嘘つきな婚約者を愛する方法

キムラましゅろう

文字の大きさ
7 / 12

キュンとして時雨

しおりを挟む
秋も深まったよく晴れた日の午後、
わたしはマーティン男爵家に迎えに来てくれたエリオット様と共に王立公園へと散策へ来ていた。


昔から我が家は冬の前に公園の森で木の枝や蔓、木の実や常緑樹の葉などを集め、
“冬のリース”を作って玄関のドアに飾るのが恒例となっている。

お姉さま…じゃないお兄さまが東方に留学するまでは毎年晩秋になるとお兄さまとわたし、そしてエリオット様と三人でこうやってリースの材料を取りに来たものだ。

去年はお兄さまが東方の国に留学に行って不在だったけど、お父さまとわたしとそして何故かエリオット様はその年も付き合ってくれた。

お姉さまが居ないのごめんなさいとエリオットに言うと、

「毎年恒例になってる行事みたいなものだから来たかったんだ。それにシャロンが森で迷子にならないか心配だからね」

と言ってくれた。優しい♡


そして今年。

もうここにお兄さまはいないけれど、こうやってエリオット様はわたしを連れて来てくれた。

二人でゆっくり森の中を散策し、拾ったり採取した材料をバスケットに入れていく。
(※公園の管理者の許可は取っています)

毎年変わらない作業。

子どもの頃はまるで森の中で宝物を探すように夢中になって綺麗な木の実を探していたっけ。

ふと、わたしの中で古い記憶が蘇った。

あれは……わたしが幾つくらいの時だったかしら……。
八歳だったか十歳だったか、そのくらいの時の事だった。

わたしはとても大きくてツヤツヤのクヌギの実を見つけ、嬉しくなってお姉さまとエリオット見せようとした。

お姉さまとエリオット様は少し離れた場所に居て、
お姉さまは……泣いていた。

何故お姉さまは泣いていたのだろう。
遣る瀬なさを持て余したような、そんな涙を流されていた。

そしてそんなお姉さまを……エリオット様は抱きしめた。

あの時のお二人を見てわたしは、エリオット様には誓約に縛られた婚約者同士以上の想いがあるのだと知った。

それから十年ほどが過ぎて、
エリオット様の婚約者はわたしへと変わり今こうして二人で森の中を歩いている。

人生何が起きるか分からないのだなと、わたしは心の中で自嘲した。


時折小枝を踏んでパキッと小さな音が鳴る以外、森の中はとても静かだった。

先ほどまでよく聞こえていた小鳥の囀りが小さくなっている。

空を見上げると、どんよりとした雲が広がっていた。

「さっきまであんなにいいお天気だったのに」

わたしが言うとエリオット様も空を見上げた。

「じきに降り出すかもしれないね。東屋付近まで戻っておこう」

エリオット様はそう言って、わたしに手を差し伸べてきた。

「?」

どうしたのかしら?

わたしは目の前にある彼の手をじっと見つめる。

やがてエリオット様はぷっと小さく笑い、わたしに言った。

「お手をどうぞ。我が愛しの婚約者どの」

「え?あ?そういう事?手を?繋ぐ?エスコート?」

まさか手を差し伸べられるなんて思いもしていなかったわたしは思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

もっと幼い時はよく手を繋いで貰ったけど、ここ数年はそんな事は一切なかった。

だって、今までエリオット様の手は、婚約者であるお姉さまのものだったから。


わたしはそっとエリオット様の手に自分の手を置いた。

大きくて硬い手がすぐにわたしの手を包み、そのまま手を引かれて歩き出す。

幼い頃に戻ったようなそうでもないような。

わたしは黙って彼と手を繋いで歩いた。

するとぽつん、とわたしの頬が雨粒につつかれた。

「あ、雨……」

「降り出したね。東屋まで急ごう」

エリオット様はそう言ってわたしの手を引き小走りを始めた。

ふくらはぎ丈のワンピースだし編み上げブーツだし、お転婆だし走り難くはない。
エリオット様もわたしに合わせて走ってくれている。

それでもわたしはエリオット様について行く為に懸命に足を動かした。

置いていかないで。

一緒に行きたい。

これからはあなたの側で。

わたし、一生懸命ついて行くから。





「時雨だな」

東屋に着き、雨の滴を払いながらエリオット様が言った。

「すぐに止むかしら」

ハンカチで肩の辺りを拭きながらわたしが答えた。

「風上の上空は明るいから、通り雨だと思うよ」

「良かった。エリオット様、こっちに座って?水筒ポットに温かいお茶を入れてきたの。ビスケットもありますよ」

わたしがベンチの隣を目線で指して言うと、エリオット様は笑みを浮かべてそれに従ってくれた。

「ここで温かいお茶が飲めるのは嬉しいな」

「ふふ。エリオット様の好きなシナモン入りのビスケットを焼いてきたの」

わたしは水筒ポットからお茶を注ぎ、彼に渡した。

「ありがとう。シャロンのビスケット、大好物なんだ。久しぶりだから嬉しいな」

「昔はしょっちゅう我が家に食べにいらしていたわよね」

いつの間かみんな大人になり、

子どもの時のような交流は少なくなっていった。

とくに彼は姉の婚約者で。そんな彼にわたしは横恋慕していて……
だから余計に距離を置いていたのは確かだ。


「でも、婚約者同士になったのだから、これからはまたいつでもシャロンのビスケットが食べられるね」

「食べたかったの?わたしのビスケットが」

「ビスケットも食べたかったし、シャロンにも会いたかった」


キュン。


「正騎士になって、ずっと忙しくて。でもシャロンに会いたいなとずっと思ってたんだ」


キュンキュン。


「ふふ。わたしじゃなくてビスケットに会いたかったんでしょう?」

わたしがわざと茶化してみても、エリオット様は真っ直ぐな瞳でわたしに告げる。

「シャロンに会いたかったんだ」


キュンですわエリオット様。


これが伯爵おじ様が仰っていた愛を囁く、ですわね。

効果絶大。キュンキュンです。



わたしとの関係を良くするための嘘だと分かっていても、
わたしはくすぐったくて、照れくさくて。

「やだエリオット様ったら!」「ぶふっ」

と、恥ずかしさを誤魔化すためにエリオット様のお口に大きめのビスケットを詰め込んだ。

エリオット様はそのビスケットを頬張りながら懸命に咀嚼されていた。

そしてお茶を飲んでひと息吐いて、「まぁゆっくりと俺に慣れてくれればいいよ」とポツリと呟かれた。

そうね、

婚約者としてのわたしたちの関係は始まったばかり。

あなたは嘘を、わたしは本当の事を。

そしていつかあなたの言葉が本物になる。

それを信じる、それがわたしが嘘つきなあなたを愛する方法。


細かい、霧のような時雨が、

森とわたし達がいる東屋を包み込んでいた。















しおりを挟む
感想 245

あなたにおすすめの小説

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

君は僕の番じゃないから

椎名さえら
恋愛
男女に番がいる、番同士は否応なしに惹かれ合う世界。 「君は僕の番じゃないから」 エリーゼは隣人のアーヴィンが子供の頃から好きだったが エリーゼは彼の番ではなかったため、フラれてしまった。 すると 「君こそ俺の番だ!」と突然接近してくる イケメンが登場してーーー!? ___________________________ 動機。 暗い話を書くと反動で明るい話が書きたくなります なので明るい話になります← 深く考えて読む話ではありません ※マーク編:3話+エピローグ ※超絶短編です ※さくっと読めるはず ※番の設定はゆるゆるです ※世界観としては割と近代チック ※ルーカス編思ったより明るくなかったごめんなさい ※マーク編は明るいです

戦場から帰らぬ夫は、隣国の姫君に恋文を送っていました

Mag_Mel
恋愛
しばらく床に臥せていたエルマが久方ぶりに参加した祝宴で、隣国の姫君ルーシアは戦地にいるはずの夫ジェイミーの名を口にした。 「彼から恋文をもらっていますの」。 二年もの間、自分には便りひとつ届かなかったのに? 真実を確かめるため、エルマは姫君の茶会へと足を運ぶ。 そこで待っていたのは「身を引いて欲しい」と別れを迫る、ルーシアの取り巻きたちだった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

〖完結〗愛しているから、あなたを愛していないフリをします。

藍川みいな
恋愛
ずっと大好きだった幼なじみの侯爵令息、ウォルシュ様。そんなウォルシュ様から、結婚をして欲しいと言われました。 但し、条件付きで。 「子を産めれば誰でもよかったのだが、やっぱり俺の事を分かってくれている君に頼みたい。愛のない結婚をしてくれ。」 彼は、私の気持ちを知りません。もしも、私が彼を愛している事を知られてしまったら捨てられてしまう。 だから、私は全力であなたを愛していないフリをします。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全7話で完結になります。

その日がくるまでは

キムラましゅろう
恋愛
好き……大好き。 私は彼の事が好き。 今だけでいい。 彼がこの町にいる間だけは力いっぱい好きでいたい。 この想いを余す事なく伝えたい。 いずれは赦されて王都へ帰る彼と別れるその日がくるまで。 わたしは、彼に想いを伝え続ける。 故あって王都を追われたルークスに、凍える雪の日に拾われたひつじ。 ひつじの事を“メェ”と呼ぶルークスと共に暮らすうちに彼の事が好きになったひつじは素直にその想いを伝え続ける。 確実に訪れる、別れのその日がくるまで。 完全ご都合、ノーリアリティです。 誤字脱字、お許しくださいませ。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

婚約者とその幼なじみの距離感の近さに慣れてしまっていましたが、婚約解消することになって本当に良かったです

珠宮さくら
恋愛
アナスターシャは婚約者とその幼なじみの距離感に何か言う気も失せてしまっていた。そんな二人によってアナスターシャの婚約が解消されることになったのだが……。 ※全4話。

処理中です...