ツァオベラーの結婚

三日月千絢

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他愛無い話を続けて、食事を済ませたあと。
私がお風呂から上がるとメルキゼデク様は、大変申し訳なさそうな顔をしてソファーに腰かけて私を待っていました。メルキゼデク様も別の浴室を使われたようで、少しだけ髪が湿っていました。


「エディ、すまない」
「はい?」
「明朝から緊急の仕事が入った…。王命の休みだというのに」
「あらまあ、仕方ありませんよ。騎士団長様ですもの。そういうこともありますわ」
「…そう言ってもらえると助かる」
「では、私も可能であれば午前中にユシュル様に会いに行ってみましょう。朝一の伝令で面会取れるでしょうか」
「俺が騎士団に行く前に言づけておこう。それから、恐らく迎えには行けるから」
「かしこまりましたわ。それで、私まだ寝室のご案内を受けてないのですが…」
「え?」


まあ、結婚することが決まっている相手ですが、ネグリジェで顔を合わせている時点でちょっと色々マズイものはあります。それを此処の使用人たちが分からないはずがありません。つまりは、そういうことです。歓迎しすぎではありませんか?確か、前公爵様は生きてらっしゃる筈ですが良いのでしょうか。


「メルキゼデク様が問題なければ、共寝を許してくださいませ」
「とっ…!?」
「明日もお早いとのことで、ご迷惑でしたらソファーでも寝れますし」
「そんなことはない!が、良いのか?」
「使用人たち公認のようですし、私もとうに成人してますもの。メルキゼデク様が良ければ、私は良いのです」
「…ぐ、分かった。しかし、まだ抱くつもりはないからな」
「分かっていますわ」


片手で額を抑え、目元を隠したメルキゼデク様。呆れ?とは違うようですが、まあ殿方ですし色々と考えてしまうのでしょう。私、結構グイグイ押してみたつもりなのですが。メルキゼデク様に連れられて、寝室に入りました。サイドテーブルには数冊本が積み上げられているだけで、本当に寝るだけの部屋です。


「結婚、したら君もこの屋敷に入ることになるけど、かつて使っていた部屋はあるのか?」
「当主たちには奥方が居ましたから、そこまで図々しいことはしませんでしたよ。どうしても留まるときは離れの一室を借りていましたし」
「離れか…。この屋敷で、好みの場所というかそういうのはないのか?」
「手続きのために屋敷に来ただけで、そこまで詳しいものではないのです」


メルキゼデク様は私の手を離すことなく、寝台の上に乗せた後、まるで小脇に抱えるように私を隣に転がしました。横たわっている私と、背もたれにもたれる好みの顔が見下ろしてきます。やっぱり良い顔です。


「君の部屋は追々作るとするか」
「広い部屋はいりませんのよ?」
「そうはいくか。君の部屋だからな、似合う家具も揃えたいしドレスも必要だろう?」
「…必要最低限でよろしいのです、そういうものは」
「欲がないな」
「必要ないものは持たない主義ですの。だから、年老いた使用人たちと四人で暮らせてたんですわ」
「宰相やマリウスから贈り物とかなかったのか?」
「母様に頼んで、本当に必要なものだけをと念押ししてたんですの。あまり面白くない娘だったと思います」
「…本当に必要なものか」


伯爵令嬢らしからぬ娘だと、メルキゼデク様も思ったでしょうか?私、散財する性質ではないので安心してくださればいいのだけど。


「じゃあ、指輪を買いに行かないとな。あとネックレスも、最近は足首のアンクレットも流行りだったか」
「…はい?ちょっと、メルキゼデク様?お待ちになってくださる?」
「なんだ?」
「聞いておりました?私、必要最低限のものでいいと」
「ああ。俺は、死人にも妬くほど君を愛してしまっているからな。マーキングみたいなものだと思ってくれると、嬉しい」
「…ひえ」


死人は恐らく、先ほども言っていたようにギルトロメアでしょう。貴方、色々とネジが吹っ飛んだようですわ。久しぶりに喋れるようになったからって、こんな歯が浮くようなことをよくもまあポンポンと出てくるものです。


「あ、そうですそうです。雰囲気を壊してしまうのですけど、明日騎士団に行ったときに確認していただきたいことがありますの?」
「…本当に雰囲気壊したな。何を確認するんだ?」
「恐らく、今日か明日にでも身元不明として処理されるほど損傷した遺体が上がるはずです」
「…遺体とは、まったく寝台でする話じゃないだろう」
「忘れておりましたもの。それで、その遺体はメルキゼデク様に呪いをかけたもので間違いないですわ。身元を明らかにしたいと思うのなら、お呼びくださいませ」
「…呪いをかけた相手か」
「随分と長い間かけていらっしゃったようですし、呪いそのものがメルキゼデク様の魂の近くにあったので配慮無しに呪い返ししたら、当然死に至ります。生命そのもので代償を支払いきれないので、身体にも影響が出るでしょうね」


メルキゼデク様の手が私の髪を梳きながら、大きく溜め息を吐きました。気分のいい話ではないので、私も苦笑いをしておきます。今日は、メルキゼデク様にとって転機とも言える一日でしたから、もう眠っていただきましょうか。感情の昂りは感じませんが、寝るには少々気がそぞろになってしまいますし。


私は布団の中にしまってあった手を伸ばして、メルキゼデク様の蒼い目を覆い隠しました。


「また、明日。たくさんお話をいたしましょう」
「エディ、」
「よく眠れるおまじないですわ」
「本当に、君はもう。おやすみ、また明日」


手のひらにメルキゼデク様の睫毛が触れた気がしました。目を閉じたのでしょう。吐息は穏やかなものに移り変わります。えぇ、おやすみなさいませ。また、明日。


なんとも色気のない一夜でしたが、これも良いものでした。
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