感じさせて……。

紫倉 紫

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うつつ5

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 結局、机を買わずに帰ることになった。
 車に乗り込んだあと「他のお店もみてみたら?」とひかりは声をかけたが、「また後日、つきあって」と言われた。
 ひかりが謝ると「自分が寄り道したのが悪い」と申し訳なさそうな顔で返された。
「先生の言ってたとおりだ」
 亮の言葉が気になる。
「ひかりは体力がないから、きっと、自分がいない間家に閉じこもっているはずだ。このままでは心配だって」
 毎日、家事を少しするだけだ。後は、ソファに座ってWEB小説を読んでいれば、こうなってしまう。
「連れ出すように頼まれたから、少しずつ良くなるよ」
 病人のような言われかただと思った。
「俺にしたら、大阪も京都も、わからないことに変わりはないけど、とりあえず、京都に戻る?」
 ひかりも近所のことしかわからない。
「帰る前に、少し、海がみたいかな」
 ひかりも亮も港町で育った。
「車に乗っておく分には平気か?」
 足腰が痛くて歩き回れないだけだ。頷く。
 亮は、ひかりに海を見せるために、スマートフォンで調べはじめた。画面を見ながら考え込んでいる。
「この辺りは埋め立て地だから、砂浜はないなあ」
 言われるまで考えたこともなかった。海をみたいという衝動が消える。ひかりがどんな景色を見たかったのかを、理解してくれているのがわかる。
「ごめん、今日はやっぱりもういいわ」
「そうか、海はまた別で……」
 ひとまず、京都方面へ車を走らせることになった。
 高速が混んでいて、行きよりは時間がかかりそうだと言われた。日も暮れて、派手な看板が光を放ち始めた。京都ではなかなか見かけない存在感だ。
 結局、夕食もサービスエリアのフードコートですませた。
 助手席に座っているだけなのに、京都へ着くまでにも、まともに頭が回らなくなるほど疲労していた。
「本当にごめんな」
「和明さんに言われたんでしょう」
 ひかりも、亮になら多少のわがままが言える。だが、相手が和明となると、たとえ不満があっても従うしかない。それに今日のことはひかりの体力の問題だ。
 家に帰り着いた。
 考えれば、亮は今日ここに引っ越してきたばかりだ。あらかじめ届いた荷物はそう多くなかったが、それでも整理する時間もいるだろう。
 こんな日に遠出をしなくても良かったのにとひかりは思う。 
「机を用意しないと資料を整理できないから、早くどうにかしないとな」
 和明の考え通り、机の購入は最優先らしい。
「今日のところは機能的でいいとは思ったけど、俺のものって感じが足りなくて」
 和明はそういうところには何の拘りもないような気がする。このマンションを買ったときも車を買ったときも、紙に書かれた情報だけでほぼ選んだ。
 亮を部屋に案内した。
「ベッドは、和明さんが……」
 あの時は、変に拘って探していた。
「そうなんだ。頑丈そうでデザインも個性的だな」
 亮は気に入ったようだ。
 亮を部屋に残して、リビングに出る。もう10時を回っているのに、和明は帰ってこない。
 ソファに座り、一応は、スマホを確認してみる。WEB小説の更新通知が来ているだけだった。
 全身が重かった。立ち上がる気力もわかない。
 亮が出てきた。
「疲れてるだろう。先生は最終近くなるって」
 なぜ、亮に連絡するのだろうとひかりは不満を感じた。
「風呂、用意するし、先に寝たらいいよ」
 自分でと言いかけたが、亮はすぐにバスルームの方へ行ってしまった。 
 亮は、うちの給湯設備をもうマスターしたようだ。
「コーヒーもらってもいいか?」
 亮に訊かれた。
「待ってね」
 立ち上がろうとしたら、肩を押さえられた。
「この間みてたから、自分でできる。ひかりはいらないだろう?」
 頷く。
 着替えを取りに行くように言われた。素直に従う。
 今、ベッドに横になれば、沈むようにして眠りに落ちる自信があった。
 寝室に入ると冷え切っていた。軽く身震いをする。少し部屋を暖めておこうと思い、エアコンをつけた。替えの下着などを持って、バスルームに向かう。
 亮は、リビングのソファに座って、分厚い本を読んでいる。コーヒーの良い香りがしている。
 着替えを胸に抱え込んで、前を通り過ぎる。声をかけた方がいいのか判断に迷って、通り過ぎる間際に「お先です」と呟いた。亮は「どうぞ」と返してきた。
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