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五章
悪は高らかに笑う
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経験上わかる。
開き直って笑い始めた犯罪者ほど怖いものは無い。
それは、前世で俺の人生をどん底に落とした会社の元上司がそうだったからだ。
「すごいね君!この証拠は皇族が居て、村の生存者がいて初めて成立する証拠だ!どっちか片方が欠けても私は逃げ倒せると踏んでいたのにさ!」
アルテリシアの言う通り、皇族であるジノアがここにいると言うことはペリュカの事を否定しきれない。
けれど目撃証言である以上、こちらも肯定はできない。
しかし否定できなければ十分。
領民達が素直に吐いてくれるかが問題だったが、マルデリンの人望は酷く浅い物だったようだ。
「無駄口は止そうぜ?抵抗しなければ、それなりの処置で終わると思う」
「マルデリンはともかく、私は貴族位を失う訳には行かないんだよ」
「だったらどうする?闘うか?領民達が協力してくれれば話は変わるかもしれないが、お前達が捕まれば必然的にリンガーウッド領は俺達のものになる。領地への不法侵攻の場合はそれが許される」
最後の恩情だ。
領地への不法侵入を咎める法律はないが、武装した場合は扱いが侵攻に変わり、終戦をもって侵攻してきた領主は領地を明け渡すことになっている。
そしてこいつらの戦力で俺達に勝てるとは到底思えない。
遅いか早いかの違いだ。
勝ち目のない闘いをするよりもいい。
安いプライドくらいは守れるからな。
しかしアルテリシアは表情を変えず、不敵な笑みをこちらに向けている。
一方マルデリン子爵の方は顔を真っ赤にしてる。
対照的だな。
「この男爵風情が生意気な!」
「黙れ罪人!あんたがこの侵攻計画の責任者だ。あんたはどう考えても黒で情状酌量の余地もない。すぐに豚箱行きだ」
「クックック!馬鹿が!だったら証拠を消してしまえばいい!おいゴロツキ共!あいつと皇子を殺せば金を弾んでやる!やれ!」
ゴロツキ達は呆けていた口を上に吊り上げ、武器を持って近づいてくる。
斧、剣、鉄槌、武器は様々だが、領民達がこいつらに遭遇したらタダじゃ済まないだろうな。
しかしこれは悪手だ。
皇子を殺すと言うのは不敬罪が大した力及ばないこの国でも、まずいことは子供だってわかる。
アルテリシアはマルデリンを一瞥し、興味を無くしたのかニヤニヤとこちらを見ている。
ほとんどの兵士達は、マルデリンの正気を失ったかの様な行動に動揺を隠せていない。
「ってことだ坊ちゃん!貴族様が自領だからってちゃんとした護衛も付けないから悪いんだぜ?」
「でかいだけしか取り柄がないお前らが俺に勝つのか?でもまぁ弱い者イジメは嫌いじゃないぜ?」
「リアス、弱い者イジメは弱い者に失礼だよ」
「これは失敬。あんたらは弱者ですらなかった。弱者も必死に努力して足掻いてる。お前らは努力もしないで暴力を振りかざす、ゴミ以下だ」
完全に頭に血を登らせた。
一斉にゴロツキ数名が、俺やジノアに武器を振り落とした。
「やめろって。魔力が乗らない刃物でも痛いもんは痛いんだ」
「皇子だからって舐めてたのかな?自衛くらい簡単にできるよ?」
結果、俺とジノアは振り下ろされた武器を全て捌き、ゴロツキの手から弾き落とした。
流石にマルデリンも驚きを隠せない。
「おいっ!真面目にやれ!」
「可哀想になぁ」
怒鳴り声をあげるマルデリンを他所に、ゴロツキ達は再び呆けてる。
その中で一番偉そうな奴の口下を鷲掴みにして顔を近づける。
怖いだろうな。
瞳が潤んで今にも泣きそうだ。
おっさんの涙なんて見たくねえが。
「まだやるか?」
全力で首を横に振ろうとするがそれは叶わず、口を押さえているので否定もできない。
等々この男は恥じらいもなく、色々な場所から液体を撒き散らしてしまった。
汚いから俺は手を離す。
「次はない。覚悟しとけ」
首をコクコクと縦に振り、尻をついて意気消沈している。
彼我の実力差を分かれとは言わないが、そんなにメンタルが弱いなら最初からチンピラ紛いのことするなよ。
「なっなっ・・・」
「人に対して指を指すなと、親に教えられなかったのか?」
マルデリンは指を指すだけで、言葉を発せられていない。
脳の理解が追いついていないから処理してるんだろう。
なにせジノアは皇族だ。
貴族は野蛮じゃない、平民は野蛮というのがこの国の常識だ。
そして貴族の頂点たる皇族が、簡単に野蛮だと言われる平民を倒したのだ。
そりゃ混乱もするわな。
俺だってネズミが猫を全力で殴り倒してたら驚いて固まる。
「豆鉄砲食らった鳩みたいに情けないな。それに比べてお前は何を考えてる?」
「面白い人間だと思ってね」
状況がわかっていない様には思えない。
やっぱなにか保険をかけてるとみるのが正しいか。
「く、くそっ!何してるお前達!早く、その領主を討て!」
徴兵された領民はともかく、リンガーウッド家の騎士達自体は、あいつ程度に弱みを握られるほどのことをやらかしてる。
よっぽどでもない限り俺の前に立ちはだかるだろうな。
「おい、お前達!領主様の命令は絶対だ!忘れたのか!?」
あれが指揮官か。
アルテリシアは動く気配がない。
『場を弁えない輩ですね』
「今から動いた兵士は、この領域侵犯でマルデリンが有責となった場合、俺がリンガーウッド領の領主ともなることがわかっていて行動するんだな?」
その言葉に後ずさる者は情状酌量だ。
だけど黒い事情があるのか、それともこんな若造に貴族がどうこうできると思ってないのか、大半の人間は武器を握りしめている。
もちろん彼らの中には、家族を守る為に仕方なくという奴もいるだろう。
「なるほど。警告はしたぞ?」
だけど俺はチャンスを与えた。
メルセデスだって一度は武器を向けたが、それでもあいつは俺に対して尽くしてくれた。
けどこいつらはどうだ?
理由や状況で有利だと思う方に付くのは利口だが、信頼できるわけもない。
仕方ないで、やっと信頼が回復できた領民を害そうと武器を取った。
俺個人に対してならともかく、領地に対しての行いを見逃すほど俺は人間出来てない。
「剣を取った以上、覚悟の上だろう。もしこの戦争で俺達が勝っても、お前達は領地には置かない。仕方ないという言い訳は聞かないぞ?」
これが最後の警告だ。
個人的には労働力が減るのは困る。
今まで虐げられてきた分、幸せになってほしいという気持ちもある。
だけどそれは、目に見える利益を度外しにして俺を信じてくれればの話だ。
全てを救えると言えるほど俺は傲慢じゃない。
優秀じゃないしな。
この言葉で武器を置く者はもういなかった。
あっちにいる数名だけが俺に付いたとみよう。
「くっくっく!貴様の言葉などこいつらには届かんのだ!やれ!!」
兵士達はごめんなさいごめんなさいと呟く人間もいる。
俺が勝てないと思ってるのだろう。
けど残念ながらこいつらはAランクどころかBランクの魔物よりも劣る。
Aランクまでならいくらでも蹴散らせる俺に対して、この人数は少なすぎる。
迫り来る大群に、俺一人一人丁寧に武器を壊していく。
物の数分で、全員武装解除だ。
「ひゅ~」
「茶化すなよ。これはもう立派な領域侵犯成立だよな?」
「今更でしょ?ここに一部始終は撮影済みだし」
ジノアはビデオカメラを俺に手渡す。
証拠が消えたらことだから、バックアップ用のメモリも用意してある。
「馬鹿な!なぜ男爵の子息風情が武装した集団に勝てる!」
「知らないって時に幸せなこともあるけど、これは確実に不幸だよな」
「貴方が今まで隠してきたからでしょう?」
「スノーは手厳しいな」
『もう良いのですよ。エルーザがヒャルハッハでリアスのことを話していますので』
つまり世界中に俺がクレの契約者だと知れわたったんだ。
もう力を隠して置く必要もない。
それでもバラしちゃいけない事案があるけどな。
「言葉を喋る狼とはすごいね」
「お前はもう少し動揺したらどうだ?」
「動揺する意味はわからないかな。何故なら私は負けてないからね。保険を打っといてよかったよ」
指を弾くと、マルデリンも含めた向こうの兵士達が苦しみ始める。
「うっ、あっ!なんだ!?なんだこれはぁぁ!?」
「君が直々に来てくれたのはよかった」
「なに?」
何故苦しみ始めたかはわからないが、少なくともあいつが何かしたことは確かだ。
警戒を怠るのは愚者がやること。
その考えが正しいように街の方での爆発が起きた。
「街から火の手か」
「どうだい?私の仲間がやってくれたんだ!」
街の住民は避難させている。
って事は誰かヘマ売ったな?
「うがぁあああああ!」
「そしてこちらも完成だ!」
「これは・・・」
『あの時と同じですね』
セバスがリリィやジノアの側近騎士だったらニコラと同様の姿になった兵士達。
もう薬品を投与済みだったのは驚いたが、計算してたのか?
指を鳴らしただけであの姿になるのは納得がいかない。
この世界はゲームと似たような世界ではあるが現実だ。
つまり、何か種があるはず。
「思ったより動揺が少ないね。まぁ君達だけじゃこれは倒せないよ!」
「あぁ、一度その姿の奴とは闘ったことがあるよ。たった二人だけど、かなり苦戦した」
「だったらもう少し反応したらどうだい?街に火の手が上がっても少しも動揺しないし、君表情筋が死んでるんじゃないの?」
「そんなことねぇよ?俺はよく顔に出るらしいからな」
「嘘を吐くなよ・・・」
微塵も同様する姿を見せない俺を見て、さすがに何かあると思ってるんだろう。
まぁ事実何かあるんだけどな。
「どうした?自身の計画に綻びが生まれたかも知れないと焦ってんのか?」
「そ、そんなことはない!いいさ!君は彼らにやられるんだ!」
「ウガァアアアア」
たしかにあいつら全員を相手したら苦戦は必至だ。
勝てないとは言わないけど、そんな苦労はごめん被る。
「スノー?」
「わかってるよ!ワォォォーン」
兵士達はすべて氷付けとなった。
これは魔法じゃできねぇよなぁ。
スノーの物を自在に凍らせるスキル”永劫氷結”。
その範囲はどうやら最高でアルゴノート領一体すべてを凍らせることができるらしい。
実際こいつが本気で俺達を殺しに来てたら、終わってたのはわかる。
チャンスすらないしな。
「なっ・・・なにっ!?」
さすがに同様が隠せないか。
俺もその概要を聞かされたとき同じ様な反応してたなぁ。
本当に敵じゃなくて良かったと思う。
和解してヨカッタナー
「わかる。驚かない方が難しいよな」
『さすがにSランクの魔物です』
「もっともクレセントのように卓越した魔法を使う奴らには脱出できちまうんだけどね」
神話級の精霊じゃないと脱出できない時点でおかしいんだよなぁ。
そこはさすがSランクの魔物と言ったところだけど。
「馬鹿な・・・こんなことが」
「どうした?お前が頼りにしてたっぽい兵士達はみんな無力化されちまったぞ?」
寧ろこいつを何故凍らせなかったんだスノー?
そうしたら一発で終わっただろうに。
まさか俺に花を持たせようと?
「なにか勘違いしてるみたいだけど、彼に対してスキルが効かなかったのよ。なんでか知らないけどね」
なるほど、あいつ自体も狙ったのか。
そりゃそうか。
あいつも巻き込める距離だしな。
「ふふ・・・想像以上だ。リアス・フォン・アルゴノート!舐めていたよ君を!けど、いいのかな?私の仲間は今も街を破壊しているのにさ」
「それは本当に困った。でもよく聞けよ。爆発音は一回だけだ」
「だからなんだい?私の仲間には、君の領地の領民を殺すように命令しているんだよ?別に街を破壊することが目的じゃないからね」
「なるほどね。でも残念だったな!」
なんでこの場に俺とクレとジノアとスノーのみがいるか。
それは当然、他のみんなが街の警護をしてくれてるからだ。
だから、侵入者が他にいても、ある程度の数ならば確実に対処出来る。
「街には優秀な人間が警護をしてるからな!例えお前達に別働隊を用意されてたとしても、何ら問題ないんだよ」
「ハハハ!完全に後手に回ってしまったと言うことか!いや、読まれていたというのが正しいかな!」
諦めた奴の笑い方じゃない。
これはまだなにかあるとみてまず間違いない。
「君以外の誰かが、私の仲間を殺せるとは思えないからね!私は私で君達を殺すことに専念することにするよ」
「俺だけじゃなく、神話級の精霊やSランクの魔物を相手しても勝てると?」
「アハハ!そうか、そこの狼はフェンリルか!フェンリルは氷魔法が得意って言うよね!でも私には関係ない!」
不気味だ。
俺達が圧倒的優位な状況だというのに、どうしてこいつはこれだけ余裕で居られる?
どう考えても俺達が優位なことはたしかだ。
何かあるにしても、対応出来る自信だってある。
「所詮、魔物の能力だ!地獄を生き抜いてきた我々には関係ないのだ!!」
「我々?」
「そうだ!貴様達が何をしようとも、何人たりとも屈したりはしない!」
これを負け惜しみと切り捨てることは簡単だ。
けれど嫌な予感はこう言う時に限って当たる物で------
「リアス、避けなさい!」
「くっ!」
俺は咄嗟に横に飛び退き難を逃れるが、後方の木が半分に切れてしまった。
もしあの場にいたら首から上が真っ二つだ。
「あっぶねぇ」
『挙動が全くありませんでした。スノーが声をかけてくれなきゃまずかったです』
わかってるよそんなこと。
あいつは全く体を動かしていない。
考えられるのは二択。
見えないほどの攻撃ができるか、見えない攻撃ができるか。
前者なら絶望的戦力差になるが、それならそもそもこいつ一人で領地一つ潰すのなんて造作もない。
だとしたら後者。
見えない攻撃ができる。
「避けますか今のを」
「生憎死に急いでないもんでね」
「いいんだよ?どうせ街に配置してる人間も生きては居ないだろうしさ」
「随分と仲間を信頼してるんだな」
「もちろん!彼らは苦楽をともにした戦友だからね!楽してきて生きてきた君たち甘ちゃんとは違う!」
俺も結構ハードな人生を送ってきたつもりだ。
甘ちゃん呼ばわりされるのは気に食わないが、こいつの人生がどんなものかわからない以上否定はしない。
けれど。
「甘ちゃんかどうかは知らないが、俺達に刃を向けてただで返すほど俺は甘くはない。覚悟はできてるな?」
「知っているよ?君は人を殺せない!」
そんなことまでリークされてるのかよ。
でも殺せないじゃない。
殺さないだけだ。
「さぁ、始めよう!君と私とのショータイムを!」
「スノーはジノアの警護を頼む!行くぞクレ」
『わかってますよ』
アルゴノート領の五つの戦いの一つが切って幕を下ろされた。
開き直って笑い始めた犯罪者ほど怖いものは無い。
それは、前世で俺の人生をどん底に落とした会社の元上司がそうだったからだ。
「すごいね君!この証拠は皇族が居て、村の生存者がいて初めて成立する証拠だ!どっちか片方が欠けても私は逃げ倒せると踏んでいたのにさ!」
アルテリシアの言う通り、皇族であるジノアがここにいると言うことはペリュカの事を否定しきれない。
けれど目撃証言である以上、こちらも肯定はできない。
しかし否定できなければ十分。
領民達が素直に吐いてくれるかが問題だったが、マルデリンの人望は酷く浅い物だったようだ。
「無駄口は止そうぜ?抵抗しなければ、それなりの処置で終わると思う」
「マルデリンはともかく、私は貴族位を失う訳には行かないんだよ」
「だったらどうする?闘うか?領民達が協力してくれれば話は変わるかもしれないが、お前達が捕まれば必然的にリンガーウッド領は俺達のものになる。領地への不法侵攻の場合はそれが許される」
最後の恩情だ。
領地への不法侵入を咎める法律はないが、武装した場合は扱いが侵攻に変わり、終戦をもって侵攻してきた領主は領地を明け渡すことになっている。
そしてこいつらの戦力で俺達に勝てるとは到底思えない。
遅いか早いかの違いだ。
勝ち目のない闘いをするよりもいい。
安いプライドくらいは守れるからな。
しかしアルテリシアは表情を変えず、不敵な笑みをこちらに向けている。
一方マルデリン子爵の方は顔を真っ赤にしてる。
対照的だな。
「この男爵風情が生意気な!」
「黙れ罪人!あんたがこの侵攻計画の責任者だ。あんたはどう考えても黒で情状酌量の余地もない。すぐに豚箱行きだ」
「クックック!馬鹿が!だったら証拠を消してしまえばいい!おいゴロツキ共!あいつと皇子を殺せば金を弾んでやる!やれ!」
ゴロツキ達は呆けていた口を上に吊り上げ、武器を持って近づいてくる。
斧、剣、鉄槌、武器は様々だが、領民達がこいつらに遭遇したらタダじゃ済まないだろうな。
しかしこれは悪手だ。
皇子を殺すと言うのは不敬罪が大した力及ばないこの国でも、まずいことは子供だってわかる。
アルテリシアはマルデリンを一瞥し、興味を無くしたのかニヤニヤとこちらを見ている。
ほとんどの兵士達は、マルデリンの正気を失ったかの様な行動に動揺を隠せていない。
「ってことだ坊ちゃん!貴族様が自領だからってちゃんとした護衛も付けないから悪いんだぜ?」
「でかいだけしか取り柄がないお前らが俺に勝つのか?でもまぁ弱い者イジメは嫌いじゃないぜ?」
「リアス、弱い者イジメは弱い者に失礼だよ」
「これは失敬。あんたらは弱者ですらなかった。弱者も必死に努力して足掻いてる。お前らは努力もしないで暴力を振りかざす、ゴミ以下だ」
完全に頭に血を登らせた。
一斉にゴロツキ数名が、俺やジノアに武器を振り落とした。
「やめろって。魔力が乗らない刃物でも痛いもんは痛いんだ」
「皇子だからって舐めてたのかな?自衛くらい簡単にできるよ?」
結果、俺とジノアは振り下ろされた武器を全て捌き、ゴロツキの手から弾き落とした。
流石にマルデリンも驚きを隠せない。
「おいっ!真面目にやれ!」
「可哀想になぁ」
怒鳴り声をあげるマルデリンを他所に、ゴロツキ達は再び呆けてる。
その中で一番偉そうな奴の口下を鷲掴みにして顔を近づける。
怖いだろうな。
瞳が潤んで今にも泣きそうだ。
おっさんの涙なんて見たくねえが。
「まだやるか?」
全力で首を横に振ろうとするがそれは叶わず、口を押さえているので否定もできない。
等々この男は恥じらいもなく、色々な場所から液体を撒き散らしてしまった。
汚いから俺は手を離す。
「次はない。覚悟しとけ」
首をコクコクと縦に振り、尻をついて意気消沈している。
彼我の実力差を分かれとは言わないが、そんなにメンタルが弱いなら最初からチンピラ紛いのことするなよ。
「なっなっ・・・」
「人に対して指を指すなと、親に教えられなかったのか?」
マルデリンは指を指すだけで、言葉を発せられていない。
脳の理解が追いついていないから処理してるんだろう。
なにせジノアは皇族だ。
貴族は野蛮じゃない、平民は野蛮というのがこの国の常識だ。
そして貴族の頂点たる皇族が、簡単に野蛮だと言われる平民を倒したのだ。
そりゃ混乱もするわな。
俺だってネズミが猫を全力で殴り倒してたら驚いて固まる。
「豆鉄砲食らった鳩みたいに情けないな。それに比べてお前は何を考えてる?」
「面白い人間だと思ってね」
状況がわかっていない様には思えない。
やっぱなにか保険をかけてるとみるのが正しいか。
「く、くそっ!何してるお前達!早く、その領主を討て!」
徴兵された領民はともかく、リンガーウッド家の騎士達自体は、あいつ程度に弱みを握られるほどのことをやらかしてる。
よっぽどでもない限り俺の前に立ちはだかるだろうな。
「おい、お前達!領主様の命令は絶対だ!忘れたのか!?」
あれが指揮官か。
アルテリシアは動く気配がない。
『場を弁えない輩ですね』
「今から動いた兵士は、この領域侵犯でマルデリンが有責となった場合、俺がリンガーウッド領の領主ともなることがわかっていて行動するんだな?」
その言葉に後ずさる者は情状酌量だ。
だけど黒い事情があるのか、それともこんな若造に貴族がどうこうできると思ってないのか、大半の人間は武器を握りしめている。
もちろん彼らの中には、家族を守る為に仕方なくという奴もいるだろう。
「なるほど。警告はしたぞ?」
だけど俺はチャンスを与えた。
メルセデスだって一度は武器を向けたが、それでもあいつは俺に対して尽くしてくれた。
けどこいつらはどうだ?
理由や状況で有利だと思う方に付くのは利口だが、信頼できるわけもない。
仕方ないで、やっと信頼が回復できた領民を害そうと武器を取った。
俺個人に対してならともかく、領地に対しての行いを見逃すほど俺は人間出来てない。
「剣を取った以上、覚悟の上だろう。もしこの戦争で俺達が勝っても、お前達は領地には置かない。仕方ないという言い訳は聞かないぞ?」
これが最後の警告だ。
個人的には労働力が減るのは困る。
今まで虐げられてきた分、幸せになってほしいという気持ちもある。
だけどそれは、目に見える利益を度外しにして俺を信じてくれればの話だ。
全てを救えると言えるほど俺は傲慢じゃない。
優秀じゃないしな。
この言葉で武器を置く者はもういなかった。
あっちにいる数名だけが俺に付いたとみよう。
「くっくっく!貴様の言葉などこいつらには届かんのだ!やれ!!」
兵士達はごめんなさいごめんなさいと呟く人間もいる。
俺が勝てないと思ってるのだろう。
けど残念ながらこいつらはAランクどころかBランクの魔物よりも劣る。
Aランクまでならいくらでも蹴散らせる俺に対して、この人数は少なすぎる。
迫り来る大群に、俺一人一人丁寧に武器を壊していく。
物の数分で、全員武装解除だ。
「ひゅ~」
「茶化すなよ。これはもう立派な領域侵犯成立だよな?」
「今更でしょ?ここに一部始終は撮影済みだし」
ジノアはビデオカメラを俺に手渡す。
証拠が消えたらことだから、バックアップ用のメモリも用意してある。
「馬鹿な!なぜ男爵の子息風情が武装した集団に勝てる!」
「知らないって時に幸せなこともあるけど、これは確実に不幸だよな」
「貴方が今まで隠してきたからでしょう?」
「スノーは手厳しいな」
『もう良いのですよ。エルーザがヒャルハッハでリアスのことを話していますので』
つまり世界中に俺がクレの契約者だと知れわたったんだ。
もう力を隠して置く必要もない。
それでもバラしちゃいけない事案があるけどな。
「言葉を喋る狼とはすごいね」
「お前はもう少し動揺したらどうだ?」
「動揺する意味はわからないかな。何故なら私は負けてないからね。保険を打っといてよかったよ」
指を弾くと、マルデリンも含めた向こうの兵士達が苦しみ始める。
「うっ、あっ!なんだ!?なんだこれはぁぁ!?」
「君が直々に来てくれたのはよかった」
「なに?」
何故苦しみ始めたかはわからないが、少なくともあいつが何かしたことは確かだ。
警戒を怠るのは愚者がやること。
その考えが正しいように街の方での爆発が起きた。
「街から火の手か」
「どうだい?私の仲間がやってくれたんだ!」
街の住民は避難させている。
って事は誰かヘマ売ったな?
「うがぁあああああ!」
「そしてこちらも完成だ!」
「これは・・・」
『あの時と同じですね』
セバスがリリィやジノアの側近騎士だったらニコラと同様の姿になった兵士達。
もう薬品を投与済みだったのは驚いたが、計算してたのか?
指を鳴らしただけであの姿になるのは納得がいかない。
この世界はゲームと似たような世界ではあるが現実だ。
つまり、何か種があるはず。
「思ったより動揺が少ないね。まぁ君達だけじゃこれは倒せないよ!」
「あぁ、一度その姿の奴とは闘ったことがあるよ。たった二人だけど、かなり苦戦した」
「だったらもう少し反応したらどうだい?街に火の手が上がっても少しも動揺しないし、君表情筋が死んでるんじゃないの?」
「そんなことねぇよ?俺はよく顔に出るらしいからな」
「嘘を吐くなよ・・・」
微塵も同様する姿を見せない俺を見て、さすがに何かあると思ってるんだろう。
まぁ事実何かあるんだけどな。
「どうした?自身の計画に綻びが生まれたかも知れないと焦ってんのか?」
「そ、そんなことはない!いいさ!君は彼らにやられるんだ!」
「ウガァアアアア」
たしかにあいつら全員を相手したら苦戦は必至だ。
勝てないとは言わないけど、そんな苦労はごめん被る。
「スノー?」
「わかってるよ!ワォォォーン」
兵士達はすべて氷付けとなった。
これは魔法じゃできねぇよなぁ。
スノーの物を自在に凍らせるスキル”永劫氷結”。
その範囲はどうやら最高でアルゴノート領一体すべてを凍らせることができるらしい。
実際こいつが本気で俺達を殺しに来てたら、終わってたのはわかる。
チャンスすらないしな。
「なっ・・・なにっ!?」
さすがに同様が隠せないか。
俺もその概要を聞かされたとき同じ様な反応してたなぁ。
本当に敵じゃなくて良かったと思う。
和解してヨカッタナー
「わかる。驚かない方が難しいよな」
『さすがにSランクの魔物です』
「もっともクレセントのように卓越した魔法を使う奴らには脱出できちまうんだけどね」
神話級の精霊じゃないと脱出できない時点でおかしいんだよなぁ。
そこはさすがSランクの魔物と言ったところだけど。
「馬鹿な・・・こんなことが」
「どうした?お前が頼りにしてたっぽい兵士達はみんな無力化されちまったぞ?」
寧ろこいつを何故凍らせなかったんだスノー?
そうしたら一発で終わっただろうに。
まさか俺に花を持たせようと?
「なにか勘違いしてるみたいだけど、彼に対してスキルが効かなかったのよ。なんでか知らないけどね」
なるほど、あいつ自体も狙ったのか。
そりゃそうか。
あいつも巻き込める距離だしな。
「ふふ・・・想像以上だ。リアス・フォン・アルゴノート!舐めていたよ君を!けど、いいのかな?私の仲間は今も街を破壊しているのにさ」
「それは本当に困った。でもよく聞けよ。爆発音は一回だけだ」
「だからなんだい?私の仲間には、君の領地の領民を殺すように命令しているんだよ?別に街を破壊することが目的じゃないからね」
「なるほどね。でも残念だったな!」
なんでこの場に俺とクレとジノアとスノーのみがいるか。
それは当然、他のみんなが街の警護をしてくれてるからだ。
だから、侵入者が他にいても、ある程度の数ならば確実に対処出来る。
「街には優秀な人間が警護をしてるからな!例えお前達に別働隊を用意されてたとしても、何ら問題ないんだよ」
「ハハハ!完全に後手に回ってしまったと言うことか!いや、読まれていたというのが正しいかな!」
諦めた奴の笑い方じゃない。
これはまだなにかあるとみてまず間違いない。
「君以外の誰かが、私の仲間を殺せるとは思えないからね!私は私で君達を殺すことに専念することにするよ」
「俺だけじゃなく、神話級の精霊やSランクの魔物を相手しても勝てると?」
「アハハ!そうか、そこの狼はフェンリルか!フェンリルは氷魔法が得意って言うよね!でも私には関係ない!」
不気味だ。
俺達が圧倒的優位な状況だというのに、どうしてこいつはこれだけ余裕で居られる?
どう考えても俺達が優位なことはたしかだ。
何かあるにしても、対応出来る自信だってある。
「所詮、魔物の能力だ!地獄を生き抜いてきた我々には関係ないのだ!!」
「我々?」
「そうだ!貴様達が何をしようとも、何人たりとも屈したりはしない!」
これを負け惜しみと切り捨てることは簡単だ。
けれど嫌な予感はこう言う時に限って当たる物で------
「リアス、避けなさい!」
「くっ!」
俺は咄嗟に横に飛び退き難を逃れるが、後方の木が半分に切れてしまった。
もしあの場にいたら首から上が真っ二つだ。
「あっぶねぇ」
『挙動が全くありませんでした。スノーが声をかけてくれなきゃまずかったです』
わかってるよそんなこと。
あいつは全く体を動かしていない。
考えられるのは二択。
見えないほどの攻撃ができるか、見えない攻撃ができるか。
前者なら絶望的戦力差になるが、それならそもそもこいつ一人で領地一つ潰すのなんて造作もない。
だとしたら後者。
見えない攻撃ができる。
「避けますか今のを」
「生憎死に急いでないもんでね」
「いいんだよ?どうせ街に配置してる人間も生きては居ないだろうしさ」
「随分と仲間を信頼してるんだな」
「もちろん!彼らは苦楽をともにした戦友だからね!楽してきて生きてきた君たち甘ちゃんとは違う!」
俺も結構ハードな人生を送ってきたつもりだ。
甘ちゃん呼ばわりされるのは気に食わないが、こいつの人生がどんなものかわからない以上否定はしない。
けれど。
「甘ちゃんかどうかは知らないが、俺達に刃を向けてただで返すほど俺は甘くはない。覚悟はできてるな?」
「知っているよ?君は人を殺せない!」
そんなことまでリークされてるのかよ。
でも殺せないじゃない。
殺さないだけだ。
「さぁ、始めよう!君と私とのショータイムを!」
「スノーはジノアの警護を頼む!行くぞクレ」
『わかってますよ』
アルゴノート領の五つの戦いの一つが切って幕を下ろされた。
応援ありがとうございます!
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