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うつつ7
七
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楽しみな予定が立て続けにできたので、ひかりは嬉しくて仕方なかった。和明からこんな風に誘われるなど、ほんの少し前には想像もできなかった。
「嬉しそうだね」
髪を撫でていた指先が、耳の後ろを掠め、うなじを下りていく。
「夜の町へ出かけてみたかったのなら、君から誘ってくれればよかったのに」
亮が来る前でも、誘えばきっと、断られはしなかった。気が乗らなくても一応はひかりの相手をしてくれたはずだ。ただ、それが積み重なれば、一緒に暮らすこと自体が面倒になったに違いない。
和明とひかりは、対等ではない。
ひかりには、和明の側に“置いてもらっている”という、自覚があった。
ライトにほんのりと照らされている和明の顔をみながら、ひかりは思う。
どうして、こんなに好きなのだろう。
妻の立場を手に入れるために、ひかりは、それまででは考えられないほど大胆な行動をとった。なんとか結婚に漕ぎ着けたが、流産した時からは、和明に捨てられないよう、常に気をつかってきた。
そうしてきた七年間が、不幸せだったかというと、違った。やはり、和明の側にいるということが、ひかりにとっては他の何よりも優先事項だった。
指先は、襟の内側をなぞりった後、鎖骨に沿ってひかりの首の付け根のまんなかにたどり着いた。
「君は、僕に何を求めているのかな?」
触れられれば、もちろん嬉しい。しかし、そうでなくても耐えられる。
「そばにいられれば、それで……」
和明が目を細めた。
「君の場合、思い込みでなさそうだから余計に理解しがたい」
和明は「あらゆる方面からの検証が必要だ」と、呟いた。
「二人で、酔うまで飲んでみよう」
ひかりは頷く。理由はなんであろうとかまわなかった。
和明にみつめられる。首筋をなぞる指先に、わずかに力が加えられる。キスをされるような気がして、目を閉じた。
和明の唇は冷たかった。ひかりはため息をつく。
背後で、書斎の戸が開く音が聞こえた。
和明が、すっとひかりから体を離した。
「本を返そうと……先生が帰っていると思っていなくて、すみません」
亮が和明に謝った。
「いや、天橋立のプランを訊いていただけだよ」
このまま亮を見ないのも不自然な気がして、ひかりは振り返った。さっきのキスを見られたかが気になっていた。
「本に集中していて、風呂の用意を忘れていました」
亮が部屋を出ようとしたので「私がしたから大丈夫」と、声をかけた。
「ごめん」
ひかりが気にしなくて良いという前に、和明が「彼女が支えてくれるから、喜多川君も研究に集中するといい」と、言った。
ひかりは頷いた。家賃を入れないことで、亮は気をつかって何かと手伝おうとする。たいして家事も増えていないので、ひかりのすることがさらに減ってしまうのだ。
「僕は、寝る支度をするだけだ。好きに本を探すといい」
和明は亮にそう声をかけると、ひかりに、一緒にでるよう促した。亮とすれちがう直前に、和明が立ち止まった。
「コーヒーが欲しいときは、彼女に頼むといい」
亮が「自分でいれられるので大丈夫です」と返した。
「ひかりがいれたほうが美味しいのでは?」
和明が、諭すように言う。
「確かにそうですが」
亮が戸惑っているのがわかる。
「僕は、彼女のいれるコーヒー以外は、極力口にしないようにしている」
気に入ってくれていることはわかっていたが、そこまでとは思っていなかった。
「喜多川君もそうするといい」
ひかりは豆に拘っているだけで、いれ方がうまいわけではなかった。亮はわかっているはずだ。それでも逆らわず「そうさせてもらいます」と言った。
「嬉しそうだね」
髪を撫でていた指先が、耳の後ろを掠め、うなじを下りていく。
「夜の町へ出かけてみたかったのなら、君から誘ってくれればよかったのに」
亮が来る前でも、誘えばきっと、断られはしなかった。気が乗らなくても一応はひかりの相手をしてくれたはずだ。ただ、それが積み重なれば、一緒に暮らすこと自体が面倒になったに違いない。
和明とひかりは、対等ではない。
ひかりには、和明の側に“置いてもらっている”という、自覚があった。
ライトにほんのりと照らされている和明の顔をみながら、ひかりは思う。
どうして、こんなに好きなのだろう。
妻の立場を手に入れるために、ひかりは、それまででは考えられないほど大胆な行動をとった。なんとか結婚に漕ぎ着けたが、流産した時からは、和明に捨てられないよう、常に気をつかってきた。
そうしてきた七年間が、不幸せだったかというと、違った。やはり、和明の側にいるということが、ひかりにとっては他の何よりも優先事項だった。
指先は、襟の内側をなぞりった後、鎖骨に沿ってひかりの首の付け根のまんなかにたどり着いた。
「君は、僕に何を求めているのかな?」
触れられれば、もちろん嬉しい。しかし、そうでなくても耐えられる。
「そばにいられれば、それで……」
和明が目を細めた。
「君の場合、思い込みでなさそうだから余計に理解しがたい」
和明は「あらゆる方面からの検証が必要だ」と、呟いた。
「二人で、酔うまで飲んでみよう」
ひかりは頷く。理由はなんであろうとかまわなかった。
和明にみつめられる。首筋をなぞる指先に、わずかに力が加えられる。キスをされるような気がして、目を閉じた。
和明の唇は冷たかった。ひかりはため息をつく。
背後で、書斎の戸が開く音が聞こえた。
和明が、すっとひかりから体を離した。
「本を返そうと……先生が帰っていると思っていなくて、すみません」
亮が和明に謝った。
「いや、天橋立のプランを訊いていただけだよ」
このまま亮を見ないのも不自然な気がして、ひかりは振り返った。さっきのキスを見られたかが気になっていた。
「本に集中していて、風呂の用意を忘れていました」
亮が部屋を出ようとしたので「私がしたから大丈夫」と、声をかけた。
「ごめん」
ひかりが気にしなくて良いという前に、和明が「彼女が支えてくれるから、喜多川君も研究に集中するといい」と、言った。
ひかりは頷いた。家賃を入れないことで、亮は気をつかって何かと手伝おうとする。たいして家事も増えていないので、ひかりのすることがさらに減ってしまうのだ。
「僕は、寝る支度をするだけだ。好きに本を探すといい」
和明は亮にそう声をかけると、ひかりに、一緒にでるよう促した。亮とすれちがう直前に、和明が立ち止まった。
「コーヒーが欲しいときは、彼女に頼むといい」
亮が「自分でいれられるので大丈夫です」と返した。
「ひかりがいれたほうが美味しいのでは?」
和明が、諭すように言う。
「確かにそうですが」
亮が戸惑っているのがわかる。
「僕は、彼女のいれるコーヒー以外は、極力口にしないようにしている」
気に入ってくれていることはわかっていたが、そこまでとは思っていなかった。
「喜多川君もそうするといい」
ひかりは豆に拘っているだけで、いれ方がうまいわけではなかった。亮はわかっているはずだ。それでも逆らわず「そうさせてもらいます」と言った。
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