私の人生に、おかえりなさい。――都合のいい「お姉ちゃん」は、もうどこにもいません

しょくぱん

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第1章:私を殺して生きた日々

第六話:泥に沈んだ誕生日

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 その日は、私にとって一年で最も残酷な日だった。
 十二月二十四日。世間が聖夜に沸き、家族がミレーヌへの豪華な贈り物を用意するその日は、私の十九歳の誕生日でもあった。

 もちろん、期待などしていない。
 朝から晩まで、私はミレーヌが夜会で着る重厚なドレスの刺繍を直し、彼女が最高のコンディションでいられるよう、数日分の寝不足と頭痛を魔法で引き受け続けていた。

 深夜、ようやく解放されて屋根裏部屋に戻った私は、ベッドの下から大切に隠していたものを取り出した。
 亡き祖母が、私が十歳の誕生日に一度だけくれた、古びたオルゴール。
 絵筆も、描いた絵も焼かれた今、私の手元に残っている「私だけのもの」はこれだけだった。

 キリキリと、錆びついたネジを回す。
 こぼれ落ちてきたのは、どこか懐かしく、ひどく儚い音色。
 それは、私がまだ「お姉ちゃん」という役割を押し付けられる前、一人の子供として愛されていた頃の記憶。

(お誕生日、おめでとう。アリア……)

 自分で自分にささやき、目を閉じる。
 その時だった。

「――うるさいわね、その音」

 突然、扉が蹴り開けられた。
 そこに立っていたのは、夜会の余韻で顔を上気させたミレーヌだった。背後には、彼女を甘やかすように付き従う父がいる。

「ミレーヌ? どうしてここに……」
「階下まで聞こえてくるのよ、その薄気味悪い音が。レオン様との素敵な余韻が台無しだわ。貸しなさい!」

 ミレーヌは私の手から、力任せにオルゴールを奪い取った。

「やめて、返して! それはお祖母様の……!」
「死んだ人の遺品なんて、縁起が悪いわ。お父様、これ捨ててもいいわよね?」

 ミレーヌの問いに、父は私の必死の形相を一瞥し、冷淡に鼻で笑った。

「アリア、お前はいい加減にしろ。今日がミレーヌにとってどれほど大切な日かわかっているのか? こんなガラクタを鳴らして、妹の気分を害するとは。姉としての自覚が足りん」

 父の言葉に勢いづいたミレーヌは、窓を開け放った。
 外は、みぞれ混じりの雨が降り、地面は黒い泥にまみれている。

「こんなもの、こうしてやるわ!」

 ミレーヌの手が離れた。
 オルゴールは夜の闇に吸い込まれ、数秒後――階下の庭で、ガシャリ、と何かが砕ける音がした。

「ああ……っ!」

 私は狂ったように階段を駆け下り、裸足のまま泥だらけの中庭へ飛び出した。
 冷たい泥が指の間に入り込み、氷のような雨が肌を打つ。
 暗闇の中を這いずり回り、ようやく見つけた。
 
 泥の中に沈み、見る影もなく潰れた真鍮の機械。
 私が守りたかった、たった一つの音。

「……あ、あぁ……」

 声にならない悲鳴が漏れる。
 背後から、父の靴音が近づいてきた。彼は泥にまみれた私と、その手の中のガラクタを見下ろし――。

「ふん」

 わざとだ。
 彼は私の手からこぼれ落ちたオルゴールの蓋を、その高級な革靴で、グシャリと踏み潰した。
 トドメを刺すような、鈍い破壊音。

「いつまで汚い泥の中にいる。早く部屋に戻り、明日のミレーヌの朝食の準備をしろ。わかったか」

 父が去った後、私は真っ黒な泥の中に膝をついたまま、動けなかった。
 手の中には、もう二度と鳴ることのない、冷たい金属の塊。

(ああ、そうか……)

 私を「家族」だと繋ぎ止めていた、最後の、最後の一片が、今、泥の中に消えた。
 
 十九歳の誕生日。
 私は、自分を愛してくれない人たちのために命を削る権利を、完全に放棄することを決めた。
 
 泥だらけの手で、私は粉々になったオルゴールを強く握りしめる。
 痛みは、もう感じない。
 ただ、凍てついた心の中に、静かで激しいの炎が灯った。
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