その温かな手を離す日は近い

キムラましゅろう

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俺の妻が可愛過ぎる①〜ハルジオside〜

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それぞれの想いを胸に秘めたまま、ミルルとハルジオはささやかな結婚式を挙げ夫婦となった。

緊張してガチガチだったミルルを優しく包み込むように抱き、幸せな初夜も終えた。
これで本当に夫婦になったのだと実感し、ハルジオは一人喜びを噛み締めていた。

専業主婦となったミルルは毎日リハビリに通いながらも無理のない範囲できちんと家事をこなし、家の中を整えてくれる。

夫亡き後働きながらミルルを育てた母親を助けるべく、ミルルは幼い頃から家事をしてきたというだけあって、新妻でありながら熟練主婦のような貫禄があった。

旨い食事に清潔な衣類や寝具。掃除の行き届いた室内、そして可愛い妻。

ハルジオは間違いなく、自分は今、世界で一番幸せな男だと自負していた。

……義母が言っていた、ミルルの寝言を聞くまでは。

結婚して三ヶ月、それまではきっとミルルは新しい暮らしに慣れるために余裕がなかったのだろう。

しかし三ヶ月が経ち、精神的なゆとりが生まれ、以前のようにリラックスして眠れるようになると寝言と元気な寝相が解禁された。

寝相は夢の内容が手足に現れるようで、歩いている夢なら足を動かすし、パンを捏ねてる夢ならばコネコネした手の動きをする。

寝言は大概今日感じた事や気にかかる事を喋り出す傾向にあるようだ。

「ムニャ…ハルさんの靴下の穴、繕おうか雑巾に回そうか迷うわ……わたしの靴下なら五本の指全部に穴が開いても繕って履き続けるけれど、ハルさんはお勤めしているもの、もし何かのお仕事で靴を脱いで靴下を披露する事があった時に、繕い跡のある靴下を見られる訳にはいかないわよね……ハルさんの威厳を貶めてしまうかもしれない……」

靴下を披露する仕事のシチュエーションってどんな?
ていうか俺には貶められて困るような威厳は無いよ?
とツッコミを入れたくなるがそれ以前に、これは本当に寝言か?起きてるんじゃないのか?と疑うくらいに見事な滑舌の寝言だった。

しかしやはりミルルはすぅすぅと安らかな寝息を立てて眠っている。

か、可愛い……俺の妻が途轍もなく可愛い過ぎるのだが?

「ぷ……ふっ…ぶふっ」

ハルジオはミルルを起こさないように気をつけながらも、堪えきれない笑いを吹き出した。


だけどそんなある日、その滑舌のよいミルルの寝言で、ハルジオはとんでもない事を聞かされる。

ミルルは罪悪感と悲しさでいっぱいいっぱいなのだろう。
夢の中で懺悔しているようだ。
そしてその懺悔の相手は……ハルジオであった。

「ムニャ…ルさん…ハルさんごめんなさい……今日、薬剤店で避妊薬を買ったの……だって、赤ちゃんが出来ちゃったらハルさんの再スタートの妨げになるでしょう……?きちんと責任を果たしたハルさんを二年後に解放する時に、子どもがいたのではハルさんに迷惑をかけてしまうかもしれないもの……でも…でも……ハルさんに内緒で薬を飲むのは辛いわ……黙って内緒にしているのは嘘を吐いているのと一緒だもの……辛いわ、辛くて悲しい…ごめんなさい、ハルさん、ごめんなさい……」


ーー…………え?

ミルルは、愛しい妻は今、何と言った?

避妊薬?
二年後に解放?再スタート?
子どもが居たら迷惑……?

……ミルルは一体何を言ってるんだ?

単に夢を見て言っているだけか……?

いやそうだ。
たまたまそんな夢を見て言っているだけに違いない。

ハルジオは願望も込めてそう結論付けた。

しかし当然ながら朝起きても寝言の内容が頭から離れない。

ミルルが朝食の後片付けをしている時に、ハルジオはリビングのサイドボードや机の引き出しの中をチェックしてみた。

すると小さな小瓶に入った魔法薬らしき物を見つける。

ーーまさか……

ハルジオはその瓶から一粒だけ薬を取り出し、ハンカチで包んだ。

そして魔法省の魔法薬剤師に薬の成分を調べて貰う。

するとそれはやはり、避妊薬だったのだ。

ーーミルル、何故、何故だ……

そんなにも自分との結婚が嫌だったのか……?

しかしミルルは子を産みたくないと思うほど嫌っている男と打算であっても結婚するような人ではない。

それに、いつも笑顔で楽しそうな彼女の様子を思うとどうしても腑に落ちないのだ。

素直なミルルが演技や自分を騙して暮らすとは思えない。

ーー何が理由があるはずだ。

ハルジオは直接本人に訊いてみるべきかと悩んだ。

ミルルはハルジオとの結婚を深く後悔していて、
しかし世間体的にもすぐに離婚という訳にもいかないから二年間だけ我慢する事にした……なんて言われたら……ショック過ぎて毒を煽って死ねる自信がある。

やはり気持ちがないミルルを無理やり妻にしたのがいけなかったのか……

こんなオッサンと結婚した事を悔やんでいるのか……

どんどん悪い方向に考えてしまうハルジオ。
ミルルの口からそれらの言葉を聞くには心の準備が必要だった。
どんな事を言われてもいい覚悟が出来たらミルルに話そうと心に決める。

だけど避妊薬を常用し続けるのは看過出来ない。
(夫婦の営みをしないという選択肢はないようだ)

ハルジオはこっそりと薬瓶の中身をただの砂糖菓子と変えておいた。

いっその事ミルルに子が出来て縛り付けられればいい。
そんな昏い考えが心に浮かぶ。

ミルルと向き合う覚悟が出来たら、その時に薬の事にも触れよう。
そう思っているのに、いつまで経ってもハルジオの覚悟は定まらなかった。

ミルルとの暮らしが幸せなものであるからこそ、現実と向き合って彼女を失う事が怖かった。

ーー俺ってこんなに臆病だったんだな……

ミルルに面と向かって別れたいと告げられたなら、ハルジオにはそれを拒む事など出来ない。

決して手放したくはないのに、懇願されれば拒めない。

それほどまでにミルルを愛しているのだ。


そうやって一人で内心鬱々と過ごす日々が続いていた時に、ミルルがまた寝言で語り出した。

「ムニャ…ハルさん…好き……大好き」


ーーえっ!?

その言葉が耳に飛び込んで来た瞬間、ハルジオは飛び起きた。

「お顔も髪も声も背が高いのも優しいところも穏やかなところも誠実なところもみんな好き……ずっとずっと、大好きだったの……」

「ミ、ミルル……」

「でも……一番好きなのは手…ハルさんの大きくて温かい手が大好きよ……」

ーーやばい、泣きそうだ。

嫌われているわけではなかった。
それどころか大好きだと言ってくれる。
もうそれだけで嬉しくて涙が出そうだった。

ミルルの寝言は尚も続く。

「ハルさん……わたしをお嫁さんにしてくれて……ありがとう…」

ーー礼を言いたいのはこちらの方だっ!!

ハルジオは心の底からそう叫びたかった。

……でも、しかしそれなら何故……

嫌っているのでないのなら何故、ミルルは自分との離婚を望んでいるのだろう。

「………」

ミルルの父親の出身国である東方の国では寝言に話しかけたり返事をしてはいけないという迷信があるらしい。

しかしハルジオはもしもの時の為に魔法省職員の威信を懸けて事前にその事は調査済みであった。

寝言に話しかけも返事をしても何ら問題は無し!
眠ってる本人を起こして安眠妨害になる事以外懸念される事はないという。

ーーよし。

ハルジオは心を決めて眠っているミルルに尋ねてみた。

「……ミルル……そんなに俺の事が好きなのに、なぜ離婚したいの……?」

「ムニャ…それはね……」といいながら、ミルルはちゃんと答えてくれた。

「責任を取れという…魔法省の大勢の職員の声にハルさんが応えた事を知っているから……ハルさんが責任を取る為にわたしと結婚した事を知っているからよ……」

「え………」

責任を取れ?皆の声?
どういう事だ?

「責任感の強いハルさんがわたしみたいなポンコツと結婚してちゃんと責任を果たした……そのご褒美として、時が来ればちゃんとあなたを解放して…人生を返したいと思ったから……」

「っミルル……」

どうしてそんな考えに……!

……いや、それは俺がミルルを手に入れる為に急いで事を運んだからだ。

ミルルに自分の気持ちを告げる事をしなかった所為だ。

「だってハルさん……まだリッカ先輩の事が好きなんでしょう……?」

「は?」

眠っている相手に対して、ハルジオは強めの声で返してしまった。

ーー俺がリッカを?馬鹿な。

「聞いたの……本当ならハルさんは……二年後にリッカ先輩が帰って来たらやり直すはずだったと……」

「聞いた?……誰にっ……まさか」

ハルジオにはミルルにそんな事を吹き込んだ相手に心当たりがあった。

ミルルの入院中にレガルドに見舞いの品を託し、ハルジオがどうしても事後報告の為に王都の本省へ行かねばならなかった時の事だ。

報告も終わり戻ろうとした際に、本省で急にリッカに呼び止められたのだ。

あの時リッカは、
「二年後に出世して地方局に戻ったら結婚してあげるわ」と曰った。

ハルジオはハッキリと自分にそんな気はないと告げたのだが、思えばリッカは一度望んだものは必ず手に入れようとするタイプだ。

きっと今でもハルジオの事を手軽な結婚相手として諦めていないのだろう。

そのリッカがハルジオの知らない間にミルルに色々と吹き込んだ可能性が高い。

あの時に脅迫まがいとなってもしっかり釘を刺しておくべきだったか……

しかしリッカならそれを逆手にとり、脅迫されたと騒ぎ立てて面倒くさい事になるやもしれない。

やるならば、決して自分が裏で関与している事を気取られない方法で。

一生付き纏われるような事になるのはご免だ。

さてどうしたものか。

ミルルが起きてから全てを説明するのは容易いが、
寝言に出るほど思い詰めているミルルが全面的に信じてくれるものだろうか。

きっと信じようとしてくれるだろう。
自分も信じて貰えるように努力は惜しまないつもりだ。

でもその間にもリッカが色々とチョッカイを出してきたら余計に拗れるのではないだろうか……

ハルジオがどれだけ言葉を尽くしても、リッカや他の者、多方面から色々と聞かされ何も解らなくなり、何も信じられなくなってしまう恐れがある。

それなら、そんな事になるくらいなら、ハルジオはミルルの耳に手を当てて塞いでしまおうと思った。

ミルルには自分の考えだけに囚われていてもらい、その間に全ての不安分子を片付けてしまおう……。

「それにね、ミルル……」

ハルジオは眠り続けるミルルに語りかけた。

「俺は出来るなら、キミに自らの意思で思い留まって貰いたい。俺の気持ちがどうとか、周りがどうとか関係ないと思うほど、自分の気持ちを優先して俺との人生を選んで欲しいんだよ……」

誰かを悲しませてでも離れられない。

そんな自分と同じような劣情をミルルにも抱いて貰いたいとこいねがうのは間違いなのだろうか。

「それでもミルル、俺は信じて待つよ……」

ハルジオはミルルの髪を掬い取り、キスをした。


二年後に(正確には一年半後だが)ミルルがどう思うようになっているか。

それを確かめる前に、ハルジオにはやるべき事が沢山あった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ハイ、ヤンデレ開花。

それに実はかなりヘタレなハルさん。

だけどハルジオよ、ミルルに二年後の復縁を吹き込んだのはリッカではないですよ?

日頃の行いとはこういう事ですな、リッカさん。











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