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セフ令嬢は身を潜める
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「じゃあ母さん、悪いけど急ぐからまたっ」
そう告げてハッシュは家を飛び出した。
彼の母親は手をヒラヒラと振って笑顔で見送る。
「はいは~い☆まぁせいぜい頑張って駆けずり回りなさ~い♡」
今の感じではまるでハッシュが私を探すみたいに聞こえたけど……
……何故?
……というか私、ママンさんの家に居るんだけど……?
私は二階の階段付近の所から今のハッシュとママンさんのやり取りを聞いていた。
あの父の襲撃があった日に、ママンさんにはハッシュとはセフレである事を打ち明けた。
その私の話を聞き終わってママンさんはご自身のこめかみを指でぐりぐりしながらこう言った。
「……うーん?ちょっと待って?
ウチの坊やは何をやっているのかしら?
なんつーーか、一番大切な言葉をミュリアちゃんには告げずにいて?でも自分はミュリアちゃんをとても大切に思っているとアタシには話して?
そしてミュリアちゃんにはその想いがミジンコほどにも伝わってなくて?尚且つ身体だけの関係、セフレだと誤解をさせているわけ?
え?え?ハシュ坊?あの子、バカなのかしら?いえバカね?バカなのね?バカ野郎なのね?」
早口で捲し立てていくママンさんから段々と伝わってくる怒りのオーラに私はたじろぐ。
「え?ママンさん?」
そんな私をママンさんはがばりと抱きしめた。
「ゴメンねぇぇ~ミュリアちゃん!アタシの坊やがまさかそんなおバカさんだとは思ってもみなかったの!これは一つ、懲らしめなくてはいけないわね☆」
「こ、懲らしめる?」
「そう、お仕置きだべぇぇ☆」
「え?へ?」
「とりあえずっ!ミュリアちゃんはこれからアタシに拉致られてね♡アナタはしばらく旅に出て行方知れずとなるの☆ウフフ、ハシュ坊の慌てふためく顔を見るのが楽しみね♡」
というやり取りを経て、
私はママンさんのご自宅へとお持ち帰りされた訳なのだけれど……。
あ、ちなみにママンさんは半年前に亡き娘さんの主治医だった男性医療魔術師さんと再婚されてラブラブ新婚生活を送られている。
そんなご家庭に居座って良いものかと思うけど、ママンさんが是非にと強く望んで下さっているので甘えさせて貰っているのだ。
父親に無理矢理連れ戻されて、ケボロイ子爵家に放り込まれる可能性もあるから。
それに亡くなった娘さんと同年代の私と一緒に暮らせて嬉しいとママンさんは言ってくれた。
ハッシュが亡くした大切な人とは妹さんの事だった事を、私はその時初めて知ったのだ。
「アタシもね、娘の死を中々受け入れられなくて……娘の死後に出会った人に話したのはミュリアちゃんが初めてよ。ハッシュ坊はきっと、妹の代わりをミュリアちゃんで穴埋めしてるように思われたくなくて、何となく言えなかったのかもしれないわねぇ。あの子、乙女みたいに繊細なところがあるから……☆」
「ふふふ、乙女ですか」
「そう。アタシの方が漢らしいのよ♪」
「ふふふ」
と、そんな会話をしたのはママンさんの家に拉致されてすぐの事。
それから一週間して、地方から王都に戻ったハッシュが私の居場所を知らないかとママンさんの家に来て、冒頭の会話が繰り広げられた訳なのだけれど……。
正直、ハッシュはどうして私を探しに来たのだろう?
探されたらフェードアウト作戦が難しくなるんだけどな。
ハッシュが来ている間、二階に潜んでいた私が二人の会話を聞いてそんな事を考えていると、階下からママンさんの声が聞こえて来た。
「ミュリアちゃん、もう降りてきていいわよ~♪お茶にしましょう」
私はお誘いに従い一階へと降りて行く。
ママンさんがお茶の用意を始めたので私もそれを手伝った。
ポットに茶葉を入れながらママンさんが言う。
「ミュリアちゃんはさ、もうハッシュと別れたいと思う気持ちに変わりはないの?」
「……元々から本当は別れたいとは思っていないんです。でも、こんな関係を続けていても先は有りませんから……」
「何も言って来なかったあの子が今さら何を言っても信じられないわよね」
「信じるも何も、私は彼には相応しくありませんし、ハッシュもそろそろちゃんとした相手を探すべきです」
「あら、ハッシュの方がミュリアちゃんに相応しくないわよぉ」
「そんなバカな」
「まぁミュリアちゃんにはもう、ハッシュが必死になっているありのままの姿を見て貰うしかないわよね。外野がとやかく言うよりも、百聞は一見にしかずよ♪」
「……?」
何を見ると言うのだろう。
それが理解できないまま、私はママンさんに匿われる生活を続けている。
そしてそれから二日ほどしてハッシュが再びママンさんの家へと訪れた。
私はまた二階で身を潜め、先日のように階下の声がよく聞こえる所から様子を窺った。
ママンさんのよく通る声が聞こえてくる。
「なによぅまた来たのぉ?アナタいい加減乳離れしなさいよぉ~」
「してるだろとっくに……」
「アラ何?やつれた顔して無精髭生やして。王宮騎士は身形もきちんとしていないと駄目なんじゃないのぉ?」
「大切な恋人が行方知れずになってるんだ、身形なんて構っている余裕ないよ」
ん?大切な恋人……って誰の事?
「まだミュリアちゃんの行方が分からないの~?」
「王都を出た形跡がないんだ。王都内の宿屋やミュリアと交流のある者たちの家も探りを入れたがみつからかない。何故、ミュリアは何も言わずに居なくなったんだろう……」
ハッシュのその言葉を聞き、ママンさんは眉根を寄せて言った。
「何故って事は無いんじゃない?」
「……どういう事?」
「肝心な言葉を何も言わずに関係を続けて。それをミュリアちゃんがどれだけ不安に感じていたか、アンタが分かっていなかったから今こんな事になってるんじゃないの?このすっとこどっこいが」
「肝心な言葉……?」
「好きとも愛してるとも付き合って下さいとも何も言わずにいたアンタとの関係を、ミュリアちゃんはセフレだと思っていたわよ?」
「……………え……?」
「“え?”じゃないわよっ、このウスラトンカチ坊やが!このままアンタとセフレ関係を続けても先がないと思ってミュリアちゃんは傷心の旅に出たのよっ!あぁ可哀想なミュリアちゃん!ママンはアンタをそんな人間に育てた覚えはありませんからねっ!!」
「セフ…レ……?ミュリアがそう思っていた……?」
「そりゃそうでしょ!同僚でも友人でも隣人でも何でもない、そんな人間と想いの擦り合わせもなくセックスしてたら普通はそう思うわよっ!!身体だけの関係を求められていると、そう思うわよっ!!」
「違うっ、俺はミュリアとの関係を身体だけだなんて思った事は一度もないっ!」
ハッシュのその切羽詰まった声を聞き、私は一瞬で固まってしまった。
…………え?
「ミュリアと結婚したくて必死になって準備を進めているんだ!後はもうオルライト男爵と話を付けるだけの段階まで漸く持って来れたというのにっ……」
…………嘘。
「アンタが裏でどれだけ努力していたとしても、言葉足らずで肝心な事が相手に伝わっていなかったらどーしようもないでしょっ?」
「っ…………」
ハッシュが息を呑む気配を感じた。
ハッシュは今、なんて言ったの……?
私をセフレだと思った事は一度もない?
私と……結婚するために準備を……?
後はお父様と話を付けるだけだって、そんな、それって……
それって、ハッシュはこの先も私と一緒にいる事を望んでくれているという事……?
まさか……まさか。
茫然自失とする私を他所に、階下の二人は話を続ける。
「アンタ、本気でミュリアちゃんの事が好きなのね?」
「好きだ。絶対に諦めたくないほどに。彼女をも失う人生となれば、俺はきっともう誰を愛する事も出来なくなると思う……」
「だったらそれを始めからちゃんとミュリアちゃんに伝えておきなさいよ」
「彼女の重荷になりたくなかったんだ」
「乙女かっ!というよりヘタレね、ヘタレ」
「………………」
「何よ?」
「母さん……ミュリアとは会えなかったと言ってなかったか……?それなのに何故、ミュリアの心情を知ってるんだ……?」
「ぎくり☆」
「母さん?」
「あー……急用を思い出したわ、外出するからアンタはもう帰って?」
「……母さん、まさか……」
「どきり☆」
「母さん」
気が付けば、私は足を踏み出していた。
ゆっくりと階段を降りてゆく。
今の話の意味を、どうしてもあなたの口から直接聞きたくて。
一歩一歩足を動かし、あなたの元へと近付いてゆく。
階段から人が降りてくる気配を察知したハッシュが後ろを振り返る様を見つめながら、
私は階段を降り続けた。
ハッシュの目が見開いてゆく。
ママンさんが言っていた通り、疲れた様子の彼の姿をまじまじと見つめる。
「……ミュリア……」
そして小さく私の名を呼んだ彼の元へと、私は歩み寄った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ママン、ウッカリの極み☆
次回、最終話です。
そう告げてハッシュは家を飛び出した。
彼の母親は手をヒラヒラと振って笑顔で見送る。
「はいは~い☆まぁせいぜい頑張って駆けずり回りなさ~い♡」
今の感じではまるでハッシュが私を探すみたいに聞こえたけど……
……何故?
……というか私、ママンさんの家に居るんだけど……?
私は二階の階段付近の所から今のハッシュとママンさんのやり取りを聞いていた。
あの父の襲撃があった日に、ママンさんにはハッシュとはセフレである事を打ち明けた。
その私の話を聞き終わってママンさんはご自身のこめかみを指でぐりぐりしながらこう言った。
「……うーん?ちょっと待って?
ウチの坊やは何をやっているのかしら?
なんつーーか、一番大切な言葉をミュリアちゃんには告げずにいて?でも自分はミュリアちゃんをとても大切に思っているとアタシには話して?
そしてミュリアちゃんにはその想いがミジンコほどにも伝わってなくて?尚且つ身体だけの関係、セフレだと誤解をさせているわけ?
え?え?ハシュ坊?あの子、バカなのかしら?いえバカね?バカなのね?バカ野郎なのね?」
早口で捲し立てていくママンさんから段々と伝わってくる怒りのオーラに私はたじろぐ。
「え?ママンさん?」
そんな私をママンさんはがばりと抱きしめた。
「ゴメンねぇぇ~ミュリアちゃん!アタシの坊やがまさかそんなおバカさんだとは思ってもみなかったの!これは一つ、懲らしめなくてはいけないわね☆」
「こ、懲らしめる?」
「そう、お仕置きだべぇぇ☆」
「え?へ?」
「とりあえずっ!ミュリアちゃんはこれからアタシに拉致られてね♡アナタはしばらく旅に出て行方知れずとなるの☆ウフフ、ハシュ坊の慌てふためく顔を見るのが楽しみね♡」
というやり取りを経て、
私はママンさんのご自宅へとお持ち帰りされた訳なのだけれど……。
あ、ちなみにママンさんは半年前に亡き娘さんの主治医だった男性医療魔術師さんと再婚されてラブラブ新婚生活を送られている。
そんなご家庭に居座って良いものかと思うけど、ママンさんが是非にと強く望んで下さっているので甘えさせて貰っているのだ。
父親に無理矢理連れ戻されて、ケボロイ子爵家に放り込まれる可能性もあるから。
それに亡くなった娘さんと同年代の私と一緒に暮らせて嬉しいとママンさんは言ってくれた。
ハッシュが亡くした大切な人とは妹さんの事だった事を、私はその時初めて知ったのだ。
「アタシもね、娘の死を中々受け入れられなくて……娘の死後に出会った人に話したのはミュリアちゃんが初めてよ。ハッシュ坊はきっと、妹の代わりをミュリアちゃんで穴埋めしてるように思われたくなくて、何となく言えなかったのかもしれないわねぇ。あの子、乙女みたいに繊細なところがあるから……☆」
「ふふふ、乙女ですか」
「そう。アタシの方が漢らしいのよ♪」
「ふふふ」
と、そんな会話をしたのはママンさんの家に拉致されてすぐの事。
それから一週間して、地方から王都に戻ったハッシュが私の居場所を知らないかとママンさんの家に来て、冒頭の会話が繰り広げられた訳なのだけれど……。
正直、ハッシュはどうして私を探しに来たのだろう?
探されたらフェードアウト作戦が難しくなるんだけどな。
ハッシュが来ている間、二階に潜んでいた私が二人の会話を聞いてそんな事を考えていると、階下からママンさんの声が聞こえて来た。
「ミュリアちゃん、もう降りてきていいわよ~♪お茶にしましょう」
私はお誘いに従い一階へと降りて行く。
ママンさんがお茶の用意を始めたので私もそれを手伝った。
ポットに茶葉を入れながらママンさんが言う。
「ミュリアちゃんはさ、もうハッシュと別れたいと思う気持ちに変わりはないの?」
「……元々から本当は別れたいとは思っていないんです。でも、こんな関係を続けていても先は有りませんから……」
「何も言って来なかったあの子が今さら何を言っても信じられないわよね」
「信じるも何も、私は彼には相応しくありませんし、ハッシュもそろそろちゃんとした相手を探すべきです」
「あら、ハッシュの方がミュリアちゃんに相応しくないわよぉ」
「そんなバカな」
「まぁミュリアちゃんにはもう、ハッシュが必死になっているありのままの姿を見て貰うしかないわよね。外野がとやかく言うよりも、百聞は一見にしかずよ♪」
「……?」
何を見ると言うのだろう。
それが理解できないまま、私はママンさんに匿われる生活を続けている。
そしてそれから二日ほどしてハッシュが再びママンさんの家へと訪れた。
私はまた二階で身を潜め、先日のように階下の声がよく聞こえる所から様子を窺った。
ママンさんのよく通る声が聞こえてくる。
「なによぅまた来たのぉ?アナタいい加減乳離れしなさいよぉ~」
「してるだろとっくに……」
「アラ何?やつれた顔して無精髭生やして。王宮騎士は身形もきちんとしていないと駄目なんじゃないのぉ?」
「大切な恋人が行方知れずになってるんだ、身形なんて構っている余裕ないよ」
ん?大切な恋人……って誰の事?
「まだミュリアちゃんの行方が分からないの~?」
「王都を出た形跡がないんだ。王都内の宿屋やミュリアと交流のある者たちの家も探りを入れたがみつからかない。何故、ミュリアは何も言わずに居なくなったんだろう……」
ハッシュのその言葉を聞き、ママンさんは眉根を寄せて言った。
「何故って事は無いんじゃない?」
「……どういう事?」
「肝心な言葉を何も言わずに関係を続けて。それをミュリアちゃんがどれだけ不安に感じていたか、アンタが分かっていなかったから今こんな事になってるんじゃないの?このすっとこどっこいが」
「肝心な言葉……?」
「好きとも愛してるとも付き合って下さいとも何も言わずにいたアンタとの関係を、ミュリアちゃんはセフレだと思っていたわよ?」
「……………え……?」
「“え?”じゃないわよっ、このウスラトンカチ坊やが!このままアンタとセフレ関係を続けても先がないと思ってミュリアちゃんは傷心の旅に出たのよっ!あぁ可哀想なミュリアちゃん!ママンはアンタをそんな人間に育てた覚えはありませんからねっ!!」
「セフ…レ……?ミュリアがそう思っていた……?」
「そりゃそうでしょ!同僚でも友人でも隣人でも何でもない、そんな人間と想いの擦り合わせもなくセックスしてたら普通はそう思うわよっ!!身体だけの関係を求められていると、そう思うわよっ!!」
「違うっ、俺はミュリアとの関係を身体だけだなんて思った事は一度もないっ!」
ハッシュのその切羽詰まった声を聞き、私は一瞬で固まってしまった。
…………え?
「ミュリアと結婚したくて必死になって準備を進めているんだ!後はもうオルライト男爵と話を付けるだけの段階まで漸く持って来れたというのにっ……」
…………嘘。
「アンタが裏でどれだけ努力していたとしても、言葉足らずで肝心な事が相手に伝わっていなかったらどーしようもないでしょっ?」
「っ…………」
ハッシュが息を呑む気配を感じた。
ハッシュは今、なんて言ったの……?
私をセフレだと思った事は一度もない?
私と……結婚するために準備を……?
後はお父様と話を付けるだけだって、そんな、それって……
それって、ハッシュはこの先も私と一緒にいる事を望んでくれているという事……?
まさか……まさか。
茫然自失とする私を他所に、階下の二人は話を続ける。
「アンタ、本気でミュリアちゃんの事が好きなのね?」
「好きだ。絶対に諦めたくないほどに。彼女をも失う人生となれば、俺はきっともう誰を愛する事も出来なくなると思う……」
「だったらそれを始めからちゃんとミュリアちゃんに伝えておきなさいよ」
「彼女の重荷になりたくなかったんだ」
「乙女かっ!というよりヘタレね、ヘタレ」
「………………」
「何よ?」
「母さん……ミュリアとは会えなかったと言ってなかったか……?それなのに何故、ミュリアの心情を知ってるんだ……?」
「ぎくり☆」
「母さん?」
「あー……急用を思い出したわ、外出するからアンタはもう帰って?」
「……母さん、まさか……」
「どきり☆」
「母さん」
気が付けば、私は足を踏み出していた。
ゆっくりと階段を降りてゆく。
今の話の意味を、どうしてもあなたの口から直接聞きたくて。
一歩一歩足を動かし、あなたの元へと近付いてゆく。
階段から人が降りてくる気配を察知したハッシュが後ろを振り返る様を見つめながら、
私は階段を降り続けた。
ハッシュの目が見開いてゆく。
ママンさんが言っていた通り、疲れた様子の彼の姿をまじまじと見つめる。
「……ミュリア……」
そして小さく私の名を呼んだ彼の元へと、私は歩み寄った。
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ママン、ウッカリの極み☆
次回、最終話です。
応援ありがとうございます!
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