感じさせて……。

紫倉 紫

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ゆめ5

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 一度かけただけではまだだいぶ泡が残っている。
「いや、高い金払って通うやつがいるが、少し、気持ちを理解した」
 奥村さんは下を向いたままで言った。
「そんなに高いですか?」
 髪は自分で洗えるけれど、たまには良いと思う。一度、ヘッドスパにも行ってみたい。
 声をかけて、お湯をかける。
「パートナーがいても、別で行くやつもいるからな」
 一緒に暮らしていれば、髪を洗いあったりするのか。考えたこともなかった。
「きっと、奥さんより、プロの方が上手だからでしょ」
「お前、意外に肯定派なんだな。驚いた」
 シャンプーくらいで大げさだと思う。
 とにかく、泡がなくなるまでお湯をかける。
 肩や腕に残る泡も流す。
 ふと視界に入ったタオルが、不自然に盛り上がっていた。
「きゃあ」
 手桶を放りだして顔を覆った。床にぶつかって、音が浴室内に響く。
「なんだ急に」
 
 だって、奥村さんのが……。
「これか? ちゃんと隠してるだろう。大体、お前が、人の目の前ででかい胸を揺らすのが悪い」
「見えないって言ったじゃないですか」
「俺はただの近眼だ。これだけの至近距離なら見えるに決まってるだろうが」
 騙すだなんて、ひどい。
 恥ずかしすぎて涙が出てくる。
「ああ、悪かった」
 奥村さんが、うずくまっている私の肩を軽くたたいた。
「とにかく、今日のノルマをこなさないと……見えないように気をつけるから、続きを頼む」
 私は、頷いた。うつむいたまま、スポンジを手に取った。
「目を、閉じておいてください」
 奥村さんはため息とともに目を閉じた。私は、開けないか監視しながら胸のあたりをスポンジでこする。
 だいたいで済ませ、背中に回って撫でた。
「こんなものでいいですか?」
「足までは、スポンジで」
 足を忘れていた。また前にもどって、膝上少しのところから先に向かってこすった。
 洗面器にためたお湯でスポンジの泡をいったん落とした。
「ここから先は、手で直接頼む」
 私は手をとめた。
「それくらい自分で洗ってください」
 断固拒否だ。
「教授のノートに記録されているのは、ここからだ」
「え……そんな……」
 見なくても、触らなければいけなくなる。
「そんな声を出すな……」
 今日は許してもらえるのだろうか。
「加虐心を煽られる」
 
 腕を掴まれ引き寄せられた。 
 バランスを崩して、濡れた肌に頬を押しつけた。
 奥村さんが私の腰に腕を回し、さらに引き寄せる。
 湿気を帯びた空気を吸い込み、息苦しくなる。
「もう、限界だ」
 奥村さんが私の左手を取った。
「下は、見るなよ」
 腕に力を入れて抵抗してみる。何の効果もない。
 指先に硬い物が触れる。腕を引いても動かせなかった。
 奥村さんが私の親指を無理矢理他の指から離す。握らされた。
 どんな形状なのか、知らなかったわけではない。だけど、思っていたよりずっと太い。
 熱い。
「今は、動かさなくていい」
 力を入れられずにいる私の手に大きな手を重ねた。
 私の手ごと、ゆっくりと上下に動かす。
 手に残るボディーソープのぬめりが、物理的な抵抗までも軽くしてしまう。
 されるがまま……。
 私は、奥村さんの胸に顔を押しつけたまま、きつく目を閉じる。
 どちらのものかわからない鼓動がうるさい。
 私の体には存在しない。男の人だけが持つ器官。
 それだけでなく、似た、感触の物には触れたことはなかった。
 骨の硬さとは違う。
 無機質ではないのに、形を変えることのない強さを持つ。それなのに、時々、脈打つ。
 奥村さんの胸が大きく上下する。荒い呼吸が反響する。
 私の腰に添えられた手のひらに力がこもる。
 それだけで私は声を漏らしそうになる。
 思考が、浸食されていく。
 触れられた時にも、こうなった。
 足の付け根のその奥が、沁みる。
「奥村さん……」
 これ以上おかしくなる前に、やめさせて欲しい。
「名前を呼ぶなって……歯止めがきかなくなる」
 手の中で、さらに硬く熱くなった気がした。
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