感じさせて……。

紫倉 紫

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うつつ1

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 桐野ひかりは、スマホの通知をチェックするのが癖になっている。画面の右上に小さな青い点滅を見つけ、微かに口角をあげた。お気に入りのWEB小説の更新のお知らせが届いていたのだ。
 ひかりは、自ら選んだカゴの中に閉じ込められていると常々感じていた。狭い狭いカゴだ。ひかりの退屈に退屈を重ねる日々に唯一潤いを与えてくれるのが、WEB小説だった。
 ひかりの夫、和明は大学で准教授をしている。歩いて十分ほどの場所にある大学に朝から晩まで閉じこもり八畳ほどの個室で本の山に囲まれながら、研究に勤しんでいる。
 和明と出会ったのは、ひかりの幼なじみが彼の教え子だったからだ。ゼミのメンバーで撮った写真を見せてもらったときに、ひかりが一目惚れをした。
 ひかりは研究さえあれば他は何もいらないという和明の人生に無理やり割り込んだ自覚があった。それほど強くもない和明の性欲を刺激し何度か関係を持ち、妊娠を理由に結婚にこぎつけたが、その子も流産した。
 結婚して七年経ち、ひかりは三十一歳になった。和明とは十歳違う。 
 夫婦二人の暮らしだ。家事はすぐ終わってしまう。和明は休みの日以外に、家では食事をしない。ひかりは自分のために、料理をする気にはならない。出掛けるのは好きではない。食べるのも好きではない。
 二人が結婚した直後、和明が名古屋の大学から京都の大学へ異動になった。こちらには、ひかりの知り合いは誰もいない。時間だけはあった。ソファに座り、スマホのアプリを起動させる。本棚を確認する。ひかりには、ここ数ヶ月、毎日楽しみにしていた小説がある。物語はクライマックスを迎えている。しばらく読まずにとっておこうかとも考えていた。それなのに、更新されるとこうして読んでしまう。
――この小説が終わったら、また他を探さなければならない。
  いつも、和明に見た目の似た人物がでてくる小説を探している。細身で、眼鏡をかけていて、知的で……。実際の和明は無口で淡泊だが、ひかりは、似ていない設定を好んだ。
――強引で、束縛してくるような人がいい。 
 和明は、一年の中でも、今が一番忙しい。秋にも学会だなんだとあるが、今は学生のレポートや卒論の相談に乗って、夜遅くまで大学に残る。土日にも出て行く。
 和明は結婚する前からそうしてきた。ひかりの方もそれを承知で結婚をのぞんだ。一緒にいれば、いつかは振り向いてくれるのではと期待してきたが、七年変わらなかった。これから先で変わる可能性はあるのだろうかとひかりは思う。
 ひかりの夫への執着は、異常だった。
 唯一の救いは、和明が、ひかり以外の女にも興味を持たないことだ。
 これで、和明が誰かに心奪われようものなら、ひかりは犯罪者になりかねない。それほどの執着だった。
 ひかりは、初めて和明の写真をみた瞬間に、今まで出会ってきた男になんの興味ももてなかった理由がわかった。
 結ばれる相手は、この人だったと『運命』を思い出したとさえ感じた。
 成人はしていたものの、あの頃のひかりは幼かった。夢見がちだった。自分が、誰にも渡したくないと思った相手から、愛してもらえる保障がないことを知らなかった。
 こちらの想いが強ければ、振り向いてもらえると信じたのは浅はかだったと、七年も経ってようやく悟った。
 ひかりには、WEB小説に逃避するくらいしか、できることがない。
 和明は今日もきっと帰りが遅い。
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