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第1章:即時徴収と絶望の始まり
第4話:偽りの聖女の化けの皮
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「――ああ、なんてこと! カシアン様、貴方は私まで騙していたのですか!?」
静寂を切り裂いたのは、レティシアの金切声だった。
彼女は床に這いつくばるカシアンを汚物でも見るような目で見下ろし、わざとらしく胸元を押さえてエレナへと向き直る。その顔には、先ほどまでの傲慢さは微塵もなく、悲劇のヒロインを演じる醜い必死さが張り付いていた。
「エレナ様、聞いてください! 私は知らなかったのです。この男が貴方の愛を盗み、それを私に分け与えていたなんて。私も被害者なのですわ! 聖女としての私の力も、きっとこの男に歪められて……!」
その言葉を聞いたカシアンが、血走った目でレティシアを見上げる。
「レ、レティシア……お前、何を……俺たちは愛し合って……」
「黙りなさい、この詐欺師! 私に触れないで!」
レティシアはカシアンの伸ばした手を、汚れた布でも払うかのように力任せに蹴り飛ばした。
その醜悪な対立を、エレナは冷ややかに見つめる。
「被害者、ですか。……レティシア様。貴女が戦地で行った『奇跡の治癒』。あれが私の魔力の横流しであったことは、貴女自身が一番よく分かっているはずです」
エレナが指先を空中で滑らせると、レティシアの足元から淡い黄金色の光の糸が、カシアンの体を媒介にしてエレナへと繋がっているのが可視化された。
「贈与された愛(魔力)の又貸しは、契約の重大な違反です。貴女が『聖女』として称賛を浴びるたび、私の生命力は貴女へと吸い取られていた。……徴収官、これは『不当受贈』に当たりますね?」
脇に控えていたリュカが、事務的に書類をめくる。
「左様です。贈与者であるエレナ様の許可なき再贈与、および第三者の不当な利益享受。これは感情税法第十二条に抵触する重罪です。――レティシア殿、貴殿が消費した魔力の『原状回復』を即刻命じます」
「や、嫌……! 私の光が、私の美しさがッ!」
エレナが掌を握りしめると、レティシアを包んでいた柔らかな光の粒子が、凄まじい勢いで引き剥がされた。
――剥落。
その言葉が相応しかった。
レティシアの輝くようなブロンドは一瞬でツヤを失い、生気の抜けた泥色に変じる。陶器のようだった肌からは潤いが一滴残らず吸い出され、深いシワが刻まれ、シミが浮き出した。
彼女が纏っていた「聖女のオーラ」というフィルターが消えた今、そこに残されたのは、欲望にまみれ、分不相応な贅沢で肥え太った、醜悪な中年女性の素顔だった。
「ひっ……! 顔を、私の顔を見ないで……!」
レティシアは両手で顔を覆い隠すが、指の間からは、魔力による矯正を失って歪んだ鼻や口元が露出している。
「偽物だ……。聖女どころか、ただの詐欺師ではないか!」
「カシアン公爵令息も、女を見る目すらなかったのか。情けない」
観衆の貴族たちの言葉は、今や毒を含んだ刃となって二人を突き刺す。先ほどまで二人を称賛していた者ほど、裏切られた怒りを剥き出しにして罵声を浴びせた。
エレナは、かつての婚約者たちが床を這いずり、互いに罵り合う姿を視界の端に追いやり、深く息を吐いた。
回収した魔力が体内を駆け巡り、十年分の重荷が解けていく。視界が驚くほど鮮明になり、五感が鋭敏に研ぎ澄まされていくのを感じた。
「……さて、リュカ様。これで終わりではありませんよね?」
リュカが眼鏡を押し上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「ええ。これはあくまで『現物徴収』に過ぎません。これから始まるのは、彼らが魔力を使って得た『不当な名声と利益』への――追徴課税です」
静寂を切り裂いたのは、レティシアの金切声だった。
彼女は床に這いつくばるカシアンを汚物でも見るような目で見下ろし、わざとらしく胸元を押さえてエレナへと向き直る。その顔には、先ほどまでの傲慢さは微塵もなく、悲劇のヒロインを演じる醜い必死さが張り付いていた。
「エレナ様、聞いてください! 私は知らなかったのです。この男が貴方の愛を盗み、それを私に分け与えていたなんて。私も被害者なのですわ! 聖女としての私の力も、きっとこの男に歪められて……!」
その言葉を聞いたカシアンが、血走った目でレティシアを見上げる。
「レ、レティシア……お前、何を……俺たちは愛し合って……」
「黙りなさい、この詐欺師! 私に触れないで!」
レティシアはカシアンの伸ばした手を、汚れた布でも払うかのように力任せに蹴り飛ばした。
その醜悪な対立を、エレナは冷ややかに見つめる。
「被害者、ですか。……レティシア様。貴女が戦地で行った『奇跡の治癒』。あれが私の魔力の横流しであったことは、貴女自身が一番よく分かっているはずです」
エレナが指先を空中で滑らせると、レティシアの足元から淡い黄金色の光の糸が、カシアンの体を媒介にしてエレナへと繋がっているのが可視化された。
「贈与された愛(魔力)の又貸しは、契約の重大な違反です。貴女が『聖女』として称賛を浴びるたび、私の生命力は貴女へと吸い取られていた。……徴収官、これは『不当受贈』に当たりますね?」
脇に控えていたリュカが、事務的に書類をめくる。
「左様です。贈与者であるエレナ様の許可なき再贈与、および第三者の不当な利益享受。これは感情税法第十二条に抵触する重罪です。――レティシア殿、貴殿が消費した魔力の『原状回復』を即刻命じます」
「や、嫌……! 私の光が、私の美しさがッ!」
エレナが掌を握りしめると、レティシアを包んでいた柔らかな光の粒子が、凄まじい勢いで引き剥がされた。
――剥落。
その言葉が相応しかった。
レティシアの輝くようなブロンドは一瞬でツヤを失い、生気の抜けた泥色に変じる。陶器のようだった肌からは潤いが一滴残らず吸い出され、深いシワが刻まれ、シミが浮き出した。
彼女が纏っていた「聖女のオーラ」というフィルターが消えた今、そこに残されたのは、欲望にまみれ、分不相応な贅沢で肥え太った、醜悪な中年女性の素顔だった。
「ひっ……! 顔を、私の顔を見ないで……!」
レティシアは両手で顔を覆い隠すが、指の間からは、魔力による矯正を失って歪んだ鼻や口元が露出している。
「偽物だ……。聖女どころか、ただの詐欺師ではないか!」
「カシアン公爵令息も、女を見る目すらなかったのか。情けない」
観衆の貴族たちの言葉は、今や毒を含んだ刃となって二人を突き刺す。先ほどまで二人を称賛していた者ほど、裏切られた怒りを剥き出しにして罵声を浴びせた。
エレナは、かつての婚約者たちが床を這いずり、互いに罵り合う姿を視界の端に追いやり、深く息を吐いた。
回収した魔力が体内を駆け巡り、十年分の重荷が解けていく。視界が驚くほど鮮明になり、五感が鋭敏に研ぎ澄まされていくのを感じた。
「……さて、リュカ様。これで終わりではありませんよね?」
リュカが眼鏡を押し上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「ええ。これはあくまで『現物徴収』に過ぎません。これから始まるのは、彼らが魔力を使って得た『不当な名声と利益』への――追徴課税です」
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