無関係だった私があなたの子どもを生んだ訳

キムラましゅろう

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ミニ番外編

過去を振り返って……小さな灯火②

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フェリックス=ワイズの子を身籠ったと知ったハノン。


ーー信じられない。可能性はゼロではないにせよ本当に妊娠するなんて……

ハノンは迷った。

産むのを迷ったのではない、この事をフェリックスに…ワイズ侯爵家に伝えるべきかどうかをだ。


ーー子どもが出来た事を先方にも知らせた方がいいのかしら……。

ハノンだけの子ではない。

無責任に一人で勝手に産むと決めて良いのだろうか。

その事がハノンの心を迷わせるのだ。

常識的に考えるなら知らせた方が良いに決まっている。

だけど向こうはハノンの事を知らない。

そしてあの夜の事はフェリックスにとっては事故のようなものだ。

それに……フェリックスには婚約者候補が二人もいた。

もうそのうちの一人と婚姻が決まっている筈だ。


「…………」

知らせるのはよそう。

知らせて波風を立てて、良い事など一つもない。

堕ろせと言われてお金でも積み上げられたら立ち直れないし、出産後にこの子を取り上げてられて引き離されるなんてもっての外、そうなれば絶望しか残らない。


ハノンはそっと下腹部に手を当てた。

そして初めて我が子に語りかける。


「はじめまして。お母さんのところに来てくれてありがとう」


まだなんの変化も見られない腹部。
それでもここに居ると思うだけでどうしようもなく温かな気持ちになる。

ハノンにとっては大切な我が子だ。

この子が祝福されざる子として扱われるのだけは我慢ならないと思った。


「お母さんが絶対に守るからね。あなたは祝福されて生まれてくる子なのよ」

ハノンは宿ったばかりの小さな儚い命に語りかけた。


そうと決心すれば、ハノンは揺るがなかった。

シングルマザーとして出産、育児を行うのだ。

当然、職場にも理解を得たい。

無理そうなら他に働き口を探すか、兄のファビアンを頼って北方へ行く事も思案する。

ーーでもお兄さまに余計な心配はかけたくない。
ただでさえ魔障の傷で心配をかけたのに。
お兄さまがハゲちゃう。

なのでそれは最終手段として置いておく事にした。

ハノンはまず、公私共に仲良くなったメロディに打ち明ける事とした。

終業後に一緒に食事でもと誘い、そこで打ち明けたのだ。


「………エ゛?」

妊娠した事と父親はちょっと名を明かせない事を告げると、メロディはカトラリーを持った手が止まったまま固まってしまった。

「ごめんね驚かせて。でもこのまま騎士団の医務室で仕事を続けるなら、貴女の理解を得ていないと難しいと思って。なるべく迷惑をかけないようにするから、妊娠してるという事だけ承知してくれていればいいわ」

ハノンがそう言うと、メロディは尋ねてきた。

「シングルマザーになるってコト?」

「そうなるわね」

「働きながら、しかも女手一つで生み育てるのはとてつもなく大変だと聞くわヨ?」

「わかってる。舐めてかかっている訳ではないの。でもこの子を諦めるという選択だけは絶対に無い。この子を愛しているのよ」

「………ハノン」

「なぁに?」

メロディはカトラリーを置いてハノンの名を呼んだ。

そして真剣な眼差しで見つめてくる。

いつもおちゃらけているこの友人のこんな顔は初めて見た。

ハノンの心に僅かに緊張が走る。

しかし次の瞬間にはメロディに手を取られ、その大きな手にガッツリと包み込まれてこう言われた。


「おめでとう~!!やったじゃない!!
凄い事ヨ♡素晴らしい事ヨ♡妊娠は奇跡だとも言うじゃナイ?いやんどうしましょアタシ妊婦ってイキモノとハジメテ遭遇したァァ♡」

「メ、メロディ?」

「何よっそんなお葬式に参列した帰りに肥溜めにハマったみたいな顔してサっ!!めでたい事なんだからもっとハッピーな顔をしなさいヨォォっ!!」

我が事のように、いや妊娠が分かった時の自分よりも喜んでくれるメロディを見て、ハノンは只々驚くしかなかった。

そして気付く。

本当は誰かに祝福して貰いたかった、おめでとうと、良かったねと言って貰いたいと願っていた事を。

ハノンのお腹に灯った小さな灯火を、
共に優しい眼差しで見つめてくれる存在が欲しかったのだと。

そう思うとたまらなくなり、
ハノンの瞳から涙が一粒、また一粒と零れ落ちる。

ハノンは涙を拭う事もせずにメロディに言った。


「うん……うん、ありがとうメロディ……嬉しいの、わたし、この子が出来て本当に嬉しいの……」

「あったり前じゃナ~イ!!ベビーは等しく天使なのヨ!!天使がやって来て嬉しくないなんて、まぁ中には居るんだろうけど、でもやっぱり嬉しいわヨー!そりゃそうヨ~♡!」

「うん、うんっ……嬉しいっ……!」

「ヤダこのコったらナニ泣いてんのヨっ!
泣いたらブスがより一層ブスになっちゃうわヨ!」

「ブスって言うなっ」

そう泣き笑いしながら、メロディがハンカチで涙を拭いてくれているのを、ハノンは黙って受け入れていた。

メロディがいつになく優しく声色で言う。

「ハノンさ、アンタは一人じゃないんだからネ?
なんてったってこのメロディちゃんが付いてンのヨ?
一騎当千、百万馬力、大船豪華客船に乗ったつもりでいなさいってば!」

「ありがとう。メロディ、ホントに頼りにしてる……ありがとう、ありがとう」

ハノンのその言葉にメロディは、
女性として見るには広いその胸をドーンっと叩いて言った。

まっかせておきなサイっ!!」


実際にメロディは常にハノンを支え、力になってくれた。

身重のハノンが無理なく仕事を続けられるように騎士団にかけあってくれたり、仕事シフトもハノンを優先して組んでくれたり。

産院への付き添いも、いつも欠かさずしてくれた。

ーーメロディ、ありがとう。本当に大好き。


メロディの大きな懐に抱かれながらハノンは順調に妊娠期間を過ごし、

そしてとうとう臨月を迎えた。


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