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【第1章】
■第12話 : 前へ進むしかない、退けば絶望しかないのだから【第1章 完】
がっくりとうなだれていた日高が、割り切ったように顔を上げ、表情を緩めた。
「……負けたよ。
負けず嫌いな俺だけど、ここまで完璧に負けたんならさすがに認めるしかないな。
この店、あまりにヌルくて簡単に勝てるもんで、お前の言うとおり、そういう細かい観察能力が鈍ってたみたいだ。勉強になったよ」
さすがにここまですんなりと敗北を認めるとは思わなかったので、優司は少々面食らった。
返答に窮している優司を尻目に、日高が藤田へ向けて言葉を放つ。
「さて、と……
それじゃあ、もう一つの約束を実行しようか。おい! 藤田!」
優司と話していた時の口調とは打って変わり、怒鳴るような声を発した。
「お前にも話してあったよな。
もし俺が負けた場合、本来夏目に渡すはずだった15万を返せって」
「え……?
た、確かに聞いてましたけど、まさか日高君が負けるなんて思ってなかったから……」
「知らねぇよそんなもんッ!
てめぇ、まさか持ってきてないんじゃねぇだろうな?」
「い、一応15万は持ってきてる、けど……
で、でも、日高君がとりあえず持ってこいっていうから持ってきただけの金で、家賃とか公共料金とかいろいろと
払わなきゃいけない金なん――」
「知るかよそんなことッ!
俺は、とりあえず持ってこいなんて言ってねぇぞ?
負けた時に夏目に渡すから持ってこい、っつったんだ」
「…………」
「それになぁ、残りの15万も俺がもらうからな。
夏目とはそういう約束だったんだ。それも話したよな?」
「き、聞いてたけど……でも……でも……
そんなの……ヤバイって……
俺、マジ終わっちゃうよ……」
「何度も言わせんなよ?
そんなことは俺の知ったこっちゃねぇっつってんだろ。
いいから、まずはその15万を夏目に渡せ。
残りの俺に払う分の15万は後で取り立てっから」
藤田は、今にも泣き出しそうな顔になっていた。
その日暮らしの生活を送っていた藤田にとって、30万という金を一気に失うことは、破滅を招いてしまうような
大金なのだろうと優司は想像した。
大の男が、自らのくだらない裏切りから発生したことに半べそ状態という有様は、優司のあの時の悔しさを晴らすには充分なものだった。
「ああ、あとな藤田。お前は俺のグループから永久追放だから。今後は二度と俺たちと関わるなよ。わかったな?」
「え……? う、嘘でしょ……?」
「どこまでも抜けたヤツだな。
お前みたいに、人としての仁義も通せないようなバカといつまでもツルんでるわけねぇだろ。
そもそも俺が勝とうと負けようと、この勝負が終わったらお前を追い出すつもりだったんだ。
目先の金に走ってあっさりと人を裏切るようなヤツとツルむ気はないからな。
お前は、俺に残りの15万を払ったらそれで終わりだよ。あとは勝手にしろ」
「そ、そんな……」
絶句し、膝から崩れ落ちそうになる藤田。
それもそのはず。
今回の一件で、藤田は全財産、もしかしたらそれ以上の金を失うことになる上、今までアテにしていた収入源である「日高のグループでのノリ打ち」もできなくなってしまうのだから。
ロクに設定読みもできない藤田にとっては、経済的な死刑宣告にも等しい。
「落ち込むのは勝手だけどよ、とりあえず俺の目の前からさっさと消えろ。
金は、後で取りに行くから。じゃあな」
冷たく藤田をあしらう日高。
それを黙って見つめる優司。
藤田は、息苦しそうにしながら絶望の色を浮かべている。
顔色も、歴然と悪くなっていた。
優司にとって、藤田をグループから離脱させることは復讐の第一歩に過ぎなかった。
勝負前まではそのつもりだった。
しかし、実際に今の藤田の情けない有様を見てしまうと、これだけで充分目的は達成できたことを認識した。
何を言っても事態は好転しないと悟った様子で、言葉もなく黙ってその場を離れていく藤田。
もはや完全に放心状態だった。
そのまま、藤田はどこかへと消えていった。
「いろいろと悪かったな。
アンタみたいな優秀なスロッターに迷惑かけちまって。
俺にとって、凄腕のスロッターってのは尊敬に値するからさ、余計申し訳ないよ」
日高は、屈託なく笑いながら優司の肩に手を置いた。
「いや、全然大丈夫だよ。
こっちこそ、こんな勝負に付き合ってもらって本当に感謝してる」
優司の言葉を聞き、日高は少し照れたようにはにかんだ。
しかし、すぐにキリっとした表情に戻り、こう言った。
「藤田のことは本当に済まなかった。
あいつ、俺の前ではいい顔ばっかするもんだから、あそこまで腐った人間だとは思ってなかったんだ。
それを見抜けなかったのは俺のミスで、そのせいで夏目にイヤな思いをさせちまって……」
「全然いいって! もう終わったことだし。
大体、グループ全員の性格をきっちり把握するなんてのは難しいでしょ」
「そう言ってくれるとありがたいけどさ……
でも、今回のことは凄くいい教訓になったよ。よく心に刻んでおく」
「……」
「でさ、話は変わるんだけど、夏目は、携帯か何か持ってるか」
「いや、何しろ家もないくらいだから」
「そっか。じゃあちょっと待ってくれ」
そう言って、肩掛けバッグからメモ帳とペンを取り出し、何やら書き込んでからその紙を優司に渡した。
「これ、俺の携帯番号。何かあったら電話してくれよ。
社交辞令とかじゃなくてさ。近々飲みにでも行こうぜ」
つい数時間前までの日高からは想像できないような人懐っこさ。
根はスッキリとした良い人間なんだな、と優司は思った。
「ありがとう。じゃあ、落ち着いたら電話するよ。
俺もこんな生活してるもんだから、飲んだりする友達もいなくて寂しかったから……嬉しいよ!」
「おう! じゃあガンガン飲みに行こうぜ!
俺のグループのやつらも連れて行くからよ!
マジで電話しろよ!」
「ああ、絶対かけるって!
そっちこそちゃんと出てよね」
その後、二人はその場で別れた。
優司は、勝負を終えた充足感に包まれながら、いつも寝泊りしている駅裏の公園へと歩いていった。
しかし、一人になってからしばらくして、複雑な感情に襲われた。
勝負に勝った嬉しさ、藤田をやり込めた満足感。
そして同時に襲ってくる、自らの手で人一人を破滅へと導いてしまったという後味の悪さ。
当然のことをしたまでとはいえ、様々な感情が入り混じり、何やらモヤモヤとした気分になってきたのだ。
そんな感情に包まれつつも、今実際に手にしている75万もの現金を見ると、自然に心が落ち着いた。
このうちの30万+利息分は返済へと消えるのだが。
(よし……。とりあえずは第一目標達成だ。
なんとかこの金を元に、体勢を立て直すんだ!
虚しさなんか感じてるヒマはないんだ!
人に同情してるヒマなんかないんだ!)
無理矢理自分に喝を入れる優司。
自分が、一般人未満なところにいるのは充分にわかっている。
まだ、人生のスタートラインにすら立てていないということを。
(油断するなよ、俺。
やっと、どん底から少しだけ這い上がれただけの話なんだからな。
ここから、絶対にのし上がってやる。このまま終わってたまるかっ……)
【第1章 完】
「……負けたよ。
負けず嫌いな俺だけど、ここまで完璧に負けたんならさすがに認めるしかないな。
この店、あまりにヌルくて簡単に勝てるもんで、お前の言うとおり、そういう細かい観察能力が鈍ってたみたいだ。勉強になったよ」
さすがにここまですんなりと敗北を認めるとは思わなかったので、優司は少々面食らった。
返答に窮している優司を尻目に、日高が藤田へ向けて言葉を放つ。
「さて、と……
それじゃあ、もう一つの約束を実行しようか。おい! 藤田!」
優司と話していた時の口調とは打って変わり、怒鳴るような声を発した。
「お前にも話してあったよな。
もし俺が負けた場合、本来夏目に渡すはずだった15万を返せって」
「え……?
た、確かに聞いてましたけど、まさか日高君が負けるなんて思ってなかったから……」
「知らねぇよそんなもんッ!
てめぇ、まさか持ってきてないんじゃねぇだろうな?」
「い、一応15万は持ってきてる、けど……
で、でも、日高君がとりあえず持ってこいっていうから持ってきただけの金で、家賃とか公共料金とかいろいろと
払わなきゃいけない金なん――」
「知るかよそんなことッ!
俺は、とりあえず持ってこいなんて言ってねぇぞ?
負けた時に夏目に渡すから持ってこい、っつったんだ」
「…………」
「それになぁ、残りの15万も俺がもらうからな。
夏目とはそういう約束だったんだ。それも話したよな?」
「き、聞いてたけど……でも……でも……
そんなの……ヤバイって……
俺、マジ終わっちゃうよ……」
「何度も言わせんなよ?
そんなことは俺の知ったこっちゃねぇっつってんだろ。
いいから、まずはその15万を夏目に渡せ。
残りの俺に払う分の15万は後で取り立てっから」
藤田は、今にも泣き出しそうな顔になっていた。
その日暮らしの生活を送っていた藤田にとって、30万という金を一気に失うことは、破滅を招いてしまうような
大金なのだろうと優司は想像した。
大の男が、自らのくだらない裏切りから発生したことに半べそ状態という有様は、優司のあの時の悔しさを晴らすには充分なものだった。
「ああ、あとな藤田。お前は俺のグループから永久追放だから。今後は二度と俺たちと関わるなよ。わかったな?」
「え……? う、嘘でしょ……?」
「どこまでも抜けたヤツだな。
お前みたいに、人としての仁義も通せないようなバカといつまでもツルんでるわけねぇだろ。
そもそも俺が勝とうと負けようと、この勝負が終わったらお前を追い出すつもりだったんだ。
目先の金に走ってあっさりと人を裏切るようなヤツとツルむ気はないからな。
お前は、俺に残りの15万を払ったらそれで終わりだよ。あとは勝手にしろ」
「そ、そんな……」
絶句し、膝から崩れ落ちそうになる藤田。
それもそのはず。
今回の一件で、藤田は全財産、もしかしたらそれ以上の金を失うことになる上、今までアテにしていた収入源である「日高のグループでのノリ打ち」もできなくなってしまうのだから。
ロクに設定読みもできない藤田にとっては、経済的な死刑宣告にも等しい。
「落ち込むのは勝手だけどよ、とりあえず俺の目の前からさっさと消えろ。
金は、後で取りに行くから。じゃあな」
冷たく藤田をあしらう日高。
それを黙って見つめる優司。
藤田は、息苦しそうにしながら絶望の色を浮かべている。
顔色も、歴然と悪くなっていた。
優司にとって、藤田をグループから離脱させることは復讐の第一歩に過ぎなかった。
勝負前まではそのつもりだった。
しかし、実際に今の藤田の情けない有様を見てしまうと、これだけで充分目的は達成できたことを認識した。
何を言っても事態は好転しないと悟った様子で、言葉もなく黙ってその場を離れていく藤田。
もはや完全に放心状態だった。
そのまま、藤田はどこかへと消えていった。
「いろいろと悪かったな。
アンタみたいな優秀なスロッターに迷惑かけちまって。
俺にとって、凄腕のスロッターってのは尊敬に値するからさ、余計申し訳ないよ」
日高は、屈託なく笑いながら優司の肩に手を置いた。
「いや、全然大丈夫だよ。
こっちこそ、こんな勝負に付き合ってもらって本当に感謝してる」
優司の言葉を聞き、日高は少し照れたようにはにかんだ。
しかし、すぐにキリっとした表情に戻り、こう言った。
「藤田のことは本当に済まなかった。
あいつ、俺の前ではいい顔ばっかするもんだから、あそこまで腐った人間だとは思ってなかったんだ。
それを見抜けなかったのは俺のミスで、そのせいで夏目にイヤな思いをさせちまって……」
「全然いいって! もう終わったことだし。
大体、グループ全員の性格をきっちり把握するなんてのは難しいでしょ」
「そう言ってくれるとありがたいけどさ……
でも、今回のことは凄くいい教訓になったよ。よく心に刻んでおく」
「……」
「でさ、話は変わるんだけど、夏目は、携帯か何か持ってるか」
「いや、何しろ家もないくらいだから」
「そっか。じゃあちょっと待ってくれ」
そう言って、肩掛けバッグからメモ帳とペンを取り出し、何やら書き込んでからその紙を優司に渡した。
「これ、俺の携帯番号。何かあったら電話してくれよ。
社交辞令とかじゃなくてさ。近々飲みにでも行こうぜ」
つい数時間前までの日高からは想像できないような人懐っこさ。
根はスッキリとした良い人間なんだな、と優司は思った。
「ありがとう。じゃあ、落ち着いたら電話するよ。
俺もこんな生活してるもんだから、飲んだりする友達もいなくて寂しかったから……嬉しいよ!」
「おう! じゃあガンガン飲みに行こうぜ!
俺のグループのやつらも連れて行くからよ!
マジで電話しろよ!」
「ああ、絶対かけるって!
そっちこそちゃんと出てよね」
その後、二人はその場で別れた。
優司は、勝負を終えた充足感に包まれながら、いつも寝泊りしている駅裏の公園へと歩いていった。
しかし、一人になってからしばらくして、複雑な感情に襲われた。
勝負に勝った嬉しさ、藤田をやり込めた満足感。
そして同時に襲ってくる、自らの手で人一人を破滅へと導いてしまったという後味の悪さ。
当然のことをしたまでとはいえ、様々な感情が入り混じり、何やらモヤモヤとした気分になってきたのだ。
そんな感情に包まれつつも、今実際に手にしている75万もの現金を見ると、自然に心が落ち着いた。
このうちの30万+利息分は返済へと消えるのだが。
(よし……。とりあえずは第一目標達成だ。
なんとかこの金を元に、体勢を立て直すんだ!
虚しさなんか感じてるヒマはないんだ!
人に同情してるヒマなんかないんだ!)
無理矢理自分に喝を入れる優司。
自分が、一般人未満なところにいるのは充分にわかっている。
まだ、人生のスタートラインにすら立てていないということを。
(油断するなよ、俺。
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