感情の贈与税 〜光の加護より、確かな契約。没落令嬢による国家再生録〜

しょくぱん

文字の大きさ
4 / 9
第1章:即時徴収と絶望の始まり

第4話:偽りの聖女の化けの皮

しおりを挟む
 「――ああ、なんてこと! カシアン様、貴方は私まで騙していたのですか!?」

 静寂を切り裂いたのは、レティシアの金切声だった。
 彼女は床に這いつくばるカシアンを汚物でも見るような目で見下ろし、わざとらしく胸元を押さえてエレナへと向き直る。その顔には、先ほどまでの傲慢さは微塵もなく、悲劇のヒロインを演じる醜い必死さが張り付いていた。

「エレナ様、聞いてください! 私は知らなかったのです。この男が貴方の愛を盗み、それを私に分け与えていたなんて。私も被害者なのですわ! 聖女としての私の力も、きっとこの男に歪められて……!」

 その言葉を聞いたカシアンが、血走った目でレティシアを見上げる。
「レ、レティシア……お前、何を……俺たちは愛し合って……」
「黙りなさい、この詐欺師! 私に触れないで!」
 レティシアはカシアンの伸ばした手を、汚れた布でも払うかのように力任せに蹴り飛ばした。

 その醜悪な対立を、エレナは冷ややかに見つめる。

「被害者、ですか。……レティシア様。貴女が戦地で行った『奇跡の治癒』。あれが私の魔力の横流しであったことは、貴女自身が一番よく分かっているはずです」

 エレナが指先を空中で滑らせると、レティシアの足元から淡い黄金色の光の糸が、カシアンの体を媒介にしてエレナへと繋がっているのが可視化された。

「贈与された愛(魔力)の又貸しは、契約の重大な違反です。貴女が『聖女』として称賛を浴びるたび、私の生命力は貴女へと吸い取られていた。……徴収官、これは『不当受贈』に当たりますね?」

 脇に控えていたリュカが、事務的に書類をめくる。
「左様です。贈与者であるエレナ様の許可なき再贈与、および第三者の不当な利益享受。これは感情税法第十二条に抵触する重罪です。――レティシア殿、貴殿が消費した魔力の『原状回復』を即刻命じます」

「や、嫌……! 私の光が、私の美しさがッ!」

 エレナが掌を握りしめると、レティシアを包んでいた柔らかな光の粒子が、凄まじい勢いで引き剥がされた。
 
 ――剥落。
 その言葉が相応しかった。
 レティシアの輝くようなブロンドは一瞬でツヤを失い、生気の抜けた泥色に変じる。陶器のようだった肌からは潤いが一滴残らず吸い出され、深いシワが刻まれ、シミが浮き出した。
 彼女が纏っていた「聖女のオーラ」というフィルターが消えた今、そこに残されたのは、欲望にまみれ、分不相応な贅沢で肥え太った、醜悪な中年女性の素顔だった。

「ひっ……! 顔を、私の顔を見ないで……!」
 レティシアは両手で顔を覆い隠すが、指の間からは、魔力による矯正を失って歪んだ鼻や口元が露出している。

「偽物だ……。聖女どころか、ただの詐欺師ではないか!」
「カシアン公爵令息も、女を見る目すらなかったのか。情けない」

 観衆の貴族たちの言葉は、今や毒を含んだ刃となって二人を突き刺す。先ほどまで二人を称賛していた者ほど、裏切られた怒りを剥き出しにして罵声を浴びせた。

 エレナは、かつての婚約者たちが床を這いずり、互いに罵り合う姿を視界の端に追いやり、深く息を吐いた。
 回収した魔力が体内を駆け巡り、十年分の重荷が解けていく。視界が驚くほど鮮明になり、五感が鋭敏に研ぎ澄まされていくのを感じた。

「……さて、リュカ様。これで終わりではありませんよね?」

 リュカが眼鏡を押し上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「ええ。これはあくまで『現物徴収』に過ぎません。これから始まるのは、彼らが魔力を使って得た『不当な名声と利益』への――追徴課税です」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

聖女の力に目覚めた私の、八年越しのただいま

藤 ゆみ子
恋愛
ある日、聖女の力に目覚めたローズは、勇者パーティーの一員として魔王討伐に行くことが決まる。 婚約者のエリオットからお守りにとペンダントを貰い、待っているからと言われるが、出発の前日に婚約を破棄するという書簡が届く。 エリオットへの想いに蓋をして魔王討伐へ行くが、ペンダントには秘密があった。

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

森聖女エレナ〜追放先の隣国を発展させたら元婚約者が泣きついてきたので処刑します〜

けんゆう
恋愛
緑豊かなグリンタフ帝国の森聖女だったエレナは、大自然の調和を守る大魔道機関を管理し、帝国の繁栄を地道に支える存在だった。だが、「無能」と罵られ、婚約破棄され、国から追放される。  「お前など不要だ」 と嘲笑う皇太子デュボワと森聖女助手のレイカは彼女を見下し、「いなくなっても帝国は繁栄する」 と豪語した。  しかし、大魔道機関の管理を失った帝国は、作物が枯れ、国は衰退の一途を辿る。  一方、エレナは隣国のセリスタン共和国へ流れ着き、自分の持つ「森聖力」の真価 に気づく……

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

尽くしてきた婚約者に裏切られたので、婚約を解消しました〜彼が愛に気づいたのは、すべてを失ったあとでした〜

ともどーも
恋愛
「今回で最後だ。誓うよ」 これは二度目の『結婚式キャンセル』の時に言われた言葉。 四年間、愛する婚約者ディートリッヒのため尽くし続けてきたイリス。 だがディートリッヒは、イリスの献身を当然のものとし、やがて初恋の令嬢エレノアを優先するようになる。 裏切り、誤解、そして理不尽な糾弾。 心も身体も限界を迎えた夜、イリスは静かに決意した。 ──もう、終わらせよう。 ディートリッヒが「脅しのつもり」で差し出した婚約解消の書類を、イリスは本当に提出してしまう。 すべてを失ってから、ようやく自分の愛に気づいたディートリッヒ。 しかしもう、イリスは振り返らない。 まだ完結まで執筆が終わっていません。 20話以降は不定期更新になります。 設定はゆるいです。

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

【完結】たぶん私本物の聖女じゃないと思うので王子もこの座もお任せしますね聖女様!

貝瀬汀
恋愛
ここ最近。教会に毎日のようにやってくる公爵令嬢に、いちゃもんをつけられて参っている聖女、フレイ・シャハレル。ついに彼女の我慢は限界に達し、それならばと一計を案じる……。ショートショート。※題名を少し変更いたしました。

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

処理中です...