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セフ令嬢は身の丈もわきまえている
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「あー……もうそろそろ潮時かなーー」
職場の先輩が利用客のいない時にそう言った。
「潮時?何のです?」
貸し出し関係の書類を整理しながら私が聞き返すと、カウンターに突っ伏していた先輩が顔を上げた。
「セフレ1号との関係」
「ぶっ?1号っ?セフレに1号とか2号とかあるんですかっ?」
驚愕の言葉に私が目を丸くすると、先輩は頬杖をついて私の方を見た。
「複数人いたら番号が必要でしょ?」
「な、何人も居るとそういうものなんですか?でも名前で呼ぶとか……」
「相手が既婚者だったら名前なんて出さない方がいいでしょ?誰が聞いてるかわからないんだから。ちなみに潮時と思ってるセフレ1号が妻子持ちね」
「ひ、ひぇ~……」
未知の世界である。
そんな私の考えが顔に出ていたのか先輩はニヤケ顔で言う。
「まぁ未婚の貴族令嬢様には未知なる世界でしょうね。貴族女性って婚前交渉はタブーなんでしょ?血統がどーとかこーとかで」
「まぁ……一般的には……」
「私たち平民は結婚時に処女であるかどうかなんて関係ないものね。結婚後は倫理的に貞淑であるべきとされてるけど。それでも不倫してる者はしてるからねぇ」
「先輩のセフレ1号さんみたいに……」
「まぁね、その1号にもセフレが更に何人かいて、私は3号なんだってさ。なんかカオスよねー」
カオスというか先輩、やはり未知なる世界です。
ハッシュと秘密の関係を続けている自分自身とも未知との遭遇だったのに。
ちなみに、私にセフレという概念がある事と、
ハッシュに辛い過去があるらしいという事を教えてくれたのはこの先輩である。
酔って縋って体を重ねたハッシュ=ダルトンという騎士がどんな人なのか気になって、一年半前のあの時もこの先輩に訊いたのだった。
哨戒班に所属する王宮騎士ハッシュ=ダルトン。
先輩も詳しくは知らないらしいけど、彼が私と出会う数ヶ月前に“大切な人”を病で亡くした事だけは知っていると言っていた。
当時は見る影もなく憔悴しきって、とても痛々しかったのだとか。
だからあの時彼は私に、生きている事が何よりも奇跡なのだと言ったのだ。
どんな思いでその言葉を私にくれたのか、彼の心情を考えると胸が痛んだ。
その話を聞いた日、奇しくも帰り道が一緒になったハッシュにお礼とお詫びのつもりで食事に誘った。
そして今度は私が彼を慰めてあげたくて、また体を重ねたのだ。
一度だけなら一夜の過ち。
でも二度目は?
この状況をどう理解してよいのか思いあぐねた私が「友人の話なんですけど…」と称して先輩に相談したのだった。
本当は友人なんて居ない私に、唯一この王宮で一緒にランチを食べてくれる人だから。
その時は私は先輩にこう切り出した。
『あの……同僚でもない、友人でもない、好き合っているわけでもないのに体の関係を持つ人の事をどう捉えたらいいのでしょうか……と、“友人”が悩んでて……』
『うん?ただのセフレじゃない?』
初めて聞く言葉に私は首を傾げる。
『セフレ?なんですそれ』
『ったく、これだから貴族のご令嬢様は!あのね、同僚でも友人でも親戚でも隣人でも、恋人でも婚約者でも夫婦でもない人間と恋情もなく何度もセックスをする、コレ即ちセフレ。セックスするフレンド、オッケー?』
『セ、セックス…ふれんど……オ……オッケぇぇぃ……』
衝撃の事実だった。
だけどハッシュとの関係がまさにそれだ。
同僚でも友人でも恋人でも婚約者でも夫婦でもないのにあんな……。
互いの心の寂しさを埋めるためにセ…セックスした私たち。
そこに恋情はなかった、という事は先輩の言ったセフレというものに当てはまるわけで……。
そうか……私たちはセフレというものになったのか……。
でも前置きのセ、セックスはともかくフレンドが付くなんて悪い関係ではないのでは?と思ってしまう。
先輩に引き続きもう一人、この王宮で仲良く出来る人が出来た事に、私はなんだか嬉しくなったのだ。
長身でお顔も整った素敵な騎士サマ。
そんな人と体の関係ありきでも仲良く出来るなんて。
持参金がなくて結婚を諦めた私が処女でなくなった事で更に結婚は絶望的になったけど、私の人生の中で唯一の淡いピンクな思い出となるはずだ。
そう思えた瞬間、私の自己肯定感はかつてないほど爆上がりした。
私にだって誰かに女として愛された記憶が有ったっていいじゃない!
いつまで続くかわからない関係だけど、ハッシュが必要としてくれるならいいじゃない!
そうしてその後も私から三度目のお誘いをした。
それから後はハッシュが会える日に図書室に来てお誘いをしてくれるようになり、現在に至る訳なのだ。
ハッシュのおかげで、私の虚無感は無くなった。
両親に愛された記憶は無くても、その他のもので空虚な心を埋める方法を知ったから。
そして会うたびにハッシュの事が好きになり、人を愛する喜びも知った。
願わくば、大切な人を失ったハッシュの心の悲しみも癒されていて欲しい。
私と違って彼にはこれから幾らでも人生の伴侶と出会えるチャンスがある。
ハッシュと同じく平民の、若くて可愛らしい女性と結ばれるチャンスが。
その時がもう少しだけ先だったらいいと思ってしまう身勝手な自分もいるけど……。
でも私は、自分の身の丈はわきまえているつもりだ。
中途半端に貴族籍を持つ持参金のない非処女、それが私。
「字面にするととんでもないな……」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
次回、匂う……?
匂う、らしい。
職場の先輩が利用客のいない時にそう言った。
「潮時?何のです?」
貸し出し関係の書類を整理しながら私が聞き返すと、カウンターに突っ伏していた先輩が顔を上げた。
「セフレ1号との関係」
「ぶっ?1号っ?セフレに1号とか2号とかあるんですかっ?」
驚愕の言葉に私が目を丸くすると、先輩は頬杖をついて私の方を見た。
「複数人いたら番号が必要でしょ?」
「な、何人も居るとそういうものなんですか?でも名前で呼ぶとか……」
「相手が既婚者だったら名前なんて出さない方がいいでしょ?誰が聞いてるかわからないんだから。ちなみに潮時と思ってるセフレ1号が妻子持ちね」
「ひ、ひぇ~……」
未知の世界である。
そんな私の考えが顔に出ていたのか先輩はニヤケ顔で言う。
「まぁ未婚の貴族令嬢様には未知なる世界でしょうね。貴族女性って婚前交渉はタブーなんでしょ?血統がどーとかこーとかで」
「まぁ……一般的には……」
「私たち平民は結婚時に処女であるかどうかなんて関係ないものね。結婚後は倫理的に貞淑であるべきとされてるけど。それでも不倫してる者はしてるからねぇ」
「先輩のセフレ1号さんみたいに……」
「まぁね、その1号にもセフレが更に何人かいて、私は3号なんだってさ。なんかカオスよねー」
カオスというか先輩、やはり未知なる世界です。
ハッシュと秘密の関係を続けている自分自身とも未知との遭遇だったのに。
ちなみに、私にセフレという概念がある事と、
ハッシュに辛い過去があるらしいという事を教えてくれたのはこの先輩である。
酔って縋って体を重ねたハッシュ=ダルトンという騎士がどんな人なのか気になって、一年半前のあの時もこの先輩に訊いたのだった。
哨戒班に所属する王宮騎士ハッシュ=ダルトン。
先輩も詳しくは知らないらしいけど、彼が私と出会う数ヶ月前に“大切な人”を病で亡くした事だけは知っていると言っていた。
当時は見る影もなく憔悴しきって、とても痛々しかったのだとか。
だからあの時彼は私に、生きている事が何よりも奇跡なのだと言ったのだ。
どんな思いでその言葉を私にくれたのか、彼の心情を考えると胸が痛んだ。
その話を聞いた日、奇しくも帰り道が一緒になったハッシュにお礼とお詫びのつもりで食事に誘った。
そして今度は私が彼を慰めてあげたくて、また体を重ねたのだ。
一度だけなら一夜の過ち。
でも二度目は?
この状況をどう理解してよいのか思いあぐねた私が「友人の話なんですけど…」と称して先輩に相談したのだった。
本当は友人なんて居ない私に、唯一この王宮で一緒にランチを食べてくれる人だから。
その時は私は先輩にこう切り出した。
『あの……同僚でもない、友人でもない、好き合っているわけでもないのに体の関係を持つ人の事をどう捉えたらいいのでしょうか……と、“友人”が悩んでて……』
『うん?ただのセフレじゃない?』
初めて聞く言葉に私は首を傾げる。
『セフレ?なんですそれ』
『ったく、これだから貴族のご令嬢様は!あのね、同僚でも友人でも親戚でも隣人でも、恋人でも婚約者でも夫婦でもない人間と恋情もなく何度もセックスをする、コレ即ちセフレ。セックスするフレンド、オッケー?』
『セ、セックス…ふれんど……オ……オッケぇぇぃ……』
衝撃の事実だった。
だけどハッシュとの関係がまさにそれだ。
同僚でも友人でも恋人でも婚約者でも夫婦でもないのにあんな……。
互いの心の寂しさを埋めるためにセ…セックスした私たち。
そこに恋情はなかった、という事は先輩の言ったセフレというものに当てはまるわけで……。
そうか……私たちはセフレというものになったのか……。
でも前置きのセ、セックスはともかくフレンドが付くなんて悪い関係ではないのでは?と思ってしまう。
先輩に引き続きもう一人、この王宮で仲良く出来る人が出来た事に、私はなんだか嬉しくなったのだ。
長身でお顔も整った素敵な騎士サマ。
そんな人と体の関係ありきでも仲良く出来るなんて。
持参金がなくて結婚を諦めた私が処女でなくなった事で更に結婚は絶望的になったけど、私の人生の中で唯一の淡いピンクな思い出となるはずだ。
そう思えた瞬間、私の自己肯定感はかつてないほど爆上がりした。
私にだって誰かに女として愛された記憶が有ったっていいじゃない!
いつまで続くかわからない関係だけど、ハッシュが必要としてくれるならいいじゃない!
そうしてその後も私から三度目のお誘いをした。
それから後はハッシュが会える日に図書室に来てお誘いをしてくれるようになり、現在に至る訳なのだ。
ハッシュのおかげで、私の虚無感は無くなった。
両親に愛された記憶は無くても、その他のもので空虚な心を埋める方法を知ったから。
そして会うたびにハッシュの事が好きになり、人を愛する喜びも知った。
願わくば、大切な人を失ったハッシュの心の悲しみも癒されていて欲しい。
私と違って彼にはこれから幾らでも人生の伴侶と出会えるチャンスがある。
ハッシュと同じく平民の、若くて可愛らしい女性と結ばれるチャンスが。
その時がもう少しだけ先だったらいいと思ってしまう身勝手な自分もいるけど……。
でも私は、自分の身の丈はわきまえているつもりだ。
中途半端に貴族籍を持つ持参金のない非処女、それが私。
「字面にするととんでもないな……」
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次回、匂う……?
匂う、らしい。
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