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うつつ7
十三
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和明は、自分の仮説が合っていることを証明するために、亮を刺激する。本当に、亮がひかりに対して幼なじみ以上の感情を抱いているのなら、同居を続けるのはよくない。和明がどうするつもりでいるか、わからなかった。
しかしひかりは、どんな理由であれ、和明と一緒に小説に描かれた石のベンチに座れたことが嬉しかった。
「これ以上は、体が冷える」
和明が立ち上がった。
東屋の方へ体を向けると、亮が、こちらを向いて立っているのが見えた。
和明は、ひかりに歩調を合わせず先に亮の元へ行った。何かを話しかけている。亮は頷いた。
また、先を行く和明の背中を見ながら、亮と並んで歩くことになった。
一つの大きな目的を達成した後なので、先ほどよりさらに疲労感があった。
しばらく歩いてやっと対岸に着いた。少し先に店舗らしき建物が並んでいた。
砂利と砂の混ざった道から、アスファルトの道に変わった。途端に、踵に痛みが走った。
ひかりは、少し足を引きずるほどになっていた。
「流石に背負うわけにはいかないけど、せめて、肩を貸そうか?」
見かねた亮が声をかけてくれた。
ひかりは、肩を借りたいくらいだった。しかし、亮に寄りかかる姿を和明に見られたくなかった。
「ありがとう。大丈夫」
ひかりは、せっかくの申し出を断った。
「どこか休めるところを探してくる」
亮はそう言い残して、少し先を行く和明の元に駆けていった。何かを言い残してすぐに、また駆け出し、店の立ち並ぶ方へと道を曲がって見えなくなった。
和明が引き返してきた。
「足が痛むんだね」と、ひかりの方に腕を差し出してきた。
「僕の腕に掴まるといい。少しは楽になるんじゃないかな」
ひかりは頷いて、和明の腕に手を伸ばした。
「しっかり掴まって」
言われたようにすると少し足が楽になった。
「僕は腕を貸すくらいしかできないけれど、喜多川君なら君を抱えて歩けるんじゃないかな」
たとえできたとしても、運ばれるのは恥ずかしい。
「君は、自分の体力のなさについて、きちんと把握しておく方がいいよ」
「迷惑をかけて、ごめんなさい」
「迷惑とは思っていない。ただ、この調子だと、これ以降の計画は実行できないよね。体力を考慮して、優先順位をつけておくべきだったと思うよ」
たしかに、ケーブルカーに乗るのも、船でカモメに餌やりをするのも、できそうにない。
「一番したかったことは、できたので」
ほんの短い時間でも、和明と一緒に海を眺められたので、ひかりは結構満足していた。
「それなら、良かった」
和明の声が優しい。ひかりは、和明の腕に軽く頬を寄せた。
亮が戻ってきた。あれだけ走ったのに、息がまったく乱れていない。亮の体力が羨ましくなった。
亮の視線が、ひかりが掴んでいる和明の腕の辺りに向けられた。気まずくなり、ほんの少し、和明から体を離した。
「早めですが、昼食をとりませんか?」
11時半になったところだ。
和明が「僕は構わないよ」と、返した。ひかりは、とにかく座りたかった。
「蕎麦を食べられる店は、ケーブルカーの駅近くだから少し距離があるんだ。うどんでもいい?」
亮に訊かれて、ひかりは頷いた。もう、近ければなんでも良かった。
和明が「このまま掴まっていていいよ」と、言った。足は相変わらず痛いけれど足取りは心なしか軽くなる。
うどん屋へは、少し歩くだけで着いた。
配達用だろうか店の前にルーフのついた三輪バイクが置いてある。亮がのれんをめくり、引き戸を開けた。内装は古民家風だ。オープンしたばかりでまだ客は少なかった。
窓際の四人がけのテーブルに座ることにした。亮が、ひかりと和明が脱いだコートを余った椅子の背もたれにかけてくれた。自分の分は丸めて椅子に置いた。
ひかりは疲れすぎて食欲がなかった。和明と亮は天ぷら定食を選んだけれど、とても食べきれる気がしない。軽そうな、山菜うどんにした。
座っているうちに、足の痛みは和らいできた。
うどんは出汁がきいていて美味しい。体も温まる。
亮が「てんぷらが、旨い」と言った。和明も「そうだね」と、同意した。
ひかりは、自分も天ぷら定食にすれば良かったと考えた。しかし、選んでいれば、食べきれずに後悔したであろうこともわかっていた。
物足りないくらいが良いのだ。物足りないから、まだ欲しいと思う。満足してしまうと、どんなに求めていた物でもそれ以上は欲しく無くなる。
ひかりが欲するほどに、和明から愛情を受けとれたとしたら、今ほど焦がれることもなくなるだろう。
亮が天ぷらの載った皿をひかりの前に置いて「好きなの取って」と言った。
「僕が分けるから、喜多川君は自分で食べたらいい」
「別にいらないです」
ひかりは断った。
「僕には少し量が多すぎるから、遠慮をする必要はない」
たしかに、和明は少食な方だ。納得したのか、亮は皿を自分の前に戻した。
和明が、二人の間に皿とつゆを置いた。
「どれでも構わないよ」
和明に特別好きな物がないのはわかっている。
ひかりは青じその天ぷらが気になった。
「ひとつだけ、いただきます」
ひかりは、端に少しつゆをつけて、天ぷらを口に運んだ。衣がサクッと音をたてた。甘いツユの味も広がる。二人が言うように、美味しい。少量だから、余計に美味しく感じるのかもしれない。和明からほんのわずか分け与えられた物を、ひかりは、ゆっくりと味わった。
しかしひかりは、どんな理由であれ、和明と一緒に小説に描かれた石のベンチに座れたことが嬉しかった。
「これ以上は、体が冷える」
和明が立ち上がった。
東屋の方へ体を向けると、亮が、こちらを向いて立っているのが見えた。
和明は、ひかりに歩調を合わせず先に亮の元へ行った。何かを話しかけている。亮は頷いた。
また、先を行く和明の背中を見ながら、亮と並んで歩くことになった。
一つの大きな目的を達成した後なので、先ほどよりさらに疲労感があった。
しばらく歩いてやっと対岸に着いた。少し先に店舗らしき建物が並んでいた。
砂利と砂の混ざった道から、アスファルトの道に変わった。途端に、踵に痛みが走った。
ひかりは、少し足を引きずるほどになっていた。
「流石に背負うわけにはいかないけど、せめて、肩を貸そうか?」
見かねた亮が声をかけてくれた。
ひかりは、肩を借りたいくらいだった。しかし、亮に寄りかかる姿を和明に見られたくなかった。
「ありがとう。大丈夫」
ひかりは、せっかくの申し出を断った。
「どこか休めるところを探してくる」
亮はそう言い残して、少し先を行く和明の元に駆けていった。何かを言い残してすぐに、また駆け出し、店の立ち並ぶ方へと道を曲がって見えなくなった。
和明が引き返してきた。
「足が痛むんだね」と、ひかりの方に腕を差し出してきた。
「僕の腕に掴まるといい。少しは楽になるんじゃないかな」
ひかりは頷いて、和明の腕に手を伸ばした。
「しっかり掴まって」
言われたようにすると少し足が楽になった。
「僕は腕を貸すくらいしかできないけれど、喜多川君なら君を抱えて歩けるんじゃないかな」
たとえできたとしても、運ばれるのは恥ずかしい。
「君は、自分の体力のなさについて、きちんと把握しておく方がいいよ」
「迷惑をかけて、ごめんなさい」
「迷惑とは思っていない。ただ、この調子だと、これ以降の計画は実行できないよね。体力を考慮して、優先順位をつけておくべきだったと思うよ」
たしかに、ケーブルカーに乗るのも、船でカモメに餌やりをするのも、できそうにない。
「一番したかったことは、できたので」
ほんの短い時間でも、和明と一緒に海を眺められたので、ひかりは結構満足していた。
「それなら、良かった」
和明の声が優しい。ひかりは、和明の腕に軽く頬を寄せた。
亮が戻ってきた。あれだけ走ったのに、息がまったく乱れていない。亮の体力が羨ましくなった。
亮の視線が、ひかりが掴んでいる和明の腕の辺りに向けられた。気まずくなり、ほんの少し、和明から体を離した。
「早めですが、昼食をとりませんか?」
11時半になったところだ。
和明が「僕は構わないよ」と、返した。ひかりは、とにかく座りたかった。
「蕎麦を食べられる店は、ケーブルカーの駅近くだから少し距離があるんだ。うどんでもいい?」
亮に訊かれて、ひかりは頷いた。もう、近ければなんでも良かった。
和明が「このまま掴まっていていいよ」と、言った。足は相変わらず痛いけれど足取りは心なしか軽くなる。
うどん屋へは、少し歩くだけで着いた。
配達用だろうか店の前にルーフのついた三輪バイクが置いてある。亮がのれんをめくり、引き戸を開けた。内装は古民家風だ。オープンしたばかりでまだ客は少なかった。
窓際の四人がけのテーブルに座ることにした。亮が、ひかりと和明が脱いだコートを余った椅子の背もたれにかけてくれた。自分の分は丸めて椅子に置いた。
ひかりは疲れすぎて食欲がなかった。和明と亮は天ぷら定食を選んだけれど、とても食べきれる気がしない。軽そうな、山菜うどんにした。
座っているうちに、足の痛みは和らいできた。
うどんは出汁がきいていて美味しい。体も温まる。
亮が「てんぷらが、旨い」と言った。和明も「そうだね」と、同意した。
ひかりは、自分も天ぷら定食にすれば良かったと考えた。しかし、選んでいれば、食べきれずに後悔したであろうこともわかっていた。
物足りないくらいが良いのだ。物足りないから、まだ欲しいと思う。満足してしまうと、どんなに求めていた物でもそれ以上は欲しく無くなる。
ひかりが欲するほどに、和明から愛情を受けとれたとしたら、今ほど焦がれることもなくなるだろう。
亮が天ぷらの載った皿をひかりの前に置いて「好きなの取って」と言った。
「僕が分けるから、喜多川君は自分で食べたらいい」
「別にいらないです」
ひかりは断った。
「僕には少し量が多すぎるから、遠慮をする必要はない」
たしかに、和明は少食な方だ。納得したのか、亮は皿を自分の前に戻した。
和明が、二人の間に皿とつゆを置いた。
「どれでも構わないよ」
和明に特別好きな物がないのはわかっている。
ひかりは青じその天ぷらが気になった。
「ひとつだけ、いただきます」
ひかりは、端に少しつゆをつけて、天ぷらを口に運んだ。衣がサクッと音をたてた。甘いツユの味も広がる。二人が言うように、美味しい。少量だから、余計に美味しく感じるのかもしれない。和明からほんのわずか分け与えられた物を、ひかりは、ゆっくりと味わった。
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