[R18]2度目の人生でスローライフ?ハーレムだっていいじゃないか

白猫 おたこ

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第九章 ライバル達

第219話: 【刻限】クロノスの歯車、停滞を穿つ魔動の嵐

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 【欧州――時計技師の工房】

 窓から差し込む斜光が、宙に舞う微細な塵を照らしていた。
薄暗い工房の主、クロノスは、アンティーク時計の心臓部であるテンプの動きを、息を止めて調整していた。

「時間は平等ではない。精緻に組み上げられた歯車の上でだけ、時は正しく流れるのだ……」

 彼はピンセットを置き、使い込まれたダイブギアを装着する。
彼がログインした瞬間、仮想世界の欧州エリア全土で、主の帰還を祝うかのように「風」が咆哮を上げた。

■ 時を刻む絶望の塔
 クロノスが向かったのは、アビスの汚染により完全に停止した巨大時計台。
世界の時間を司るこの場所が止まっている限り、健太郎が進める世界の再生は、決して「完了」の瞬間を迎えることはない。

「カイロス。準備はいいか」

「了解、マスター! 世界の秒針、僕がしっかり掴んでおくよ!」

 クロノスの傍らで、無数の小さな歯車が組み合わさった機械人形の精霊、カイロス(第4形態)が翼を広げた。背中のゼンマイが回るたび、周囲の時間が歪み、加速と停滞を繰り返す。
 時計台の最深部、そこには運営が仕掛けた史上最難関の「極小魔動パズル」が立ち塞がっていた。
 数千、数万の微細なパーツがアビスの澱みに絡まり、複雑に絡み合っている。並の職人なら数年かかるであろうその修復。

「カイロス、時を引き延ばせ。……一秒を1日に変えるぞ」

 カイロスの能力で極限まで引き延ばされた「一瞬」の中で、クロノスはピンセット状の魔導具を振るった。
不眠不休。瞬き一つせず、彼は肉眼では捉えられないほど微細な歯車を一つずつ摘み、正しい位置へと嵌め込んでいく。
 健太郎が「銀の糸」で世界を縫うなら、クロノスはその糸が通る「時間」を精密に組み立てていく。

 ――そして、最後のパーツが噛み合った瞬間。

 キィィィィィィン!! という高周波と共に、巨大な時の針が震え、再び動き出した。
 同時に、時計台の床に巨大な逆五芒星の魔法陣が浮かび上がる。
そこから立ち昇る黒紫の煙が形を成したのは、時を歪め、停滞を愛する深淵の守護者

――『深淵のアビスウィッチ』だった。

「……目障りだな。私の時計の秒針を、その汚れた魔力で汚すつもりか?」

 クロノスは冷徹な瞳で、現れた魔女を射抜く。
 
「ふん、不気味な女だ。私の刻む秒針を乱す不純物め」

 魔女は不気味な笑声を上げ、時の流れを腐食させる「停滞の呪い」を放つ。
周囲の空気が重く澱み、通常のプレイヤーなら指一本動かせなくなるほどの鈍化が空間を支配する。

「マスター、時計の針を逆回転させようとしてるよ! 性格悪いなぁ!」

「カイロス、歯車の噛み合わせ(シンクロ)を。……世界を『正しき速さ』へ戻せ」

 クロノスの合図と共に、カイロスの背中のゼンマイが凄まじい速度で回転を始めた。

 ――ガガガガギィィィン!!

 カイロスが空間に展開した無数の黄金の歯車が、アビスウィッチの放つ呪いの波動を物理的に「噛み殺し」、逆に超高速の加速へと変換する。

「……何……!?」

 魔女が驚愕に目を見開いた瞬間、クロノスの姿が消えた。
 正確には、カイロスによって引き延ばされた「一瞬」の中で、クロノスだけが通常の千倍の速度で移動を開始したのだ。

「遅すぎるな。……愛撫(トリートメント)が必要だ」

 クロノスは魔女の背後に音もなく立ち、ピンセット状の魔導具――時空の調律器』を彼女の項へと突き立てた。
 それは攻撃というより、極小の部品を調整するような、精密かつ無機質な指先の動き。

「あ……あぁっ、あぁぁぁっ!?」

 魔女の絶叫。
 クロノスの指先が触れた箇所から、彼女の体内に流れる「魔力の時間」がバラバラに分解されていく。
ある部位は一万年加速し、ある部位は一万年巻き戻る。
肉体の時間が整合性を失い、アビスの構成物質がボロボロと崩れ去っていく。

「カイロス、トドメだ。世界の秒針と、彼女の鼓動を完全に同期させてやれ」

「了解、マスター! ……フル・オーバークロック!!」

 カイロスが巨大な時計の文字盤を魔法陣として展開する。
 カチリ、と秒針が重なった瞬間。
アビスウィッチの存在そのものが、修復された時計台の「正しい時間」に飲み込まれ、一筋の灰となって霧散した。
 止まっていた時計台が、今、高らかに勝利の鐘を鳴らす。

【神殿】深淵の獣、開かれし銀の門

 北の火山、西の温泉街、大地の輝石、そして欧州の時計台。
 世界の四方で「職人」たちの魂が呼応し、全ての理(ことわり)が一本の銀糸へと収束しようとしていた。
 その中心地、健太郎、結衣、恵梨香、桃子、そしてアイリスの一行は、ついに世界の心臓部である『始まりの神殿』へと辿り着いていた。

「……これが、神殿。本来なら、神々しい光に満ちているはずの場所なのに」

 結衣が絶句し、二刀の短剣を握り直す。
かつて白亜の輝きを放っていたはずの神殿は、今やアビスのどす黒い粘液に覆われ、壁面には脈動する血管のような蔦が這い回っている。
神聖さは微塵もなく、そこにあるのは、侵入者の精神を削り取るような不気味な静寂と、腐敗した魔力の臭気だった。

「主(あるじ)、用心せいよ。……どうやら、大人しく通してくれる気はないようじゃ」

 アイリスの黄金の瞳が、神殿の入り口を射抜く。
 その瞬間、奥底の闇から無数の「赤い眼」が浮かび上がった。

 ――ガサッ、ガサガサッ!!

 溢れ出てきたのは、アビスに侵食され、変わり果てた姿の動物たちだった。
 可愛らしいはずのウサギは、その口から鋭い牙を覗かせ、体躯を数倍に膨れ上がらせている。イノシシは黒い外殻を纏い、鹿の角は歪に枝分かれして周囲の空間を切り裂く刃と化していた。
 さらに、地響きと共に現れたのは、巨木をも一撃でなぎ倒すであろう漆黒の熊。その背中からはアビスの結晶が突き出し、咆哮を上げるたびに周囲の空気が振動でひび割れる。

「……ウサギに、猪、鹿、それに熊か。ずいぶんと賑やかなお出迎えだな」

 健太郎は、手にした職人道具を愛でるように握り締め、静かに前へ出た。
 現実世界で48年間、素材と対話し続けてきた職人の眼には、アビスに苦しむ彼らもまた、修復すべき「歪んだ素材」にしか見えなかった。

「みんな、下がっていろとは言わん。だが、素材を傷つけすぎるなよ。……俺たちの仕事は、破壊じゃなく『再生』だ」

「はい、健太郎さん!」

 結衣の奉仕マスタリーが昂ぶり、恵梨香の聖なる力が剣に宿る。
 桃子がダイブギア越しに込めた熱い想いが、桜色の魔力となって健太郎を包み込んだ。
 
 神殿の門前、世界の再起動を賭けた、最後にして最大の「加工」が始まろうとしていた。

「……来るぞ。皆、構えろ!」

 健太郎の鋭い声と共に、アビスの獣たちが一斉に牙を剥いた。
 先陣を切ったのは、漆黒の毛並みに毒々しい棘を蓄えた巨大な熊だ。
丸太のような腕が振り下ろされるが、結衣がその一撃を真・王燐の極光盾で鮮やかに受け流す。

「健太郎さん、今っ!」

 結衣の『奉仕マスタリー』が極限まで高まり、健太郎の進むべき道が黄金の光に照らされる。健太郎はその光の渦中へと迷いなく踏み込み、腰のポーチから一振りの解体ナイフを抜き放った。

 ――スッ。

 それは攻撃というにはあまりに静かで、慈愛に満ちた動きだった。
 突進してきたイノシシの眉間へ、健太郎は吸い付くように刃を添える。
アビスに侵された肉体の中で、唯一「生和」を保っている魔力の結節点。
そこを『慈愛の加工』を乗せた刃で優しくなぞる。

「……苦しかったな。もういい、眠れ」

 健太郎の呟きと共に、イノシシを覆っていた禍々しい外殻がパリンと音を立てて砕け散った。
獣は苦悶から解放されたように安らかな目をし、一瞬にして光の粒子へと還る。
だが、その場には、浄化された白銀の毛皮と、魔力を帯びた純粋な牙が「素材」として遺された。
 次々と襲い来る獣たち。健太郎の動きは止まらない。
 鹿の角を捌き、ウサギの牙をいなし、熊の巨躯の懐に潜り込む。
 一太刀ごとに、アビスの穢れだけが削ぎ落とされ、命の残滓が最高の素材へと昇華されていく。
 本来ならモンスターのドロップ品として消えるはずのそれらを、健太郎は一つ一つ丁寧に拾い上げ、胸元に抱いた。

「(この命、決して無駄にはしない。お前たちの生きた証は、俺が打つ新たな世界の『礎』として、永遠に刻み込んでやる……)」

 それは、48年間、素材の命を預かり続けてきた職人の矜持。
 健太郎は心の中で静かに獣たちを弔い、その遺志を受け継ぐように神殿の奥へと歩みを進める。彼の背後には、アビスの闇が晴れ、浄化された素材が放つ柔らかな光の道が出来上がっていた。

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