身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん

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第三章 王都での栄光と、実家の末路

第三十二話 隣国に漂う巨大な汚れ

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 ガザリア帝国の「呪いの心臓」が浄化されたことは、本来喜ばしいことのはずだった。
 しかし、それは同時に、数千年にわたって帝国が無理やり抑え込み、一箇所に溜め込んできた世界の「歪み」の蓋を外してしまうことでもあった。

 帝都からヴォルフェン領へ戻る馬車の中、アレクシスの腕の中でまどろんでいたレティシアは、突然の悪寒おかんに目を見開いた。

「……何、これ……。空気が、一瞬で『真っ黒』になった……?」

「レティシア、どうした」

 アレクシスが即座に彼女の肩を抱く。窓の外を見た二人は、絶句した。
 帝国の国境付近から、地を這うようなどす黒い霧が、津波となって押し寄せてきていたのだ。それはこれまでの瘴気とは比較にならないほど密度が濃く、触れた草木を一瞬で枯らし、大地を腐らせていく。

「……帝国が崩壊したことで、奴らが溜め込んでいた世界中の『負の遺産』が逆流し始めたのか。このままでは、隣接する我が国だけでなく、大陸全土がこの霧に飲み込まれる」

 アレクシスの黄金の瞳に、かつてない険しさが宿る。
 その時、上空から地響きのような咆哮が降り注いだ。翡翠の鱗を輝かせた地龍ちりゅうが、霧を払うように翼を広げて降臨する。

『娘よ、そして死神の末裔よ。……事態は急を要する。帝国の闇は深く、今やその根は大陸の深部にまで達している。この霧を止められるのは、娘、貴殿の浄化の光だけだ』

「私が……。でも、こんなに広い範囲を、どうやってお掃除すればいいの?」

 レティシアは、震える手で窓の外の絶望的な景色を見つめた。
 彼女がどんなに箒を振るっても、押し寄せる霧の海はあまりに広大すぎる。

『……一人でやる必要はない。我の背に乗れ。我の風と貴殿の光を合わせれば、空から大陸全土を清めることができよう』

「地龍様の背中に……?」

 アレクシスの腕に、力がこもる。彼はレティシアを離したくなかった。これから始まるのは、一歩間違えれば命を落としかねない、神話の領域の戦いだ。

「レティシア、行くな。……俺が剣でこの霧を切り裂いてやる。君が危険を冒すことはない」

「いいえ、アレクシス様。剣では、汚れは落ちません」

 レティシアは、アレクシスの頬に優しく手を添えた。

「アレクシス様が守ってくださったこの世界を、私はもっとピカピカにしたいんです。汚れのない、誰もが笑って暮らせる世界で、あなたとずっと一緒にいたいから」

 その真っ直ぐな瞳に、アレクシスは敗北を認めたように瞳を伏せ、彼女の額に深く口づけした。

「……分かった。だが、俺も行く。君を一人で空に上げるなど、死んでも御免だ」

 アレクシスは馬車を飛び出し、レティシアを抱き抱えたまま地龍の背へと跳躍した。
 
 ヴォルフェン公爵と、お掃除聖女、そして伝説の地龍。
 世界を丸ごと洗濯するための、前代未聞の「大掃除の旅おおそうじのたび」が、今ここから始まった。

「……地龍様、お願いします!世界の隅々まで、綺麗にしにいきましょう!」

 レティシアが天に箒を掲げると、地龍は咆哮と共に雲を突き抜け、黒い霧の渦巻く空へと駆け上がった。

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