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セフ令嬢は見てしまう
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「お元気そうで何よりでございますミュリアお嬢様」
「私はもうオルライトの家を出された身だし、お嬢様はもうよしてよアドネ」
「お嬢様がオルライト家のご令嬢であるという事実に何も変わりはありません」
「そう?」
休日の午後、生家でメイドとして働くアドネが私の部屋へ来た。
彼女は私に無関心な父に代わり世話を焼き育ててくれた恩人でもあるのだ。
確かもうすぐ六十になると言っていたその髪にはかなり白いものが混じっている。
幼い頃から私の事を心配してくれたアドネ。
家を出されるにあたってこのアドネが私にハウスキーピングの全てを教えてくれた。
もちろん料理も。
私が一人でもちゃんと生きてゆけるように、
荒れた暮らしにならないように生活のイロハを全て叩き込んでくれたのだ。
そしてこうやって時々休みの日に様子を見に来てくれる。
情けない事に、私は今も彼女に心配をかけ続けているのだろう。
「お父さまはお元気にされている?異母弟くんは大きくなったのでしょうね」
特になんの感情もなく気になっていた生家の様子を訊ねたら、アドネが私の顔を見ながら言った。
「……お嬢様は少し変わられましたか?」
「え?どうして?」
「なんだか……心の拠り所が変わられたような……今も自然とご家族の様子をお聞きになられて……もしかして、好きな殿方でもお出来になられたのですか?」
思いがけないアドネの言葉に私は分かりやすく狼狽えた。
「すっ、好きな人なんて……そんなっとんでもないわっ」
「どうしてです?お嬢様はお年頃でいらっしゃるのですから、お好きな殿方のお一人やお二人いらしても不思議ではありませんよ」
「好きな人が二人っておかしくない?」
私のそのツッコミを意に介さず、アドネは辛そうに嘆いた。
「本来なら婚約者のお一人やお二人くらい居て、既にそのお方の元へ嫁がれていてもおかしくはない年齢だというのにっ……旦那様はあんまりですっ……」
「婚約者も二人いたら変よね?」
「旦那様が何もなさらないのであれば、このワタクシが幾らでもご縁のお世話をいたしますものをっ……お嬢様の貴族籍さえ抜いて頂けたのならすぐにでも、結婚相手のお一人やお二人見つけて参りますのにっ……!」
「結婚相手が二人いたら重婚罪に問われるわよ?」
「お可哀想なお嬢様っ……!」
「アドネ、私は一人でも大丈夫だからね?」
そんな会話をしているうちに、アドネは住み込みで働いているオルライト男爵家へと帰る時間となってしまった。
大通りで辻馬車が拾える停車場まで送って行く。
そしてアドネは最後まで嘆きながら辻馬車に乗り込み、帰って行った。
馬車を見送りながら私は情けなく思う。
アドネには心配のかけ通しで本当に申し訳ない。
きっと私が独り身でいる限り、彼女の心配が無くなる事はないのだろう。
………ましてやセフレがいるなんて、絶対にアドネに知られちゃいけないわね。
私は小さく嘆息し、アパートへ戻る事にした。
街路樹の緑が濃くなったなぁなんてぼんやり考えながら歩く。
だけどなんとなく視線を向けた大通りを挟んだ向こう側の歩道を歩いている人物を見て、思わず足が止まった。
「…………え?」
彼が、ハッシュは年上らしい女性を腕に絡ませながら歩いている。
「ハッシュ……?」
騎士の休日はシフト制で不規則だけど、今日は彼も休みなのだろう。
私がいつも見ている騎士服ではない、とてもラフな服装をしたハッシュ。
見た目彼より十歳ほど年上に見える綺麗な女性と楽しそうに並んで歩いていた。
遠慮の一切ない腕の絡ませ方に、二人の親密度がわかる。
私は当然、彼と腕なんて組んだ事もないし手を繋いだ事もない。
でも通りの向こうに彼と一緒にいる女性は、それを許されているのだ。
人目を憚る必要もなく、明るい陽の下で楽しそうに会話を楽しみながら歩く事を許されて……。
もしかして先日ハッシュから香った香水も、あの女性から移ったものなのかもしれない。
そう思うとつきん、と胸が痛んだ。
だけど私の胸にこんな痛みを与えたハッシュを、咎める権利を私は持たない。
私は所詮、たまに会って体を重ねるだけのセフレ。
ハッシュが先輩みたいに他にもセフレを持とうとしていても、私にはそれを止める権利も資格もない。
彼のセフレの一人として受け入れるか、
それが嫌なら…………
いやそもそもさっきの女性が“本命”というやつなのかもしれない。
そんな考えが頭の中を支配して、他の事を考える余裕なんて無くなっていた。
その後、気がつけばアパートまで帰ってきていた。
ほぼ無意識に部屋に辿り着いたのだろう。
私はテーブルの椅子に力なく座る。
先ほど見た光景が頭から離れない。
ハッシュはあの後どうしたのだろう。
あの女性とどこに向かったの?
何を話し、何を笑ったの?
あの女性はあなたにとって何?
堂々と白昼腕を組んで歩ける相手なのなら、きっと彼女が本命なのでしょうね。
心の中で、答えてくれる人もいない問いかけばかりが浮かんでは消えてゆく。
彼女は私の存在を知っているのだろうか。
もしかしたらハッシュが隠しているのかもしれない。
いずれにせよもしそうなら、もう側にはいられないと思った。
セフレ関係を終わらせる。
そのためにはどうしたらいいのか、
明日また“友人の事なんですけど”と称して相談してみよう……私はぼんやりとそう思った。
「私はもうオルライトの家を出された身だし、お嬢様はもうよしてよアドネ」
「お嬢様がオルライト家のご令嬢であるという事実に何も変わりはありません」
「そう?」
休日の午後、生家でメイドとして働くアドネが私の部屋へ来た。
彼女は私に無関心な父に代わり世話を焼き育ててくれた恩人でもあるのだ。
確かもうすぐ六十になると言っていたその髪にはかなり白いものが混じっている。
幼い頃から私の事を心配してくれたアドネ。
家を出されるにあたってこのアドネが私にハウスキーピングの全てを教えてくれた。
もちろん料理も。
私が一人でもちゃんと生きてゆけるように、
荒れた暮らしにならないように生活のイロハを全て叩き込んでくれたのだ。
そしてこうやって時々休みの日に様子を見に来てくれる。
情けない事に、私は今も彼女に心配をかけ続けているのだろう。
「お父さまはお元気にされている?異母弟くんは大きくなったのでしょうね」
特になんの感情もなく気になっていた生家の様子を訊ねたら、アドネが私の顔を見ながら言った。
「……お嬢様は少し変わられましたか?」
「え?どうして?」
「なんだか……心の拠り所が変わられたような……今も自然とご家族の様子をお聞きになられて……もしかして、好きな殿方でもお出来になられたのですか?」
思いがけないアドネの言葉に私は分かりやすく狼狽えた。
「すっ、好きな人なんて……そんなっとんでもないわっ」
「どうしてです?お嬢様はお年頃でいらっしゃるのですから、お好きな殿方のお一人やお二人いらしても不思議ではありませんよ」
「好きな人が二人っておかしくない?」
私のそのツッコミを意に介さず、アドネは辛そうに嘆いた。
「本来なら婚約者のお一人やお二人くらい居て、既にそのお方の元へ嫁がれていてもおかしくはない年齢だというのにっ……旦那様はあんまりですっ……」
「婚約者も二人いたら変よね?」
「旦那様が何もなさらないのであれば、このワタクシが幾らでもご縁のお世話をいたしますものをっ……お嬢様の貴族籍さえ抜いて頂けたのならすぐにでも、結婚相手のお一人やお二人見つけて参りますのにっ……!」
「結婚相手が二人いたら重婚罪に問われるわよ?」
「お可哀想なお嬢様っ……!」
「アドネ、私は一人でも大丈夫だからね?」
そんな会話をしているうちに、アドネは住み込みで働いているオルライト男爵家へと帰る時間となってしまった。
大通りで辻馬車が拾える停車場まで送って行く。
そしてアドネは最後まで嘆きながら辻馬車に乗り込み、帰って行った。
馬車を見送りながら私は情けなく思う。
アドネには心配のかけ通しで本当に申し訳ない。
きっと私が独り身でいる限り、彼女の心配が無くなる事はないのだろう。
………ましてやセフレがいるなんて、絶対にアドネに知られちゃいけないわね。
私は小さく嘆息し、アパートへ戻る事にした。
街路樹の緑が濃くなったなぁなんてぼんやり考えながら歩く。
だけどなんとなく視線を向けた大通りを挟んだ向こう側の歩道を歩いている人物を見て、思わず足が止まった。
「…………え?」
彼が、ハッシュは年上らしい女性を腕に絡ませながら歩いている。
「ハッシュ……?」
騎士の休日はシフト制で不規則だけど、今日は彼も休みなのだろう。
私がいつも見ている騎士服ではない、とてもラフな服装をしたハッシュ。
見た目彼より十歳ほど年上に見える綺麗な女性と楽しそうに並んで歩いていた。
遠慮の一切ない腕の絡ませ方に、二人の親密度がわかる。
私は当然、彼と腕なんて組んだ事もないし手を繋いだ事もない。
でも通りの向こうに彼と一緒にいる女性は、それを許されているのだ。
人目を憚る必要もなく、明るい陽の下で楽しそうに会話を楽しみながら歩く事を許されて……。
もしかして先日ハッシュから香った香水も、あの女性から移ったものなのかもしれない。
そう思うとつきん、と胸が痛んだ。
だけど私の胸にこんな痛みを与えたハッシュを、咎める権利を私は持たない。
私は所詮、たまに会って体を重ねるだけのセフレ。
ハッシュが先輩みたいに他にもセフレを持とうとしていても、私にはそれを止める権利も資格もない。
彼のセフレの一人として受け入れるか、
それが嫌なら…………
いやそもそもさっきの女性が“本命”というやつなのかもしれない。
そんな考えが頭の中を支配して、他の事を考える余裕なんて無くなっていた。
その後、気がつけばアパートまで帰ってきていた。
ほぼ無意識に部屋に辿り着いたのだろう。
私はテーブルの椅子に力なく座る。
先ほど見た光景が頭から離れない。
ハッシュはあの後どうしたのだろう。
あの女性とどこに向かったの?
何を話し、何を笑ったの?
あの女性はあなたにとって何?
堂々と白昼腕を組んで歩ける相手なのなら、きっと彼女が本命なのでしょうね。
心の中で、答えてくれる人もいない問いかけばかりが浮かんでは消えてゆく。
彼女は私の存在を知っているのだろうか。
もしかしたらハッシュが隠しているのかもしれない。
いずれにせよもしそうなら、もう側にはいられないと思った。
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