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キュンとして時雨
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秋も深まったよく晴れた日の午後、
わたしはマーティン男爵家に迎えに来てくれたエリオット様と共に王立公園へと散策へ来ていた。
昔から我が家は冬の前に公園の森で木の枝や蔓、木の実や常緑樹の葉などを集め、
“冬のリース”を作って玄関のドアに飾るのが恒例となっている。
お姉さま…じゃないお兄さまが東方に留学するまでは毎年晩秋になるとお兄さまとわたし、そしてエリオット様と三人でこうやってリースの材料を取りに来たものだ。
去年はお兄さまが東方の国に留学に行って不在だったけど、お父さまとわたしとそして何故かエリオット様はその年も付き合ってくれた。
お姉さまが居ないのごめんなさいとエリオットに言うと、
「毎年恒例になってる行事みたいなものだから来たかったんだ。それにシャロンが森で迷子にならないか心配だからね」
と言ってくれた。優しい♡
そして今年。
もうここにお兄さまはいないけれど、こうやってエリオット様はわたしを連れて来てくれた。
二人でゆっくり森の中を散策し、拾ったり採取した材料をバスケットに入れていく。
(※公園の管理者の許可は取っています)
毎年変わらない作業。
子どもの頃はまるで森の中で宝物を探すように夢中になって綺麗な木の実を探していたっけ。
ふと、わたしの中で古い記憶が蘇った。
あれは……わたしが幾つくらいの時だったかしら……。
八歳だったか十歳だったか、そのくらいの時の事だった。
わたしはとても大きくてツヤツヤのクヌギの実を見つけ、嬉しくなってお姉さまとエリオット見せようとした。
お姉さまとエリオット様は少し離れた場所に居て、
お姉さまは……泣いていた。
何故お姉さまは泣いていたのだろう。
遣る瀬なさを持て余したような、そんな涙を流されていた。
そしてそんなお姉さまを……エリオット様は抱きしめた。
あの時のお二人を見てわたしは、エリオット様には誓約に縛られた婚約者同士以上の想いがあるのだと知った。
それから十年ほどが過ぎて、
エリオット様の婚約者はわたしへと変わり今こうして二人で森の中を歩いている。
人生何が起きるか分からないのだなと、わたしは心の中で自嘲した。
時折小枝を踏んでパキッと小さな音が鳴る以外、森の中はとても静かだった。
先ほどまでよく聞こえていた小鳥の囀りが小さくなっている。
空を見上げると、どんよりとした雲が広がっていた。
「さっきまであんなにいいお天気だったのに」
わたしが言うとエリオット様も空を見上げた。
「じきに降り出すかもしれないね。東屋付近まで戻っておこう」
エリオット様はそう言って、わたしに手を差し伸べてきた。
「?」
どうしたのかしら?
わたしは目の前にある彼の手をじっと見つめる。
やがてエリオット様はぷっと小さく笑い、わたしに言った。
「お手をどうぞ。我が愛しの婚約者どの」
「え?あ?そういう事?手を?繋ぐ?エスコート?」
まさか手を差し伸べられるなんて思いもしていなかったわたしは思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
もっと幼い時はよく手を繋いで貰ったけど、ここ数年はそんな事は一切なかった。
だって、今までエリオット様の手は、婚約者であるお姉さまのものだったから。
わたしはそっとエリオット様の手に自分の手を置いた。
大きくて硬い手がすぐにわたしの手を包み、そのまま手を引かれて歩き出す。
幼い頃に戻ったようなそうでもないような。
わたしは黙って彼と手を繋いで歩いた。
するとぽつん、とわたしの頬が雨粒につつかれた。
「あ、雨……」
「降り出したね。東屋まで急ごう」
エリオット様はそう言ってわたしの手を引き小走りを始めた。
ふくらはぎ丈のワンピースだし編み上げブーツだし、お転婆だし走り難くはない。
エリオット様もわたしに合わせて走ってくれている。
それでもわたしはエリオット様について行く為に懸命に足を動かした。
置いていかないで。
一緒に行きたい。
これからはあなたの側で。
わたし、一生懸命ついて行くから。
「時雨だな」
東屋に着き、雨の滴を払いながらエリオット様が言った。
「すぐに止むかしら」
ハンカチで肩の辺りを拭きながらわたしが答えた。
「風上の上空は明るいから、通り雨だと思うよ」
「良かった。エリオット様、こっちに座って?水筒に温かいお茶を入れてきたの。ビスケットもありますよ」
わたしがベンチの隣を目線で指して言うと、エリオット様は笑みを浮かべてそれに従ってくれた。
「ここで温かいお茶が飲めるのは嬉しいな」
「ふふ。エリオット様の好きなシナモン入りのビスケットを焼いてきたの」
わたしは水筒からお茶を注ぎ、彼に渡した。
「ありがとう。シャロンのビスケット、大好物なんだ。久しぶりだから嬉しいな」
「昔はしょっちゅう我が家に食べにいらしていたわよね」
いつの間かみんな大人になり、
子どもの時のような交流は少なくなっていった。
とくに彼は姉の婚約者で。そんな彼にわたしは横恋慕していて……
だから余計に距離を置いていたのは確かだ。
「でも、婚約者同士になったのだから、これからはまたいつでもシャロンのビスケットが食べられるね」
「食べたかったの?わたしのビスケットが」
「ビスケットも食べたかったし、シャロンにも会いたかった」
キュン。
「正騎士になって、ずっと忙しくて。でもシャロンに会いたいなとずっと思ってたんだ」
キュンキュン。
「ふふ。わたしじゃなくてビスケットに会いたかったんでしょう?」
わたしがわざと茶化してみても、エリオット様は真っ直ぐな瞳でわたしに告げる。
「シャロンに会いたかったんだ」
キュンですわエリオット様。
これが伯爵様が仰っていた愛を囁く、ですわね。
効果絶大。キュンキュンです。
わたしとの関係を良くするための嘘だと分かっていても、
わたしはくすぐったくて、照れくさくて。
「やだエリオット様ったら!」「ぶふっ」
と、恥ずかしさを誤魔化すためにエリオット様のお口に大きめのビスケットを詰め込んだ。
エリオット様はそのビスケットを頬張りながら懸命に咀嚼されていた。
そしてお茶を飲んでひと息吐いて、「まぁゆっくりと俺に慣れてくれればいいよ」とポツリと呟かれた。
そうね、
婚約者としてのわたしたちの関係は始まったばかり。
あなたは嘘を、わたしは本当の事を。
そしていつかあなたの言葉が本物になる。
それを信じる、それがわたしが嘘つきなあなたを愛する方法。
細かい、霧のような時雨が、
森とわたし達がいる東屋を包み込んでいた。
わたしはマーティン男爵家に迎えに来てくれたエリオット様と共に王立公園へと散策へ来ていた。
昔から我が家は冬の前に公園の森で木の枝や蔓、木の実や常緑樹の葉などを集め、
“冬のリース”を作って玄関のドアに飾るのが恒例となっている。
お姉さま…じゃないお兄さまが東方に留学するまでは毎年晩秋になるとお兄さまとわたし、そしてエリオット様と三人でこうやってリースの材料を取りに来たものだ。
去年はお兄さまが東方の国に留学に行って不在だったけど、お父さまとわたしとそして何故かエリオット様はその年も付き合ってくれた。
お姉さまが居ないのごめんなさいとエリオットに言うと、
「毎年恒例になってる行事みたいなものだから来たかったんだ。それにシャロンが森で迷子にならないか心配だからね」
と言ってくれた。優しい♡
そして今年。
もうここにお兄さまはいないけれど、こうやってエリオット様はわたしを連れて来てくれた。
二人でゆっくり森の中を散策し、拾ったり採取した材料をバスケットに入れていく。
(※公園の管理者の許可は取っています)
毎年変わらない作業。
子どもの頃はまるで森の中で宝物を探すように夢中になって綺麗な木の実を探していたっけ。
ふと、わたしの中で古い記憶が蘇った。
あれは……わたしが幾つくらいの時だったかしら……。
八歳だったか十歳だったか、そのくらいの時の事だった。
わたしはとても大きくてツヤツヤのクヌギの実を見つけ、嬉しくなってお姉さまとエリオット見せようとした。
お姉さまとエリオット様は少し離れた場所に居て、
お姉さまは……泣いていた。
何故お姉さまは泣いていたのだろう。
遣る瀬なさを持て余したような、そんな涙を流されていた。
そしてそんなお姉さまを……エリオット様は抱きしめた。
あの時のお二人を見てわたしは、エリオット様には誓約に縛られた婚約者同士以上の想いがあるのだと知った。
それから十年ほどが過ぎて、
エリオット様の婚約者はわたしへと変わり今こうして二人で森の中を歩いている。
人生何が起きるか分からないのだなと、わたしは心の中で自嘲した。
時折小枝を踏んでパキッと小さな音が鳴る以外、森の中はとても静かだった。
先ほどまでよく聞こえていた小鳥の囀りが小さくなっている。
空を見上げると、どんよりとした雲が広がっていた。
「さっきまであんなにいいお天気だったのに」
わたしが言うとエリオット様も空を見上げた。
「じきに降り出すかもしれないね。東屋付近まで戻っておこう」
エリオット様はそう言って、わたしに手を差し伸べてきた。
「?」
どうしたのかしら?
わたしは目の前にある彼の手をじっと見つめる。
やがてエリオット様はぷっと小さく笑い、わたしに言った。
「お手をどうぞ。我が愛しの婚約者どの」
「え?あ?そういう事?手を?繋ぐ?エスコート?」
まさか手を差し伸べられるなんて思いもしていなかったわたしは思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
もっと幼い時はよく手を繋いで貰ったけど、ここ数年はそんな事は一切なかった。
だって、今までエリオット様の手は、婚約者であるお姉さまのものだったから。
わたしはそっとエリオット様の手に自分の手を置いた。
大きくて硬い手がすぐにわたしの手を包み、そのまま手を引かれて歩き出す。
幼い頃に戻ったようなそうでもないような。
わたしは黙って彼と手を繋いで歩いた。
するとぽつん、とわたしの頬が雨粒につつかれた。
「あ、雨……」
「降り出したね。東屋まで急ごう」
エリオット様はそう言ってわたしの手を引き小走りを始めた。
ふくらはぎ丈のワンピースだし編み上げブーツだし、お転婆だし走り難くはない。
エリオット様もわたしに合わせて走ってくれている。
それでもわたしはエリオット様について行く為に懸命に足を動かした。
置いていかないで。
一緒に行きたい。
これからはあなたの側で。
わたし、一生懸命ついて行くから。
「時雨だな」
東屋に着き、雨の滴を払いながらエリオット様が言った。
「すぐに止むかしら」
ハンカチで肩の辺りを拭きながらわたしが答えた。
「風上の上空は明るいから、通り雨だと思うよ」
「良かった。エリオット様、こっちに座って?水筒に温かいお茶を入れてきたの。ビスケットもありますよ」
わたしがベンチの隣を目線で指して言うと、エリオット様は笑みを浮かべてそれに従ってくれた。
「ここで温かいお茶が飲めるのは嬉しいな」
「ふふ。エリオット様の好きなシナモン入りのビスケットを焼いてきたの」
わたしは水筒からお茶を注ぎ、彼に渡した。
「ありがとう。シャロンのビスケット、大好物なんだ。久しぶりだから嬉しいな」
「昔はしょっちゅう我が家に食べにいらしていたわよね」
いつの間かみんな大人になり、
子どもの時のような交流は少なくなっていった。
とくに彼は姉の婚約者で。そんな彼にわたしは横恋慕していて……
だから余計に距離を置いていたのは確かだ。
「でも、婚約者同士になったのだから、これからはまたいつでもシャロンのビスケットが食べられるね」
「食べたかったの?わたしのビスケットが」
「ビスケットも食べたかったし、シャロンにも会いたかった」
キュン。
「正騎士になって、ずっと忙しくて。でもシャロンに会いたいなとずっと思ってたんだ」
キュンキュン。
「ふふ。わたしじゃなくてビスケットに会いたかったんでしょう?」
わたしがわざと茶化してみても、エリオット様は真っ直ぐな瞳でわたしに告げる。
「シャロンに会いたかったんだ」
キュンですわエリオット様。
これが伯爵様が仰っていた愛を囁く、ですわね。
効果絶大。キュンキュンです。
わたしとの関係を良くするための嘘だと分かっていても、
わたしはくすぐったくて、照れくさくて。
「やだエリオット様ったら!」「ぶふっ」
と、恥ずかしさを誤魔化すためにエリオット様のお口に大きめのビスケットを詰め込んだ。
エリオット様はそのビスケットを頬張りながら懸命に咀嚼されていた。
そしてお茶を飲んでひと息吐いて、「まぁゆっくりと俺に慣れてくれればいいよ」とポツリと呟かれた。
そうね、
婚約者としてのわたしたちの関係は始まったばかり。
あなたは嘘を、わたしは本当の事を。
そしていつかあなたの言葉が本物になる。
それを信じる、それがわたしが嘘つきなあなたを愛する方法。
細かい、霧のような時雨が、
森とわたし達がいる東屋を包み込んでいた。
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