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第一幕

王女ニコル

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わたしの名は
イコリス=オ=リリ=ニコル。

この国イコリスの第一王女で
次期女王となる事が決まっている身だ。

まぁそれはわたしが優秀だからではなく、
長子が王、または女王となると定めた法があるからなんだけどね。


我がイコリス王国は
大陸の東に位置する歴史だけは古い
人口15万人ほどの小さな永世中立国だ。
弱小国家と揶揄する国々もある。

穏やかな気候に
穏やかな国民性

だけど個別的自衛権を保持する我が国の民は
幼い頃から自己保存の本能を叩き込まれ、
八百屋のおっちゃんから
学校の教師まで、
一度この国の国土が侵害されれば
屈強な兵士と化す。

それも自主的に。

そんな我が国の選び抜かれた精鋭ばかりが
集う騎士団は、
どの大国の為政者たちも一目を置く
存在なのである。

まぁそんな凄い騎士団を有していても
国土が小さく、資源も乏しい貧乏国家に変わりはないが。

我が王家も王族だからと
踏ん反り返っているわけにはいかない。
だからわたしは王族を代表して、
農作業の繁忙期には鍬を持って民と共に
大地を耕し、
収穫時にはその喜びを分かち合っている。
とある目的もあるので丁度良いのだ。

小さな国だからこそ、
王族も貴族も平民も皆分け隔てなく
一つの家族のようだった。

く言うわたしは、
今日も今日とて市街地の一画で行われた
用水路の掃除の手伝いに行っていた。

城に帰るなり
国王お父さまの最側近である
ゼルマンが飛んで来て捕獲された。

わたしは同行していた
侍女のチュウラにバケツを渡し、
ゼルマンと共にお父さまの執務室へと向かう。


ゼルマンが数回のノックの後
扉を開けてくれたので入室すると

最奥の窓際の前に置かれたデスクで
書類作業中だったお父さまが顔を上げた。


「やぁおかえり。
今日も大活躍だったそうじゃないか。
溜まった落ち葉を用水路からショベルで
掬い出す姿は、まるで戦場で剣を振り翳す
軍神のようだったと聞いたよ」

「いやだわお父さま、褒めすぎです」

わたしが照れくさくて
もじもじすると、隣からコホンと
ゼルマンの小さな咳払いが聞こえた。

「そうそう、早速本題に移ろう。
ニコル、お前の縁談が決まった」

「急なお話ですね。
お相手はどのようなお方ですか?」

「隣国モルトダーンの第一王子だ」

「え?」

わたしは耳を疑った。

おかしいわね、
今朝耳掃除はしたばかりなんだけど……。

モルトダーンといえば、
大国とは言えなくてもそれなりに力のある国だ。

当然ウチの国を弱小国と侮っていると聞いた事が
あるんだけど。

「モルトダーンの第一王子
モルトダーン=オ=ジリル=シモン殿下が
将来、女王となったお前の王配となり、
支えてくれる事となったよ。
あちら側からの打診でね。
とても優秀な王子だと聞いていたから
速攻で諾と返事を出したよ」

「まぁそんなに凄い方がわたしの伴侶に?」

「うん。歳はニコと同じ14歳。
婚儀は二人が学園を卒業した後すぐ、
18歳になったら挙げる事に決まったよ。
だからそれまでは婚約者という関係になる」

「わぉ婚約者ですか」

「凄いよね、モルトダーンの第一王子が婚約者なんて。ウチの国には荷が勝ちすぎてるよね」

「わたしなんかとでは
釣り合いが取れなさすぎて笑っちゃいます」

「ニコ個人はそんな事ないと思うけどなぁ。
ニコは大人しくしていれば、どこから見ても楚々とした美姫なんだから」

「でもこのままじゃ、
農筋ビキビキの美姫になりそうです」

「あはは!上手い!」

わたしたち親子は
万事が万事こんな調子だ。

またまた隣から
ゼルマンの咳払いが聞こえた。
ゼルマンはいつも引き締め役を務めてくれる。


「それでだ、
シモン殿下が一日でも早く我が国の風土に馴染む方が良いだろうというモルトダーンあちら側からので、
婚姻前だがもうこちらで暮らす事になったんだ」

「まぁ、随分熱心なのですね」

「そうだね、なかなか憎い配慮だよね」

「承知いたしました。
この縁談お話、謹んでお受けいたします」

「良かった。ニコならそう言うと思ったよ。
来週には王子がこちらに到着する。
仲良くやっていってくれると嬉しいよ」

「お任せください!」

わたしはカーテシーをして
お父さまの執務室を後にした。




「……第一王子を我が国の王配にねぇ」

「事実上の廃嫡ですな」

「そうだね、不憫な王子だ。
でも優秀な王子ならこちらとしても有り難たい。
ニコルは良くも悪くも純心培養で育ってしまったからね、まつりごとを正しく支えてくれる存在は必要だ」

「逆に我が国が乗っ取られる
可能性があるのでは?」

「それも無くはないと思うけど。
まだ14歳という年齢と、あのニコルと共に
成長するという可能性に賭けてみたいと思うんだ」

「……なるほど」

「邪魔になった第一王子は体よくお払い箱か……
命を奪うよりかはよっぽどマシだが。
まぁ向こうが要らないというなら貰っておくさ」




そんな会話を
お父さま達がされていたなんてもちろん
わたしが知るはずもなく。

わたしは来週にはやって来るという
自分の婚約者に思いを馳せていた。

どんな人かしら?

優しい人だといいな。

お父さまみたいに穏やかな人も好き。

優秀だと言っていたから
きっと物静かな学者タイプなのかも。

仲良く出来るかな、楽しみだな♪

そうだ……!

丁度来週は国境付近の畑で収穫があったはず。

そのお手伝いも兼ねて迎えに行っちゃおうかしら!

それがいい、そうしよう。


その時のわたしは
新しい友達が遠方からやって来るくらいの
感覚だった。


スキップしながら回廊を渡って行く
わたしの姿を目撃した侍女長のベキアから
「お行儀が悪い」と
雷が落とされたのはこのすぐ後の事だった。


















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