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二章
シナリオとのズレ
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目の前にはグレイがいる。
ここは俺の寮部屋だ。
たしかに時間は作ると言った。
言ったんだがなぁ。
「普通朝から来るかぁ!?お前今朝の4時時だぞ!学園生活始まったら早起きの回数減らそうと思ってたのによぉ!」
「わ、悪い。誤解を解くなら早いほうがいいと思ってさ」
「時間を作るって言ったのは俺だからいいけどさ」
クレは眠気目で俺の膝に飛び乗る。
何かを言おうとしたが、眠気に抗えないのだろう。
『別に今のところ害意はないようです。昨日寝る前に話した通り、リアスに判断は任せますよぉ。眠い』
「悪いな。おやすみクレ」
クレはすやすやと寝息を立て始めた。
昨日の夜、あらかじめグレイをどうするか話し合った。
クレとしては殺すのが一番だと主張したが、この先帝国で生きていく上で話もしないで、己の不利益になりそうなってだけで命を取るのは出来るだけ避けようと言うことで収まった。
メルセデスがおやつをあげたのが一番高いと思うが。
それにしても、クレの寝息は音的にはかなり可愛いと思うが、俺は前世で猫を飼っていたからわかる。
小動物のこの寝息はデカいいびきだ。
「お前本当に聖獣と契約してないのか?」
「してるって言って誤魔化したいが、契約してないことはすぐわかるしやめておくよ」
実際聖獣と契約してないからな。
精霊と話せる理由としてはとても良い言い訳になりそうだが、下手に聖人と称えられたら面倒ごとが増える。
「それで?まずは聖獣を教師陣がいる中見せた深い訳ってなんだったんだ?」
それがこいつのために時間を作った理由。
精霊共鳴についても聞きたかったが、そんなことよりも何よりもこいつの人柄が先だ。
もしこいつが軽率な行動を引き起こすような人物だと判断したら、ミラの為にも監視か最悪消さないといけなくなる。
だがこの世界で初めてできた同世代の友人だ。
できれば信じたい気持ちが無くもない。
しかし出会ってから1日しか経ってない奴の言葉をすぐ鵜呑みにできるほど俺はお人好しでもない。
「そうだな。昨日あの場でクロを見せたのは、メシアの存在を誤魔化すためだ」
「なるほど、グレイは意図的にやった行動だが、グレシアは事故だったってわけか」
筋は通ってるよな。
グレイとグレシアは自分の契約している精霊が聖獣だと言うことを隠している。
聖獣とは聖魔法を得意とする獣で、総じて竜の形をしている生き物。
魔物と精霊の間だが限りなく魔物に近い精霊だとクレは言っていた。
魔物とは契約できないから精霊の要素もあるだろうし、精霊の言葉がわかるあたり、ただの魔物じゃない。
現にこの国だけでなく、世界規模で聖獣は神の使いであり、その契約者は男なら聖人、女なら聖女として崇められる。
そして聖魔法は神話級の精霊以外は、基本的に聖獣にしか扱えないらしい。
アンリエッタが気候を操れるのに、上級精霊とされてるのはそう言った理由があるらしい。
「グレシアが聖女だとバレたら・・・」
「そんなにまずいことか?」
「あぁ。父親にグレシアの命が狙われる」
ターニャ家は、と言うか当主は黒か。
いや聖獣自体に何かある可能性もあるし、この国自体が黒の可能性もある。
しかし疑われる事にも問題あるな。
イルシア先輩の件と言い何を考えているんだか。
ゲームでの陛下が、グレシアの裁判を待たない処刑を止めなかった理由は、公爵家を排除する最もな理由になり得たからだとすれば、割りと納得はいく。
「なんでそれだけで狙われるんだ?」
当然の疑問だ。
むしろ聖女とわかれば手堅い保護が見込まれるはずだ。
今もアルバートと婚約出来ているし、未来の皇太子妃の磐石も堅いものとなる。
そして皇太子妃や聖女を出したターニャ家も栄養を得ることができるはずなのに。
「グレシアの事をイルくんは可愛がってるだろ?」
「あぁ」
「イルくんは、リアスと同じでどぶさらいだろ?そしてあの豚野郎・・・ターニャ家現当主は貴族主義の代表みたいな奴だ。聖女は貴族と平民、どちらも平等で居なければならない」
「つまり、イルシア先輩とグレシア、ターニャ家の子供がどぶさらいとなれば、貴族の主義の自分の立場が危うくなるから、どちらかを消そうと考えると、そうならないか?実際、イルくんはその被害に遭ってるし」
筋書きにしては出来すぎてるくらいだが、貴族主義からしたら困るだろう。
平民が聖女になる分には問題ないんだ。
貴族と平民も平等に扱うと言うことは、貴族が平民に対して行うように、治療と言った行いの優先度を家族よりも平民に偏られたら困るからだ。
身勝手な理由だが、この国の貴族だからこそ全くあり得ない話ではなかった。
前科もあるしな。
「だからオレに意識を割くために、精霊共鳴も見せたってわけだ」
たしかに精霊共鳴をあの場で見せたおかげで、教師陣の注目度はこいつに集中した。
ちゃんと考えて動いてるんだな。
「取り敢えずお前が軽率な行動をとったわけじゃないってことはわかった」
『まぁ真実を言って我々の警戒を薄める作戦かもしれませんけどね』
「こら、クレ!」
また寝息を立てて寝始めるクレ。
こいつほんとは起きてんのか?
「とりあえず俺はお前に何もしないから安心してくれ。まぁ全部嘘だって言われたら容赦なく始末するけどな。俺達の身の安全のために」
一先ずは安心と言ったところで、深く息を吐くグレイ。
「よかったぜ。とりあえず誤解は解けたみたいでさ」
こいつは馬鹿を装っていたって訳か。
これは上手かったと言わざる得ない。
実際俺の隠し事はこいつに漏れてしまい、こいつは自身の隠し事を自ら吐きに来た。
「俺が精霊と会話できることは話さないでいてくれるか?わかってると思うがミラも精霊と会話できる。そのことは俺以上に他言無用だ。破れば俺は魔物達に向けた魔法を、帝国に打たなきゃいけなくなる」
「わかってる。それぐらいの分別はできてるし、オレも精霊と会話できることは色々あって隠してるんだ」
それはそうだよな。
よく考えたら俺と2人だけの時に精霊と話せる事を言ってこなかったんだ。
一応こいつなりの配慮はあったんだろう。
「あのさ、頼みがあるんだ」
「頼み?」
「オレがお前らにクロを最初から見せる気でいたんだ。歓迎会の時コッソリと抜け出して見せようと思ってさ」
なるほど、たしかにこいつは歓迎会の時に見せるって言ってたな。
「それと聖獣を見せることになんの関係があるんだ?」
「グレシアのためだ。ターニャ家現当主を失脚させ、他の貴族達の評判を落とさないようにイルシアに移したいんだ!協力してくれ!」
え、それって自ら当主の座を下させるか、殺害するかの二択じゃね?
評判を落とすわけにはいかないわけだし。
「無理じゃね?ターニャ家に汚職の事実があっても、評判を落とさずに正攻法では現当主を失脚させるのは無理だ」
「それはわかってる。だからお前の力が必要なんだ」
俺に暗殺でも行って欲しいってことか?
冗談じゃない。
友のために、残りの人生を棒に振るほど俺は人間ができちゃいない。
「俺の目標はミライと慎ましく平穏に夫婦生活を送ること。その為には公爵殺しなんて持っての他。俺達の平穏を脅かす弊害でもない限りそれは起こさない。だからグレイだって殺さずに話を聞いたんだ」
「わかってる!でも、聖獣の契約者だとわかるとグレシアの命が狙われる。それにいつまでも聖獣の存在を隠し通せるわけがない。オレとグレシアは貴族で、もうその予行演習のような場所であるアルザーノ学園に入学してしまったんだ。手段は選んでられない!」
「だから俺に人殺しを行えと?ふざけんな!てめえらはそれで円満な生活が送れるかもしれないが、俺達の事情は考えなしかよ。別に対処が可能だからって、命を落とすより良いって思ってんのか?」
もしそうなら俺はこいつが友だと思った過去の人物を殴りつける。
別に俺達は好きで制約を付けてるわけじゃない。
普通の暮らしがしたいから、制約をつけなくちゃいけない。
有事の際は仕方ないが、私情で俺達が力を使えば評判なんてガタ落ちだ。
「ま、待てよ落ち着けって。そんなこと言ってないだろう。ターニャ家の当主の汚職については調べがついていて、それを理由にグレシアの父親の爵位を剥奪し、失脚させる算段は付けてるんだ」
なんだ。
俺としたことがつい頭に血が上ってしまった。
だが算段がついてるなら別に俺が何かしなくても当主は入れ替わるだろう。
「でもそれには問題がある。その場合イルシアが苦労するし、グレシアも汚職で爵位を剥奪された娘ってなる」
「なるだろうが仕方ないだろう」
「その場合イルシアとグレシアは平穏とは程遠い生活になるだろう。グレシアは聖女だし、イルシアには上級精霊の中でも気候を操る精霊がついてて、対処可能だけどな。でもお前の言う通り命を落とすより良いなんて思っちゃいない。だからそのことで相談に乗ってほしかったんだ」
早とちりだったな。
と言うか俺もクレと同じ様に頭に血が上ってたかぁ。
恥ずかしいな。
もう少し冷静にならないとな。
ミラを理由に間違った行動を起こすなんて、そんなの俺が俺を許せん。
「悪いな気が立ってた。まず汚職について話してくれ」
「え、それじゃあ!」
「引き受けるかは汚職の内容次第だ」
事実とは異なる様な、または明らかにする為に屯所などの公共施設を通す場合どうしよもないしな。
「あぁ、それだけでも十分だ!先日、ターニャ家の側近騎士が切腹で自殺した事件あるだろう?」
「なんの話だ?」
ターニャ家の側近騎士って自殺してたのか。
理由はなんだろうか?
やはり低脳の主人について行けないとか、なにかやましいことをしでかして後悔したか。
まぁ確実にろくな理由ではないことはたしかだ。
最悪殺されたんじゃないか?
「あぁ、そうだった。お前は3日前まで眠っていたんだな。先日、ターニャ家の側近騎士のベルナルドが自らの腹に剣を突き刺して死んでいる姿が、宮廷内で見つかったんだ」
普通に考えたなら、低脳主人に一矢報いるために自殺したかだよな。
でもそれが汚職につながる事項なら殺されたんだろうな。
自殺に見せかけたのは、ターニャ家に疑いの目を向けさせない為。
側近が自殺したとなれば、不名誉な噂と共に、主人には公にはされていない何かがあると思わせることができるが、そんなの汚職を繰り返してきた人間なら簡単に気づける。
そこを逆手に取った犯行だ。
「ターニャ家は何かあるってことかわかるな。そしてこれの肝は、公爵家も側近を失ってることで下手な追及ができないことだ。なるほど、裏切り者を始末するのに周到だ」
「それだけじゃない。それはあくまで憶測の範囲だ。オレは決定的証拠を掴んだ。いや手に入れたんだ」
グレイはビデオカメラを取り出した。
これはアルゴノート領で、他領からお金を入れ込むきっかけを作ったアーティファクトの一つだ。
前世の知識があってよかった。
ビデオカメラで評判を上げたおかげで肉や野菜は安く浸透できる様になったし、領民達は生活にある程度余裕ができて、娯楽もメリハリがつく程度だが楽しむ様になってきた。
ちなみに他の領地では、平民が娯楽を楽しむ文化はない。
「うちの領地の商品をありがとう使ってくれて」
「あ、そういやこれアルゴノート領の特産品の一つだったな。それはそうとこれだ」
一応光の付与魔法を使った商品で、空中に映像が投影される。
そこは魔法だな。
映し出された映像の中には、騎士が別の騎士の胴体に剣を刺してるものだ。
最終的に倒れ伏した騎士の手に剣を握らせた殺害した人物。
そして堂々とメイドの横を通り過ぎて行き、メイドが死体を見つけて叫び声を上げたところで映像が止まった。
「この殺された騎士が前のグレシアの父の側近騎士なんだが」
「殺害した方が今の側近騎士か?」
「さすが!その通りだ」
グレイには悪いがこれだけじゃ証拠にはなり得ない。
蜥蜴の尻尾切りが落ちだ。
いやそんなことはグレイにもわかっているはず。
なにかこの中に証拠が残ってるはずだ。
「今の側近騎士は幻惑魔法が使えない。そしてゾグニの得意魔法は幻惑魔法だ」
「いやそれだけじゃ証拠にならんだろ」
「なるんだよ。お前は精霊と話すことができるし、この前は精霊を近くに置かずに魔法を使ってたからわかると思うが------」
人間が魔法を使う時に、実際に魔法を使用してるのは精霊だ。
だとしたら!
俺はもう一度映像を巻き戻し、側近の肩に注目した。
小さい精霊が確かにいる。
ビデオカメラは光の魔法を使っている為、人の脳に幻覚を見せてる幻影魔法が効かなかった。
だから安心して魔法を使っていたのだろう。
「この精霊はターニャ家当主の精霊か!」
「あぁ。察しがいいな。このビデオカメラすごいよな。幻惑魔法がまるで効かない。カメラにはちゃんと写ってるのに、肉眼じゃ何も見えない。どういう仕組みしてんだ?」
実際に消えてるわけじゃなくて、魔法で視認できないようにしてる幻惑魔法に対して、ビデオカメラは光の屈折を利用した物だ。
赤外線や夜の電気が全くない場所が、暗視スコープだと見えるのと似た様な感覚だ。
「これは完全に証拠だ。流石に自分の精霊が肩にいる時点で、無関係者だとは言えないだろ?」
「これは確実に首を切れるな」
未知の物への対処までは気が回らなかったか。
多分これひとつで爵位を剥奪させることは可能だろう。
「とりあえずこのカメラの耐久力は上げた方が良さそうだ」
俺はビデオカメラの付与に硬化を加えた。
これでイルミナでも壊すのに骨が折れるカメラの完成だ。
「すごいな。魔法はやっぱ精霊に教えてもらったのか?」
「あぁ、クレがな」
「聖獣と契約してないのにどうして言葉がわかるんだ」
「俺にもわからん。ただこのことが知れれば、確実に平穏から遠ざかる。お前も似た様な立場だからわかるだろう?」
利用価値は計り知れない。
なにせ俺達は精霊と交渉ができる唯一の手段だからな。
「たしかに喉から手を出して欲しがる輩も出そうだな。お前みたいのが量産されるなら」
「俺は魔力量が異常なだけだ。それよか評判を下げずに失脚させる方法を模索しないとな。他に協力者はいるのか?」
「イルくんには、近いうちに父親を失脚させるから、当主を継いでくれとは言ってある」
「返答は?」
「下手に騒ぎになる様なら、何もしないでくれって言われたよ」
評判が下がれば、あのバカ皇子なら婚約破棄をしかねない。
陛下なら、あの当主さえ居なくなれば、グレシアに対して配慮はしてくれそうだ。
なにせ、あのバカのフォローをずっとしてきた彼女に対して申し訳ないと少なからず感じているだろうから。
「しかし殺害の証拠となると、騒ぎにしない様に済ませるのはキツいな」
「だよなぁ。でもターニャ家の当主は他のことは上手くやってんだよ。ここ二年調べ尽くしても、結局汚職の証拠を見つけられたのは一つだけだ。確実に奴が関与してる事件は二年間で100はくだらないのにさ」
100!?
それだけの汚職行為を隠しているのが凄いのか、それとも帝国には無能が多いのかわからねぇな。
いや証拠を残してないと言うことは奴が上手ということか。
前世の知識を使って、技術促進が何世紀くらいも進んだことで、想像もつかない事象だったんだろうな、
逆に言えばそれがなきゃ、墓場まで汚職行為を持っていったかもしれないのか。
「なぁ、どうにかなんねぇか?」
あるにはあるが、こればかりは賭けだ。
「この国で唯一、合法に隠し事をすることができる人物に知り合いがいる」
「なにっ!?そんな人物いるのか?それだけ頭がキレるってことだよな!」
「そうじゃない。でもその人物を動かすには、グレシアが聖女であると言うことを公表して、現場を抑えないと行けないと思う」
現行犯とビデオカメラの情報、この二つがあればもしかしたら騒ぎにすることなくターニャ家当主のゾグニを落とせる可能性はある。
「危険じゃないか?」
「護衛にはミラとイルミナを着ける。多分この国ではトップクラスだろう?お前も見たはずだ」
「いいのか?お前、二人のことは大事なんだろ?下手したら命を奪われる様なことに」
「二人は大事だけど、そこまで過保護にしなくても何も起きないさ。俺は二人を信じてる」
二人がいれば、まずみすみす殺されるなんてことはないだろう。
しかしシナリオではグレシアには味方が居なく取り巻きに嵌められて処刑された。
その嵌めた相手が聖女とは誰も思わないだろうな。
まだまだ油断ならないが、シナリオとどんどんズレが生じてる。
何らかのゲーム補正と言う因果が無ければ、帝国が滅ぶ道は辿らないはずだ。
そもそも月が9つで、何が起こるかわからない。
「すごい信頼だな。オレはグレシアがどうにかできると信じ切れてない。それに命を失ってから後悔するのも嫌だし」
「信頼の形はそれぞれだ。そんなの仕方ないだろう。それよりも聖獣について詳しく教えてくれ」
「聖獣の?別にいいが急にだな」
「護衛対象について知っておくのは、警護の基本だろ?」
グレシアの危険は父親だけじゃない。
取り巻きやバカ皇子、他にもいっぱい居てそれら全てから守り切らないと、帝国は滅ぶ。
できるだけそれは避けたいところだ。
精霊共鳴と言う未知のシステムもあるし、聖獣についてはまだまだ理解できていないことが多い。
今後、聖女リリィと敵対しない保証もないわけだし、知っておいて損はないはずだ。
「今後のためだ。俺達だって命をかけるんだから、それくらいの情報を求める権利はあるだろう?」
「わかってるよ。それじゃあ------」
グレイは聖獣クロとの出会いの話から、教わった魔法の概要まで事細かく教えてくれた。
聖獣の特別性じゃない魔法も中にはあったし、俺にとって戦力増強となる話で、授業が始まるまで俺たちは寮部屋で話し込んでしまった。
初日から遅刻したのは言うまでもない。
ここは俺の寮部屋だ。
たしかに時間は作ると言った。
言ったんだがなぁ。
「普通朝から来るかぁ!?お前今朝の4時時だぞ!学園生活始まったら早起きの回数減らそうと思ってたのによぉ!」
「わ、悪い。誤解を解くなら早いほうがいいと思ってさ」
「時間を作るって言ったのは俺だからいいけどさ」
クレは眠気目で俺の膝に飛び乗る。
何かを言おうとしたが、眠気に抗えないのだろう。
『別に今のところ害意はないようです。昨日寝る前に話した通り、リアスに判断は任せますよぉ。眠い』
「悪いな。おやすみクレ」
クレはすやすやと寝息を立て始めた。
昨日の夜、あらかじめグレイをどうするか話し合った。
クレとしては殺すのが一番だと主張したが、この先帝国で生きていく上で話もしないで、己の不利益になりそうなってだけで命を取るのは出来るだけ避けようと言うことで収まった。
メルセデスがおやつをあげたのが一番高いと思うが。
それにしても、クレの寝息は音的にはかなり可愛いと思うが、俺は前世で猫を飼っていたからわかる。
小動物のこの寝息はデカいいびきだ。
「お前本当に聖獣と契約してないのか?」
「してるって言って誤魔化したいが、契約してないことはすぐわかるしやめておくよ」
実際聖獣と契約してないからな。
精霊と話せる理由としてはとても良い言い訳になりそうだが、下手に聖人と称えられたら面倒ごとが増える。
「それで?まずは聖獣を教師陣がいる中見せた深い訳ってなんだったんだ?」
それがこいつのために時間を作った理由。
精霊共鳴についても聞きたかったが、そんなことよりも何よりもこいつの人柄が先だ。
もしこいつが軽率な行動を引き起こすような人物だと判断したら、ミラの為にも監視か最悪消さないといけなくなる。
だがこの世界で初めてできた同世代の友人だ。
できれば信じたい気持ちが無くもない。
しかし出会ってから1日しか経ってない奴の言葉をすぐ鵜呑みにできるほど俺はお人好しでもない。
「そうだな。昨日あの場でクロを見せたのは、メシアの存在を誤魔化すためだ」
「なるほど、グレイは意図的にやった行動だが、グレシアは事故だったってわけか」
筋は通ってるよな。
グレイとグレシアは自分の契約している精霊が聖獣だと言うことを隠している。
聖獣とは聖魔法を得意とする獣で、総じて竜の形をしている生き物。
魔物と精霊の間だが限りなく魔物に近い精霊だとクレは言っていた。
魔物とは契約できないから精霊の要素もあるだろうし、精霊の言葉がわかるあたり、ただの魔物じゃない。
現にこの国だけでなく、世界規模で聖獣は神の使いであり、その契約者は男なら聖人、女なら聖女として崇められる。
そして聖魔法は神話級の精霊以外は、基本的に聖獣にしか扱えないらしい。
アンリエッタが気候を操れるのに、上級精霊とされてるのはそう言った理由があるらしい。
「グレシアが聖女だとバレたら・・・」
「そんなにまずいことか?」
「あぁ。父親にグレシアの命が狙われる」
ターニャ家は、と言うか当主は黒か。
いや聖獣自体に何かある可能性もあるし、この国自体が黒の可能性もある。
しかし疑われる事にも問題あるな。
イルシア先輩の件と言い何を考えているんだか。
ゲームでの陛下が、グレシアの裁判を待たない処刑を止めなかった理由は、公爵家を排除する最もな理由になり得たからだとすれば、割りと納得はいく。
「なんでそれだけで狙われるんだ?」
当然の疑問だ。
むしろ聖女とわかれば手堅い保護が見込まれるはずだ。
今もアルバートと婚約出来ているし、未来の皇太子妃の磐石も堅いものとなる。
そして皇太子妃や聖女を出したターニャ家も栄養を得ることができるはずなのに。
「グレシアの事をイルくんは可愛がってるだろ?」
「あぁ」
「イルくんは、リアスと同じでどぶさらいだろ?そしてあの豚野郎・・・ターニャ家現当主は貴族主義の代表みたいな奴だ。聖女は貴族と平民、どちらも平等で居なければならない」
「つまり、イルシア先輩とグレシア、ターニャ家の子供がどぶさらいとなれば、貴族の主義の自分の立場が危うくなるから、どちらかを消そうと考えると、そうならないか?実際、イルくんはその被害に遭ってるし」
筋書きにしては出来すぎてるくらいだが、貴族主義からしたら困るだろう。
平民が聖女になる分には問題ないんだ。
貴族と平民も平等に扱うと言うことは、貴族が平民に対して行うように、治療と言った行いの優先度を家族よりも平民に偏られたら困るからだ。
身勝手な理由だが、この国の貴族だからこそ全くあり得ない話ではなかった。
前科もあるしな。
「だからオレに意識を割くために、精霊共鳴も見せたってわけだ」
たしかに精霊共鳴をあの場で見せたおかげで、教師陣の注目度はこいつに集中した。
ちゃんと考えて動いてるんだな。
「取り敢えずお前が軽率な行動をとったわけじゃないってことはわかった」
『まぁ真実を言って我々の警戒を薄める作戦かもしれませんけどね』
「こら、クレ!」
また寝息を立てて寝始めるクレ。
こいつほんとは起きてんのか?
「とりあえず俺はお前に何もしないから安心してくれ。まぁ全部嘘だって言われたら容赦なく始末するけどな。俺達の身の安全のために」
一先ずは安心と言ったところで、深く息を吐くグレイ。
「よかったぜ。とりあえず誤解は解けたみたいでさ」
こいつは馬鹿を装っていたって訳か。
これは上手かったと言わざる得ない。
実際俺の隠し事はこいつに漏れてしまい、こいつは自身の隠し事を自ら吐きに来た。
「俺が精霊と会話できることは話さないでいてくれるか?わかってると思うがミラも精霊と会話できる。そのことは俺以上に他言無用だ。破れば俺は魔物達に向けた魔法を、帝国に打たなきゃいけなくなる」
「わかってる。それぐらいの分別はできてるし、オレも精霊と会話できることは色々あって隠してるんだ」
それはそうだよな。
よく考えたら俺と2人だけの時に精霊と話せる事を言ってこなかったんだ。
一応こいつなりの配慮はあったんだろう。
「あのさ、頼みがあるんだ」
「頼み?」
「オレがお前らにクロを最初から見せる気でいたんだ。歓迎会の時コッソリと抜け出して見せようと思ってさ」
なるほど、たしかにこいつは歓迎会の時に見せるって言ってたな。
「それと聖獣を見せることになんの関係があるんだ?」
「グレシアのためだ。ターニャ家現当主を失脚させ、他の貴族達の評判を落とさないようにイルシアに移したいんだ!協力してくれ!」
え、それって自ら当主の座を下させるか、殺害するかの二択じゃね?
評判を落とすわけにはいかないわけだし。
「無理じゃね?ターニャ家に汚職の事実があっても、評判を落とさずに正攻法では現当主を失脚させるのは無理だ」
「それはわかってる。だからお前の力が必要なんだ」
俺に暗殺でも行って欲しいってことか?
冗談じゃない。
友のために、残りの人生を棒に振るほど俺は人間ができちゃいない。
「俺の目標はミライと慎ましく平穏に夫婦生活を送ること。その為には公爵殺しなんて持っての他。俺達の平穏を脅かす弊害でもない限りそれは起こさない。だからグレイだって殺さずに話を聞いたんだ」
「わかってる!でも、聖獣の契約者だとわかるとグレシアの命が狙われる。それにいつまでも聖獣の存在を隠し通せるわけがない。オレとグレシアは貴族で、もうその予行演習のような場所であるアルザーノ学園に入学してしまったんだ。手段は選んでられない!」
「だから俺に人殺しを行えと?ふざけんな!てめえらはそれで円満な生活が送れるかもしれないが、俺達の事情は考えなしかよ。別に対処が可能だからって、命を落とすより良いって思ってんのか?」
もしそうなら俺はこいつが友だと思った過去の人物を殴りつける。
別に俺達は好きで制約を付けてるわけじゃない。
普通の暮らしがしたいから、制約をつけなくちゃいけない。
有事の際は仕方ないが、私情で俺達が力を使えば評判なんてガタ落ちだ。
「ま、待てよ落ち着けって。そんなこと言ってないだろう。ターニャ家の当主の汚職については調べがついていて、それを理由にグレシアの父親の爵位を剥奪し、失脚させる算段は付けてるんだ」
なんだ。
俺としたことがつい頭に血が上ってしまった。
だが算段がついてるなら別に俺が何かしなくても当主は入れ替わるだろう。
「でもそれには問題がある。その場合イルシアが苦労するし、グレシアも汚職で爵位を剥奪された娘ってなる」
「なるだろうが仕方ないだろう」
「その場合イルシアとグレシアは平穏とは程遠い生活になるだろう。グレシアは聖女だし、イルシアには上級精霊の中でも気候を操る精霊がついてて、対処可能だけどな。でもお前の言う通り命を落とすより良いなんて思っちゃいない。だからそのことで相談に乗ってほしかったんだ」
早とちりだったな。
と言うか俺もクレと同じ様に頭に血が上ってたかぁ。
恥ずかしいな。
もう少し冷静にならないとな。
ミラを理由に間違った行動を起こすなんて、そんなの俺が俺を許せん。
「悪いな気が立ってた。まず汚職について話してくれ」
「え、それじゃあ!」
「引き受けるかは汚職の内容次第だ」
事実とは異なる様な、または明らかにする為に屯所などの公共施設を通す場合どうしよもないしな。
「あぁ、それだけでも十分だ!先日、ターニャ家の側近騎士が切腹で自殺した事件あるだろう?」
「なんの話だ?」
ターニャ家の側近騎士って自殺してたのか。
理由はなんだろうか?
やはり低脳の主人について行けないとか、なにかやましいことをしでかして後悔したか。
まぁ確実にろくな理由ではないことはたしかだ。
最悪殺されたんじゃないか?
「あぁ、そうだった。お前は3日前まで眠っていたんだな。先日、ターニャ家の側近騎士のベルナルドが自らの腹に剣を突き刺して死んでいる姿が、宮廷内で見つかったんだ」
普通に考えたなら、低脳主人に一矢報いるために自殺したかだよな。
でもそれが汚職につながる事項なら殺されたんだろうな。
自殺に見せかけたのは、ターニャ家に疑いの目を向けさせない為。
側近が自殺したとなれば、不名誉な噂と共に、主人には公にはされていない何かがあると思わせることができるが、そんなの汚職を繰り返してきた人間なら簡単に気づける。
そこを逆手に取った犯行だ。
「ターニャ家は何かあるってことかわかるな。そしてこれの肝は、公爵家も側近を失ってることで下手な追及ができないことだ。なるほど、裏切り者を始末するのに周到だ」
「それだけじゃない。それはあくまで憶測の範囲だ。オレは決定的証拠を掴んだ。いや手に入れたんだ」
グレイはビデオカメラを取り出した。
これはアルゴノート領で、他領からお金を入れ込むきっかけを作ったアーティファクトの一つだ。
前世の知識があってよかった。
ビデオカメラで評判を上げたおかげで肉や野菜は安く浸透できる様になったし、領民達は生活にある程度余裕ができて、娯楽もメリハリがつく程度だが楽しむ様になってきた。
ちなみに他の領地では、平民が娯楽を楽しむ文化はない。
「うちの領地の商品をありがとう使ってくれて」
「あ、そういやこれアルゴノート領の特産品の一つだったな。それはそうとこれだ」
一応光の付与魔法を使った商品で、空中に映像が投影される。
そこは魔法だな。
映し出された映像の中には、騎士が別の騎士の胴体に剣を刺してるものだ。
最終的に倒れ伏した騎士の手に剣を握らせた殺害した人物。
そして堂々とメイドの横を通り過ぎて行き、メイドが死体を見つけて叫び声を上げたところで映像が止まった。
「この殺された騎士が前のグレシアの父の側近騎士なんだが」
「殺害した方が今の側近騎士か?」
「さすが!その通りだ」
グレイには悪いがこれだけじゃ証拠にはなり得ない。
蜥蜴の尻尾切りが落ちだ。
いやそんなことはグレイにもわかっているはず。
なにかこの中に証拠が残ってるはずだ。
「今の側近騎士は幻惑魔法が使えない。そしてゾグニの得意魔法は幻惑魔法だ」
「いやそれだけじゃ証拠にならんだろ」
「なるんだよ。お前は精霊と話すことができるし、この前は精霊を近くに置かずに魔法を使ってたからわかると思うが------」
人間が魔法を使う時に、実際に魔法を使用してるのは精霊だ。
だとしたら!
俺はもう一度映像を巻き戻し、側近の肩に注目した。
小さい精霊が確かにいる。
ビデオカメラは光の魔法を使っている為、人の脳に幻覚を見せてる幻影魔法が効かなかった。
だから安心して魔法を使っていたのだろう。
「この精霊はターニャ家当主の精霊か!」
「あぁ。察しがいいな。このビデオカメラすごいよな。幻惑魔法がまるで効かない。カメラにはちゃんと写ってるのに、肉眼じゃ何も見えない。どういう仕組みしてんだ?」
実際に消えてるわけじゃなくて、魔法で視認できないようにしてる幻惑魔法に対して、ビデオカメラは光の屈折を利用した物だ。
赤外線や夜の電気が全くない場所が、暗視スコープだと見えるのと似た様な感覚だ。
「これは完全に証拠だ。流石に自分の精霊が肩にいる時点で、無関係者だとは言えないだろ?」
「これは確実に首を切れるな」
未知の物への対処までは気が回らなかったか。
多分これひとつで爵位を剥奪させることは可能だろう。
「とりあえずこのカメラの耐久力は上げた方が良さそうだ」
俺はビデオカメラの付与に硬化を加えた。
これでイルミナでも壊すのに骨が折れるカメラの完成だ。
「すごいな。魔法はやっぱ精霊に教えてもらったのか?」
「あぁ、クレがな」
「聖獣と契約してないのにどうして言葉がわかるんだ」
「俺にもわからん。ただこのことが知れれば、確実に平穏から遠ざかる。お前も似た様な立場だからわかるだろう?」
利用価値は計り知れない。
なにせ俺達は精霊と交渉ができる唯一の手段だからな。
「たしかに喉から手を出して欲しがる輩も出そうだな。お前みたいのが量産されるなら」
「俺は魔力量が異常なだけだ。それよか評判を下げずに失脚させる方法を模索しないとな。他に協力者はいるのか?」
「イルくんには、近いうちに父親を失脚させるから、当主を継いでくれとは言ってある」
「返答は?」
「下手に騒ぎになる様なら、何もしないでくれって言われたよ」
評判が下がれば、あのバカ皇子なら婚約破棄をしかねない。
陛下なら、あの当主さえ居なくなれば、グレシアに対して配慮はしてくれそうだ。
なにせ、あのバカのフォローをずっとしてきた彼女に対して申し訳ないと少なからず感じているだろうから。
「しかし殺害の証拠となると、騒ぎにしない様に済ませるのはキツいな」
「だよなぁ。でもターニャ家の当主は他のことは上手くやってんだよ。ここ二年調べ尽くしても、結局汚職の証拠を見つけられたのは一つだけだ。確実に奴が関与してる事件は二年間で100はくだらないのにさ」
100!?
それだけの汚職行為を隠しているのが凄いのか、それとも帝国には無能が多いのかわからねぇな。
いや証拠を残してないと言うことは奴が上手ということか。
前世の知識を使って、技術促進が何世紀くらいも進んだことで、想像もつかない事象だったんだろうな、
逆に言えばそれがなきゃ、墓場まで汚職行為を持っていったかもしれないのか。
「なぁ、どうにかなんねぇか?」
あるにはあるが、こればかりは賭けだ。
「この国で唯一、合法に隠し事をすることができる人物に知り合いがいる」
「なにっ!?そんな人物いるのか?それだけ頭がキレるってことだよな!」
「そうじゃない。でもその人物を動かすには、グレシアが聖女であると言うことを公表して、現場を抑えないと行けないと思う」
現行犯とビデオカメラの情報、この二つがあればもしかしたら騒ぎにすることなくターニャ家当主のゾグニを落とせる可能性はある。
「危険じゃないか?」
「護衛にはミラとイルミナを着ける。多分この国ではトップクラスだろう?お前も見たはずだ」
「いいのか?お前、二人のことは大事なんだろ?下手したら命を奪われる様なことに」
「二人は大事だけど、そこまで過保護にしなくても何も起きないさ。俺は二人を信じてる」
二人がいれば、まずみすみす殺されるなんてことはないだろう。
しかしシナリオではグレシアには味方が居なく取り巻きに嵌められて処刑された。
その嵌めた相手が聖女とは誰も思わないだろうな。
まだまだ油断ならないが、シナリオとどんどんズレが生じてる。
何らかのゲーム補正と言う因果が無ければ、帝国が滅ぶ道は辿らないはずだ。
そもそも月が9つで、何が起こるかわからない。
「すごい信頼だな。オレはグレシアがどうにかできると信じ切れてない。それに命を失ってから後悔するのも嫌だし」
「信頼の形はそれぞれだ。そんなの仕方ないだろう。それよりも聖獣について詳しく教えてくれ」
「聖獣の?別にいいが急にだな」
「護衛対象について知っておくのは、警護の基本だろ?」
グレシアの危険は父親だけじゃない。
取り巻きやバカ皇子、他にもいっぱい居てそれら全てから守り切らないと、帝国は滅ぶ。
できるだけそれは避けたいところだ。
精霊共鳴と言う未知のシステムもあるし、聖獣についてはまだまだ理解できていないことが多い。
今後、聖女リリィと敵対しない保証もないわけだし、知っておいて損はないはずだ。
「今後のためだ。俺達だって命をかけるんだから、それくらいの情報を求める権利はあるだろう?」
「わかってるよ。それじゃあ------」
グレイは聖獣クロとの出会いの話から、教わった魔法の概要まで事細かく教えてくれた。
聖獣の特別性じゃない魔法も中にはあったし、俺にとって戦力増強となる話で、授業が始まるまで俺たちは寮部屋で話し込んでしまった。
初日から遅刻したのは言うまでもない。
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