ヨダカの桜吹く後宮異能料理帖

亜夏羽

文字の大きさ
4 / 12
第肆話

飛んで火に入る初夏の鳥

しおりを挟む
華街に来た夜鷹達は、色々な服や小物入れ、巾着を買った。
それ以外にも、靴やら薬膳のための包丁、味見用の赤い匙に桜の模様が入った小皿、いちご飴や包子etc.....まぁ色々とたくさんのものを買い、食べ歩いた。

今までで一番いい買い物をした気がするのは、もうこの街から離れるからだろうか。

服が入った巾着を背負いながら歩いていた夜鷹は、今危機に陥っていた。


















…………そう、迷ったのである。
気づいたら細く薄暗い道……つまり路地裏にいたのだ。自分は悪くない、と思いたい。
下を向いて仕方なく歩いていたら、縄や刀を持った大柄な男共がおり、刃物を突きつけられながら縛られた。

要するに、攫われたということだ。
もう雷庵の爆弾発言を聞いたので、刃物だろうが何が来ても驚くことは無いと思っていた夜鷹だったが、気づいたら手足を縛られていて荷物のように運ばれていたのだから、叫ぶ気力もないくらいには疲れた。

運ばれた先は、なんと雷庵が入れようとしていた後宮だった。

(偶然にも程があるでしょ。雷庵様は陛下だし、来てるといいな……それに師匠は何をしているんだろう……?  あぁ、早く家に戻りたい)

こんな危険なところで働くのめんどくさいなぁと欠伸を呑気にしながら、夜鷹は無事(?)後宮入りしたのだった。


幸い洋服だけ入った巾着は無事だったので、自分の部屋に荷物を置き、下女の着物を着て働いた。
あと2年~3年経てば、ここから解放されるだろう。
夜鷹は遠い目をしながら、箒を片手に部屋から出ていった。



慣れない後宮暮らしにも直ぐに順応し、買ってもらったあの赤い匙が恋しくなるほどに陛下や師匠に会いたくなった秋。
 長月になった今、夜鷹は台盤所でお菓子を作っていた。
隣にいるのは、同じ下女でありいつも手伝いを率先してやってくれる栄 飛鷹えい ひようと、その友達の雲雀だ。
2人とも料理とお菓子が好きで、よく作っていたと話してくれ、そこから意気投合したのだ。

今回はお茶会などで作る物を特別に作っても良し、と珱 伊織よう いおりという皇帝陛下の部下からお許しを頂いたのだ。
絶対に失敗は許されない。夜鷹は張り切ってお菓子を作ることにした。
その日は丁度、薩摩芋が豊富に収穫出来たので芋饅頭を作ることにした。
餡は栗をすり潰して砂糖と混ぜた栗餡にし、芋饅頭の生地でその栗餡を包み込み、釜戸で少し焼いたら、栗芋饅頭の出来上がりだ。
仕上げにごぼうと水を一緒に煮て沸かし、老廃物を外に出す効果や小顔効果もあるごぼう茶も、お茶会に出す事にした。

今回のお茶会で出したお菓子の説明をするため、伊織や飛鷹、雲雀と共にお茶会に参加した夜鷹は、四妃を間近で見ることが出来た。

貴妃、瑚白宮  凛月妃(りつきひ)。
淑妃、鈴蘭宮  遊蘭妃(ゆうらんひ)。
賢妃、紅梅宮  舞苺妃(まーめいひ)。
徳妃、翡翠宮  燐翠妃(りんすいひ)。

そしてもう一つ、桜妃という妃の座があるが、"あの事故”から長年それは空席になっていると伊織から聞いている。
妃の数に応じて宮の数もあるのだ。


夜鷹はお菓子の説明をした後、それぞれお菓子とお茶を運び終わる。が、陛下が来るとのことで、急いで自分の部屋へ戻った。

まさか来るとは思わなかったので、急いで準備をし、陛下に運んだ。
顔は見えなかったが、ひゅっと息を呑んだ音がしたので、驚いていることだけは分かった。

そのまま饅頭がある、料理人が使う台盤所へ行き、自分用に饅頭とお茶を用意した。

お芋と栗では合わないのではないかと思ったが、そんなことはなく沢山食べれるくらいの大きさと程よい美味しさだ。
塩の入った栗餡の優しい甘じょっぱさが、さっきまでの緊張と疲れを一気に癒してくれる。
夜鷹は今日も料理の腕はまだ大丈夫だと感じ、料理帳に書いた。

料理は1日1日の積み重ねという言葉が好きな夜鷹は、毎日のように料理を練習して今に至る。
料理というのは人々を笑顔にさせる力があるのだと、夜鷹は感じた。

「あれ、夜鷹だ。陛下はとても喜んでおられたよ~」
「夜鷹! 陛下は『これからは調理役、つまり尚食に任命する。これからも余の為に日々調理に励むように』ですって!」
「えぇっ?! 私が!?」
夜鷹はいきなり飛鷹や雲雀が陛下の伝言を持ってきた事よりも、その内容に喜びより驚きが勝ってしまった。

(尚食だなんて……! 私はただの平民よ?!それに、あの人1回私のお菓子を食べたぐらいなのに、何を考えているの?! 目立っちゃうと後々身分やらなんやら面倒くさいのに!)
夜鷹は伝言を伝えてくれた飛鷹や雲雀にお礼とお菓子を渡しながら、心の中で毒づいた。
2人はとても喜んでいたので、これからもちょくちょく作ると伝えたら泣いて抱きしめられた。
……何故そんな喜ぶのかは、夜鷹には分からなかったが、まぁ喜んでもらっているからなんでもいいやと感じた。

良くも悪くも、夜鷹は切り替えが早いのだ。




















*      *      *      


それから次の日。
夜鷹には昇進祝いなのかなんなのか知らないが、朝に目が覚めたら、部屋が豪華になっていた。
その時の夜鷹の悲鳴は、鳥が鳴いたような大きな声だった。
その後は女官であり尚食の先輩である、甘 凛瑛かん りんえいと共に陛下や妃達の食事を作る事になった。

まず最初は、自分と3歳くらい歳が離れている賢妃、舞苺妃の食事作りだ。
舞苺妃は海の多い極東の国(※1)で育った為か、魚介類が好きなのだが、肉類はあまり好んで食べないらしい。だから身体は痩せ細って、皇帝陛下に心配されている。
肉類も食べて欲しいという帝の命があるので、今回は肉を使った料理にするつもりだ。
水を鍋に入れて人参やキャベツ、玉ねぎや里芋に豚肉や鯖を入れて味噌を入れ混ぜ、煮込んだ極東の国ならではの料理、"豚汁”を作った。
更にもう一品、魚料理が誰よりも大好きだという舞苺妃の為にもち米と鮭で炊いた炊き込みご飯に、鱈ともち米を味噌で煮込んだ"煮鱈”を作った。アクセントに、檸檬の汁や大根おろしを付け合わせに入れて。

味はどれを取っても良い感じだったので、料理帳に調理方法を詳しく書いた。
その後は妃のいる紅梅宮に直接持っていかなければならないのだが、ここで問題が1つ。





……周りの侍女達が嫌がらせという名の、もはや"虐め”に近しいものを夜鷹に対しているということだ。
もっと詳しく言えば、食材を隠されたり、陰口を叩いたり、挙句の果てには侍女頭が、「下賎の者は入らないで!! のような見た目の気持ち悪い小娘が!!」と頬を叩かれて追い出されたのだ。それも毎日のように。
夜鷹(よたか)なんですけどね、と思ったのは内緒にしておこう。

しかも、馬鹿の一つ覚えみたいに魚料理しか食わせないので舞苺妃は毎日同じような魚料理で飽きていたご様子だった。
(ここの馬鹿共は面倒くさい事しか出来ないのかな。身分だけで判断するなんて、ここの後宮は阿呆しかいないのか)
呆れるしかない夜鷹は、飛鷹達に相談する訳にもいかないので、悩む暇もなかった。

とある日、秋刀魚の唐揚げや鱈と鶏肉を鶏肉の出汁で炊いた炊き込みご飯、鮭と豚肉の入れた豚汁を持っていった。
だが、侍女頭が邪魔をしてくるので、そろそろ我慢の限界だった。
鬱陶しいことこの上ないので、ご飯の入ったお盆を妃の寝床の近くにあった机に置き、侍女頭の頬を殴った。

そう、殴ったのだ。
妃は栄養失調で寝床に伏せっているが、そんなことはむしろ今はどうでもいい。夜鷹にとってはどうだって良かった。

「痛い!! 貴方何様のつもり?!帝が黙っちゃいないわよ!!」
「あ? お前が何様のつもりだよ!! 毎日毎日同じような事の繰り返し! 帝の命でここに来ているんだよ私は!! それなのに身分が違うというそれだけの理由で、自分の物差しでしか人を判断できない、慕っているはずの妃の体調すらマトモに見れないで好きな物ばっかり与えて! 今舞苺様がどうなっているのかちゃんと見ろ!!お前もああなりたいのか!!」
夜鷹は怒鳴りながら侍女頭の頭を鷲掴みにして、妃の方へ向けさせた。

「あ……! だって、魚料理が好きだって言うから!」
「好きな物ばっかり食べさせてもなんっも成長なんざしねえよ! それぐらい子供でも分かってる事だろうが!! それにな、お前がダメにした食材達は全部
分かったら換気でもしたらどうだ?」
「は、はいぃ……!」

ブチ切れながら怯える侍女達をこき使い、舞苺妃の世話をした。
作った料理は大絶賛で、次も作って欲しいと頼まれた。

ついでに、仮にも病人の部屋で怒鳴り散らかすなとお灸を据えられたこともここに記しておく。


舞苺妃の体調は万全の状態になったと、紅梅宮の侍女達から聞いたので、お礼に胡麻豆腐団子をあげたらとても喜んでいた。
舞苺妃の分も渡そうと思ったら、「直接会って話したいと舞苺様が言っておりますので、どうかお時間があれば来て下さい!」と懇願されたのでその侍女、桜姫(ちえり)と共に紅梅宮へ向かった。

紅梅宮へ着くと、舞苺妃が出迎えてくれた。
女官服の袖で口を隠してお辞儀すると、「顔を上げてちょうだい」と言われた。
言われるがままに顔を上げると、宮の中にある茶室に通され、緑茶と和菓子の練り切りをちゃぶ台に置いてくれた。

「あの、陛下直属の尚食にあたる瞑 夜鷹と申します。本日はご機嫌麗しく……」
「あぁ、夜鷹ちゃんって言うのね。堅苦しい挨拶は大丈夫! よろしくね、舞苺よ」
「よろしくお願いします、舞苺様。本日はどのようなお話を……?」

話があるならばすぐに話して欲しい夜鷹は、すぐに切り出した。
すると舞苺妃は、とんでもない事を言い出した。

「実はね、私の侍女になってもらいたいの!」
「……は?」

我ながらなんとも間抜けな声だと思った。
だけどやり直しなんて出来るはずもなく。

夜鷹は出世したのである。














続く!












しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...