね。せっかく、善意で治癒能力にたけた蛆蛞蝓ちゃんが治してくれたんだ。それと、『水』の魔法で治癒するなり、治癒薬を使うなら早くした方がいいぞ。見つけたときですら、半生半死だったんだ。治療なしでは長くはもたん」
「ひでえ」
アーノルドから、信じられないような言葉が飛び出した。無謀と勇敢を履き違えているとしか思えない。発言をする前に、その言葉がどのようなことを意味するか、よく考えて欲しい。
「迷宮で死にかけていた少女を救い、あまつさえ治療まで施し、生きて愛しの主君と再会までさせたのだ。それがひどいだと? そもそも、この状況を引き起こしたのはお前らだろう。責任転換も甚だしいぞ!!」
私の苛立ちを感じ取り、千年百足が私の影から飛び出した。他にも、ジェノサイドキメラアント、アイアンキラービーが数百匹姿を現した。どの蟲も『モロド樹海』の下層に生息している蟲系モンスターだ。ランクCの男では生涯拝めるか分からないほどのモンスターたちだ。
ちょっとこちらが甘い顔をすればつけあがる。依頼の救出対象であるミーティシアが言うから多少は寛容であったが、救出対象ですらなく、このような状況を作り出した本人が言っていいセリフではない。そんなに死にたいのだろうか?
「も、申し訳ありません。全て、パーティーリーダーの俺の責任です」
「忘れるな。ミーティシア嬢の救出は依頼されている。だが、他のメンバーについては、依頼すらされていない。次は、止めぬぞ」
真っ青な顔をしたアーノルドが、土下座して地面に額をこすりつける。額に血が滲むほど謝罪したので許した。謝罪がなかった場合には、残念ながら蟲たちに美味しく召し上がられていただろう。
「おい、サポーター。早く、ウーノとやらを治療してやれ。治癒薬くらい余っているだろう?」
「ご、ごめんなさい。ここに来るまでに全部使い切っちゃって。それに、腕一本を治せるほどの治癒薬はさすがに用意してないです」
確かに、腕一本治すほどの治癒薬ともなれば、軽く一千万セルはするだろうね。
「では、ミーティシア嬢、早く治癒を行ってください。今から急いで行ったとしても、十層のトランスポートまでは二時間近くかかります。それまで彼女がもつとは思えませんが」
「私は……『水』の魔法を使えないんです。攻撃魔法しか覚えてなくて」
「そうですか。でしたら、従者が死ぬまでここで待ちましょう。せめて最期くらいは、主と一緒にいたいだろうからね。さあ、心残りがないように言葉を交わしなさい」
ミーティシアがウーノに「あなたのおかげで無事に外に出られます」と伝えられるだろう。これで従者も報われるというものだ。本当にいいことをした後は気分がいい。さて、遠慮なく最期の別れを告げるといい。
きっと、この話をすれば『レイア様が紳士すぎる』とギルド本部で話題になること間違いなしだ。
それなのに――
「えっ!?」
私の発言に本気で不思議そうな顔をしているミーティシアがいる。例えるなら、ハトが豆鉄砲を食らったような顔だ。何が言いたいかさっぱり理解できない。一分一秒を大事にしなければいけないこのときを、そんな顔をして無駄にするのはどうかと思う。
「「……」」
外野二人が無言を貫く。二人とも何か言いたそうだが……何が私の地雷を踏み抜くか分からないので無言を貫いているようだ。当然と言えば、当然である。この場において発言権があるのは、ミーティシアと私のみである。
「ウーノを助けてください。お願いします」
恥も外聞もない……容姿端麗なエルフとのクオーターであるミーティシアが涙を流して懇願した。綺麗な顔がぼろぼろである。ここで『なんでもします』なんて言ったら、本当に尾ひれがついて面白い展開なのだがね。
「治癒魔法は、不得意でね。『蟲』の魔法による治療になるよ」
「か、かまいません。ウーノが生きていてくれるなら」
本人の了承もなしに私の『蟲』による治療を望むとは……存外鬼畜だな。まあ、人体に有害な副作用とかはないからいいんだけどさ。後から本人が聞いて発狂でもしなければいいが、そこまでは責任を取りきれないぞ。
「一千万セル払える?」
「さ、先ほどお支払した貴金属以外に、今すぐ私に払えるものはありません。でも、迷宮の外に出た際に必ずお支払いいたします。ですから、お願いいたします」
いつでもニコニコ現金払いが信条の私である。しかし、死にかけの少女を腕に抱く容姿端麗の女性が、涙を流して懇願してくるその様子……これではまるで、私が悪役みたいではないか。
おかしい。遺留品どころか、生きたまま従者と再会させてあげて、最期の別れを言う機会まで与えたというのに、どういうことだ。まるで理解できない。迷宮では何が起こるか分からないというが、今まさに何が起こっているか理解できない。
ランクAに最も近い冒険者の一人である私が、上層において不測な事態により混乱させられている。さすがは、神が作ったと言われる迷宮である。侮れない。
「はあ~、仕方がない。助けましょう。男性に生まれなかったことを感謝するんだね。涙は女の武器か、本当に厄介だ……あと、お金は迷宮を出たら、ご両親にすぐに依頼してくださいよ」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
再び蛆蛞蝓ちゃんを呼び出し、ウーノを呑み込ませた。どこからどう見ても捕食されているように見えるが、治療の一環だ。蛆蛞蝓ちゃんは、そのまま影の中に潜り込んだ。
蛆蛞蝓ちゃんの体内に取り込んでの収納だとはいえ、影の中に異物が混ざると少なからず気分が悪くなるから嫌いなのだがね。蛆蛞蝓ちゃんを外に出してもいいが、目立たせたくない。
これも金のためだから我慢しよう。
ぐ~。ミーティシアたちの腹が鳴った。
出口に向かい歩き出すこと、三十分。道中のモンスターたちはことごとく私の蟲たちの餌食になり、安全で快適な旅である。
「なんだ、腹をすかしていたのか。水も食料もあるが食べるかね?」
「昨日からほとんど何も食べてなくて。ウーノの治療に加えて、本当にありがとうございます」
「ありがとう。もうおなかペコペコで、歩くのも辛かったんです」
「あっ、お、俺は大丈夫です。あと二時間くらい余裕です」
アーノルドだけが察した。仮にも私のことを知っていたのだ。その私が食事と言ったことで、何が出てくるか分かったのだろう。
「水、炭酸水、レモン水なんでもある。さすがにアルコール系は、持ち合わせていないがな。あと、食い物はタンパク質が豊富なものがたくさんあるぞ」
その瞬間、私の影から奇怪な蟲が飛び出してきた。品種改良を繰り返して生み出すことに成功した、美味しく食べることができる蟲たちだ。地球には、腹に蜜を溜める蟻が存在していた。地球の蟻にできて、この世界の蟻にできないことはない。ということで、試行錯誤の上で作り上げた蟲たちだ。しかも一匹あたり一リットル以上も貯水できる。大気中の水分を集める能力を保有しているのだ。
「安心しろ。モンスターは毒素を含んでいて食べられないのがほとんどだが、蟲系は数少ない例外にあたる。品種改良も行っているし、ちゃんと『水』の魔法が使える者にも調べてもらって、食料として問題ないと太鼓判をもらっている」
むしろ、モンスターが持っている魔力を吸収できるという嬉しい効能もあり、魔力回復が捗る。これほど優れた蟲だというのに評判がいまいちなのは理解できない。
「わ、私、急に喉が潤ってきましたので、タルトさん、どうぞ」
「私もあと二時間くらい余裕です。さあ、頑張って外に行きましょう」
「そうか、少ないながら魔力回復もできる一粒で二度美味しい飲料水なんだが。じゃあ、飯でも食べるかね? 食べやすいようにチャーハン味やカレー味の物を用意しているぞ。無論、追加の効能として若干だが治癒薬と同じ効果が得られるが……」
タルトとミーティシアが、私の足元にいる大型の蝗を見た。おなかが膨れており……それを見ただけでこの後の展開が読めるようになったあたり、冒険者として一歩成長したことが窺える。
「「大丈夫です!!」」
この万人に受けない蟲たちこそ、私が『モロド樹海』における滞在時間の秘密である。食料に困ることがない。しかも腐らないというか、いつでも鮮度抜群、素晴らしい効能。昔、これを商売にして儲けようと思ったが、軌道に乗る以前に計画が破綻した。
過去にギルドの依頼で従軍した際に絶大な不評をかったので、市販をするのをやめたのだ。
そして、十層のトランスポートより無事に帰還が果たされた。
「ミーティシア嬢分は、依頼料で賄えるからいいが、お前らはギルド本部経由で私に金を届けさせろ」
トランスポートの使用料金までモンスターから逃げる際になくしてしまい、無一文だったこいつらの分を私が立て替えてあげた。代金を踏み倒す気はないだろうが、一応警告しておく。
「間違いなく、確実に代金を届けます。むしろ、今すぐ持ってきてギルド本部で確実にお渡しいたします!!」
「右に同じく!!」
アーノルドとタルトが全力で首を縦に振った。
ミーティシアを含め、三人とも涙を流すほど感動しているのはいいが、さっさとギルド本部に報告したい。そして、早く私の影の中にいる蛆蛞蝓ちゃんからウーノを吐き出して、宿で眠りたい。
ミーティシアを連れて、ギルド本部にやってきた。
ギルドについた途端、マーガレット嬢に「お待ちしておりました」と迎えられ、ミーティシアと一緒に別室に通された。その先には、マーガレット嬢とギルド長に、やたら偉そうな貴族のおっさん――おそらくミーティシアの父親と思える人物が待っていた。
「ミーティシア!! よく無事に帰ってきた」
「お父様、お父様、お父様」
ミーティシアは父親の方がハーフエルフだったのか。珍しいな……ハーフエルフは女性が相場と決まっているが、こういうこともあるのか。というか、ハーフエルフで見た目がおっさんということは、何歳だよ……この父親は。
生存が絶望視されていた娘と感動の再会だ。いやー、本当にいいことをした。
感動の再会シーンの裏で、私は親指と人差し指で円を作り『金の準備はできているか』とマーガレット嬢に密かにサインを送った。彼女もこちらの意図をくみ取り、軽く頷いた。
「お主が音に聞くレイアか。娘を救出していただき感謝する。この場にいるのが娘だけということは、ウーノは逝ったか……」
「いえ、お父様。ウーノは、生きております。ただ、ちょっと……」
チラチラと、なぜか私を見てくる。まさか、私にウーノの状態を説明しろというのか。いや、そんなはずはない。ここで優秀なマーガレット嬢が、このやり取りでウーノがどういう状況に置かれているかなんとなく察したようだ。
『ギルドの不手際でこうなったんだ。マーガレット嬢が説明しろ』と目で訴える。
『いやよ!! どうせ、レイア様の蟲の中にいるんでしょう。娘さんの従者は、大怪我したので蟲を使って治癒させちゃいました!! なんて言えるはずがないでしょう。年頃の女性が肉体の一部とはいえ、蟲と同化したとか説明できないわよ』と目で言い返される。
「なんだ、どうした? ウーノは生きているのか。ならば、声をかけてやらねばいけないだろう。お前を守るために、きっと無理をしたはずだ。貴族以前にお前の父親として感謝の言葉をかけてやりたい」
やばい。この人、想像以上にいい人だ。話を聞いていると、義理と人情のある人だとよく分かる。とはいえ、そんなことが私に関係あるわけじゃないのでね。
報酬の件もあるし、面倒だけど説明することにした。
「ウーノという女性ですが、私が発見したときには死にかけておりましたので、私の魔法を用いて治療をいたしました」
「そうかそうか、改めて感謝を。ウーノの治療については別途報酬を出そう。いくらだ?」
冒険者という存在をよく理解している。報酬の話をすぐにしてくれるのだ。嬉しい限りである。
「報酬額については、ミーティシア嬢と既にお約束しておりますので、直接聞いてください」
父親の目線がミーティシアに向かった。当然、報酬はいくらかと聞いている目である。
「い、一千万セルです。お父様」
この額を高いと見るか安いと見るかは、相手次第である。たかが従者に一千万セル。しかし、『水』の魔法が使えることを考えれば、悪くない額とも言える。
「ふむ、いいだろう。その一千万セルを立て替えよう。ウーノには、これからもミーティシアの従者として頑張ってもらわねばならないからの。ミーティシアとの関係や『水』の魔法が使えるあたり、一千万セルで命が救えたのなら安いもんじゃ」
「ありがとうございます。報酬につきましては、ギルド経由にて私宛に」
こうして、貴族のお偉い様との面談を終えた。その後、すぐにウーノをギルドの一室で吐き出して、ギルド専属の『水』の魔法の使い手に委ねた。あの場で全裸の女性を吐き出したら、さすがに私に要らぬ嫌疑が掛かりそうだからね。
ミーティシアと別れた翌日、報酬を受け取るべくギルド本部に訪れた。
「報酬の三千五百万セルに加えて、私から搾り取った一千万セル、従者の治療分で一千万セル。他にも、ミーティシア嬢から百万セル相当の貴金属を巻き上げたそうね。呆れるわ」
たった数日で悪くない報酬だ。ギルド本部にいる連中が、カウンターに置かれた金を見て羨ましそうにしている。金額に目がくらみ、ギルド本部を出たとたんに闇討ちをかけてくるバカも少なからず存在する。だが、そんな連中はことごとく謎の失踪を遂げることになる。
「労働に対する正当な報酬だと認識しているが。嫌なら、依頼しなければいい」
「レイア様しか達成できないと分かった時点で、報酬額の釣り上げ交渉をしてきておいて、よく言うわ。まあ、一応こちらの無理な依頼を引き受けてくれたんだから感謝しておくわ」
「急にデレても私は落とせませんよ。そんな安い男じゃないもんでね。あと、美味しい依頼ありがとうございました」
チッ。
マーガレット嬢の舌打ちが聞こえた。
迷宮から救った者たちが今後どのような生き方をするかは知らないが、再び迷宮に潜ることがある場合には、今回のことを教訓にし、無理のない迷宮ライフを過ごすことを望む。
4 パワーレベリング(一)
今日も美味しい依頼を探して、『ネームレス』のギルド本部をウロウロしている冒険者たちがたくさんいる。私もまた、その一人だった。
よく知らない人からは、ソロで『モロド樹海』下層を拠点に活動している私は、一人占めしたモンスターの素材を売却することにより、かなり稼げると思われがちだが……蟲たちによってほとんど骨も残らないくらいに捕食されるため、モンスターの素材での収入が望めないのだ。
まあ、希に残る魔結晶を売ることでそれなりに稼げている。魔結晶だけは食べない蟲たちに、本当に感謝している。
また、モンスターの素材に代わる恩恵は十分受けている。蟲たちが倒した分のモンスターソウルは、私の影に収納された時点で、多少吸収効率は落ちるが私自身に還元させることができる。究極的には、私は一歩も動かずに、モンスターソウルによる成長が可能なのだ。
とはいえ、何もしないで無為に成長すると、不測の事態に対応できるだけの能力が身につかないので、必ず私も蟲たちと一緒に最前線で戦うようにしている。
「うーーーん、どの依頼も条件が厳しいな」
一番多いのが、上層でモンスターの素材狙いのパーティー募集、次に多いのが中層でモンスターの素材狙いのパーティー募集。無論、どの募集にも言えるが、モンスターソウルも副次的に得られるため、自己成長も狙える。
私が理想とする依頼は、下層で無心にモンスターを始末するだけでお金が貰える殲滅依頼である。そもそも、そんな都合のいい依頼なんて早々にあるはずがない。モンスターの素材を狙わずに何を狙いに行くのかと言われれば……返答に詰まる。
「いっそ、また戦争でも起きてくれないかな。このままだと、お財布が風邪をひきます」
思わず、不謹慎な発言をしてしまうほど依頼がなかった。
「レイア様、レイア様。実にいいところにいらっしゃいました!!」
依頼を探しているところに、これ幸いといった顔をしたマーガレット嬢が現れた。ろくでもない依頼を押しつける気でいることが、手に取るように分かる。私の可愛い蟲たちの蟲の知らせがなくとも分かる。
この笑顔の裏で、相当ゲスい顔をしていることは間違いなしだ。
「しまった、四十二層の入口にハンカチを置いてきてしまった。今すぐ取りに戻らないといけない!! 一ヶ月くらいで戻るから、その話はまた今度で」
すぐさま身を翻し、ギルド本部を後にしようと思ったが……見事に服の裾を掴まれた。
「どこの世の中に、ハンカチのために四十二層まで足を運ぶ馬鹿がいるんですか。ハンカチくらい、私が差し上げますよ。ですから、お話ししましょうよ!!」
「嫌だ!! どうせ、誰も受けずに残ったろくでもない条件の依頼を押しつける気だろう!! 報酬に見合わない労働はする気は全くないぞ」
「ふっふっふっふ。ところが、今回の依頼はたった十日で五千万セルという超高額!! しかも、レイア様にぴったりです」
ピクピク。
単純計算で日当五百万セル……どのような条件か知らないが、額面上は確かに破格である。だが、美味しい話に裏があるのは当然。それでも売れ残っているとあれば、当然何かしらの欠陥依頼であるのは分かりきっている。
しかし、金に釣られてしまう自分が悲しい。
「……話を聞かせてもらおうか」
「もちろんです。他に聞かれるとアレですので奥の部屋に――」
あ、やべ。正直、そう思った。奥の個室を利用するあたり、機密レベルが相当高い依頼であることが分かったからだ。
案内された部屋は、ご立派な応接間だ。備えつけられている椅子には、ギルド長とその対面に『神聖エルモア帝国』正規軍の軍服を着た強面のオッサン。そして、高そうなドレスを着た陶磁器のごとき肌をした美しい金髪の女性がいた。
彼女は、スタイルさえ控えめに言っても抜群である。若干胸が小さいが、Dに近いCといったところであろう。……胸のサイズがね!! 冒険者のランクじゃないからね。
だが、この女性に見覚えがある。どこで見たかというと、二年前の戦争時に、兵士へ激励のお言葉をかけに来た皇族にソックリである。もう本人ではないかと思うくらいにソックリさんである。
か、帰りたい。美味しい話に乗せられて、ここまで来た自分を殴ってやりたい。
「適任者を連れてまいりました。アメリア様、シュバルツ様」
アメリア……そんな名前だったか。確かフルネームは、アメリア・ハーステイト・エルモア。『神聖エルモア帝国』の第八皇位継承権を持つ本物の皇族だ。だが第八位となると、次期皇帝になる可能性はゼロに近い。そのため、それくらいの順位の女性は有力な諸侯に嫁ぐことが多いと聞く。正直に言って、好んで関わりを持ちたくないものだ。
もう一人はよく知っている。シュバルツ・アイゼン・アインバッハ、『神聖エルモア帝国』の第四騎士団副団長である。二年前の『聖クライム教団』との戦争において、私に殿を命じた鬼畜な司令官。そのおかげで私は一代貴族にのし上がったのだから、ある意味感謝している。だが、シュバルツのやったことは決して忘れない。
「レイア様もお掛けください」
マーガレット嬢が着席しろと促す。身を翻して逃げようかと思った矢先にだ……くそったれが!! 逃げ切ることは、可能だ。しかし後々のことを考えると、決して最良の選択とはいえない。顔を合わせする前ならまだしも、この状況に追い込まれた時点で負けたのである。
「はははは、ありがとう」
お互いが着席したというのに、誰も口を開かない。無言のプレッシャーを食らい、マーガレット嬢の胃もキリキリ言っているだろう。それを見かねてか、ギルド長である本名不明の親方こと、愛称ヒゲオヤジが話題を切り出してくれた。
「ゴホン。まずは、儂がお互いのことをご紹介させていただきます」
アメリアの紹介に引き続き、シュバルツの紹介がなされた。双方ともやはり、こちらが予想した通りの素性であり、帰りたさが倍増した。そして、最後に私の紹介がされたときに、若干アメリアが『迷宮でソロ? こいつ変人じゃね』と言いたげな目をしているように感じたが許そう。
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