ヨダカの桜吹く後宮異能料理帖

亜夏羽

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第伍話

贅沢肉三昧! 時々、海老料理。

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「明日から、私の侍女になって欲しいの!」
「……えっ?!」

舞苺妃からのいきなりの出世(?)を命じられ、舞苺妃の侍女になった夜鷹。
舞苺妃の侍女用の赤い女官服とは色違いの、茶色い女官服に桃色のスカートに着替え、窓や宮中の掃除、妃のご飯作り、侍女達の教育係、などなど……その他諸々。
いろいろな雑用を任されたり、時には他の侍女達に陰口を叩かれたりして舞苺妃の怒りを買い、桜姫以外の侍女を総取り替えして夜鷹の事を信頼してくれる下女を選別してくれた。
その選別は秘密裏で妃自ら行い、他言無用だとのことなので教えて貰えなかった。

その侍女達は全員で4人。
圓 紗緒(えん シャオ)。
漢 天藍(かん テンラン)。
里 楊朱(り ヨウカ)。
藤 猶猶(とう ナオナオ)。
そこに夜鷹と桜姫を入れて計6人だ。
大分少ないなと夜鷹は感じたが、教育係を命じられたからだと解釈し、1人納得した。

侍女達は料理上手でテキパキ動く夜鷹に憧れを抱いているらしいが、夜鷹にとってはありがた迷惑でしかない。




こんな料理しか取り柄の無い、庶民の娘なんて尊敬する価値なんざ無いのだから。





















*       *       *

次の日の夜。
舞苺妃に呼び出され、何事かと思い、急いで指定された場所である食堂に向かうと、その場にいた宦官や女官、舞苺妃や侍女達が揃いも揃って暗い顔をしていた。
(い、一体何事……?)
しばらく戸惑っていると、桜姫が説明してくれた。
「実はね、食堂のお偉い料理人さんがこの前病気で亡くなったらしいの。それでね、お料理を作るにあたって指示する人と料理する人が居なくって落ち込んでいるの」
「はえ~」
(料理長が死んじまいましたとさ。ちゃんちゃん、って訳にはいかないか……そりゃそうだろうな。食べ物が無いのは死活問題だし)
大して興味もなさそうに頷くと、桜姫は涙目でこっちを見た。
「お願いします!! 小鷹(シャオよう)……?」
「夜鷹で良いよ、で?」
「新しく入る料理長の代わりに、料理を作って欲しいの!! 新料理長が入るのは神無月の頃だから!」
(少なくとも、ひと月くらいは料理を作らなければいけない……か)
「……給料は?」
「給料は勿論沢山出すし、余った時間で点心おやつを作ってもいいし、厨房は自由にしていい! 料理の腕がいい貴方に頼みたい! だからお願いします!」
(給料は良し、厨房を自由に使える権利も得られる……今まで私の部屋の房でしか出来なかったのに……これは引き受けるしかないかも)
「……良いよ、作ってあげる。今日からね」
「?! ……ありがとうございます!」

そこかしこから歓声や雄叫びが上がるのを見ずに、ササッと庭園に逃げた夜鷹はため息をついた。
(どうしてそんな、期待するんだろうか。私の料理を期待して、味が良くなかったらガッカリするくせに。私は平民なのだから、調子に乗ってはいけないんだ)
「私は………に飛ぶ立派ななんだから」

夜鷹は卑屈な考え方を忘れぬように、頬をばしっと叩いて気合いを入れ、食堂に戻っていった。


ついて出た心の声を、聞いていた者がいるとも知らずに。

















そのまた次の日の夜。
桜姫が夕食をとりに食堂へ向かうと、夜鷹がどデカい鍋をかき混ぜ、大きなフライパンを振っているのを見かけた。
何を作っているのかは分からないが、お肉の焼ける匂いがして良い感じということだけは分かる。

「あの~夜鷹? 何を作っているんですか?」
「んー? これはね、中華丼の坦坦麺アレンジと、青椒肉絲(チンジャオロース)、回鍋肉(ホイコーロー)、麻婆豆腐、麻婆茄子、干焼蝦仁(カンシャオシャーレン)とか。あと白米……豆腐と和布の味噌汁……塩むすび………
まぁ、それぐらいかな?」
「お、多くないですか……?」
「それぞれ違う物を頼むかもしれないし、お昼も残りをお弁当代わりに貰いに来る武官達がいるからね。賄い分は残してるけど、それ以外には殆ど宦官とか女官達がかっさらってくから」
「なるほど、私も手伝います!」
「えっ?! ちょ、ちょっと……!」

何か言っているが、気にしない事にする。
大鍋をかき混ぜ、主菜用の陶器によそって入れていく。
夜鷹は戸惑いながらも、業務に集中している。声をかけようとしているが、桜姫のオーラが凄い所為かかけられず口を半開きにしている。
ようやくよそい終わり、桜姫は夜鷹に向かってこう言った。
「どうせやるんなら、私も混ぜてください。同僚が大変そうだから、少しくらい手伝っても良いんじゃないですか?」

ドヤ顔で桜姫がそう言うと、夜鷹はため息をついた。

「過労で倒れても助けてあげないわよ」
「そう言って、なんだかんだ助けてくれるんでしょう? 信じてますよ♪」
「全く……」

ニコニコしながら言うと、シバきたいと小声が聞こえた。怖すぎる、と思いながら「すみません」と言った。


それを見て夜鷹が黒い笑顔をしていたのは言うまでも無い。




数分後、宦官や女官達がどんどんやってきて配膳やらなんやらをやる為、とても忙しかった。

それぞれ「いただきます!」と挨拶をし、とんでもない勢いで食べ進めていく。
中には重箱弁当を持ってきて食べきれない分を食堂の料理人達に、お弁当に詰めて貰っている者もいる。
勿論、食堂の夜鷹以外の料理人達の賄いの分もあるので、料理人達も必死に働いている。

その間に桜姫は自分の回鍋肉と麻婆茄子、ご飯と味噌汁を貰って食べてみた。
夜鷹流、回鍋肉は甘辛いタレで豚肉と玉菜(キャベツ)を炒めてあるので白米によく合い、麻婆茄子は牛の挽肉に人参、茄子にピーマンをフライパンに入れ、回鍋肉で使った残りのタレに胡麻と味噌を足して混ぜた味噌胡麻ダレを混ぜ合わせて炒めた。
白米は、鶏を炊いた湯(鶏白湯)で炊いて薄い茶色の米にした。
残りの鶏白湯は自由によそえるように鍋ごと受け取り口の隣に置いた。

おかげで食堂は大繁盛。

「これもう新しい料理長要らなくないか……?」
「馬鹿言え、新しい料理長が来るまでだからわざわざ作ってくれてるんだ! 元は4夫人のうちの1人、舞苺妃の侍女だぞ! 夜鷹様は忙しいんだ」
「だからあんな目死んでるんだな」
「侍女になる前は陛下直属の下女だったらしいぞ」
「ひそひそ…………」
「ヒソヒソ……」

(聞こえてるんだよな……)
周りからの視線やひそひそと話す声が嫌でも耳に入り、気分が悪くなった夜鷹は、庭園に逃げた。
庭園には鈴蘭の花や水仙、蓮の花や秋桜、椿などがあった。
そこにはまだ誰も居なく、星空が美しい夜だった。
夜鷹はしばらく星を見ていたが、背後から近づく気配を察知したので臨戦態勢をとった。が、そこに居たのはまさかの雷庵だった。

「……雷庵陛下?」
「あ、夜鷹お前っ……! どれだけ探したと……!!」
急に駆け寄ってきて抱きつかれたので、夜鷹は嫌がった。
「ちょ、やめてください陛下! まだご結婚もなされていないのに……!」
夜鷹お前だからやるんだ、この鈍感が」
「えっ? それはどういう……」
「とにかく! 今は秋だから、夜は冷える。戻るぞ、お前の房に」
「え~? 待ってくださいよ陛下……」
「陛下じゃない、雷庵と呼べ」
「身分に差がありすぎて呼び捨ては出来ませんので、では雷庵様と」
「サッパリしているな、お前。他の女共は顔を赤らめて逆らわないのに」
(逆に何故私が顔を赤らめると……? ここは後宮なのに)

こういう場で本当は皇帝が1妃の侍女に会ってはいけないのに。
陛下が自分に会いに来てくれることを、たった少し、ほんの少しでも、顔が熱くなって喜んでしまう自分をひっぱたきたい。

夜鷹はそんな事を思いながら、顔を逸らしながら星空をまた眺めた。



続く。


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