3 / 14
セフ令嬢は強く願う
しおりを挟む「こんばんは、ミュリア」
私の部屋に私の大好きな人が来た。
彼と関係を持ったのは最終的にはお酒の勢いだったけど、
互いに身の内に潜む悲しさを誰かと共に抱きしめる、そんな始まり方だった。
きっと互いにその時感じた温かさを手放す事が出来なくて、こうして今も寄り添う夜を重ね続けているのだろう。
「お腹空いてるでしょ?」
「うん。今夜はミュリアの作った食事が食べられると思ったらもう…昼過ぎから腹の虫が鳴ってた」
「ふふ」
剣帯から剣を外しながらハッシュが部屋の中に入った。
彼と距離が近づいた時に、ふわりといつもの香りがした。
騎士団のシャワールームに置いてある石鹸の香り。
哨戒や訓練などでかいた汗を、ハッシュはいつも流してからここに来る。
ーーじゃあすぐに夕食にしてもいいわね。
香りでその後の行動を察しながら私はすぐに食事の配膳を始めた。
「今日も美味そうだ」
そう言ってハッシュもお皿やグラスを並べたりと手伝ってくれる。
大体二人で会う夜はこうやって私の部屋で食事をする事から始まる。
時には外で食事をする事もあるけれど、ハッシュは絶対に王宮の近くや貴族の姿がちらほら見られるようなエリアの食堂には入ろうとしない。
もちろん人目を気にしての事だろう。
私たちの関係は誰にも知られていないのだから、
迂闊な行動はしないと決めているようだ。
王宮騎士は品行方正を求められるから……。
本来なら一応貴族令嬢である私の方がそんな注意を払わなくてはいけないのだろうけど、もはやどうでもいい。
オルライト男爵家の体裁なんて、気にしてやる謂れはない。
「旨い!この蒸し鶏、いくらでも食べられるな」
「レモンを絞って岩塩を付けても美味しいのよ」
「……本当だ、なんだこの旨さは……」
「ぷ、ふふふ」
二人で食事をしながらたわいもない話をする。
結構な量を作ったと思ったけど、食事はほとんどハッシュの胃袋の中に消えた。
痩身なのに何処にそんなに入るの?
筋肉モリモリだからそれがモリモリ食べちゃうのかしら?
なんて事をいつも考えてぼんやりしていると私の方が食べられちゃったりする。
いつもソファーかベッドで始まって、
ハッシュの時間が許す限り私たちは互いを求め合うのだ。
二人だけの濃密な時間。
先が見えない関係というか先が期待出来ない関係だからこそ、私たちはこの夜を大切にするのだ。
初めての夜は私から誘った。
その日、生家のメイドで親代わりに世話を焼いてくれたアドネから継母が男児を産んだ事を知らされた。
政略結婚で母と無理やり結婚させられ、挙げ句の果てに母は私を産んですぐに愛人と駆け落ち。
そんな女が産んだ子を、幾ら自分の血が入っていても父は愛する事が出来なかったらしい。
それでもオルライト男爵家の血を引き唯一の後継であった私を放り出すわけにもいかず、父は極力私を視界に入れずに共に暮らした。
しかし遅い春というべきか、本当はずっと待っていたのか、かつての初恋の女性が離婚して独り身になったと知った父はその女性と結婚し、オルライト家に迎え入れた。
その前に邪魔な私を、しかし一応は後継のストックとしてこのアパートに追い払っておいて。
その上での男児の誕生……。
あぁこれで完全に私は父にとって必要のない娘になったんだなと思い知らされ、参加した初の合コンでやけ酒を呑んだ。
お酒を呑み慣れていないのは他人から見ても明らかなのに、やたらとペースが早い私を心配して側に居てくれたのが同じく合コンに参加していたハッシュだった。
みんなそれぞれお相手が決まり、有耶無耶にお開きになって置いてけぼりを食らいそうになった私をアパートまで連れ帰ってくれたのだ。
歩けなくなった私を背負う彼の背中がとても温かくて、
私は一度でも父に背負われた事があったのだろうか……そう思うと泣けてきた。
寂しい。
悲しい。
どうして生まれてきたんだろう。
私なんて。
ハッシュの背中に身を預けて泣きながらそんな事を呟いた私に、あの時彼はこう言ってくれた。
「生まれてきてくれてありがとう、少なくとも俺はキミにそう感謝したいよ。生まれてきて、生きている事が何よりも奇跡なんだから……」
初めて出会った人にそんな事を言われるなんて思ってもみなかった。
そしてその言葉が嬉しくて、カラカラに干からびた大地に水が沁み渡るように私の心を満たしていく。
今思えば、あの時ハッシュはどんな気持ちでその言葉を私にくれたのだろう。
気が付けば帰らないで欲しいと縋りついていた。
帰らないで。
一人にしないで。
もう一人は嫌、嫌なの……。
酔っていた所為で無茶苦茶だったんだと思う。
私は必死になって彼に縋った。
後になってわかった事だけど、
この時彼は彼で深い悲しみを抱えていて、それで私の手を取ってくれたんだと思う。
“愛されたい”
“癒やされたい”
““忘れさせて欲しい、今夜だけでも””
それがあの夜の私たちの心情。
こんな形で始まった二人の関係は、一体どこに向かっているのだろう。
明確なものにすれば壊れてしまいそうで、まるで互いに目隠しをしているよう。
だけど願わくばもう少しだけ。
もう少しだけ側にいたい。
どうか、どうか。
せめて彼が、ハッシュが新しい人生を踏み出せるようになるまで……。
210
あなたにおすすめの小説
身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)
柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!)
辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。
結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。
正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。
さくっと読んでいただけるかと思います。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです
果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。
幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。
ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。
月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。
パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。
これでは、結婚した後は別居かしら。
お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。
だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
これは王命です〜最期の願いなのです……抱いてください〜
涙乃(るの)
恋愛
これは王命です……抱いてください
「アベル様……これは王命です。触れるのも嫌かもしれませんが、最後の願いなのです……私を、抱いてください」
呪いの力を宿した瞳を持って生まれたサラは、王家管轄の施設で閉じ込められるように暮らしていた。
その瞳を見たものは、命を落とす。サラの乳母も母も、命を落としていた。
希望のもてない人生を送っていたサラに、唯一普通に接してくれる騎士アベル。
アベルに恋したサラは、死ぬ前の最期の願いとして、アベルと一夜を共にしたいと陛下に願いでる。
自分勝手な願いに罪悪感を抱くサラ。
そんなサラのことを複雑な心境で見つめるアベル。
アベルはサラの願いを聞き届けるが、サラには死刑宣告が……
切ない→ハッピーエンドです
※大人版はムーンライトノベルズ様にも投稿しています
後日談追加しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる