感情の贈与税 〜光の加護より、確かな契約。没落令嬢による国家再生録〜

しょくぱん

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第1章:即時徴収と絶望の始まり

第2話:感情贈与申告書の提示

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 一瞬の静寂の後、大広間を揺るがしたのは、割れんばかりの爆笑だった。

「ははは! 徴収だと? 何を言っているんだ、この女は!」
 カシアンは腹を抱え、涙を浮かべて笑い転げる。隣に立つレティシアも、扇で口元を隠しながら、小刻みに肩を揺らした。
「エレナ様、お可哀想に。ショックのあまり、頭がおかしくなってしまわれたのね。カシアン様の強さは彼自身の血の滲むような努力の賜物。それを差し押さえるなんて、滑稽にもほどがありますわ」

 周囲の貴族たちからも、蔑みの視線と失笑が浴びせられる。
「伯爵令嬢ともあろう者が、見苦しい」「負け惜しみもあそこまで行くと哀れだな」
 嘲笑の礫(つぶて)が降り注ぐ中、エレナだけが、温度のない瞳で手元の羊皮紙を見つめていた。

「……笑うのは、今のうちになさるといいわ」

 エレナが指先を羊皮紙の縁で切り、一滴の鮮血を垂らす。
 その瞬間、羊皮紙が内側から燃え上がるような深紅の光を放った。パチパチと空間が爆ぜる音が響き、広間の空気が一変する。重苦しい魔力の圧が、参列者全員の肺を押し潰さんばかりに膨れ上がった。

「な、なんだ……!? この光は!」
 カシアンの顔から余裕が消える。
 エレナの手元から放たれた光は、無数の鎖となって宙を舞い、蛇のような動きでカシアンを包囲した。

「聖なる愛の女神に誓い、宣言いたします。債務者カシアン・ド・グランバリュに対し、十年前の婚約締結時より開始された『感情贈与』の全件清算を要求します」

 エレナの声は、もはや一令嬢のそれではなく、冷徹な執行官の宣告となって響き渡る。

「第一条:身体能力向上への魔力贈与。計三千六百五十日分。
 第二条:外見維持、および魅了特性への魔力贈与。計二万八千時間分。
 第三条:『救国の聖女』への魔力転送代行。
 ――以上、すべての贈与に対し、契約不履行による『全額即時徴収』を執行します」

「ま、待て! 何を勝手に……ぐっ、あああああッ!?」

 カシアンが突如、自身の胸を掻きむしって絶叫した。
 彼の足元に、禍々しいまでの真紅の魔法陣が展開される。魔法陣から伸びた光の蔦が、カシアンの四肢に食い込み、肉体から「輝き」を強制的に引き抜き始めた。

 まず異変が起きたのは、彼の自慢である金髪だった。
 太陽の光を反射していた眩い金糸が、毛先からみるみるうちに色を失い、湿った泥のような、くすんだ灰色へと変色していく。
 さらに、軍服を押し上げるほど隆起していた腕や胸の筋肉が、目に見える速さで削げ落ち、萎(な)えていく。

「や、やめろ! 俺の、俺の力が……抜けていく……!」
 カシアンは震える腕で自身の身体を押さえようとするが、指先から力が入り込まず、その場に膝をついた。

「カシアン様!? きゃあっ!」
 駆け寄ろうとしたレティシアも、自身の異変に悲鳴を上げた。
 彼女の全身を包んでいた「聖女の慈愛」を思わせる柔らかな光が、剥がれ落ちる鱗のように四散していく。光を失った彼女の肌は、瞬時にくすみ、目尻には隠しようのない小じわが刻まれた。

「……これが『徴収』です、カシアン殿。貴方の美貌も、英雄としての武力も、すべては私の魔力が形を変えただけの『借り物』だったのですよ」

 エレナが冷たく言い放つ。
 カシアンから引き抜かれた膨大な魔力の奔流は、今度はエレナへと逆流し始めた。枯草のようだった彼女の髪に艶やかな光沢が戻り、青白かった頬が、薔薇色の輝きを取り戻していく。

 広場にいた誰もが、言葉を失い、その光景を凝視していた。
 英雄が崩れ落ち、地味な女が真の輝きを顕現させる。その逆転劇の幕が、今、残酷に切って落とされた。
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