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帝都のひと夏
ロンヌ王国と薔薇
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華やかな香りが微かに立ち込めてきて、馬車の速度が落ちてきた。
そろそろかしら。
いいかげん気になって窓のカーテンを開けたくなるけれど、目の前のエティエンヌ殿下の笑顔の圧が強くて、上げた手を膝の上に戻した。
「良い子だ、ディアナ嬢。目の前に広がる庭園を見せて驚かせたいから、窓は閉めたままでね?」
にこりと微笑まれてもどうしても警戒してしまうのは、この、いかにも貴人のお忍び風の瀟洒で小さな馬車に乗っているのが私とエティエンヌ殿下とその従者だけだから。
ルー兄さまはすごく反対してくれたけど、殿下のご指名と伯父さまの笑顔のお勧めに抗うことは出来なくて。
兄さま、マクス殿下のライ、ジキス君たちは皆、其々の家の馬車に乗って、この馬車の後に続いている。
外界と遮断された密封空間に他人といるって、だんだん緊張が高まっていくものなのね。
落ち着こうとしてほっと息を吐くと、目の前のエティエンヌ殿下と目が合ってしまった。
「そんなに警戒しないで。それより、ロンヌが何故薔薇の国って呼ばれてるか、ディアナ嬢は知ってる?」
ぎこちない笑顔を浮かべつつ小首を傾げた私を見て宥めるように微笑んだ殿下は、ゆっくりと話し始めた。
ロンヌ王国の地が、まだ荒れ果てていた時代。
その頃彼の地を治めていたのは一人の若き騎士だった。
彼は、気高い理想を持ってはいたものの若いが故に統治能力も未熟で、人々の暮らしは中々豊かにならなかった。
その上、ある年の冬に疫病が流行ってしまう。
乏しい食べ物、倒れていく人々。
絶体絶命の時、一人の乙女が現れ、疫病に苦しむ人々を癒し、神に祈って天候を整え、彼の地を救ったのだという。
騎士は乙女に感謝し、忠誠を誓い求愛し、乙女は恥じらいつつもそれを受け入れた。そして、幸せな幾年を過ごしたが、乙女は出産の時に命を落としてしまう。
別れの時が迫り、生まれたばかりの赤ん坊を抱きながら永遠の愛を誓う夫に、枕元の花瓶から一本の薔薇を抜いて、乙女はこう告げたのだという。
「貴方が手ずから摘んで下さったこの薔薇の枝に私の祈りを込めました。私のお墓にこの薔薇を差してください。貴方の愛が消えない限り、薔薇は咲き続け、この地を守るでしょう。」
騎士は約束し、乙女は逝った。騎士はその後生涯独身を貫き乙女の忘形見を立派に育て、その子が、ロンヌ王国を建国した初代王となった。
乙女の墓に差した薔薇はその後いつまでも枯れることなく咲き続け、いつしかこの地では薔薇の花は愛と忠誠の象徴となった、、、。
「・・・素敵なお話ですわ。」
つい聞き入ってしまった私は、話し終えた殿下に自然な笑顔でお礼を言えた、と思う。でも、ちょっと意外だわ。軽いと言われるロンヌの男の人に、そんな誠実なお話しがあるなんてね。
私の表情を観察していたらしいエティエンヌ殿下は、可笑しそうにフッと口元を綻ばせた。
「意外そうな顔をしているよ。まあ、その後長い時間が経っているからね。今や我が国の男と言えば、美辞麗句で女を口説く軽さで有名だからね。」ウィンクしながら仰る、それがいけないのでは、殿下。
呆れた表情を隠せない私に、
「でもね、」
次の瞬間、エティエンヌ殿下は驚くほど真面目な顔を見せた。
「今でもロンヌでは求愛の時に薔薇を贈るし、薔薇の無い家はない。そして、男は父親から騎士の忠誠と献身を、女は母親から家事とともに薔薇の世話を習うんだ。ロンヌで『我が家の薔薇は君のもの』と言うのは結婚の申込を意味する・・・覚えておいてね。」
そう言うと、おもむろに立ち上がった殿下は、馬車の扉に手をかける。
あら、いつの間にか馬車が停まってるわ。後ろから響いていた車輪の音も次々に停まってるみたい。良かった、これでルー兄さまと合流できる。
気が逸れた私の視界に、突然明るい日差しがさっと差し込んだ。
途端にむせる様な華やかで甘い香りがあたり一面に立ち込める。
そして。
「ようこそロンヌ公邸へ。ディアナ嬢。我が邸の薔薇は今が一番の見頃なんだ。気に入ったら、君のものにしてみないかい?」
開け放たれた扉の向こう、差し伸べられたエティエンヌ殿下の手と、そっと囁かれた言葉の先には。
「・・・!」
視界一面に広がる、溢れんばかりの薔薇の園があった。
そろそろかしら。
いいかげん気になって窓のカーテンを開けたくなるけれど、目の前のエティエンヌ殿下の笑顔の圧が強くて、上げた手を膝の上に戻した。
「良い子だ、ディアナ嬢。目の前に広がる庭園を見せて驚かせたいから、窓は閉めたままでね?」
にこりと微笑まれてもどうしても警戒してしまうのは、この、いかにも貴人のお忍び風の瀟洒で小さな馬車に乗っているのが私とエティエンヌ殿下とその従者だけだから。
ルー兄さまはすごく反対してくれたけど、殿下のご指名と伯父さまの笑顔のお勧めに抗うことは出来なくて。
兄さま、マクス殿下のライ、ジキス君たちは皆、其々の家の馬車に乗って、この馬車の後に続いている。
外界と遮断された密封空間に他人といるって、だんだん緊張が高まっていくものなのね。
落ち着こうとしてほっと息を吐くと、目の前のエティエンヌ殿下と目が合ってしまった。
「そんなに警戒しないで。それより、ロンヌが何故薔薇の国って呼ばれてるか、ディアナ嬢は知ってる?」
ぎこちない笑顔を浮かべつつ小首を傾げた私を見て宥めるように微笑んだ殿下は、ゆっくりと話し始めた。
ロンヌ王国の地が、まだ荒れ果てていた時代。
その頃彼の地を治めていたのは一人の若き騎士だった。
彼は、気高い理想を持ってはいたものの若いが故に統治能力も未熟で、人々の暮らしは中々豊かにならなかった。
その上、ある年の冬に疫病が流行ってしまう。
乏しい食べ物、倒れていく人々。
絶体絶命の時、一人の乙女が現れ、疫病に苦しむ人々を癒し、神に祈って天候を整え、彼の地を救ったのだという。
騎士は乙女に感謝し、忠誠を誓い求愛し、乙女は恥じらいつつもそれを受け入れた。そして、幸せな幾年を過ごしたが、乙女は出産の時に命を落としてしまう。
別れの時が迫り、生まれたばかりの赤ん坊を抱きながら永遠の愛を誓う夫に、枕元の花瓶から一本の薔薇を抜いて、乙女はこう告げたのだという。
「貴方が手ずから摘んで下さったこの薔薇の枝に私の祈りを込めました。私のお墓にこの薔薇を差してください。貴方の愛が消えない限り、薔薇は咲き続け、この地を守るでしょう。」
騎士は約束し、乙女は逝った。騎士はその後生涯独身を貫き乙女の忘形見を立派に育て、その子が、ロンヌ王国を建国した初代王となった。
乙女の墓に差した薔薇はその後いつまでも枯れることなく咲き続け、いつしかこの地では薔薇の花は愛と忠誠の象徴となった、、、。
「・・・素敵なお話ですわ。」
つい聞き入ってしまった私は、話し終えた殿下に自然な笑顔でお礼を言えた、と思う。でも、ちょっと意外だわ。軽いと言われるロンヌの男の人に、そんな誠実なお話しがあるなんてね。
私の表情を観察していたらしいエティエンヌ殿下は、可笑しそうにフッと口元を綻ばせた。
「意外そうな顔をしているよ。まあ、その後長い時間が経っているからね。今や我が国の男と言えば、美辞麗句で女を口説く軽さで有名だからね。」ウィンクしながら仰る、それがいけないのでは、殿下。
呆れた表情を隠せない私に、
「でもね、」
次の瞬間、エティエンヌ殿下は驚くほど真面目な顔を見せた。
「今でもロンヌでは求愛の時に薔薇を贈るし、薔薇の無い家はない。そして、男は父親から騎士の忠誠と献身を、女は母親から家事とともに薔薇の世話を習うんだ。ロンヌで『我が家の薔薇は君のもの』と言うのは結婚の申込を意味する・・・覚えておいてね。」
そう言うと、おもむろに立ち上がった殿下は、馬車の扉に手をかける。
あら、いつの間にか馬車が停まってるわ。後ろから響いていた車輪の音も次々に停まってるみたい。良かった、これでルー兄さまと合流できる。
気が逸れた私の視界に、突然明るい日差しがさっと差し込んだ。
途端にむせる様な華やかで甘い香りがあたり一面に立ち込める。
そして。
「ようこそロンヌ公邸へ。ディアナ嬢。我が邸の薔薇は今が一番の見頃なんだ。気に入ったら、君のものにしてみないかい?」
開け放たれた扉の向こう、差し伸べられたエティエンヌ殿下の手と、そっと囁かれた言葉の先には。
「・・・!」
視界一面に広がる、溢れんばかりの薔薇の園があった。
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