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五章

南国の歌姫

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 フリマリ・ド・ラスノーチェスはバグバッド共和国の聖女は日々奮闘する。
 彼女ほど聖女に相応しい女性はバグバッドにはいないだろう。
 今、彼女は北に位置する国境にある医療テントに来ている。
 
「あぁ、フリマリ様!お疲れ様です」

「お疲れ様です。砂漠でサウザンドドルフィンにやられたと言うのはどちらの方ですか?」

 サウザンドドルフィンは砂漠にのみ生息するイルカの様な魔物だ。
 Aランクの魔物に位置されるが、そこまで強くはない。
 ただ砂の中をまるで泳いでるかの様に移動する彼ら不意打ちをされ易いうえ、凶暴性がジャイアントベア以上の為、年間で2000人ほどの死傷者を出しているのでそれだけのランクに至る。
 そしてこの南に位置するバグバッド共和国は砂漠と隣接する為、周辺国のヒャルハッハ王国やライザー帝国、その他の小国の中でもダントツで被害を受けている。

「ここにいる全員です」

「今日も300名ほどいらっしゃるのですね」

 国自体の戦力は決して低いわけじゃない。
 それこそヒャルハッハやライザー帝国にも匹敵するほどの戦力は有している。
 だと言うのにこれだけの被害を受けるのは、砂漠に出るのが民間人が多いと言うことだろう。
 砂漠には貴重なタンパク源のスナヤギが生息する。
 かつてのロックバンド小国は北に位置する国で、南の国まで足を運ぶのは難しく利益になり得ないと判断し訪れては居ない。
 つまり地産地消でやりくりをしなければならなかった。
 被害者数があまりにも多い為、養殖をしようと試みたことがある。
 しかし養殖をしようにも、スナヤギは人の手を加えられると一切食べ物を受け付け無くなってしまう為、建国150年で成功例が未だにない。
 海にも隣接しない為、魚をとることもできなかった。
 リアス達の前世である地球の砂漠では、トカゲなども食べられていた。
 しかしこの世界の砂漠でのトカゲと言えば最弱種でもBランクのワイバーンになる。
 そして民間人はBランクの魔物を倒すのは難しい。
 しかしワイバーン自体の凶暴性は全くないので、何もしなければ襲われることもないので、スナヤギを獲りに行くこと自体では何も支障はなかった。
 ワイバーンは完全草食の為であり、彼らはサボテンなどを貪っている。

「申し訳ありませんフリマリ様」

「いえ。ではみなさんの治療に入りましょう」

 フリマリは喉を押さえながらアーアーと声の調子を確かめて歌い出す。
 その歌声は透き通った優しい音色で、聴いたものを癒していく。

「あぁ、フリマリ様」

「南国の歌姫は、今日も我々に癒しを与えてくださる」

 彼女は精霊共鳴レゾナントしてる状態で歌うことで聖魔法を行使できる。
 そして彼女の聖魔法は特別で、他のどの聖女よりも回復やサポート、浄化に特化した聖女だった。
 
「ふぅ。どうでしょうか?」

「き、傷が治りました!」

「俺もだ!」

「やった!やったぜ!」

 口々に自身の傷が治療されたことに喜びをあげる人々。
 中には四肢の損傷をしていた者や、サウザンドドルフィンの口の中の細菌で後遺症を負ってる者も居たが、その全てが治癒された。

「あぁ、神よ。本当に神がいるなら感謝致します」

「馬鹿野郎!教国の奴らはこの地域が暑いからって何も助けてくれないじゃねぇか!フリマリ様に感謝しろ馬鹿!」

「あぁ、そうだ!フリマリ様、感謝致します!」

 次々と感謝の言葉をフリマリに向けて言う民間人達。
 彼らはフリマリを崇めていた。
 それは彼らの言った通り、教国がこの暑い地域に視察にすら来ない為だ。
 最高で気温が45度を超える日があり、年間で3ヶ月程しか過ごしやすい気温がない為だ。
 その過ごしやすい気温も18度ほどもあり、ライザー帝国の夏の最低気温と同じほどもあり暑いことに変わりはなかった。
 更に加えて砂漠では夜は氷点下になる為、暑さと寒さの対策をしなければならない。
 教国はそれだけのことをしてまで、この国に干渉しようとは思わなかったのだ。
 しかしそれ故に、彼女が10歳の頃に聖女でなったにも関わらず、教国に18年間もの間知られることもなかった。
 
「あなた方の幸せを願わくはその手に」

「フリマリ様!」

「フリマリ様!」

 フリマリコールが医療テント中に鳴り響き、照れ臭そうに頬を赤らめて彼女はテントから出て行く。
 外には身なりの良い、頭にターバンを巻いた褐色の青年がいた。
 彼の名前はジーン・べ・ラーア。
 フリマリの護衛兼幼馴染だ。

「お疲れフリマリ」

「そっちこそ」

 そして二人はキスを交わす。
 二人は恋人であり国でも周知の事実だ。
 子供もいる。
 それがジーンの横にいる小さな男の子だった。

「おかーさん!」

「ふふっ、あたしの可愛いサロンガ!」

 フリマリに抱きつくジーンの息子のサロンガ。
 彼は今年で三歳になる。
 サロンガの実母のジーンの妻は、サロンガを産んで間もなく亡くなった。
 そこから幼馴染みで聖女としてサロンガの母を助けることが出来なかったフリマリが、父親とも好きなだけ共に入れるようにと世話を請け負ったのだ。
 最初は断りを入れていたジーンだったが、幼馴染みである彼はフリマリが一度言ったら聞かないことを知っていた為任せた。
 そして気づけば三年の月日が経ち、ジーンの父親としての姿や自身をいつも守ってくれるジーンにフリマリは恋をして告白。
 ジーンも元から嫌いではなかったし、サロンガも母とフリマリを慕っているため晴れて二人は恋人同士となったのだ。
 
「おかーさんおしごとおつかれさま!」

「ありがと!」

「えへへ!」

 頭を撫でながら抱きしめるフリマリを、医療テントに在駐している騎士達は微笑ましく見ていた。
 旗から見ても二人は本物の親子なのだから。
 
「腹減ったし飯食って帰ろう?」

「いいわね。彼らの頑張りにあたし達も感謝しないと」

「そうだね。この国じゃたんぱく質はスナヤギくらいしか手に入れることはできない。スナヤギを採ってくる彼らがいなければ俺達は飢えてしまうしね」

「スナヤギのステーキが食べたーい!」

「すっかりサロンガはスナヤギステーキが気に入ったのね。ちゃんと人参も食べるのよ?」

「はーい!」

 サロンガは右手はフリマリの、左手はジーンの手を掴んでニコニコと歩き出した。
 ここは共和国で貴族制度は存在しない。
 更に加えて商会もそこまで多くはなく、民達はお互いに手を取りあって生きている。
 この国で偉そうに振る舞う人間はいない。
 更にこの国は晴の日がほとんどのため、元の肌色が何色であろうとも肌を露出する人は褐色だ。
 肌が弱い人間は肌を出さない。
 なので、この国で褐色じゃない人間がいると目立つ。

「おかーさん!あの人達の肌白い!」

「こらっ!人に向けて指を指さないの」

「ごめんなさい・・・」

 サロンガはまだ三歳でこの国のことをよく知らない。
 無知に出た故悪気はなかった。
 しかし白い肌と言われた人達はそれをよく思わなかった。

「おい、坊主!てめぇ俺達を舐めてんのか?」

「すいません。子供が迷惑おかけしました」

「女はすっこんでろ!」

 フリマリに対しての物言いに、街の住民たちは手を出す寸前まで怒りを露わにしている。

「兄貴!やっちまいましょう!」

「これは国際問題になりかねん」

「バグバッドなんて所詮ヒャルハッハやライザーに比べりゃ弱小国家ですぜ!我々は武装国家ナラモルですぜ?」

 武装国家ナラモルと言えば、特別強い人物がいない代わりに市民な女子供ですら戦闘力は一国の兵士並はあると言われている国家だった。

「ナラモル!おい貴様達、この方が誰だかわかってて名を国名を名乗ったのか?」

 市民達にすらよく忘れられているが、ジーンはフリマリの護衛だ。
 二人があまりにも仲睦まじい恋人で、サロンガと合わせても他の家庭が嫉妬するほどの仲の良さなのだ。
 いい意味で忘れられているが、ジーンが一度騎士としての喋り方をすると気を引き締められる。
 聖女の護衛の声は、この国の何よりも優先される。
 それはジーンの人柄とフリマリの人柄からできたフリマリが聖女の時にだけ成立される法律であり、民達もそれを受け入れている。

「あぁ?知るかよ」

「口を慎め!私の問いにだけ答えろ。貴様らは何をしにこの国に入国した?」

「そりゃこの国の聖女を捉えろって国に命令------」

 彼の頭を思い切り殴るリーダーと思われる兄貴と呼ばれた男。
 流石に白昼堂々と本人の前で誘拐宣言をするなんて、ジーンとリーダーの男以外の全員が口を開けて彼を見ていた。

「テメェ馬鹿か!」

「いてぇ!兄貴、なにすんだ!」

「殴られる意味がわからないから馬鹿だと言ったんだ」

 彼等は五人組で、その仲間達ですら彼のことを侮蔑の目で見ていたのだから、誘拐宣言をした彼がどれだけ異常かを示している。

「くそっ!目撃者が多いです隊長」

「このバカ共を連れてきた俺のミスだ」

「いえ、彼の実力は本物です。万が一の為に彼を配置した隊長の手腕はすごいと思います」

「その万が一の為に連れてきた奴が、万が一の状況を作ってるんだ。俺の責任問題だろう」

 そう言うと背負っている大剣を持ち上げで構えた。
 リーダーの名前はトリマニア・タスマニア。
 右目に大きな傷を持つのが特徴で、殺しマニアと呼ばれるほど恐れられている。
 彼は傭兵で騎士の訓練を受けていないにも関わらず、ライザー帝国の英雄であるスカイベルと善戦したと言う記録があるのだ。
 その時に負った目の傷はスカイベルによってつけられた物だと噂されていた。

「なんの真似だ?」

「悪いな。穏便に済ませようとは思っていたが、このバカの所為でそうもできなくなった。そこの聖女であるフリマリを渡してくれるか?聖女の護衛騎士ジーン」

 目撃者全員を消すよりも、今ここで聖女の捕獲任務を優先させることを選んだトリマニア。
 ここで離脱しても警備を強化されては元も子もなかったからだ。
 いくらバグバッドが入国審査をしない国であるとしても、国の宝の聖女を狙ったとなれば警戒心も強くなる事だろう。

「今ここでフリマリ様を害すると?」

「我々も切迫しているのだ。悪いようにはしない」

 ナラモルはエグゼリアガソの同盟国であり、ヒャルハッハと戦争を起こし戦場への増援を打診されていた為に聖女を欲していた。
 エグゼリアガソとその同盟国は聖女を保有しない為だ。
 そして国家間で摩擦が生じないであろうバグバッドのフリマリが目をつけられたのだ。

「兄貴!やっちゃいましょう!」

 そしてこの口が軽い男は傭兵でありながらも、実力は殺しマニアに次ぐ戦力であるホロ・サンジュ。
 少数精鋭が必要だったからこそ、素行を無視してトリマニアは彼を起用した。
 結果的に仇になったが。

「お前は・・しかし護衛騎士も穏便には済ませてくれなさそうだな」

「当たり前だ!貴様らは戦争中だろう!そんなところにフリマリ様を連れて行かせるわけには行かない!」

 ジーンの武器は短剣一本。
 複数を相手とるには動きやすくはあるが、この世界には身体強化という魔法がある。
 そしてトリマニアが契約してる精霊は身体強化を得意とする無属性の精霊だ。
 大剣を短剣のように早く扱える為かなり不利と言えた。
 
「交渉決裂か。全員奴を殺れ!」

「「了解!」」

 彼等は一斉に抜刀し、ジーンへと斬りかかる。
 住民達はそれを察知し、全員店の中へと篭っていく。
 これはジーンを戦いやすくするための配慮だった。

「サロンガ、フリマリを頼むぞ」

「はーいおとーさん!」

「ふふっ、頼もしいわね。援護のしがいがあるわ」

 そして5vs1の闘いが街中で始まる。
 素の実力差はトリマニアとジーンはそこまでの大差はない。
 加えて人数差もあるとなればトリマニア達が有利だった。
 しかしそれはトリマニア達が予想していたものとは全く違う結果になることをすぐに知ることとなる。
 


 ふらふらと血塗れになりながら砂漠を歩く集団がいる。
 それはナラモルからバグバッドへと、聖女を誘拐する為にやってきたトリマニア達だった。
 最も今は四人しかいない。

「あれが・・護衛がたった一人の理由・・か」

 そう発するとともに一人の騎士が倒れ込む。
 そして倒れ込んだのが好機とみるや、サウザンドドルフィンの群れと思われる生物が倒れた騎士を砂漠へと引き摺り込んだ。

「隊長・・・ムナカが!」

「俺の見立てが甘かった。何が聖女だ。何が聖女の護衛騎士だ。あれは悪魔そのものだろうがっ!」

 ムナカという騎士を助けようにもどうしようなかった。
 ジーンとの闘いで全員が両腕を切断されて、フリマリが聖魔法を中途半端に実行し、完全に傷を塞いだ。
 彼等が聖魔法を使えてももう2度と腕は生えてこない様にだ。
 そして無一文で砂漠へと放り出された。
 温情をもらったのだろう。
 彼等が血塗れなのは、ムナカという騎士が食べられる前にホロがサウザンドドルフィンに捕まった為それを助けようとして、食われてしまっていたホロの返り血が付いたのだ。
 その時ムナカも脇腹に重傷を受けて限界が来ていたのだろう。

「そしてどうやら次は俺達の番らしい」

「俺達?」

「前を見ろ」

 トリマニアが視線を向けた方向には砂の魔物と恐れられるデザートオルキヌスだった。
 現代世界の地球で言うならば見た目はシャチのような姿をしている。
 Aランクの魔物ではあるが、あまりにも被害が多い事からわかりやすい指標にしただけでSランクの魔物レベルの脅威だった。
 しかし普通なら生息地には入らない。
 先も見えない砂漠を歩いてるうちに、生息地に入ってしまったのだ。

「オルキヌス!?」

「お、おしまいだ・・」

「恨むならホロではなく俺を恨め。奴を起用しなければ俺達はこうなっては・・・いや、どのみち結果は同じだったとは思うが」

 しかしその声は二人には届かない。
 オルキヌスに食べられてしまったからだ。
 家族の群れで個体が小さいオルキヌスに二人は食べられた。
 そして最も大きな個体がトリマニアを狙っている。

「クソ親父が付けたクソみたいな名前だったが、せめて鳥に殺されたかったな」

 そしてそれがトリマニアの最後の言葉になる。
 激しい爆音と砂埃が舞い散り、その場にはまるで何もなかったように砂が一面に広がっている。



 バグバッドのレストランに三つ星のカレーを専門としている店がある。
 そこは甘口から激辛まで美味しく食べれると有名であり、ステーキカレーと言うものを看板商品にしていた。
 そのカレー店で、机を囲む家族がいる。

「ステーキカレぇ!ステーキカレぇ!」

「落ち着きなさいなサロンガ」

「いいじゃん。サロンガはフリマリを立派に守ってくれていただろう?」

「そうね。ありがとうサロンガ」

「へへーん!」

 それは先ほどまで武装国家ナラモルの傭兵達と戦闘をしていた聖女フリマリと、その護衛兼恋人のジーンとその息子のサロンガがいる。

「やっぱおとーさんすごい!あいつらを一瞬で倒しちゃうんだもん」

「えぇ?そうか?すげぇだろぉ」

「うん!」

 目を輝かせるサロンガにジーンは照れながらも喜ぶ。
 その光景を見て微笑みながら二人を微笑ましく観るフリマリ。
 そして注文したカレーが来る。
 ジーンは激辛のステーキカレー、フリマリとサロンガは甘口のステーキカレーだ。
 
「明日からは少しスナヤギを節約しなければいけないから少しだけ食べ物が貧相になるからな。今のうちに味わっておけー」

「うん!ステーキうまうま!」

「あたし達がスナヤギを確保しにいけばいいんだけどねー。それだと市民の皆様の仕事が無くなるから経済が回らなくなるって言うだもの。仕方ないわ」

「別に緊急時は良いと思うけどな。うん、今日もこの店は美味いな!」

 このことを受けてバグバッドは門を閉鎖し、如何なる理由を持っても近づけば攻撃すると世界に公布した。
 その宣言が解除されるのが一週間後であり、その理由も明記して各国に知らせた。
 そのことで聖女を誘拐しようとしていたことが世界に知れ渡り、ナラモルは世界各国から糾弾され肩身の狭い思いをすることになるがそれはまた別の話。
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