セフ令嬢は引き際をわきまえている

キムラましゅろう

文字の大きさ
5 / 14

セフ令嬢は鼻が利く

しおりを挟む
職場の先輩とランチをするために食堂へ向かっている時にハッシュの姿を見かけた。

彼に気付いたのは私ではなく先輩だったけど。

「あら?あの騎士って、時々図書室に来る人じゃない?」

「あ、そうですね」

私も彼の方へ視線を向けて答えた。
ハッシュは仲間の騎士何人かと連れ立って遥か向こう側を歩いている。

「ずっと前にあなた、あの騎士について私に訊ねてきたじゃない?もしかして狙ってんの?」

「えっ?そんなとんでもないっ、私なんてっ」

私は慌てて否定する。
私たちの関係は秘密にするべきものなのだろうから。
先輩はそんな私に対し、眉間にシワを寄せた。

「また“私なんて”って言う。ソレ禁止ね?なんであなたがそんなに自己評価が低いのかは知らないけど、あなたは充分若くて綺麗なんだから自信を持ってドーンっとアタックしなさいよ」

「アタック……」

したんですよ先輩。
そんでもって先輩の言うセフレになったんですよ。
……とは言えない私。

「でもあなたより、向こうの方が気後れするかもね」

先輩の意外な言葉に私は疑問符を投げかける。

「え?どうしてですか?」

「だってあなたは貴族、向こうは平民。我々平民の感覚からすれば貴族相手なんて滅相もないとか思っちゃうもの」

「私のようなナンチャッテ貴族令嬢でもですか?」

「なんちゃって貴族令嬢って何よソレ。男爵家の娘なのは間違いないでしょ。まぁあのダルトンとかいう騎士って真面目なタイプだと聞くから、トラブルが起きるかもしれない貴族令嬢なんかは多分相手しなさそうね……ドンマイ」

「ドンマイ……」

そう言って私はまたハッシュに視線を戻した。

そうか……平民は貴族に対して滅相もないとか思うのか……。
それならどうして、ハッシュは私の相手をしてくれるんだろう。

「勢いの延長かな……」

「え?何か言った?」

「いえいえ。それより先輩急ぎましょう。食堂の席が無くなっちゃう」

「あらヤバほんと、急ぐわよ」「はい」

そう言いながら、私と先輩は王宮の使用人食堂へと急いだ。



◇◇◇◇◇


先輩とそんな事を話した数日後、
いつものように図書室に来たハッシュと今夜会う約束をした。

私はいつも通り市場で買い物をして沢山の夕食を用意する。

今日はミートグラタンとキャロットラペと粒マスタードがアクセントになっているポテトサラダを作った。

きっとハッシュはまた、詰め所でシャワーを浴びてから来るだろうからテーブルに食事の配膳をしておく。

グラスもカトラリーも用意して準備は万端だ。

「でも今日は少し遅い?」

いつも通りに仕事が終われなかったのかしら。
それとも仲間か上官に呼び止められた?
まぁ待つよりほか仕方ない。
私は窓際に置いたテーブルの椅子に座り、窓からぼんやり夕闇に染まってゆく空を眺めた。

しばらくそうしていて、完全に夜の帳が降りる頃になってもハッシュの訪れはなかった。

「料理が冷めちゃうな。一旦引き上げようかしら……」

と思ったその時、ようやく玄関のチャイムが鳴った。
こんな時間帯にウチに来るのは彼しかいない。
私はいそいそドアを開ける。
ドアの向こうにはやはりハッシュがそこにいた。

「ごめん遅くなって……」

少し息を切らしてハッシュはそう言った。
走って来てくれたのだろうか。
額には薄らと汗が滲んでいた。

「気にしないで。大丈夫?仕事だったの?」

私がそう言うとハッシュは疲れた顔をして答えた。

「王宮を出てすぐの通りを歩いていてお袋に遭遇したんだ。向こうも俺と会うとは思っていなかったらしく捕まって世間話を聞かされた」

「お母さま?ふふ、世間話…いいわね」

「まぁ話くらい幾らでも聞いてやるけど、今日は勘弁して欲しかった……」

それでも話を聞いてあげる優しさがハッシュらしいと思った。
その為に遅くなって走って来てくれたのか。

私と会うから?
私が待ってるから、
だから走ってくれたの?

なんだかくすぐったい気持ちになりながら、ハッシュを部屋へ招き入れた。

「とにかくどうぞ入って」

「うん、お邪魔します」

そう言ってハッシュは私の横を通って部屋の中に入って来た。
その時ふわりと見知らぬ香りが鼻腔に届く。

「……?」

いつもの石鹸の香りではない。

これは……香水の香り?

甘く芳しい香り。
これはおそらくオードトワレではなくパルファム。
私は結構鼻が利くのだ。

お母さまと会ったと言っていたけど、

ハッシュのお母さまはこんな移り香がするほどの香水をつけているのだろうか……。

まぁ……つけている人だっているわよね。

でも何故だろう。
たかだか香水の香りが移っただけなのに。
何故こんなにも落ち着かない気持ちになるのか。


ハッシュが纏ったその香りが、私の心に小さな蟠りを残した。

そしてその小さな蟠りを心に抱えたまま、
私はとある光景を目の当たりにしてしまう。


明らかに年上ではあるものの、あれは絶対に母親でないだろうという女性を腕に絡ませて歩くハッシュの姿を見てしまったのだ。








しおりを挟む
感想 327

あなたにおすすめの小説

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

側近女性は迷わない

中田カナ
恋愛
第二王子殿下の側近の中でただ1人の女性である私は、思いがけず自分の陰口を耳にしてしまった。 ※ 小説家になろう、カクヨムでも掲載しています

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。 幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。 ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。 月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。 パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。 これでは、結婚した後は別居かしら。 お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。 だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

これは王命です〜最期の願いなのです……抱いてください〜

涙乃(るの)
恋愛
これは王命です……抱いてください 「アベル様……これは王命です。触れるのも嫌かもしれませんが、最後の願いなのです……私を、抱いてください」 呪いの力を宿した瞳を持って生まれたサラは、王家管轄の施設で閉じ込められるように暮らしていた。 その瞳を見たものは、命を落とす。サラの乳母も母も、命を落としていた。 希望のもてない人生を送っていたサラに、唯一普通に接してくれる騎士アベル。 アベルに恋したサラは、死ぬ前の最期の願いとして、アベルと一夜を共にしたいと陛下に願いでる。 自分勝手な願いに罪悪感を抱くサラ。 そんなサラのことを複雑な心境で見つめるアベル。 アベルはサラの願いを聞き届けるが、サラには死刑宣告が…… 切ない→ハッピーエンドです ※大人版はムーンライトノベルズ様にも投稿しています 後日談追加しました

処理中です...