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Book 1 – 第1巻
Op.1-18 – Hana Takino
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––––2月25日 東京都千代田区丸の内『Cuttin' Club』
日本全国各地には様々なジャズクラブが存在し、首都・東京では世界的にも名の知られた老舗ジャズクラブ、ライブハウスが多く集中する。その中でも丸の内にある『Cuttin' Club』には一流のミュージシャンが国内外から演奏しに訪れる。
そしてその『Cuttin' Club』の出演者楽屋にて英気を養う1人の女性。
「ふぅ。何とか1stステージを終えられたわね」
女性はソファの背もたれ部分に寄りかかって顔を天井に向けて一点を見つめ、つい先ほど終わった1stステージの演奏に思いを馳せる。
この若い女性の名は瀧野花。作編曲家、指揮者、ピアニストとして活動している。彼女が結成したビッグバンド『Hana Takino Secret Face』 (しばしばHTSFと略される) によるライブが『Cuttin' Club』で行われ、この後20時から開始される2ndステージに向けて瀧野はしばしの休息を得ている。
瀧野は楽屋に置かれているテーブルに譜面を広げ、セットリストの曲目を並べる。
「(後で伝えておくか……)」
1stセットにおいて微妙なタイムのズレがあった楽曲に関して後でバンドメンバーに伝えることを決める。
––––コンコンッ
「どうぞ」
譜面を眺めている最中に楽屋のドアをノックする音が聞こえ、瀧野はすぐに返事をし、その相手を楽屋へと入室させる。
「瀧野さん、1stステージお疲れ様でした。とても素晴らしい演奏でした!」
「ありがとうございます」
相手は『Cuttin' Club』の女性スタッフ。彼女は1stステージの演奏に関する感想を続け、瀧野はそれを嬉しそうに笑顔で対応する。
聞くところによるとこの20代の女性スタッフも音楽を志していた時期があり、瀧野のことをデビュー当初から追いかけているらしい。正午頃に店入りした際には緊張した面持ちで話しかけてきたのが瀧野の印象に残っており、少し可愛らしく思っている。
「瀧野さん、賄いの方、7時くらいで大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。よろしくお願いします。皆んなの様子分かります?」
「はい、他の皆さんは大部屋で休んでおられたり、時間までどこか散歩してくるという方々で分かれているみたいですよ」
「ありがとうございます」
「それでは失礼します」
女性スタッフは丁寧に会釈した後に瀧野の楽屋を後にする。
今年35歳を迎える瀧野花は今年でメジャーデビュー10年目を迎える。高校卒業後、単身でロサンゼルスへ渡り、『ロサンゼルス・ミュージック・インスティチュート (LMI)』へ入学。卒業後は自作曲の提供やアシスタント業、演奏活動、講師活動を経て25歳でメジャーデビュー。5年前から日本に拠点を移し、国内外で活躍する新進気鋭の若手女性作曲家である。
彼女は福岡県出身でハヤマ音楽教室に通ってピアノ、作曲の技術を学んだ。その時の講師が折本恭子。折本の元で学んだ生徒の中で最も活躍している生徒は他でもない、瀧野花である。
瀧野は楽屋を出ると、丁度1人の若い青年が前を通るところだった。
「あ、瀧野さんお疲れ様です」
「飯野くん、お疲れ様! 少しは緊張ほぐれた?」
瀧野が話す青年はまだ音大に通う21歳のドラマー・飯野 孝明。まだまだ若手ながらその才能は高く評価され、在学中ながら多くのライブに参加している。
瀧野は彼のことを知り合いのミュージシャンから耳に入れ、彼の実際の演奏を聴いて今回のライブにコールした。『Cuttin' Club』での演奏は初めてでライブ前には緊張した表情でその時を待っていた。
「はい、何とか。もう必死でしたよ」
「アハハ。演奏聴く限りあんまりそんな感じしなかったけどね。素晴らしかったわよ」
「ありがとうございます!」
「20時からもよろしくね。それまでごゆっくり」
「こちらこそよろしくお願いします!」
#####
––––2ndステージ開演直前
瀧野は携帯で何やらメールの文章を打ち、それを送信する。
「仕事の依頼ですか?」
「ん? まぁそんなところ」
飯野に話しかけられた瀧野はそう言った後に大部屋にいるバンドメンバーに声をかける。
「それじゃあ、皆さん、この後の演奏もよろしくお願いします!」
それから全員、大部屋から退出するとそのままステージ袖まで移動する。ステージでは既に『Cuttin' Club』のオーナーが瀧野について説明をしている。
「……それでは『Hana Takino Secret Face』による演奏をお楽しみ下さい」
観客による盛大な拍手の中、瀧野花を先頭にして総勢20名がステージに登場する。
瀧野は1stステージのライトグリーンの衣装から打って変わってワインレッドのオールインワンパンツドレスに身を包む。厚底ブーツのヒールでコツコツと音を立てながら瀧野は無言で譜面台へと向かう。彼女は譜面台にuPadを置き、1曲目の譜面をセットした後にバンドメンバー全員が座って準備が整うのを待つ。
『Cuttin' Club』はヴェルベットのロングカーテンが囲み、天井からは音符の装飾がついたシャンデリアが吊られるなど、ゴージャスな空間を作り出している。客席の照明は最小限に、ステージの照明も同じように暗くされる。
ステージ上の僅かに漏れた光によって長袖レース部分の隙間から瀧野の華奢な白い肌が露わとなる。
演奏者たちは譜面台に楽譜を置き、楽器の状態を確認、その後瀧野の方に視線を送り、注視する。
瀧野は3列に並ぶホーン隊、ベーシスト、ピアニスト、ドラマーの順に合図を送り、準備が完了したことを確認する。
もう一度uPadの譜面に目をやった後に両手を胸の位置まで挙げ、ホーン隊に視線を投げる。
「……ッ、ワン、ツー……」
ステージ上で小さく呟きながらそれに合わせて手を動かし、演奏を開始させた。
<用語解説>
・ビッグバンド:管楽器を主体にした15名以上のジャズのオーケストラ。サックス、トランペット、トロンボーンをメインに、リズム・セクション(ドラム、ベース、ギター、ピアノ)という構成が一般的で、構成は場合により異なる。
日本全国各地には様々なジャズクラブが存在し、首都・東京では世界的にも名の知られた老舗ジャズクラブ、ライブハウスが多く集中する。その中でも丸の内にある『Cuttin' Club』には一流のミュージシャンが国内外から演奏しに訪れる。
そしてその『Cuttin' Club』の出演者楽屋にて英気を養う1人の女性。
「ふぅ。何とか1stステージを終えられたわね」
女性はソファの背もたれ部分に寄りかかって顔を天井に向けて一点を見つめ、つい先ほど終わった1stステージの演奏に思いを馳せる。
この若い女性の名は瀧野花。作編曲家、指揮者、ピアニストとして活動している。彼女が結成したビッグバンド『Hana Takino Secret Face』 (しばしばHTSFと略される) によるライブが『Cuttin' Club』で行われ、この後20時から開始される2ndステージに向けて瀧野はしばしの休息を得ている。
瀧野は楽屋に置かれているテーブルに譜面を広げ、セットリストの曲目を並べる。
「(後で伝えておくか……)」
1stセットにおいて微妙なタイムのズレがあった楽曲に関して後でバンドメンバーに伝えることを決める。
––––コンコンッ
「どうぞ」
譜面を眺めている最中に楽屋のドアをノックする音が聞こえ、瀧野はすぐに返事をし、その相手を楽屋へと入室させる。
「瀧野さん、1stステージお疲れ様でした。とても素晴らしい演奏でした!」
「ありがとうございます」
相手は『Cuttin' Club』の女性スタッフ。彼女は1stステージの演奏に関する感想を続け、瀧野はそれを嬉しそうに笑顔で対応する。
聞くところによるとこの20代の女性スタッフも音楽を志していた時期があり、瀧野のことをデビュー当初から追いかけているらしい。正午頃に店入りした際には緊張した面持ちで話しかけてきたのが瀧野の印象に残っており、少し可愛らしく思っている。
「瀧野さん、賄いの方、7時くらいで大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。よろしくお願いします。皆んなの様子分かります?」
「はい、他の皆さんは大部屋で休んでおられたり、時間までどこか散歩してくるという方々で分かれているみたいですよ」
「ありがとうございます」
「それでは失礼します」
女性スタッフは丁寧に会釈した後に瀧野の楽屋を後にする。
今年35歳を迎える瀧野花は今年でメジャーデビュー10年目を迎える。高校卒業後、単身でロサンゼルスへ渡り、『ロサンゼルス・ミュージック・インスティチュート (LMI)』へ入学。卒業後は自作曲の提供やアシスタント業、演奏活動、講師活動を経て25歳でメジャーデビュー。5年前から日本に拠点を移し、国内外で活躍する新進気鋭の若手女性作曲家である。
彼女は福岡県出身でハヤマ音楽教室に通ってピアノ、作曲の技術を学んだ。その時の講師が折本恭子。折本の元で学んだ生徒の中で最も活躍している生徒は他でもない、瀧野花である。
瀧野は楽屋を出ると、丁度1人の若い青年が前を通るところだった。
「あ、瀧野さんお疲れ様です」
「飯野くん、お疲れ様! 少しは緊張ほぐれた?」
瀧野が話す青年はまだ音大に通う21歳のドラマー・飯野 孝明。まだまだ若手ながらその才能は高く評価され、在学中ながら多くのライブに参加している。
瀧野は彼のことを知り合いのミュージシャンから耳に入れ、彼の実際の演奏を聴いて今回のライブにコールした。『Cuttin' Club』での演奏は初めてでライブ前には緊張した表情でその時を待っていた。
「はい、何とか。もう必死でしたよ」
「アハハ。演奏聴く限りあんまりそんな感じしなかったけどね。素晴らしかったわよ」
「ありがとうございます!」
「20時からもよろしくね。それまでごゆっくり」
「こちらこそよろしくお願いします!」
#####
––––2ndステージ開演直前
瀧野は携帯で何やらメールの文章を打ち、それを送信する。
「仕事の依頼ですか?」
「ん? まぁそんなところ」
飯野に話しかけられた瀧野はそう言った後に大部屋にいるバンドメンバーに声をかける。
「それじゃあ、皆さん、この後の演奏もよろしくお願いします!」
それから全員、大部屋から退出するとそのままステージ袖まで移動する。ステージでは既に『Cuttin' Club』のオーナーが瀧野について説明をしている。
「……それでは『Hana Takino Secret Face』による演奏をお楽しみ下さい」
観客による盛大な拍手の中、瀧野花を先頭にして総勢20名がステージに登場する。
瀧野は1stステージのライトグリーンの衣装から打って変わってワインレッドのオールインワンパンツドレスに身を包む。厚底ブーツのヒールでコツコツと音を立てながら瀧野は無言で譜面台へと向かう。彼女は譜面台にuPadを置き、1曲目の譜面をセットした後にバンドメンバー全員が座って準備が整うのを待つ。
『Cuttin' Club』はヴェルベットのロングカーテンが囲み、天井からは音符の装飾がついたシャンデリアが吊られるなど、ゴージャスな空間を作り出している。客席の照明は最小限に、ステージの照明も同じように暗くされる。
ステージ上の僅かに漏れた光によって長袖レース部分の隙間から瀧野の華奢な白い肌が露わとなる。
演奏者たちは譜面台に楽譜を置き、楽器の状態を確認、その後瀧野の方に視線を送り、注視する。
瀧野は3列に並ぶホーン隊、ベーシスト、ピアニスト、ドラマーの順に合図を送り、準備が完了したことを確認する。
もう一度uPadの譜面に目をやった後に両手を胸の位置まで挙げ、ホーン隊に視線を投げる。
「……ッ、ワン、ツー……」
ステージ上で小さく呟きながらそれに合わせて手を動かし、演奏を開始させた。
<用語解説>
・ビッグバンド:管楽器を主体にした15名以上のジャズのオーケストラ。サックス、トランペット、トロンボーンをメインに、リズム・セクション(ドラム、ベース、ギター、ピアノ)という構成が一般的で、構成は場合により異なる。
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